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36.ヴァシェーヌ国

 異空間に収納された家には外の音も日の光も届かない為、寝過ごし防止に毎日目覚まし時計を合わせいるものの習慣とは素晴らしいもので、本日も目覚ましに頼る事無く目が覚めた。

 着替えを済ませ部屋を出ると、居住スペースにあるキッチンで朝食を用意し、一人での食事。

 食器などの洗い物を総司ちゃんにまかせると、中央階段を使い一階へ下りた。

 鍛冶屋の裏手にある廊下を進みカフェ【猫のしっぽ】のキッチンに出ると、イートインブースの天井にはトランクとそこへ繋がる階段が出現していた。

 一番近くのテーブルには、昨日置いた調味料入りの袋が無くなっており、現在フェリックス様達が食事中だという事が窺い知れる。

 獲物は大きい物が捕れたのだろうか。下処理はちゃんとしているのだろうか。そんな余計な心配をしながらお菓子作りの用意をしているとトランクがノックされた。

 手に持っているボールや泡立て器を作業台に置いて階段へ小走りで駆け寄るが、一段目に足をかけたところでトランクは開かれた。


「居たのか」


 私が居た事に対し、驚いているような口調だが、顔は無表情故に驚いているようには見えない。


「おはようございます」


 手に持った調味料入りの袋を受け取ろうと階段を上りかけるが、レオナルド様自身がカフェへ下りて来たので、階段から退いた。


「今日の獲物は何が捕れたんですか?」

「ホーンラビットだ」


 昨日の今日で私の方は照れを感じてしまい若干早口になっているというのに、レオナルド様は何時も通りの口調と表情。

 レオナルド様の中では無かった事になっているのだろうか?


「何かあるのか?」

「え?」

「何か言いたげな顔でこちらを見ているだろう」

「いえ、全然。全く何も無いです! はい!」


 花束の件はあれだけど、お風呂場での珍事は忘れて貰った方がありがたいので、ほじくり返すような真似はせず、さらりと話題をすり替える。


「それはそうと、今日はいよいよヴァシェーヌ国に到着するんですよね?」

「ああ。昼過ぎには着く予定だ」

「昼過ぎですか。楽しみです」

「着いたら知らせる。ダイアルは何番に合わせればいい?」

「それならカフェでいいですよ。お昼ご飯はここで取ってそのまま読書でもして待っていますから」

「いいのか? 場合によっては夕方になる事もあるぞ」

「でしたら、本を十冊ほど用意します」

「そうか」


 レオナルド様は頷くと、私の後ろへと視線を向けた。


「色々な道具が出ているが、何か作るのか?」

「はい。今からお菓子を作るつもりです」

「菓子か……甘いものは滅多に口にする事ができないからな。皆喜ぶだろう」


 ん?


「お菓子を買って下さるのですか?」

「何だ。売ってくれないのか?」

「いえ。ご要望があればお菓子でも何でもお売りしますが、現物を食べてもいないのにいいのですか?」

「お前が作るものは何でも美味いに決まっている」


 何て男前なセリフ。

 何と言う信頼感。


「レオナルド様の期待を裏切らないように、全力で頑張ります」

「程々でいいぞ」

「程々に全力で頑張ります!」


 無駄に力む私に引いたのか、レオナルド様は無言で私を見つめると、そのままトランクの外へと出て行った。







 自分用の三時のおやつとしてナッツのクッキーを作る予定だったけど、騎士団の皆さんの好みが分からないので、プレーン、チョコチップ、ナッツ、チーズ、紅茶の五種類を用意する事にした。

 ボールに入れたバターを泡立て器で練り混ぜながら、ふと考える。

 クッキーだけではパンチ力足りなくない?

 クッキーの生地を寝かせている間に何か作れるよね。

 混ぜて焼くだけのチーズケーキなら余裕じゃない?

 ――と。

 お昼まで時間はあるし、作っちゃえ!

 って、作ったはいいけど、これらの品は本日中に引き渡せるのだろうか?

 クッキーは保存に気を付ければ最長一週間は持つが、三日以内に食べて欲しいし、チーズケーキは言わずもがなだ。

 ヴァシェーヌ国に着いたらレオナルド様に相談してみようと、チーズケーキを冷蔵庫にしまい袋詰めしたクッキーを箱に入れていると、トランクがノックされた。

 時計を見れば、針は十一時五十分を指している。予定より早く着いたのだろうか? それとも何かトラブルでもあったのだろうか?

 クッキー入りの箱をカウンターテーブルに置いて、階段へ向かうと、トランクが開かれた。


「レオナルド様。何かありましたか?」

「着いたぞ」

「もう、ですか?」

「壁の内側では緊急事態以外では筋肉強化を使っての移動は禁止されている為、街での移動に時間がかかるはずだったが、門の近くまで迎えの馬車が来ていたので予定より早く目的地に着く事ができた」


 九死に一生を得た息子の顔を早く見たい王様が、迎えを出したのかな?

 他の理由だとしても、早く着けたのは嬉しい。

 有難う王様!


「ところで、レオナルド様以外の騎士団員って、近くに居ますか?」

「今部屋に居るのは俺だけだが、どうかしたか?」

「作ったお菓子を今日中にお渡ししたいんですけど、誰か呼んで貰う事はできますか?」

「俺はフェリックス様の馬車に同乗し、三区で降ろして貰ったが、他の者は今頃四区の辺りを歩いているはずだ。簡単に捕まえられるだろう」

「でしたら、異空間収納アイテムボックスを持った方をお願いしたいのですが……」

「今回の遠征にアイテムボックスを持った人間は参加していない。どれ程の量を作ったのかは知らないが、十人も居たら運べるだろう。それとも数時間で痛むような菓子なのか?」

「いえ、お菓子は大丈夫なんですが、餃子は冷めたら美味しさが半減するので、アイテムボックスで運んで貰えれば、焼き立てをお届けできるかと思いまして……」

「餃子まで作ったのか?」

「騎士団の皆さんが食べたがっていたので、昨日一日がかりで作ったんですが……」


 そう言えば、餃子は絶対に買って貰えると思っていたから、何も確認を取っていなかった。


「えっと、買い取って貰えますかね?」

「ああ。勿論だ」


 そう言ったものの、レオナルド様は目を伏せ、黙り込んでしまった。


「あの、餃子は私が勝手に作ったものなので、無理に購入頂かなくても結構ですよ?」

「うん? いや、買い取りは問題ないのだが……」


 だが?


「お前は所用がある為に俺達とは同行せず、後日ヴァシェーヌに入る。そう団員に話したのにお前が作った食べ物が今日届くのはおかしいだろう」


 それは……。

 おかしいどころの話ではない。後から入国する予定の人間が作った物が、自分達より先に三区(?)に到着しているレオナルド様から手渡されたら、どんなに鈍感な人でも一緒に居ると感付くはずだ。


「あの、お菓子は後日作り直しますので……」


 お菓子の引き渡し中止を提案しようとレオナルド様に声をかけるが、考え事に集中しているのかこちらを見る事もせず、ぶつぶつと小さく呟いている。


「騎士団からアイテムボックス持ちを呼んで運ばせても、時間的な辻褄が合わないだろうし」

「餃子は冷凍しているので一ヶ月は持ちますし……」

「ギルドでアイテムボックス持ちの運び屋を雇い、日にち指定して届けさせれば何とかなるか」

「今回作ったお菓子は路上販売すれば問題ないですから……」

「問題は運び屋が捕まるかどうかだな」

「無理しないで下さい」

「ん? 何か言ったか?」


 私の声が漸く耳に届いたらしく、レオナルド様はこちらを向いた。


「引き渡しは中止にしましょう」

「今日渡さないと菓子が駄目になるのだろう?」

「お菓子は後日作り直します」

「今ある菓子はどうするんだ?」

「路上販売すれば問題ないです」


 私の提案を聞き、レオナルド様は顔を顰めた。


「駄目だ。却下だ」


 却下って……。


「忘れたのか、砂糖一キログラムの値段を」

「あ!」

「お前が作る料理はどれもこれも規格外なんだ。路上などで売ってみろ。騒動になるぞ」


 それは色々な意味で困る。


「お前が作った料理はフェリックス様が全て買い取る。くれぐれも絶対に他に売るな。分かったな?」


 強く念を押され、私は肩を落として小さく返事をした。


「はい」






 異空間収納はその名の通り時の流れが止まった異空間に物を収納できる能力である。

 収納できる質量は人によって異なるそうだが、収納した時と全く変わらない状態で保管できる為、生もの等の輸送に重宝されている。

 商人と雇用契約を結び輸送を担う運び屋。冒険者と契約を結び、一定期間旅に同行する運び屋。ギルドに張り出される依頼をこなす運び屋。色々な運び屋がいるらしいが、とにかく人気が高いので急な依頼を受けて貰うのは難しい。

 そうレオナルド様は言っていた。

 だと言うのに、一時間もしないうちに運び屋を連れて来た。

 お金と権力とコネを使ったのだろうか?

 サクリ村には居ない運び屋を一目見てみたいとレオナルド様にお願いしてみたのだが、却下された。


「何故、秘密裏にヴァシェーヌに入ったか覚えているか?」

「聖女と勘違いされない為です」

「騎士団の制服を纏った俺の側に黒髪の女が居たら、どう思われるか分かるな?」

「……」

「分かるな?」

「はい。すみません。トランクの中でおとなしくしておきます」


 己の迂闊さを反省し、全力で頭を下げるとキッチンへ入った。


「できあがった物は俺が運び屋に渡すから、お前は餃子を焼くのに専念してくれ」

「分かりました」


 レオナルド様がクッキーとチーズケーキをトランクから運び出し、運び屋が待つ部屋へ届けている間に、私は熱した鉄板で餃子を焼き、焼き上がったら紙の容器に詰めて行く。

 焼いては詰めるを繰り返し、レオナルド様と後から合流する予定の護衛の騎士二人の分を除いた三百五十四人前の餃子全てが運び出された直後。大事な事を思い出し、慌てて冷蔵庫を開けた。

 白い蓋の容器に入った餃子のタレを五本ほど籠に詰めて階段を駆け上がり、勢いよくトランクを開けると、箱詰めされた餃子を抱えたレオナルド様が振り向きざまにこちらを厳しい目つきで見ていた。


「トランクから出るなと言ったはずだが?」

「すみません。餃子のタレを渡し忘れてて……」

「そこに置いておけ。これの後に運ぶ」

「はい。お願いします」


 トランクの近くに籠を置きカフェに戻ると、ほんの数時間前までお菓子の甘い匂いに包まれ、久しぶりにカフェらしさを取り戻していた店内が、居酒屋ぽい臭いで満たされていた。

 焼いている時は気付かなかったけど、外の空気に触れた事でよく分かる。

 臭い!

 これは総司ちゃんを召喚せねばと、キッチンの裏口から廊下に出て、中央階段を上がって行く。居住スペースの何処かに居るだろう総司ちゃんを呼びながら各部屋を覗いて行くと、リビングで転がっている総司ちゃんを発見した。


「総司ちゃん。私を助けて」


 手の平サイズの総司ちゃんを連れてカフェに戻ると、レオナルド様がそこに居た。


「それを探しに行っていたのか」

「はい。洗い物は少ないですが、臭いが酷いので」

「臭い? 不快な臭いではないが?」


 食欲をそそる香ばしい臭いではあるけれど、一応ここはカフェなので、餃子の臭いをさせてたら駄目なんです。


「運び屋さんはもう帰したのですか?」

「ああ。日時を指定し、騎士館に届けるように言ってあるから大丈夫だ」

「あ……それじゃあ、焼き立てで届いても、食卓に上がる時には冷めているかもしれないんですね」

「それなら大丈夫だ。受取人をアイテムボックス持ちの魔法使いにしておいた」


 ん?

 あれ?

 遠征にはアイテムボックス持ちの団員はいなかったはず。でも、騎士館には居る。

 つまり、えーっと……。


「つかぬ事をお聞きしますが、騎士団って何人居るんでしょうか?」

「ヴァシェーヌ国全体の騎士の数を訊いているのか?」

「いえ、レオナルド様率いる騎士団の人数だけでいいのですが……」

「うちの団は百二十名ほどだが、それがどうかしたか?」


 良かった。餃子は全員に行き渡る。

 が、お菓子は足りない。

 クッキーは十枚入りを四十七袋用意したから、分かち合いの精神で乗り切って貰うとして、チーズケーキは……。

 一つを六等分にして貰うつもりで九ホール用意したけど、八等分にしても足りない。

 切り方を工夫してくれる人が居る事を祈ろう。


「どうした。難しい顔をして」

「いえ。餃子もお菓子も遠征に来ていた団員の数しか用意していなかったので、全然足りなかったなと……」

「そんな事か。心配せずともローレン殿が上手く取り計らう。気にしななくていい。それより、この後なんだが……」

「後ですか?」


 ヴァシェーヌに着いてからの予定って、何かあったかな?


「支度が整い次第呼びに戻るから、ここで待っていてくれ」

「はい。分かりました」


 トランクから出て行くレオナルド様を見送ると、総司ちゃんと共にキッチンの片付けを始めた。

先週の更新分(36話)は8000文字書いてもゴールにたどり着けず、更新予定日の日曜に更新できませんでした。

で、9000文字は流石に長いだろうと2話に分けてUPする事にしました。この話の続きは水曜か木曜に出来たらいいなと思っております。

閑話である自称アルフリードの話は38話になります。

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