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35.トランクにて運ばれています

「それでは出立するぞ」

「はい」


 外からトランクを覗き込むレオナルド様に、カフェ【猫のしっぽ】店内から返事をし手を振ると、そっとトランクは閉じられた。

 振り返ると、とりあえず運び込んだだけの使用済みの鍋や食器類が、カフェ店内に山のように積み上がっており、その隣で手のひらサイズのクリーナースライムの総司ちゃんがぴょこぴょこ飛び跳ねながら命令待ちをしている。


「この光景も今回で見納めかぁ」


 食後。キッチンに入りきらない程の汚れ物をカフェのイートインスペースで総司ちゃんと共に処理して行き、ゴールであるキッチンの洗い場に辿り着いた時は『勝った』と達成感に震えていたので、それが最後だと思うと嬉しいような寂しいような奇妙な気持ちになる。


「最後の大量皿洗い。行ってみようか、総司ちゃん!」


 私の言葉に応えるように、総司ちゃんはぷるぷると震えると、お皿を取り込み易くする為に体を膨張させた。






 フェリックス様一行と共にヴァシェーヌ国に行く事が決定してしまった時点で、お弁当の依頼を断らざるを得ず、ギルフォードさんにその旨を伝えると明らかにがっかりされてしまい「すみません」と頭を下げる私にギルフォードさんは大きな声で笑い気にするなと言ってくれた。

 そして朝食のお礼にとギルドを通さずに依頼をする事ができるようにと連絡用の札を渡された。


「フェンリルが居るから必要ないかもしれないが、何か困った事があったら声をかけてくれ。護衛でも何でもするぜ。それから、店を出す時は必ず連絡をくれ。ユーリシヤ大陸の何処であってもパーティー全員で食べに行くからよ」


 Sランク冒険者なら懐は温かいはず。しかも十人で三十人分は必ず食べてくれるのだ。何とも心強いお客様だろうか。

 それならばと、ギルフォードさんからも私に連絡が取れるようカフェ【猫のしっぽ】に繋がる札を渡した。


「ダンジョンでの仕事が終わったら、必ず連絡するからな。ぎょーザ? ってやつを用意しておいてくれよ」


 騎士団の誰かに餃子の話を聞いたのか、予約注文とも取れる言葉を残してギルフォードさんが去って行ったのを思い出し、ボール内でみじん切りにした野菜とひき肉を混ぜていた手を止めた。

 餃子かぁ……。

 ユーリシヤ大陸の何処であっても食べに来てくれると言っていたが、遠いより近い方がいいだろうし、店を開くなら人の往来が多い国の方がいいに決まっている。ヴァシェーヌ国でカフェを開く予定はなかったけど、開く事を検討してみようかな?

 店も設備も整っているから、場所さえあれば直ぐにでも営業は出来るけど、まずは営業許可が下りるかどうかが問題だ。

 まあ、許可云々の前に商業国であるヴァシェーヌで店を開く為に必要な手続きが全く分からないから、商業ギルドに行って一から教えて貰わなければ駄目なんだけど……。

 仮に許可が下りたとして、住居兼店をトランクから出して営業するとなると、かなり広めの土地を借りないといけなくなる。無料ただ同然の村の土地と違って、商業国の土地はそれなりのお値段だろうから、お金がかかるだろう。

 レオナルド様にかなりの金額を貸し付けているけど、純利益だけで言えば大した金額ではないので、それなりに広い住居兼店の土地代を支払える気がしない。

 う~ん。

 ここは堅実的に、屋台を出す方向でいった方がいいかもしれない。

 屋台ならサクリ村の収穫祭で何度も作っているし、材料も倉庫の物を使えばいいから直ぐに作れる。

 屋台だと広さも設備も限られてしまうから、販売物を限定した方がいいよね。

 例えば餃子だけとか。

 でも、騎士団の皆さんはご飯と一緒に食べたいと言うだろうし。

 餃子とご飯。

 いっその事、容器に詰めてお弁当として売った方がいいだろうか?

 トランク内で前もってポテトサラダと出汁巻き玉子を作っておいて、お弁当に入れれば見栄えもいいだろうし。

 だけど、餃子だけ売っていると、今度はから揚げが食べたいと言われそうだな……。

 まあ、曜日によって『から揚げ弁当の日』『餃子弁当の日』『ハンバーグ弁当の日』とかにすればいいか――。

 って、そこまで考えて、ふと思う。

 私の職業は料理人ではなく、鍛冶師だ・よ・ね!

 食べ物売るのもいいけれど、その前に今まで作った武器や防具を売る事を考えないと駄目じゃない?

 うん。駄目な気がする。

 屋台の件はとりあえず一旦横に置いておいて、ヴァシェーヌ国に着いたら、在庫の武器や防具を買い取ってくれるところを探して、駄目だったら路上販売して、ある程度在庫がはけたら屋台に取り掛かろう。

 うん。そうしよう!

 なんて事を考えながら、現在、黙々と餃子を作っていたりする。

 何故って?

 森を出立する直前。所要があって騎士団とは別行動になると言う嘘をレオナルド様が話、お別れの挨拶をした際に、騎士団の皆さんから「もう一度餃子が食べたかった」と涙ながらに訴えられ、執拗なまでに「餃子」「餃子」と連呼されたからである。

 ヴァシェーヌ国に着き、レオナルド様とお別れする時に、買い取って貰うつもりでせっせと具を皮で包んでいるのだが、作っても作っても終わりが見えない。

 それもそのはず。カフェ【猫のしっぽ】の餃子の日に備え作っている数は千個。だけど、騎士団の皆さんはの胃袋を満足させるには千個では足りないと、三千個を作る予定だから。

 トランクに運ばれている間はやる事なくて暇なんだから、余裕だよね。って思っていたけれど、精神的にキツイ!

 単純作業好きだけど、辛い!

 こんな事なら霽月を魔大陸に返さずに会話相手として残しておけばよかったな。

 ぐすん……。

 泣いても始まらないので、手を動かしますけどね。

 うぅっ……。








 肩凝った! 腰が痛い! 指が腱鞘炎になる! などの泣き言を零しつつ、己との戦いに勝利した私は鼻歌交じりにお風呂の用意をしていたりする。

 トランクの中に居る為、外の情報が一切入って来ないが、時計の針は午後五時半。何時もの入浴時間に比べればだいぶ早い時間だが、餃子三千個との戦いに疲れた身体を癒すには温泉しかないのである。

 温泉に拘りに拘っていた母は複数の温泉を楽しむ為に魔法を使い、ボタン一つで現地から温泉水を自宅の浴槽に転送できるようにしていたのは勿論。浴室の壁一面に疑似映像を映し、景色を楽しめるようにもしていた。

 数ある景色の中で私の一番のお気に入りは真っ青な空と見渡す限りの海が広がる、開放感あふれる景色。

 脱衣所に設置されたダイアルで景色を設定し、疲労回復の効果がある単純温泉のボタンを押す。

 お風呂場の扉を開け、設定が反映されている事を確認すると、着ている物を全て脱いで洗濯物入れに投げ入れた。

 お気に入りの映像スフィアと水分補給用の麦茶を持って入れば、後は極楽の時間だ。

 ざっと全身を洗ってから温泉に浸かり、映像スフィアを流す。

 リッカ母さんが冒険者だった頃に知り合った歌劇団にお願いして、母の故郷の歌を歌って貰ったものだ。

 タイトルは『テンション爆上がりベストソング』だったかな?

 プロの演奏家と歌手が奏でるアップテンポな歌を大音量で流し、それに合わせて一緒に歌いだす。


「魂ぃ燃やしてぇ~ぶった斬れ~ヘイヘイヘイ!」


 お風呂場は声が反響して歌が上手くなったような気持ちになれるので、気分は最高!

 正面(浴室奥)に広がる空と海に向かい大声で歌い。両手を左右に振ったり、天に向けて左右交互に突き上げたりしてノリにノリ、三曲目のサビに差し掛かった頃。物音が聞こえた気がして、振り返れば、何故かレオナルド様が浴室の扉を開いた状態で硬直していた。


「……」


 無言のレオナルド様。

 何時からそこに居たのか分からないけれど、大声で歌い踊っていたのは確実に見られていたに違いない。

 恥ずかしい!!


「その、声をかけたんだが、返事がなかったので……ここが浴室だと思わなくてだな……」


 気まずそうに目を逸らすレオナルド様。

 見たくないものを見てしまった。と心の声が聞こえるようだ。

 ええっとこういう状況を表す言葉を母から聞いた覚えがある。

 確か……幸運? じゃなくて、やったね? でもないし、ハッピーみたいな感じの……。

 そうだ! ラッキーだ!

 ラッキースケベ!

 男女が意図せず、ちょっぴりエッチなアクシデントに見舞われてしまうと言う、小説や演劇などの物語の世界でしか起こりえない奇跡的な事故を指す言葉だとリッカ母さんは言っていた。

 まさか自分がそんな珍しい事故に遭うとは思わなかったが……。

 って、ちょっと待った。

 ラッキースケベは男女どちらか……主に男性の方がおいしい思いをしている場合に有効な言葉だったはず。

 見たくないものを見たのだから、ラッキースケベにはならないかぁ。

 なんて事はどうでもいい!!


「えっと、直ぐに出ますので、外で待っていて貰えますか?」

「分かった」


 レオナルド様は目を伏せたまま素早く静かに浴室の引き戸を閉めると、足音も立てずに脱衣所から出て行った。







 お風呂を出て脱衣所を覗くと、外へと続く階段が出現していた。

 カフェに下りるつもりが、トランクのダイアル操作を間違えて下りてきてしまったのだろうか?

 あまり待たせては申し訳ないと、用意しておいたタオルで急いで拭き、キャミソールと短パンを着て丈が腰元までの短いガウンを羽織ると、階段を駆け上がってトランクをそっと開いた。


「レオナルド様?」


 僅かに開けたトランクから呼びかけると、レオナルド様はしゃがみ込みトランクの隙間に囁く様な声で問いかけた。


「ちゃんと着替えたか?」

「はい」

「開けるぞ」


 断りを入れ、トランクを開いたレオナルド様は私を見るなり、眉を寄せた。


「ちゃんと着替えたと言わなかったか?」

「ちゃんと部屋着を着ていますよ?」


 ちゃんとの定義が私とレオナルド様では違っていたようで、眉間の皴を深くされた。


「あの、何か用があったのでは?」

「うん? ああ。調味料なんだが……」

「はいはい。調味料ですね」

「団の者が夕食用に獲物を捕らえたので、塩を借りたい」

「塩でも何でも必要なものがあれば、カフェのキッチンから必要なだけ持って行ってもらって構いませんよ」

「助かる」


 レオナルド様は立ち上がり踵を返すが、直ぐにこちらに向き直り、トランクに向かってしゃがみ込んだ。


「アゼリア」

「はい」

「調味料の持ち出し許可を貰う為にお前を探していた。トランクのダイアルの数字がどの部屋をあらわしているのかが分からずに、カフェの前の数字に合わせて開いたら、人の気配があったので下りて行ったのだ。決してやましい気持ちがあった訳ではない」


 真摯な瞳で訴えられ、くすりと小さく笑ってしまった。


「さっきのはただの事故ですから、気にしないで下さい」

「うん。いや、その……」


 気にしなくていいと言われても、数分前の出来事をきれいさっぱり忘れられるものではないだろう。

 申し訳なさそうに目を伏せるレオナルド様に声をかける。


「団の皆さん。塩が届くのを待っているんじゃないんですか?」

「ああ、そうだな」

「持ち出した調味料は、私から預かったこのトランクに入っていたと言う事にしておいて下さいね」

「ああ。分かった」


 レオナルド様がトランクのダイアルを合わせる邪魔にならないように階段から下りようとすると、待ったがかけられた。


「アゼリア」

「はい?」

「一時間。いや、二時間後に話がある」


 話?

 今後の予定についてだろうか?


「ダイアルは何処に合わせたらいい?」

「それでしたら、使った調味料を戻す為にもカフェに来て下さい」

「分かった」

「カフェの番号は覚えていますか?」

「九番だろう」

「はい」


 それでは二時間後カフェにてお待ちしていますと挨拶をし、階段を下りようとする私に再び声がかけられた。


「早く髪を乾かせ。風邪を引くぞ」

「あ……有難う御座います」


 思いがけない言葉に礼を言い、脱衣所へ下りると、ダイアルが切り替えられ外への出入り口と共に階段も消えた。







 部屋着で待っていてはまた変な顔をされるかもしれないと着替え直し、カフェで待っていると計ったかのように丁度二時間後。トランクがノックされた。

 階段を上り、トランクを開けると調味料が入った袋を左手に下げたレオナルド様が立っていた。


「夜分に失礼する」


 今まで料理の仕込みや後片付けで昼夜問わず出入りしていたのに、改まってどうしたのだろうと小首を傾げつつ、レオナルド様から袋を受け取るとカフェへ下りた。


「明日も使うかもしれませんから、調味料はこのままテーブルに置いておきますね」


 階段から一番近いテーブルに袋を置き振り返ると、レオナルド様は膝を付き右手に持った小さな花束を胸のあたりに掲げていた。


「レオナルド様?」

「アゼリア。これを受け取って欲しい」


 森で採取してきたと思われる花束を差し出されるが、状況が飲み込めずに目を瞬かせていると、レオナルド様は真っすぐ私を見つめた。


「今はこれしか用意できないが、ヴァシェーヌ戻ったらちゃんとした物を用意する。どうか、俺の気持ちを受け取って欲しい」


 これはもしや、浴室を覗いた事への謝罪とお詫びの品なのだろうか?


「この花束はレオナルド様が作ったのですか?」

「ああ。森に自生している花を集めただけのものだから、見栄えが悪くてすまない」


 確かに黄色の小ぶりの花を集めただけの花束は見た目はあまりぱっとしないが、素朴で可愛らしい。何より死神騎士と呼ばれている方が自ら摘んできてくれたのだと思うと花束が更に可愛く見える。


「そのリボンはどうしたのですか?」

「これは……何もなくて制服の裏地を少し切って作った」


 布の端が切りっぱなしなのはその為かと、つい笑ってしまった。


「有難う御座います。こんなに素敵な花束を頂いたのは初めてです」

「アゼリア。無理に褒める必要はないぞ」

「無理なんてしていません。大事に飾らせて頂きますね」

「そうか」


 謝罪が受け入れられ、ほっと表情を緩めると、レオナルド様は静かに立ち上がった。


「よければお茶か何か飲んで行きますか?」

「いや。余り長居する訳にはいかないからな、俺はこれで失礼する」


 踵を返し歩きかけるが、レオナルド様は直ぐに足を止め、振り返った。


「アゼリア。好きな花はあるか?」

「このお花だけで十分です」


 暗に、お詫びの品はもう要りませんと伝えると、レオナルド様は苦笑し「欲がないな」と呟いた。


「生まれ月は何時だ?」

「え? 五月ですが……」

「五月か。分かった」


 ん?

 あれ?

 もしかして生まれ月に関係ある物をくれるつもりなんじゃ……。


「あの。レオナルド様! 私、本当にこのお花だけで……」

「おやすみ。アゼリア」


 断りの言葉を最後まで言わせずに、俊敏な騎士様はトランクの外へと出て行ってしまった。

 カフェに一人になった私は手の中の花束を見つめ、溜息を零す。


「そこまで気にしなくていいのに。真面目だなぁ」


 故意に覗いた訳じゃないし、見たと言ってもほぼ背中のみだっただろうし。無かった事として処理してくれればいいのに。


「生まれ月を訊いて行ったけど、誕生花なんて知っているのかな?」


 無骨な騎士が花に詳しいとはとても思えない。きっと花屋で店員さんを捕まえて訊くのだろう。

 その姿を想像したら、つい噴き出してしまった。


「まあ、お花なら大した金額でもないだろうから、受け取っても大丈夫かな?」


 その時の私は、この後の展開を予想する事ができず、唯々《ただただ》花束を抱えるレオナルド様の姿を思い浮かべ、ほくそ笑んでいたのだった。

何時も読んで下さって有難う御座います。

自称アルフリード(サクリ村のトッド)のその後を知りたいと言う方がいらっしゃるようですし、私自身も奴のその後を書きたいので、時間軸が前後しますが、次の次くらいに公開できたらと思います。

次回は普通にヴァシェーヌ国での話になります。

宜しくお願いします。

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