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4.村長のお願い

 朝、目を覚ますと、顔が酷い事になっていた。

 泣き過ぎた所為で、二重瞼が腫れぼったい一重になり、飲み過ぎの所為か顔全体が浮腫んでいた。

 どうしよう。

 こんな顔じゃ外に出れない。

 いや、顔が何時も通りであっても出れないかも……。

 小さな村だ。

 私とトッドの婚約は村中の人間が知っている。

 そして、婚約破棄されたという噂と言う名の真実は風の速さで伝わっているに違いない。

 村人達から向けられる同情や哀れみの視線を思うと、今直ぐベッドへ引き返し、引き篭もりたい気分だ。

 いっその事、精神的ショックにより暫く休業とでもしようか?

 名ばかりの鍛冶屋。取り急ぎの依頼もないし、毎日買い物客が来る訳でもない。

 カフェ【猫のしっぽ】には常連さんがいるけれど、うちが休みなら他で食べるだけだろうし。

 両瞼に氷をあて、腫れを引かせる為の応急処置をしながらどうしようかと頭を悩ませていると、呼び鈴が鳴らされた。

 鍛冶屋【猫のひげ】は九時から十一時。一旦閉じて、十六時から十八時まで。

 十一時から十四時。十八時半から二十時半までがカフェ【猫のしっぽ】の時間だ。

 現在八時十分。

 どちらも営業前ですよ?

 リンリンしつこく鳴らされる呼び鈴に急かされ、氷を顔に当てたまま一階へ下りて行き鍛冶屋の扉の前で訪問者の確認をすると、返ってきたのは村長の名前だった。

 扉を開けると、六十半ば中肉中背のマルコーさんとそのお供である役場の二人が私の顔を見るなり、表情を曇らせた。

 朝から見苦しいものを見せてすみません。

 心の中でそっと謝罪し、笑顔を作る。


「マルコーさんどうしたんですか?」

「お、おはよう。アゼリアちゃん」


 ぎこちない笑顔で挨拶をしたマルコーさんとお供の二人は、そのまま黙ってしまった。

 まあ、婚約破棄された女が一晩中泣いたと分かるほど顔を腫らしていたら、何時も通りに喋るなんて無理ですよね。

 とりあえず用件は店内なかで聞こうと、店に入って貰い発注を承るカウンターに誘導し椅子を勧めたが、何故か三人とも座ろうとはしなかった。


「それで、こんな朝早くにどうしたんですか?」


 マルコーさんは一瞬私を見詰めるが、視線を逸らし俯いた。

 何だろう?

 余程無茶な注文でも持ってきたのだろうか?


「何か大急ぎで入用な物でもできましたか?」

「それが……」


 口を重くするマルコーさん。

 数なのか。大きさなのか。複雑さなのか。

 どれほど面倒な依頼だろうと思案していると、こちらの顔色を窺うようにしてマルコーさんは口を開いた。


「実は、トッドの事なんだが……」


 あのバカ。また何かやらかしたのか!?


「村から英雄が出たって事で、祭りを催そうかと言う意見が出たんだが……」


 ん? 祭り?

 祭りって事は鉄板を作って欲しいとかかな?


「それで、首都ビジェツへ帰ろうとしているトッドを捕まえて、祭りにゲストとして参加してくれないかと頼んだんだが……」


 何だろう。

 風向きが怪しいぞ。


「アゼリアちゃんが謝罪し、お詫びの品として新しい剣を献上しなければ嫌だと言っていてだね……」


 は?

 謝罪?

 私に一体何を謝れと言っているのかな。あのアホは?

 どうやら認識の相違があるようね。

 二度と会う事はないと思っていたけど、もう一度会って、話し合う必要がありそうだわ。

 言語ではなく、拳と拳で!

 私の額に浮かんだ青筋に気付いたマルコーさんは、目を泳がせながら額の汗を袖口で拭いながら言葉を続けた。


「アゼリアちゃんの気持ちは分かる。分かるが、ここはひとつ村の活性化のためにだね……」

「嫌です」

「そ、そう言わずに……」

「絶対に謝りませんし、剣も打ちません!」

「アゼリアちゃんは何も悪くない。悪いのは全部トッドだ。それは村の全員が知っている。あんな恩知らずに頭など下げたくないだろうけど、村から英雄が出るなんてそうそうある事じゃない。頼むこの通りだ。形だけでもいいから謝罪しては貰えないだろうか?」


 祈るように顔の前で両手を合わせるマルコーさんに、容赦なく。


「あのろくでなしに頭を下げるなんてありえません。むしろボコボコに殴って川に投げ捨ててやります」


 微笑んでいる分恐ろしい形相となっているのか、村長とそのお供二人は小さな悲鳴を漏らした。


「待ってくれ! そんな殴るなんて無茶言わないで……」

「無茶じゃないですよ。元冒険者と現冒険者二人から直接指導を受けましたから、自称英雄の顔ぐらい余裕で殴れますよ」

「そっ、そう言う事じゃなくてだね。殴っちゃ駄目だ! お願いだから殴らないでくれ!」


 この通りだとマルコーさんが土下座を始め、それに習うように二人も土下座を始めた。


「ちょっ! マルコーさん、止めて下さい。お二人も顔を上げて下さい」

「いいや。アゼリアちゃんが殴らないと約束してくれるまでは頭は上げない」

「そんな。ずるいですよ」

「何と言われようとも、約束してくれなければ頭は上げない」


 この通りだと、更に深く頭を下げるマルコーさんに心を折られ。


「わっ、分かりました。約束します。トッドの事は殴りませんから」


 と、約束する事になった。

 但し、祭りが終わるまでの間だけだと言う事は伏せて。


「だからね。顔を上げて下さい」


 マルコーさんは両手を床に付けたまま顔だけを起こし、じっと私を見詰めた。


「アゼリアちゃん。頭を下げたくなければ下げなくてもいい。その代わり剣だけは……」

「嫌です」

「そこを何とか! 村の活性化の為に頼む!」


 再び土下座を始めたマルコーさんとお供の二人に顔を上げるように言うが、頑として頭を上げようとしない。

 三人の土下座攻撃に困り果てた私は、とうとう「分かりました」と返事をした。


「それじゃあ……」

「剣は打ちません」


 私の返事に期待の篭った表情が一瞬にして曇り、肩を落として項垂れる。

 そんな三人に私は告げる。


「私、村を出て行きます」

体長が良ければ明日も更新します。

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― 新着の感想 ―
よかった!!!ここで全部飲み込まされるとか悔しいもんね
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