37.まさかの……
分かりましたと答えてみたはいいけれど、何があるんだろう。
さっき、トランクを開けた時に見えたのは調度品が白で統一された高級感溢れる部屋だった。
誰かの屋敷なのか、高級な宿屋なのか。それ以前に三区って何処って感じなのだが……。
支度が整い次第呼びに来ると言っていたけど、私は支度をしなくていいのだろうか?
滝のような汗を掻いるし、そこはかとなく……いや、かなり強めに餃子の臭いが付いているんだけど……。
うん。いい訳がない。
って事で総司ちゃんに飛び込んでクリーニング。臭いと汚れの問題は解決。後は待つだけ。
に、なる訳がない!
何故なら、今着ているのは調理時に着る七分袖の白色のコックコートと黒色のスボンなのだから。
何処かに出かけるとして、この格好でレオナルド様の隣に立つのは申し訳ないし、出かけないとしてもよくない。絶対に!!
徐に立ち上がり、キッチンの裏口を勢いよく飛び出し廊下を駆けると、中央階段を一段飛ばしで上り、二階にある自室へ飛び込んだ。
何処に行くのか(行かないのか)分からないけれど、とにかくレオナルド様に恥をかかせない服!
って、そんな上等な服を持っていたかな、私!?
クローゼットの服を一着ずつ確認しては除けるを繰り返して行くうちに、どれが正解か分からなくなる。
待て! 落ち着け私!
何を着てもレオナルド様の隣に立てば、霞むのだ。どうせ空気のような存在になるのだから、上質な生地で作られたものの中で着古していない服を着ればいいだけの事。
大切なのは清潔感だと、クローゼットの奥から白のラウンドカラーシャツと紺のギャザースカートを引っ張り出すと即座に着替え、クローゼットの扉裏に設置された姿見で全身をチェック。
服は問題ない。
けど、でも頭がボサボサだ!!
何時も後ろに一つで結んでいる髪をほどいて、櫛で梳かすと低めの位置でポニーテールに結ぶ。そして三つ編みにして結び目に巻き付けたらピンで固定。お団子ヘアーのできあがり!
清潔感はバッチリ。
何となくエプロンをし忘れたメイドに見えない事もないが……。
いっそ『従者ですが、何か?』って顔でレオナルド様の隣……いや、半歩後ろを歩いたら色々な違和感が解消されていいかもしれない。
うん。そうしよう。
従者なら化粧をしない方がいいだろうと、すっぴんのままカフェに戻れば全身黒ずくめのレオナルド様が階段脇に立っていた。
「着替えて来たのか」
「はい」
レオナルド様に恥をかかせないように、鋭意努力しました。
「出会ってからずっとスボン姿だったからな。スカートを履くだけでこんなにも華やかになるとは思わなかった。その……見違えたぞ」
馬子にも衣裳と言いたいのですね。
「有難う御座います。実はこの服、母がデザインしたものなんです」
「そうか。良く似合っている」
無表情の上お世辞だと分かってはいるが、レオナルド様に褒められるとちょっと照れる。
「では、行こうか」
「はい」
買い物でも観光でも従者のふりをして付いて行きますよ!
レオナルド様を先頭に意気揚々とトランクからでると、白色の調度品が並ぶ部屋に出た。
さっきはちらっとしか見なかったからあれだけど、天井にはゴージャスなシャンデリアが下がり、壁には湖の静寂が伝わってくる素晴らしい絵が飾られ、調度品には美しい彫刻が刻まれている。
部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドは成人男性が三人は余裕で眠れそうなくらい大きいが、それでも圧迫感を覚えない程広く贅沢な部屋。
宿ではなく、貴族の屋敷だろうか?
そんな事を考えていると、レオナルド様に左手を差し出された。
従者と言う設定上どうしたものかと手を見つめていると、レオナルド様の青い瞳に『取れ』と無言の圧をかけられ、仕方なく手を取った。
「レオナルド様。ここは何方かのお屋敷ですか?」
「いや、貴族専用、会員制のホテルだ」
トランクがあるから普通の宿屋でよかったのに、こんな高級なホテルを取ってくれるなんて……。
何時も通りで分かり辛いけど、昨日の事をまだ気にしていたりするのだろうか?
もしかしてこれがお詫びのしるしだったりして……。
ちらりと横目でレオナルド様を盗み見るが、常時無表情な顔からは何も読み取れない。
手を引かれるまま部屋の扉の前まで共に進むと、扉が開かれ、目に飛び込んで来たのは薔薇の花だった。
トランクが置かれている部屋と同じく白い調度品が並ぶ部屋に所狭しと飾られた真っ赤な薔薇。
薔薇! 薔薇!! 薔薇ァ!!!
部屋中が薔薇だらけ。何この数、暴力的過ぎる。
薔薇一輪の値段が二百から五百クレとして、どれ程散財したのか、聞きたいような聞きたくないような……。
それはそうと、私の誕生花は薔薇じゃない。
レオナルド様ってばお花屋さんに騙されたのだろうか? もしくは聞くのが恥ずかしくて、適当な花を買ってきたのだろうか?
どちらにせよ、こんなにもたくさん買う必要はなかったのに。
生まれも育ちも庶民な私は部屋いっぱいの薔薇に感動するどころか、気後れして固まっていると、手を引かれた。
通常ならテーブルや椅子が置かれているだろう部屋の中央に導かれるまま歩いて行くと、レオナルド様は私に向き直った。
「いいと言うまで目を瞑っていてくれ」
まだ何か出てくるの!?
目ぇ瞑りたくない!
「アゼリア。頼むから目を瞑ってくれ」
正直言って瞑りたくないけど、瞑らないとレオナルド様に延々と見つめられ続けられそうなので、覚悟を決めて目を閉じた。
私の手を放し、レオナルド様の気配は数歩ほど先まで離れるが直ぐに戻って来た。
「目を開けてくれ」
言われた通り目を開けると、レオナルド様が片膝を付き、手の平大の箱を掲げていた。
何だろう。この状況。
「箱を開けてくれ」
もしかして、薔薇の花ではなく、箱の中身がお詫びの品なのだろうか?
だとしたら開けたくない。
だって、部屋いっぱいの薔薇より高い物が現れるに決まっているから!
私が箱を開けない事に痺れを切らせたのか、レオナルド様自身が箱を開けた。
中から出てきたのはきめ細やかな細工が施され、エメラルドが嵌め込まれた金の腕輪だった。
「結婚しよう」
部屋いっぱいの真っ赤な薔薇。エメラルドが施された金の腕輪。とどめに意味不明な発言をされ、私の思考は一瞬、停止した。
「けっ、決闘ですか?」
「結婚だ。何処の世界に決闘相手に誓いの腕輪を贈る人間がいるんだ」
世界は広いので、何処かには居るかもしれないじゃないですか。
それに、誓いの腕輪って何!?
「つかぬ事をお聞きしますが、レオナルド様。道中にかさに水玉模様のある赤い茸を食べませんでしたか?」
「食べていない」
「それじゃあ、小ぶりで可愛らしいオレンジ色の茸は?」
「食べていない。一体何の話だ?」
「幻覚作用のある茸を食べたせいで、おかしな事を言っているんじゃないかって話です」
「俺は正気だ」
「酔っぱらいは酔っぱらっていないと主張します!」
「酒は飲んでいないし、拾い食いもしていない。自分の意志でお前に結婚を申し込んでいる。大体、昨日申し入れを受け入れただろう」
何の話!?
訳が分からず、目を白黒させていると、レオナルド様は眉を寄せた。
「まさか、結婚の申し込みだと知らずに花を受け取ったのか?」
「いや……その……」
「男が跪いて花を掲げるのは結婚の申し入れだ。常識だろう?」
そんな常識、サクリ村にはありません!
「あの、私の生まれ育った村にはそう言った風習がなかったので、昨日のお花はお詫びの品だと思って受け取りました」
「そうか。お前の国とヴァシェーヌでは結婚の申し込みの方法が違うのだな。それならば仕方ない」
良かった。誤解が解けて……。
「ならば改めて申し込む。俺と結婚してくれ」
「無理です!!」
全力でお断り申し上げると、跪いていたレオナルド様が立ち上がり、私を見下ろした。
「何が気に入らない?」
「気に入る入らないの話ではなく……」
「申し込みの仕方が違うからか? 教えてくれればお前の国の方法で申し込みし直すぞ」
「いや、申し込み方法に拘りはありませんが……」
「なら何が気に入らない?」
深い青色の瞳が鋭く光る。
圧が凄い!
「そっ、そもそも、結婚って何処から出てきたのですか!」
「未婚女性の裸を見たのだ。責任を取るのは騎士として当然だろう」
「真面目か!?」
あっ……つい、大声で突っ込んでしまった。
「失礼しました」
「構わない」
「裸と言っても、見たのは背中だけで、全身くまなく見た訳でもありませんし」
「どの部分を見たかは問題ではない。結婚前の女性の裸を見た事で傷物にしたのが問題なのだ」
「傷物って……大げさじゃないですか?」
「大げさではない。親族以外の男に裸を見られたと噂が流れただけで結婚ができなくなる事もある」
「それは貴族の令嬢の話ですよね? 私は平民ですから関係ありませんし、昨日の事故について知っているのは私とレオナルド様の二人だけですから、噂の流れようもありません」
「噂が流れようと流れまいと、事実は変わらない」
真面目だ!!
「見られた事実は消えませんが、奴隷から解放された暁には記憶も消えますので問題ないですよ」
朗報を告げたのに、不機嫌な顔になった。
「貴族の結婚は一族の未来を左右するものだと母から聞いています。レオナルド様は見た目は勿論、人柄も良いですし、若くして騎士団の団長を務める程優秀なんですから、良家の令嬢とのご縁もあると思います。どこの馬の骨とも知れない村娘の為に一族の発展や個人の出世への道を捨てないで下さい」
「一族の未来は兄がどうとでもする。俺は生涯第二騎士団の人間でいられればいいと思っている」
「だとしても、貴族には高貴な血を残すと言うお役目もあるじゃないですか」
「俺以外の人間が頑張れば済む問題だ」
「いやいや、駄目ですよ。お役目投げ出しちゃ」
「何故そこまで頑なに断る。先程、お前自身が俺を条件の良い男だと言っていたではないか?」
確かに言いましたが。
「あれは世間一般的な解釈ですので……」
「お前の好みに俺は当てはまらないのか?」
あ……当てはまりはするんだけど……。
「何故肯定しない?」
あっ、いけない。つい、黙っちゃった。
「つまり俺の見た目や性格は好みなんだな?」
「いや、その……」
「なら問題は俺の身分か」
何か、雲行きが怪しくなってきた。
「お前が望むなら……」
「ああああああああ! あの、私には婚約者が居るんです!」
正確には過去形。『居ました』だけど。
「それは本当か?」
「はい。同じ村の幼馴染で冒険者をやっているのですが、今は旅に出ていて……」
『五百万クレ貯まったら戻ってくる。だからそれまで俺の事を待っていてくれ』
不意に、ろくでなしの元婚約者の置きセリフが思い出され、言葉を詰まらせてしまった。
「その、帰ったら結婚しようねって、約束しているんです」
果たされなかった惨めな約束を何とか笑顔と共に明るい口調で言ってのけたが、嘘だとバレなかっただろうか?
探るように、レオナルド様を盗み見れば、僅かに苦い表情を浮かべこちらを見ていた。
「知らなかったとはいえ、婚約者が居る女性に結婚を申し込んだ不作法を許してくれ」
「いえ。レオナルド様が謝る事は何も無いです」
頭を下げるレオナルド様に、頭を上げるようにお願いをする。
「これは昨日の件を含め、心を煩わせた事への詫びとして受け取ってくれ」
誓いの腕輪が入った箱を差し出され、私は半歩後ろに退いた。
「こんな高級なもの頂けません」
「お前の為に作らせた物だ。受け取って貰えないなら捨てるしかない」
「捨てるなんて勿体ない。手直しして他の方へプレゼントしたらいいじゃないですか」
「他の女性の為に作らせた物を贈られて喜ぶ女性が居ると思っているのか?」
私はそういうの気にしないけど、大半の女性は気にするよね。
「腕輪の裏にはお前の名前が刻まれている。これはお前の物だ。捨てるなり金に換えるなり好きにしてくれ」
押し付けるようにして箱を手渡され、つい受け取ってしまったが……困る!
値段が想像できないような高級な物を一方的に貰うなんて、心苦し過ぎて不眠症になる。
「レオナルド様。ヴァシェーヌ国での金とエメラルド石の買い取り価格はいくらでしょうか?」
「そんな事を聞いてどうする?」
「腕輪は素材買い取りと言う形で、お代をお支払いをしようかと……」
「俺がその金を受け取ると思うのか?」
思いません。
が、受け取って貰わないと私の安眠に危機が訪れる!
「そこを何とか……、お金が駄目なら物々交換ではどうでしょう?」
「物々交換?」
「はい。マルマール様からの委託商品は私の好きにはできませんが、私が作った物ならいくらでもお渡しできますので……」
そこであるものの存在を思い出し、レオナルド様に断りを入れると隣の部屋に向かった。
トランクのダイアルを私室に合わせて下りて行くと、物置から全長一メートル四十センチ程の箱を取り出し、急いでレオナルド様の元へ戻った。
「あの、これなんですが」
私は箱を床へ下すと蓋を開け、中に納まっている物を見せた。
「これは?」
「この剣は私が最終試験に打った物です」
「試験?」
「はい。鍛冶師だった母に全ての技と力を使って最高の剣を作ってみろと言われて打った物です」
母をイメージして打ったので、漆黒の剣身には赤い魔法呪文が刻まれ、鍔、握り、柄頭全てが黒で統一されている為、禍々しさが半端ない。
「見た目はおどろおどろしいですが、使い手の精神や肉体を蝕む事はありませんのでご安心下さい」
「アゼリア」
「はい」
「何故お前に剣を打つ試験が必要だったんだ?」
「何故って、そりゃあ私が鍛冶師だからです」
「は?」
うん!?
あれ?
私、鍛冶師だって言っていなかったっけ?
「商人ではないのか?」
「商人でもあります」
「カフェは何なのだ?」
「カフェのマスターでもあります」
「本業は何なのだ?」
需要の観点から言うとカフェのマスターなのだが。
「鍛冶師です」
「本当か?」
「職業は鍛冶師で間違いありません」
答えを聞き、レオナルド様は疑わしそうに私を見た。
「本当に鍛冶師です。お疑いなら、目の前で武器でも防具でも打って見せますよ」
「いや、疑っている訳ではない。ただ、料理を作っているイメージが強くて、鍛冶師としてのお前が想像できなかっただけだ」
言われてみれば、出会ってから料理ばかりだったな。
「触ってもいいか?」
「どうぞどうぞ。何でしたら試し斬りして頂いて結構ですよ」
レオナルド様は剣を手に取り、剣身をしげしげと見つめると、私から距離を取った。
両手で構えた剣を何度か振り下ろした後、再び剣身を渋い顔で見つめると、そのままの顔で私を見た。
「この剣に何をした?」
「何、と言いますと……」
「剣とは無機質な物だ。だと言うのに、この剣には生命を感じる」
剣には打ちての魂が宿るとリッカ母さんは言っていたが、それだろうか?
「母に教えられた通りに打っただけで、特別な事は何もしていませんよ」
「……」
無言と疑いの目が返された。
「その剣が気に入らないのであれば、他にも剣はありますので……」
「これでいい。いや、これがいい」
レオナルド様は漆黒の剣を熱っぽい目で見つめ、微かに微笑んだ。
「これは間違いなく国宝級の代物だ」
「お世辞にしても、国宝級だなんて大げさですよ」
「俺は世辞は言わないぞ」
正面から真剣に言われると、反応に困る。
「だが、本当に貰っていいのか? 言っては何だが俺が渡した腕輪など比べ物にならない程の高い値段が付く代物だぞ」
「この剣は売り物として作った物じゃないので、売れないんです」
「試験用だからか?」
「それもありますが、この剣は母の旅に連れて行って貰う予定だったんです」
「旅に?」
「私が成人したら、もう一度冒険に出る事を母は検討していたんです。旅に出るなら私の代わりに連れて行ってくれとお願いしていたんですけど、私が成人になる前に母が亡くなってしまって……」
「だとしたら、余計にこれを貰う訳にはいかない」
「いえ。貰って下さい。先程も言いましたが、売りものとして作っていないので、売れませんし、私の手元に置いておいても使ってあげる事はできません」
「だが……」
「使われない剣は哀れです。だから、貰って下さい」
ならばと、レオナルド様は漆黒の剣を受け取る事を了承してくれた。
「後で返せと言われても、返さないぞ」
鞘に納めた剣を胸に抱きしめてそう言うレオナルド様に。
「私だって腕輪は返しませんよ」
腕輪の入った箱を背に隠して応じる。
私達は小さく笑い合い。
そして――。
「それでは、薔薇の花を片付けましょう」
「そうだな」
部屋中に飾られた薔薇を二人で仲良く撤収し始めた。




