34.望み挑む者への依頼(三人称)
ヴァシェーヌ国の首都ドローワにて歴史古く一番大きな冒険者ギルド<金のなる木>から緊急招集をかけられた<望み挑む者>は三つの依頼を受けた。
一つ。救援物資を早急に届ける事。
二つ。聖女を名乗る女性の真偽を確かめ、速やかに報告をする事。
三つ。フロアダガルに現れたA級の魔物五体を討伐し、ダンジョンを調査する事。
と……。
首都ドローワから目的のダンジョンまで筋肉強化の魔法を使ったとしても一日半かかる道のりを、休憩を最小限にする事で一日以内に辿り着いた<望み挑む者>は依頼のうち一つ目、二つ目を終えると、フェリックス王子一行が出立するのを見送った。
リーダーであるギルフォードはパーティーメンバーにダンジョン前にて待機を命じ、自身はギルドへの報告の為にパーティーから少し離れた場所へ移動した。
報告内容より、報告内容をまとめる為に頭を使っている姿を見られたくないギルフォードは周りに誰も居ない事を確認すると、そっと伝書魔法を発動させた。
宙に指を滑らせ、書いては消し、書いては消しを繰り返す事五回。漸く最後の署名を綴ると一瞬にして黒い文字が浮かび上がり、それは一瞬にして何十何万もの糸へと変化し繭を作るように一点に集まると、一瞬で鳥の姿となり空高く舞い上がり去って行った。
「どう報告したんですか。ギルフォードさん?」
背後から声をかけられ振り返ると、弓使いのユヤと魔法使いのリリアトワが興味津々と言った顔で立っていた。
「待機命令無視してここでなにしている」
「安心して下さい。報告書作成の邪魔にならないようたった今来たばかりです!」
「答えになってねぇよ」
「ねぇ、それより、どう報告したの?」
あくまで待機命令無視を流そうとする二人をギルフォードは咎めるように睨むが、それ以上の追及はせず、諦めの溜息を吐いた。
「態々訊かなくても、お前らなら俺の書いた報告書が読めるだろうが?」
「魔法を使えば簡単に覗き見できたけれど、これからダンジョンに潜るのに無駄な魔力を消費する必要はないでしょ?」
身体のライン。主に大きな胸を強調するように作られた服を纏い、嫣然と微笑むリリアトワの姿に慣れているギルフォードは表情を変えずに答えた。
「ポーションも食料も山のように持って来たのに、全く喜ばれなかったって書いといた」
「そっちじゃなくて聖女の方よ」
「そりゃあ勿論、聖女じゃありませんでしたって書いたぜ」
「本当に聖女じゃなかったの?」
「ですか?」
ギルフォードの出した結論を疑っていると言うより、聖女出現という事件が消えてしまう事を惜しんでいるように見える二人をギルフォードは呆れ顔で見つめた。
「あのな。魔法具の所為なのか<鑑定>を弾かれちまって、称号も職業も何も見れなかったけどな、俺の超越した五感の見立てでは、嘘は吐いていなかったぜ。お前達に囲まれて聖女かと訊かれ『違う』と答えた時も、心拍数や発汗量に変化はなかったし、弁当を頼むと言う名目で会話をした時も、聖女の云々の話に対しては視線の動きや声質も普通だったしな」
「全く動揺しないと言うのは逆に不自然じゃないですか?」
ユヤの指摘にギルフォードは、アゼリアの反応を思い出し、口角を上げた。
「いや。動揺するところもいくつかあったぞ。ヴァシェーヌ国に聖女の噂が広がっていると聞いて焦りからか体臭が僅かに変化したし、従魔の話の時にテイマーって単語に動揺して視線が泳いだしな」
「それってちょっとの嘘が大きくなり過ぎて焦ったとかかしら?」
「いや。殿下やローレン殿にレオナルド殿。そして騎士や獣人にも事の顛末を聞いたけどな。あの娘は一度として聖女だと名乗っていないそうだ」
「なら、どうして聖女なんて言葉が出て来たんですかね?」
「何でも。えげつない威力のポーションを使って見せたところ、獣人達が勝手に聖女と呼びだしたらしい。それを聞いた騎士が『聖女なのかもしれない』と別の騎士に伝え、それを聞いた別の騎士が『聖女らしいぞ』と囁きだし、結果として『聖女が現れた』となったようだ」
「それだけで?」
「悪戯好きの殿下が冗談で言っていた所為でもあるらしいぞ」
フェリックスの人となりを知っているユヤとリリアトワは乾いた笑いを零した。
「まあ、獣人達の勘違いは故郷のマルアッタン国に黒髪の聖女の言い伝えがあるから仕方ないとして、誤情報の半分は殿下の悪ふざけの所為だと報告書に書いておいたから、王よりそれなりの罰が言い渡されるんじゃないか」
「今回の問題の発端はフェリックス殿下じゃないのに……」
「同情なんかしなくていいのよ、ユヤ。ローレン様の生え際の後退の要因の一つはフェリックス様なんだから。失わせた髪の分、苦汁を舐めたらいいのよ」
「何だリリアトワ。お前、ローレン殿に気でもあるのか?」
「まさか。ただ、毎月偽名で育毛剤の注文を受けている身としては、私とローレン様の努力を無駄にするフェリックス様が憎たらしくて……」
切ない個人情報を聞いた男二人は、思わず両手で頭を押さえた。
「それはそうと、アゼリアって娘が聖女でなかったとしても、重傷を負った意識不明の人間を一瞬で治せるポーションを持っているんですよね?」
「知り合いの魔法使いが作ったらしいぞ」
「それ、本当なの?」
「さあな。嘘は吐いてなかったぜ」
「私、Sランクの魔法使いだけど、そんなもの作れないわよ」
「修行不足なんじゃないんですか?」
「あら。タレ目くん。誰に向かって修行不足だと言ってくれているのかしら?」
「いや、そう言う意味じゃなくて……。Sランクに上がったばかりとなってから何年もたっている人とじゃできる事が違うと言いたかっただけで……」
「私、昨日今日Sランクになった訳じゃないのよ?」
「リリアトワさんが俺より十二歳年上なのは知っていますが……」
「誰が年増だって?」
「言ってません!」
リリアトワは嫣然とした微笑みをそのままにユヤの顔面を鷲掴みむと、骨を砕かんばかりに力を籠めた。
後方支援の弓使いであっても筋肉強化も硬質化も使えるが、事魔法に関しては魔法使いの方が上な為に、細くしなやかな指は容赦なくユヤの顔を締め上げた。
「痛っ! 痛いです! 勘弁してください、リリアトワさん!!」
元々サド気質なリリアトワが更に力を籠めると、悲鳴が上がった。
「きゃー! たっ、助けて! 頭、割れちゃいます!」
そんな二人のやり取りに、ギルフォードは咳払いをして注目を促した。
「楽しんでいるところ悪いんだが、質問が以上なら、ダンジョンに潜るぞ」
「リーダーの目は節穴ですか!? 楽しんでません。苦しんでいるんですよ、俺!」
「私は比較的、楽しんでいるけれど、まだ訊きたい事があるから放してあげるわ」
解放されたものの痛みの残る顔を摩り、呻いているユヤをよそに、リリアトワはギルフォードに向き直った。
「ねぇ、従魔のフェンリルについて、何か言っていたかしら?」
「知り合いから又借りしていると言ってたな」
「又借りって何ですか!?」
痛む顔を押さえたまま驚きの声を上げるユヤに、ギルフォードはフンと鼻を鳴らした。
「俺に聞くな。知るかそんなもん」
「フェンリルを従魔にするだけでも凄いのに、人に貸し出すってどんなテイマーなのかしら?」
「あれ? でも、テイマーって単語に動揺を見せたってさっき言ってましたよね?」
「ああ」
「テイマーじゃないのなら、一体どんな職業の人間がそんな離れ業をやってのけたのかしら?」
「前後の反応からして、恐らくポーションを作った魔法使いだろうな」
「魔法使いが従魔契約ってできるんですか?」
ユヤの問いに答えたのはリリアトワだった。
「私くらいになると、従魔契約くらいできるわ。但し、相手がCかB級くらいまでね。伝説の魔獣なんてとてもじゃないけど無理よ」
「へぇ。リリアトワさんてば従魔契約ができるんですね。何で従魔作らないんですか?」
「あのね。テイマーと違って魔法使いが従魔を持つには魔法の鎖で縛る必要があるの。魔物が強ければ強いほどに鎖を強化しないといけないし、強化するには魔力をそれ相当に消費しなければならないのよ。大切な魔力を使ってB級の魔物を操るより自分で攻撃した方が早いのよ」
魔法使いが従魔を持つデメリットの説明を受け、なるほどと頷いているユヤとは反対に魔法使いが従魔を持っている事に納得がいかないリリアトワは眉を顰めている。
そこへギルフォードは衝撃的な情報を付け加えた。
「お前ら聞いて驚け。その魔法使いは他にもグリフォンの群れやオルトロス。それからカトブレパスも従えているらしいぞ」
「ブハッ! 何ですかその物騒なラインナップは!」
「しかもな、カトブレパスの後に『とか』って付いてたんだぜ」
「は?」
「何よそれ」
意味が分からないと眉を顰める二人に、ギルフォードはやや得意げに説明した。
「お前達、普通何かを紹介する時に目玉商品から言うか?」
「ハッタリをかます時以外じゃ、言わない……ですかね」
「だとしたら……」
「ああ。今出た名前よりヤバイ魔物を従えているに違いない」
二人は顔を見合わせ、数秒間無言となった。
「も、もしかしたらギルフォードさんの聞き間違いかも知れませんし……」
「十メートル離れていたって、聴覚機能を上げれば心音だって聞こえるんだ。声を聞き間違うなんてありえねぇだろうが」
「十メートルって、それって二人の逢引きを覗いていたって事?」
「違ぇよ。弁当を頼んだらアゼリアって娘が森に残るって言いだして、慌てたレオナルド殿がアゼリアを引っ張って行って内緒話を始めたんだよ」
「あら、嫌だわ。男女の内緒話に聞き耳を立てるなんて」
「依頼なんだから仕方ねぇだろうが」
わざとらしく顔を顰めるリリアトワにギルフォードはフンと鼻を鳴らした。そんな二人にユヤが割って入る。
「えっと、アゼリアって人は何で森に残ると言い出したんでしょうね?」
「何でも、聖女の噂があるヴァシェーヌに殿下一行と一緒に行ったら、勘違いされそうで嫌だ。一人旅をする。って話だったぜ」
「まあ、騎士団の人間じゃない黒髪の女性がフェリックス殿下の側に居たら、勘違いされますよね」
「そうねぇ。勝手に勘違いした挙句、がっかりされても気分悪いわよねぇ」
「それで一人旅を却下するレオナルド殿を説得すべく、従魔の名前を並べ立ててたな」
「そう言う事なら、やっぱり唯のハッタリかも知れませんね」
「けど、嘘は吐いてなかったぜ」
ギルフォードの言葉にユヤは「うーん」と唸り、リリアトワは記憶を手繰り寄せる為に目を伏せた。
「ねえ。結局どうなったのかしら? フェリックス様一行の中にアゼリアさんの姿はなかったわよ?」
「よく分からねぇが、トランクに入れて運ぶとか言っていたぞ」
「まぁ。荷物扱いだなんて酷いわねぇ」
「本当ですね」
「だからだろうな。レオナルド殿との内緒話の時が一番心音が煩くて、焦っている感じだったな」
「そりゃあ、騎士団長に圧をかけられたら誰だって緊張で心拍数上がりますよ」
「バカね。あれだけの美形に見つめられたら、大抵の女は鼓動を早くするものなのよ」
二人の意見にギルフォードは首を捻り。
「お前らが言うような、緊張や恋愛のときめきとは違う感じだったけどな」
「なら何ですか?」
「何なのよ?」
どう説明したものかと空を見上げ、思いついた例えは。
「面倒臭い客引きに捕まっちまった。どうしよう。って感じが一番近いと思うぜ」
「そんな、騎士団長相手に……」
「あんな美形の騎士に対して面倒臭いとかありえるのかしら?」
「俺に女心は分からねぇが、少なくとも『レオナルド様素敵』ってキラキラ感は一切なかったな」
何とも言えない顔でユヤとリリアトワは顔を見合わせると、騎士団の中でも色々な意味で人気の高いレオナルドを思い、小声で零した。
頑張って下さい。と……。
「それはそうと、従魔の事は何処まで報告したの?」
「何処も何も全く書いてねぇよ」
「何でですか?」
「何でってそりゃあ依頼を受けてないからだよ。俺達が受けた依頼は救援物資を届ける。聖女の真偽を確かめる。フロアダガルに現れたA級の魔物討伐とダンジョンの異変調査だ。従魔や魔法使いに関しては何も聞いていないからな」
「いいんですか、それで?」
「報告したところで、一笑されて終わりだ。仮に報告して、追加依頼を受けたらどうするよ?」
「どうって、何時ものように調べるだけじゃ……」
「バカか? Sランクの魔法使いでも作れないポーションを作って従魔何体も抱えているような奴を相手にしてただで済むと思うのか?」
「いや……」
「確実に蛇が出ると分かっている藪を突っつく必要はねぇんだよ」
「Sランク冒険者が蛇を恐れないで下さいよ」
「ただの大蛇ならいいが、バジリスクとかが出てきたらヤバイだろうが」
「まあ、その……」
「長生きする秘訣は、臆病である事だ」
ギルフォードはがははと笑い腹を摩ると、突如俯いた。
「生きると言えば。なあ、お前達」
「何ですか?」
「何よ?」
「カレーライスとから揚げ、美味かったな」
「何ですか突然!?」
「聖女の確認の為に持ち出した弁当の申し込みだったが、俺は九割本気だった」
そう、力むギルフォードにリリアトワが同意する。
「そうねぇ。肉じゃがもご飯もみそ汁も絶品だったものね」
「リリアトワさんまで!?」
「ご褒美飯。持って行きたかったぜ」
「本当にねぇ。お弁当の内容がどんなものだったのか、それだけでも知りたかったわ」
「止めて下さいよ。お腹空くじゃないですか!?」
お腹を抱え込むユヤを尻目にリリアトワはギルフォードに近付き囁く。
「ねえ、ギルフォード。アゼリアさんの料理については報告していないわよね?」
「当たり前だろうが。美味い物を人に教えるなんてありえねぇ。俺の食い分が減る」
悪い笑みを浮かべる二人にユヤは困惑気に眉を寄せる。
「大げさじゃないですか?」
「大げさじゃねぇ。考えてみろ。城に召し抱えられたら一生俺らの口に入らなくなるぞ」
「確かに……。でもリーダーが報告しなくても、フェリックス殿下が報告するんじゃないですか?」
「分かっていないわね、ユヤ。フェリックス様が自分好みのものを奪われるようなまねをする訳ないわ」
「まあ、飯を差し置いても、とんでもない威力のポーションとフェンリルは隣国は勿論第一王子派にも渡したくはないだろうからな」
「でも、いずれバレますよね?」
「バレる前に取り込むんだろうよ」
「それじゃあ、フェリックス様と良好な関係を保っていれば、アゼリアさんの料理が食べられる可能性が高いわね」
「いや。リリアトワよ。フェリックス殿下を通さなくても食べられるかもしれないぜ」
「え?」
「美味い飯の礼だと言って、困った事があれば連絡をくれと連絡用の札を渡したら、向こうも札をくれたんだよ。これで何時でも連絡が取れるぜ」
腰のポーチから札を取り出し、振って見せると、二人は目を輝かせた。
「さすがギルフォードさん。いい仕事しますね」
「やだ、ギルフォード。急にイイ男に見えてきたわ」
そうだろう。そうだろう――と、ドヤ顔のまま札をしまうと、二人に言った。
「ダンジョンの仕事が終われば、美味い飯が待っているぞ!」
「おおう!」
「やる気が出るわ!」
「それじゃ、行くぞ!」
美味しいものが食べられるかもしれない。
そんな言葉で士気を上げると二人を引き連れ、ギルフォードはダンジョン前で待機しているメンバーの元へと歩き出した。
閑話てきな話なので3000文字くらいで収まるかな?とか思っていましたが、結局6000文字を超えました。あははっ。
何時も誤字脱字報告を有難う御座います。
とても助かっております。




