40.アルフリードの剣③(三人称)
かなり間が空いてしまってすいません
なりを潜めていた発作が連続で起こったりして寝込んでいました
体調が落ち着いたので、週一更新に戻れると思います
よろしくお願いします
竜種であれば世界中に居る。
それもかなりの数が。
だが、竜は違う。
世界に何頭もいない。希少種だ。
空を渡り行く姿を遠目から見る事はあっても、間近に遭遇する事は無い。
仮に遭遇できたとしても、竜の威圧の凄まじさに人は身動き一つ取れないと言われている。
それ程に強い存在だ。
それ故に竜の鱗一つでも入手できれば、一生遊んで暮らせるほどの大金が入ると言う噂がまことしやかに囁かれている。
そんな超レアなお宝がこんな片田舎の小さな鍛冶屋にある訳がない。
大体、どうやって手に入れるというのか。
Sランクのパーティーであっても竜の鱗を入手するのは難しいというのに。
どうやって……。
誰から……。
そんな疑問で頭を一杯にしているアルフリードにバーナムはそっと声をかけた。
「アルフリード殿どうかされましたか?」
「うるさい、黙れ! いや、黙らなくていい。説明をしろ」
「説明ですか……?」
「本当に俺の剣に竜の鱗が使われていたのか?」
「私の鑑定魔法では未確認と出ましたが、竜の鱗を手にした事があるグララガボルドが断言していましたので、間違いはないはずです」
バーナムの答えを聞き、アルフリードは舌打ちをした。
竜の鱗を剣の素材として使っている。そんな重要な事をアゼリアから知らされていなかった腹立たしさに、ギリギリと奥歯を噛み締め、太腿に爪を立てた。
アルフリードから殺気にも似た怒りを感じながらも、バーナムは話を続けた。
「以前、剣の修復をお断りしたのは竜の鱗が使われていたからです。我が商会の鍛冶師も皆腕利きですが、それでも竜の鱗を扱った事のある者はおりません」
王都一の老舗商会が聞いて呆れると鼻白むアルフリードは、相槌を打つ事もせずに話を聞き流す。
「どんな素材であれ、使いこなせる様になるまで何度も失敗を繰り返すと聞きます。竜の鱗を使いこなせる様になるまでどれ程の修練を重ねたのか。また、どうやって竜の鱗を入手したのか。鍛冶師ご本人に直接お伺いしたいと……」
バーナムの言葉にハッとしたアルフリードは話を遮るようにして立ち上がった。
「アルフリード殿?」
「急用ができた」
そう断ると、バーナムの静止を無視し荷馬車から飛び降りた。
「アルフリード殿!?」
「このまま真っすぐ進めば役所に着く。後は勝手に行け!」
叫ぶと、アルフリードは村外れにある店へ向かい走り出した。
バーナムの話が本当なら、アルフリードの剣を打つ前に竜の鱗を使い、相当な練習をした筈である。
ならば、失敗作や予備の竜の鱗があるだろう。
もしなかったとしても、砕けた自分の剣の残骸を持って、名匠グララガボルドのところへ行けば打ち直して貰えるかもしれない。
そんな期待を胸にアルフリードは筋肉強化の魔法を使い【猫のひげ】へ急いだ。
「あいつの腕が良かった訳じゃない。使っていた素材が良かっただけだ」
店主であるアゼリアが居たなら、またおかしな仕掛けで追い出される可能性があったが、旅に出ている今ならその心配はない。
こっそり入って、廃棄されるはずの失敗作を何本か貰ったところで何の問題もないだろう。
本気でそんな事を思いながら、キレイに舗装された道から外れると踏み固められただけの道を進む。道の両脇に咲き誇る野花を蹴散らし、頭上の梢を振り払うようにして走り続けると視界が開け、広大な土地へ出た。
「何で……」
あるはずの物が無い事実に呆然としていると、後を追ってきた<金色の獅子>のメンバー達が追いついた。
「何をいきなり走り出してんだよ~。つーか、ここ何だよ?」
初めてサクリ村へ来たジュードを始めメンバー達は眉を顰めるが、以前アルフリードと共に訪れた事があるソフィだけは驚きの表情でいた。
「お店、無くなってる……」
元からその場には何もなかったかのような更地となっているが、建物があった事を裏付けるように、店の面積部分には草は生えておらず、土の色も僅かに違う。
つい数日前まで建っていた木造三階建の店がこんなにもキレイになくなるものかを考え、そしてアルフリードは怒りで身体を震わせた。
「まただ……」
子供の時分よりそうだった。
最優先されるのは『リッカ母さんとの約束』。
友人から婚約者となってもそれは変わらず、何もかもが秘密。
ステータスを見せ合おうと持ち掛けても、駄目。
素材採取に一緒に連れて行ってくれと頼んでも、駄目。
鍛冶師になる為にどんな訓練をしているかを訊いても、色々だとはぐらかされ。
家に遊びに行きたいと言えば、結婚するまで家には上げられないと言われた。
それほどまでに母親との約束が大事かと幾度となくケンカをし、一度など『俺と母親とどっちが大切なんだ』と喚いたほどだった。
アゼリアは『約束を簡単に破るような人間を信用できるの?』『母親を大切にできない人間を好きになれるの?』と返し、一度として折れる事はなかった。
剣の素材に竜の鱗が使われていた件も『リッカ母さんとの約束だから何も話せない』と言うのだろう。
竜の鱗を寄越せと言っても『リッカ母さんとの約束だから無理』と断るに違いない。
確信めいた予想にアルフリードは歯噛みし「クソッ」と吐き捨てた。
「俺はただのトッドじゃねぇ。英雄アルフリードだ! 竜の鱗くらい自分で採って来てやる!」
無謀とも言える宣言にパーティーメンバーは顔を顰めるが、否を唱えれば臍を曲げ、面倒な事になると分かっているだけに何も言わなかった。
村外れの鍛冶屋跡地にてアルフリードが大言を吹いている頃、バーナムは何とかサクリ村の役所に辿り着いた。
村長であるマルコーに村の案内を頼み、秘書のケイティと共に目当てである文房具店へ向かうものの、道すがら通りに立ち並ぶ屋台一つ一つに足を止めては質問し、食べては質問をするを繰り返し、文房具店へ着く頃には日がどっぷりと暮れていた。
「何と素晴らしい!」
バーナムは文房具店に陳列された商品を片っ端から手に取り、店主へ使用方法を尋ねてはメモ書きし、店の在庫を空にする勢いで売買契約を結ぶと、明日の早朝に荷馬車で受け取りに来ると告げて次の店へと移動した。
時間の問題もあり、二店舗までしか契約を結べなかったが、想像を遥かに超える収穫にバーナムはご満悦だった。
「それでは<ハマゴウ>商会の未来を祈って!」
マルコーお勧めの居酒屋にて隊商メンバーとエールのグラスを合わせ、一口二口と飲んでいると店主お勧めの料理が運ばれて来た。
「失礼します。大根のサラダとやみつき塩キャベツです」
「出汁巻き玉子と自家製湯葉豆腐になります」
「レッドボアの角煮と焼き鳥をお持ちしました」
「揚げ出し豆腐と串カツ。濃厚ソースの焼きそばで~す」
店員が代わる代わる運んで来たのは見た事もない料理だった。
バーナムを始め、隊商のメンバー達はエールを飲むのを忘れ、料理に魅入った。
「会長。これは何でしょうか?」
「うむ。サラダとキャベツは分かるが、こっちの白いのは何だろうな」
隊商メンバー全員の視線が注がれる中、バーナムは湯葉豆腐をスプーンで掬い口へと運んだ。
「んんん~! 何て上品な味だ!」
バーナムの反応を見るなり、隊商メンバー達は目の前に置かれた料理に手を伸ばした。
「ウマっ! 何だこれ!」
「鳥の串焼きにかかっている甘しょっぱいのなに? 何なの!?」
「こっちのこれ、ヤバイぞ。サクサクしている!」
「角煮ヤベー。口の中でとろける!」
気心知れているとはいえ、雇い主の前で行儀が悪い。
悪過ぎるが、食事に夢中で誰一人気にもしなかった。
「すいません。鳥の串焼きをもう一皿下さい!」
「サクサクのやつも追加で!」
「エール十人分おかわり!」
「玉子焼いたやつも!」
「キャベツ! キャベツ下さい!」
早い者勝ち。
最早、争奪戦のような食事に会話は無く「美味い」「堪らない」「幸せ」と言う単語が響くだけだった。
肩に軽い衝撃を覚えバーナムが目を開けると、自身が所有する荷馬車の荷台の中だった。
「大丈夫ですか? 何かトラブルですか?」
見知らぬ旅人にそう尋ねられ、バーナムは訳が分からないままに返事をした。
「大丈夫です」
「そうですか? なら、早く馬車を移動させた方がいいですよ」
「はい……」
座ったまま寝ている隊商のメンバーを避けながら荷台から外へ出ると、ルーベル国とヴァシェーヌ国を結ぶ街道だと分かった。
旅人に礼を言い、馬で走り去るのを見送ると、後ろに続いて泊められている荷馬車を覗いた。
中には隊商の女性のメンバーとケイティが眠っており、バーナムはケイティの肩を叩いて起こした。
「会長?」
「ミス・ケイティ。荷台から出て来て貰えるかな」
ケイティは硬い木の床で寝た所為で痛む身体を起こして外へ出ると、驚きから息を飲んだ。
馬車が泊められていたのは街道のど真ん中だったからだ。
通常、馬車を泊めるなら他の通行人の邪魔にならないように道から外れた場所に泊めるか、道の端に寄せるのがルールだ。
だと言うのに、馬車は道の真ん中。しかも誰も見張りに立っていない状態で寝ていた事に狼狽した。
「ミス・ケイティ。何故我々がこんな場所で寝ていたのか、理由を知っているかね?」
「いいえ」
「ヴァシェーヌ国へ商品を売りに行ったのは覚えているかな?」
「はい」
ケイティは異空間収納を開き、中身を確認した。
「売上金はちゃんとあります」
「うむ。そうか」
ヴァシェーヌ国へ荷を下ろした帰り――。
だとしてもこんな道の往来で車中泊するなんてありえない。
少し行けば小さな村だってあるというのに……。
訳が分からないと首を捻りつつ、バーナムは隊商のメンバーを起こした。
「とにかく、こんなところへ馬車を泊めていては邪魔だ。近くの村まで行くぞ」
バーナムの言葉に隊商のメンバーは返事をした。メンバーが何時も通りの配置に着いたのを確認し、バーナムは御者台に腰を下ろすと馬車を走らせた。
少しすると、荷台の上に乗った索敵要員の二人の声が耳に届いた。
「何か凄く良い夢を見た気がするんだ」
「俺も。スゲー美味いもん食った夢見た気がする~」
「内容は覚えてないんだけどな……」
「俺も。何を食べたかは覚えてないんだけどな~」
「幸せな気持ちだったのは覚えているんだよ」
「幸せだったのは確かなんだよな~」
二人の言葉を聞き、バーナムも似たような夢を見た気がした。
内容は覚えていないが、とても幸せだった。
そんな名残が胸にあり、頬を緩ませていると村の入り口が見えてきた。
ふと――大切な約束を忘れているような不安を覚え、ここ数日の出来事を思い起こしてみるが、該当するものは何も無く、気のせいだろうかと明けきらぬ空を仰いだ。
村に入り、馬車を止めるとバーナムは二台目の荷馬車に乗り込んでいる秘書の元へ向かった。
「ミス・ケイティ。私は人と会う約束か何かしていなかったかな?」
バーナムの問いにケイティは眉を寄せた。
「私の記憶の限りでは何の予定も入ってはいません」
「手帳にも何も無いかね?」
「それが……手帳は何処かに落としてしまったらしく、手元に無いのです」
「そうか。それは仕方ないね」
バーナムは何時も持ち歩いているメモ帳に何か書かれているかもしれないと、ジャケットの右ポケットに手を入れた。
だが、メモ帳の感触はなく他のポケットに入れたのかと身に着けている服のポケットをまさぐるが何処にも無く、異空間収納まで調べたが、見つからなかった。
二人同時に物を無くすなどあり得るだろうか?
何とも言えない違和感に記憶を巡らせるが、結局何も思い出せないまま、帰途につくのだった。




