43.お出かけ③
「人違いだ」
不機嫌を隠しもせずに、レオナルド様は怒りを孕んだ低い声で冷たくあしらうが、金髪美女は見事な縦巻きロールヘアーを揺らし怯む事無く笑顔で話し続ける。
「どの様な変装をなさろうとも、お慕いするレオナルド・フォン・ヴァーレーン様を私が見間違える訳はありませんわぁ~」
変装だとバラし、そしてフルネームを呼ぶという暴挙に、レオナルド様の眉間に一気に深い皴が刻まれた。
「満席のようなので、相席しても宜しいでしょうか?」
金髪美女のお供がレオナルド様の隣の席を引こうとするが、レオナルド様は席が動かせないように手で押さえた。
「連れが来る。相席は許可しない」
普通なら『失礼しました』と引くところだが、金髪美女の精神は鋼でできているのか。
「でしたら、お連れ様がいらっしゃるまでご一緒させて下さい」
尚も相席を要求してきた。
「断る」
「そんな事言わずにお願いします。私、歩いて来たので足が疲れていますの。少しでいいので休憩をさせて下さい」
今度は金髪美女自ら椅子を引こうと背に手をかけるが、それを咎めるように一切の音が消えた。
おそらくレオナルド様が遮音の魔法を使ったのだろう。
突如訪れた無音に金髪美女は驚いて辺りを見渡すが、何が起こったのか見当がついたらしく、直ぐに笑顔へと戻った。
「公爵令嬢。俺が変装をしている理由を貴方は考えはしないのか?」
「レオナルド様?」
「俺は現在、重要な任務に就いている。邪魔をしないで頂きたい」
「私、邪魔をするつもりなんて……」
「これ以上迷惑をかける気がないと言うのなら、今直ぐ帰って頂きたい!」
怒鳴られ、金髪美女は不満そうに口元を歪ませるが直ぐに笑顔を作り、レオナルド様に対し優雅に挨拶をした。
「失礼します」
遮音の魔法が解かれ、店内の賑やかな音が戻ると金髪美女は私の事を鬼の形相で睨みつけ、入って来た時同様にカツカツと足音を響かせて出て行った。
「何と言うか、台風みたいな人でしたね。勢いとか、ぐるぐるの縦巻きのロールヘアーとか」
素直な感想を零すとレオナルド様が溜息を吐いた。
「屋敷に立ち寄って欲しいという、ファーレン公爵の申し出を断ったんだがな」
どういう事なのか、補足説明を求めてユエンさんを見れば、耳を傾けるようにと手招きされた。
身を乗り出し耳を傾けとユエンさんも身を乗り出すと、二人だけの内緒話と言うようにメニュー表でレオナルド様達の視線を遮り、声を潜めて話し出した。
「さっきの方。ファーレン公爵の一人娘でアラベラと言うんですがね。彼女、夜会でレオナルド様に一目惚れしたそうなんです」
一目惚れ!?
リッカ母さんの話で何度か出てきたけれど、本当にあるんだ。
「愛しい方に会いたいと夜会に足繁く参加するも、レオナルド様はいらっしゃらない。ならばとパーティーへの招待状を送るも、仕事を理由に断られてしまう。どうにかしてお会いできないかと、騎士館の前をうろうろするも一向に出て来ない。面会を求めてもやはり仕事を理由に断られてしまう」
「そんなに断られ続けたら、相手に気がないのだと察してもよさそうですよね」
「普通ならそうですが、蝶よ花よと育てられた令嬢ですから、手に入らないものはないと信じているんですよ。きっと」
それで先程の塩対応にも怯まなかったのか。
ある意味凄い。
「で、滅多に騎士館から出て来ないレオナルド様が殿下の成人の儀式の為に出てくるぅ~。やったぁ!。行きは無理でもぉ帰りなら儀式で疲れた殿下を癒すという名目で屋敷にご招待すれば、殿下と一緒にレオナルド様が来てくれるはず。これはもう、何が何でも招待して、お父様! って強請ったんでしょう」
途中声色を変えるとか芸が細かいな、ユエンさん。
「ですが、儀式で色々ありましたので、その報告もあり殿下はファーレン公爵の招待を断ったんです。フェリックス殿下からの正式な返答です。普通なら諦めるものなんですけどね」
「諦めなかったんですね」
「まあ、フェリックス殿下と一緒に城に帰っていたら流石に諦めたでしょうが、レオナルド様が三区で馬車を降りたので、都合よく解釈したんでしょう。レオナルド様が馬車を降りたのは私に会う為かもぉ!? キャッ! てな感じに」
恋は盲目だとリッカ母さんが言っていたな……。
「子飼いの情報屋を惜しみなく使って、レオナルド様の居場所を突き止めたんでしょうね」
一体いくら使って突き止めたのか、ちょっと聞いてみたい。
「そこまでさせるレオナルド様。罪作りな男ですよね~」
「ですかね?」
「レオナルド様が結婚して落ち付くまで、あちらこちらで罪を作るんでしょうね~」
「ユエン。俺に非があるよう聞こえるぞ」
ユエンさんがメニュー表を退かせると、不愉快そうにレオナルド様が睨んでいた。口が過ぎたと察したのだろう。ユエンさんは慌てて釈明した。
「そんな、まさか。レオナルド様が美丈夫だって褒めているんですよ。ね? アゼリア様?」
「え! はい。そうだと思います」
「アゼリア様。そこは言い切って下さいよ」
「え!? はい。褒めています。レオナルド様は罪な程に美形だと褒めています」
私は何も言っていないのに、ユエンさんと一緒になって取り繕っていると、お団子頭の女給さんがカートを押してやって来た。
「お待たせしました」
最初に運ばれてきたのは果実水、白パン、レッドボアの腸詰、サーディンの塩焼きと……何故か調味料だった。
「ユエンさん、これは?」
木札が下げられている瓶を指さすと、ユエンさんは木札を裏返し、書かれた名前を見せた。
「第二騎士団で確保している醤油、胡椒、塩です」
「確保?」
「はい。この店の常連客は自分用に醤油なら一瓶、胡椒などは袋で買って確保するんです。で、注文した料理と一緒に出してもらって味が足りない時に足すんです」
【猫のしっぽ】では、あらかじめ塩や醤油などテーブルに置いているが、この店では調味料を買うシステムなのか。
そう言えば、テーブルに置いていた角砂糖を見て、レオナルド様が驚いていたな。
「塩でも胡椒でも好きなだけ使っていいぞ」
「有難う御座います」
レオナルド様が塩や胡椒の袋を目の前に置いてくれたが、最初は出されたままの状態で食べようと大皿に山の様に積み上げられたサーディンの塩焼きに手を伸ばす。
ナイフとフォークで十センチもないくらいのサーディンを取り皿にのせながら、ふと考える。
こう言うのって、身分が高い人から取ったり食べたりするのでは? と……。
自分用に取り分けた塩焼きをそっとレオナルド様の前へ置くと、不思議そうに見つめられた。
「食べないのか?」
「いえ、頂きます。ただ、レオナルド様が先かと思いまして……」
「この様な場所で後も先もない。自分の分は自分で取る。これはお前が食べろ」
戻された皿を見つめ、いいのだろうかと迷っていると、ユエンさんは取り皿に大量のサーディンを乗せ、簡略化された祈りを口にすると、頭からバリバリと食べ始めた。
「好きなように食べて大丈夫ですよ。アゼリア様」
ユエンさんの言葉を肯定するように隣に座るガロスさんはレッドボアの腸詰を食べ始めた。
「頂きます」
手を合わせ挨拶を済ませ、サーディンを口に運ぶとレオナルド様が伺うように覗き込んで来た。
「何ですか?」
「その、味はどうだ?」
「美味しいです」
あからさまにホッとした表情を浮かべ、レオナルド様自身も料理を食べ始めた。
レッドボアの腸詰とサーディンの塩焼きが尋常でない速さで消え、完食寸前のところで七色ドードーの丸焼き、ブラックロブスターの蒸し焼き、五種の野菜スープが運ばれて来た。
こんがりと焼き上がったドードーの丸焼きをユエンさんが切り分け、姿そのままのロブスターはガロスさんがナイフを使って殻を剥き始めたので、私はどんぶりに入ったスープを人数分のお椀に装い配った。
スープは出汁を使っていない塩と胡椒のシンプルな味付けだが、野菜の旨味が出ていて美味しい。
ドードーはもちもち。ロブスターはプリプリの食感。どちらも新鮮でとても美味しい。
が、薄味である。
サーディンは小魚なので軽く塩を振っただけでも十分だったけど、ドードーの丸焼きやロブスターの蒸し焼きは塩を少々振っただけなので物足りない。
ドロテア亭は素材の味をお楽しみ下さいというスタイルなのだろうか?
自分専用の調味料が必要な訳だと、ドードーのお肉に醤油を垂らして食べる。
美味しいけれど、もう一味欲しいな。
そんな事を思っていると、ホーンラピッドの肉包みパイが運ばれてきた。
焼きたてのパイの香ばしい匂いを楽しんでいると、ユエンさんは徐に立ち上がり、体重三キロ前後のホーンラビットを三匹は使っていそうな長方形の巨大パイを切り始めた。
端の方を手で握れるほどの大きさに切り、それを鷲掴むと、ユエンさんは豪快に噛み付いた。
肉汁が手から腕へと伝っているが、そんな事はお構いなしにガツガツと食べ進める。一口が大きく咀嚼も早い為に手にしていたパイは一瞬にして消えた。
隣でロブスターを黙々と食べ続けているガロスさんだが、身はあらかた食べつくしたのか、殻に残った身を食べようと殻に噛り付いている。
料理が足りなくなるのではと、レオナルド様を横目で伺えば、淡々とドードーのお肉を食べていた。
【猫のしっぽ】でも思ったが、食べ方がキレイだ。
貴族だからなのだろうか、ナイフやフォーク動かす所作が優雅でスープを飲む姿も美しい。
食べているだけなのに様になるなんて、ズルい。
ズルいぞ~~レオナルド様~~。
そんな言いがかりに等しい非難を心の中で呟いていると、不意に母の言葉を思い出した。
『男って、食べ方でベッドでの様子が分かるのよ』
止めて、リッカ母さん! 今、その情報いらないから!!
これ以上余計な事を思い出さないようにと頭を左右に振っていると、ズルい男が覗き込んで来た。
「どうかしたのか?」
「なっ、何でもないです。ちょっと首の運動をしていただけです」
「食事中に首の運動?」
訝しむレオナルド様。食事の手を止め、繁々と私を見つめる。
『キレイに食べる男はね……』
「わーーーわーーーわーーー!」
突然奇声を上げた私に驚いて、ユエンさんとガロスさんも食事の手を止めてこちらを凝視した。
「どうしたアゼリア。何かあったのか!?」
「いえ、あの、何でもないです!」
「何でもない訳がないだろう」
「いや、その、ちょっと耳鳴りがしただけです」
「耳鳴り?」
疑わしげに目を細めるレオナルド様。
耳鳴りでわーわー言う人間なんか見た事がなですよね? 私もです。
尚も見つめ続けるレオナルド様の視線を回避すべく、メニュー表を突きつけ。
「そんな事より、料理が足りなくなりそうなので、追加注文しましょう」
無理やり話題を逸らせた。
調味料の確保はバーのボトルキープみたいな感じです。
常連は注文時に言わなくても持ってきて貰えるシステムです。




