30.王子と黒騎士の密談(三人称)
「アゼリア。これをフェリックス様に見せたいのだが、持ち出しても構わないか?」
カフェ【猫のしっぽ】に設置された各テーブルに置かれた冊子を掲げて見せると、キッチンでクリーナースライムと共に皿洗いをしている店主のアゼリアは手を止めて困惑気に小首をかしげた。
「メニュー表ですか? そんなものどうするんです?」
「フェリックス様がお前の料理をたいそう気に入ってな。他にどのようなものがあるのか、知りたいそうだ」
「そういう事でしたら構いませんが……。見せるのはフェリックス様限定でお願いしますね」
昼食時に保温器を見た魔法使い達から怒涛の質問攻撃に合い、魔法使いに店の物は安易に見せてはいけないと身をもって学んだアゼリアはもう一度「限定でお願いします」と念を押した。
「ああ。分かっている」
レオナルドは頷くと、メニュー表を小脇に抱え、外へと続く階段を上った。
トランクを出て天幕を潜ると、月明りに照らされる灰色の巨体があった。
昼食時に出して貰えなかったからと、晩の食事に何キロものから揚げを食べ「食べ過ぎた。苦しい」と零し、四肢をだらしなく伸ばし横たわっていたが、今はうずくまるようにして寝ている。
アゼリアからレオナルド以外の人間が天幕へ近付かないように見張りを頼まれていたはずだが、ピクリとも動かない。深い眠りにでもついているのかと凝視していると、不意に声がかけられた。
「我に何か用か?」
面倒くさそうに薄く目を開いたフェンリルに機嫌を損ねたかもしれないと、レオナルドは咄嗟に嘘を吐いた。
「月明りに照らされ、美しく輝いた毛並みに魅入っていた」
褒め言葉が満更でもなかったのだろう。フェンリルは目を閉じると尻尾をゆっくりと左右に振った。
念の為、眠りの邪魔をした事を詫びるとレオナルドはフェリックスが待つ天幕へ向かい歩き出した。
月明りを頼りに森を歩いて行き結界を通り抜けると、晩御飯の残り香が鼻についた。
食事から一時間以上経過しているものの、いまだにはっきりと漂うにおい。
一体何時まで続くのかと考えていると、そのにおいを肴にして団員達が談笑しているのが聞こえた。
「良いにおいだな~」
「最初は何だこれって、思ったが、慣れると堪らないにおいだよな?」
「味もな、初めて食べる味だし、辛いしで何だこれって思ったけど、食べているうちに手が止まらなくなったな」
「クセになる味ってああいうのを言うんだろうな」
「魔性の食い物だったな」
「だな」
「ヤバイ。腹一杯なのににおい嗅いでいたらまた食べたくなってきた」
「だな……」
から揚げと餃子という衝撃的な昼食を終えると、団員達の話題は昼食の内容についての感想。そして夜の食事には一体何が出されるのか。そればかりだった。
再び未知との遭遇を切望する団員達に応えるように、晩御飯として出されたのは見た事も聞いた事もないものだった。
見た目はミルクの野菜煮込みを茶色にした物。
だが、甘い香りのミルク煮込みとは違い鼻を刺激するスパイシーな香りに団員達は顔を顰めた。
嗅いだ事のないにおいに、想像が付かない味。
美味しいのだろうかと不安に思っていると、天幕の中から驚きの声が上がった。
「「何だこれは!?」」
同時に食べたのか、フェリックス王子と騎士ローレンの声が見事にハモっていた。
「一体何を入れたらこんな味になるんだ?」
「全く、想像もつきませんな。一体どうやってこんな複雑怪奇な味を作っているのか……」
「辛みのある濃厚なスープが野菜と肉の甘みを引き立たせ、噛むたびに幸せが広がるな」
「スープだけでは味が濃く辛いですが、ご飯と共に食べると辛みと甘みが絶妙なバランスとなり、手が止まりません」
「ああ。レッドホーンブルの肉だけでも贅沢だが、トッピングにから揚げまでついて美味いの極みだな」
「正に極みですな」
二人の感想を聞き、団員達の行動は素早かった。
颯爽と配膳台に並び晩御飯を受け取ると、迷いなくそれを口に運んだ。
すると、語彙の崩壊再び。
辛い。美味いだけを繰り返し、ある者は二杯。ある者は七杯のおかわりをしていた。
「カレー食べたい」
焚火を囲みながらそう呟く団員達へ近付いて行くと、レオナルドの姿に気付いた一人が慌てて立ち上がり、礼をした。他の者も立ち上がろうとするのをレオナルドは手で制し、目礼でその場を去った。
王子の居る天幕へ真っすぐ向かい、入出許可を求めると王子から許可が下され、中へ入ると入れ替えにローレンが退出した。
二人きりになるとフェリックスは遮音の魔法を使った。
「これで話を聞かれる心配はない。それで秘密の話とは何だ?」
折りたたんだ毛布を尻の下に引いて座っているフェリックスを見下ろす形でレオナルドは話し始めた。
「はい。アゼリアについてですが」
「アゼリア殿がどうした?」
「彼女は危険です」
「私の命の恩人に対して、随分だな」
言葉通りの意味でない事を分かっていながら、そう窘めるフェリックスにレオナルドは顔を顰めた。
「彼女の持ち物が危険だと言っています」
「分かっているよ」
ふふっ――とからかうように笑われ、レオナルドは眉間の皴を増やした。
「私の命を救ったスーパーメガポーションだけでも戦争が起きるレベルだというのに、伝説の魔獣フェンリルまで居る」
「それだけではありません」
トランクから持ち出したメニュー表を開いて見せると、フェリックスは目を輝かせた。
「凄いな。これはスフィアの映像を紙に起こしているのか? 一体どうやっているんだ?」
「見て頂きたいのは料理の映像画ではなく、値段の方です」
「これは……」
「彼女の村では砂糖一キログラムが四百クレだそうです」
「何だって? ヴァシェーヌの百分の一ではないか」
「塩や胡椒、その他の調味料の値段も聞きましたが、どれも我が国ではありえないほど低価格でした」
「だからこの値段なのか……」
メニュー表に書かれたケーキ一カット三百五十クレの文字をなぞり、フェリックスは溜息を吐いた。
「アゼリア殿の村はそれほどまでに裕福なのか?」
「言質は取っていませんが、おそらくは」
「だとしたら不思議だな。ユーリシヤ大陸中の商品と情報が入るヴァシェーヌに噂の一つも入らないなんて……。彼女の村があるのは他の大陸なのか?」
「村に関しては何も聞き出せませんでしたが……」
「が、何だ?」
「これは俺の想像ですが、商品も情報も持ち出し不可がかけられているのかも知れません」
「持ち出し不可?」
「これを見て下さい」
レオナルドはシャツをはだけさせると、胸に刻まれた奴隷紋を見せた。
「これはスーパーメガポーションを後払いで購入する契約を取り交わした際に刻まれたものです。借金が完済されるまで借金奴隷でいる。そういう契約魔法です」
誇り高い騎士が奴隷紋を刻まれるのがどれほど屈辱的なのかを理解しているフェリックスは、軽口をたたく事はせずに頭を下げた。
「私の為に一時とはいえ、奴隷になど落としてしまってすまない」
「自分で選んだ事です。フェリックス様に謝って頂く必要はありません」
「選ばせたのは私だろう?」
「いいえ。自分で決めた事です」
「だが……」
「フェリックス様は何も悪くありません」
頑として譲らないレオナルドにフェリックスは苦笑した。
「分かった。貸しという事にしよう。何かあれば何時でも泣きついてくれ」
「泣くかどうかは分かりませんが、何かあった際には容赦なく頼らせて頂きます」
「うむ。それで、その奴隷紋がどうした?」
「これを刻まれた人間は、彼女のトランクへ入る事ができます」
「トランクに!?」
目を輝かせ、前のめりになったフェリックスを死神の異名を持つ騎士はきつく睨んだ。
「駄目です」
「何も言っていないぞ」
「聞かなくても分かります。駄目です」
「少しだけ。少しだけだ。ほんの一時奴隷紋を刻まれるだけなら誰にもバレない」
「バレるバレないの問題ではありません」
「大丈夫。好奇心を満たすためならプライドなどいくらでも捨てられる」
「捨てないで下さい! 仕えている者として悲しくなります!」
「分かった。捨てない。プライドを持ったまま奴隷になるからいいだろう?」
全く、全然よくない提案にレオナルドは目を剥いて睨み付けた。
「駄目です」
地を這うような声で窘めるも、笑顔のままのフェリックスにレオナルドは溜息を吐いた。そして、何故駄目なのかを説明した。
「王族の身体に奴隷紋を刻むなど言語道断ですが、それだけで駄目だと言っている訳ではありません。意味がないのです」
「意味?」
「奴隷から解放されると同時にトランク内での記憶が失われるのです」
「記憶が? 本当かそれは?」
「まだ体験をしていないので、本当に失われるかは分かりませんが、彼女の後ろに居る魔法使いなら可能だと、考えています」
「確かに。奇跡のポーションを作れるほどの魔法使いなら、記憶操作くらいできるかもしれないな」
トランクへの未練が断ち切れないのか「何とかならないものか」とぶつぶつ呟くフェリックスにレオナルドは咳払いをした。
「話を戻しますが、奴隷である俺はトランクに出入りする事ができますが、アゼリアに禁止されたものは情報も物も持ち出せません。これと同じように彼女の村でも制約が設けられているのかも知れません」
「村の外への持ち出し不可か。そう仮定すれば情報が入らないのも頷けるな」
「あくまで可能性の一つです」
レオナルドへ向けていた視線をメニュー表へ落とし、フェリックスは微笑んだ。
「ユーリシヤ大陸にはない魔道具や奇跡のポーションを生み出し、伝説の魔獣を従え、ありえないほど裕福な村を作り管理する魔法使いか……。是非ともあってみたいものだ」
好奇心旺盛な王子の反応を予想していたレオナルドは、前もってアゼリアから許しを得ておいた魔法使いの情報を口にした。
「機嫌を損ねれば、国一つ滅ぶ恐れがあります」
「何?」
「かの魔法使いは家に入り込んだネズミ一匹を駆除するために、家ごと潰すような人間だと聞いています」
「それは中々過激だな」
「ですので、関わろうなんて考えないで下さい」
「機嫌を損なわなければいいだけじゃないのか? 自分で言うのもあれだが、私の社交性は高いぞ」
「フェリックス様の社交性が高い事は知っていますが、相手が関係を持ちたくないと願っている場合逆効果になります」
「それ程難物なのか?」
「詳しい人となりは知りませんが、他人に無関心だと聞いています」
「無関心……」
「例外はアゼリアとその母親だけだそうです」
密談の真の目的を察したフェリックスは天を仰いだ。
「羨ましい。その役目、私が代わりたい」
「なりません」
「日替わりで交代とか?」
「駄目です」
守られる立場の人間が何を言っているのだと、窘めれば「私は強い」と不満げに呟いた。
「強い弱いの問題ではありません。貴方は王子なのです」
「王子がお姫様を助けに行くのは物語の定番じゃないか」
「騎士が困っている女性を助けるのも定番の話です。それに彼女の側に居られるのは奴隷紋を持った俺だけです」
「はいはい。分かった。分かった。護衛役はお前に任せる」
レオナルドは片膝を突くと頭を垂れた。
「王子護衛の任から離れる事をお許し下さい」
「許す」
フェリックスに許可を貰い深い礼をすると、そのまま立ち上がった。
「失礼します」
地面に置かれたメニュー表を拾い上げようと手を伸ばすと、先にフェリックスがそれを拾った。
「明日の朝ご飯はこれがいいとアゼリアに伝えてくれ」
指示されたページ見れば、一枚の皿に何種類もの料理が乗った映像画と商品名があった。
「お子様ランチと書かれていますが……」
「そう言う名前らしいな」
「五歳以下のお子様限定とありますが……」
「小さな子供が食べられる量という意味だろうから、大人の量にしてもらってくれ」
恐らく五歳以下限定の意味はそれではないと思ったレオナルドは「何とか掛け合ってみます」と答え、天幕を後にした。
トランクへ戻る道すがらレオナルドはお子様ランチの映像画を思い出した。
オレンジ色のご飯がキレイな半球体に盛られ、小枝と紙で作られた旗が立てられていた。その隣にはから揚げとハンバーグそしてフライドポテトとソーセージと並び、他にも見た事のない料理が乗っていた。
調理の手伝いをしたレオナルドは、一品にどれ程の手間が掛かるかを知っている。それだけに多種類の料理が乗っているお子様ランチが面倒なメニューだと分かる。
「すまないアゼリア」
余計なものを見せてしまった事を夜空に向かって詫び、トランクへの歩みを早めた。
実は前回の話。書いている間も何度も読み返しているし、最終確認で三回見返したし、誤字脱字大丈夫かな?って思っていましたが、思っていただけでした。
投稿して一時間ほどで誤字脱字報告が五件くらい来ました……orz
本当に何時もお世話になっています。ありがとうございます。
えっと、レオ様ですが、奴隷紋があればトランクに入れると話していますが、アゼリアは王子に奴隷紋刻ませるわけがないと信じているので、持ち出し禁止情報にしていないのです。
あと、料理に意識がいっているので、色々禁止にし忘れているというか、何がアウトな情報か分かっていないというのもあります。




