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29.エールはないが(三人称)

予告通り更新出来て良かったです。


 レオナルド団長が連れて来た若い娘。名はアゼリア。

 ある者は彼女を商人と言い、ある者は聖女だと言う。

 どちらが正しいかは不明だが、干上がった身体に上質な水を与えてくれた事に男は感謝し、一息吐いていると、食事の配給がされると知らされた。

 戦闘で魔力も体力も消耗していた男は腹に入るなら何でもいいと、食べ物の配給を今か今かと待つ事数分。運ばれてきたのは簡易テーブルだった。

 硬いパンと干し肉を出すのに何を勿体ぶっているのだろうかと訝しんでいると、魔法使いのハリソンが大声で呼びかけた。


「皆の者、よく聞け。この後、熱々で香ばしくジューシーな肉料理が振舞われる予定だ」


 ハリソンの言葉に、こんな森の奥深くで何を言っているのかと団員達がひそひそと囁き合う。


「その熱々ジューシーな肉料理とは何ですか?」


 騎士の一人が手を上げて質問すると、ハリソンの隣に立つルーイが答えた。


「かラあげとぎょーザです!」


 冒険者時代、色々な国を渡り歩いた男でも聞いた事のない料理に眉根を寄せていると、他の団員達もどこの国の料理だと困惑していた。


「肉料理だけでなく、サラダにスープ、ごハンもある」


 再び聞きなれないごハンと言う料理に団員達がざわめく。


「温かい食事を取る為にはまず簡易テーブルを組み立てねばならない。直ちにかかれ!」


 騎士団での階級は高いものの命令を出す立場にないハリソンの指示に、団員達が戸惑っているとルーイが叫んだ。


「皆、熱々の肉料理が食べたくないのですか!?」


 呼びかけに騎士の一人が答える。


「食べたい」


 すると次々と「食べたい」と声が上がった。


「なら、今何をすべきか分かりますよね?」

「「「「「「「おおっ!」」」」」」」


 心を一つにした団員達の動きは速かった。あっという間に簡易テーブルを組み立てると、十卓のうち一卓は現在説教を喰らっている王子用として天幕内へ運び込み、四卓は料理の配膳台として横一列に配置した。残り五卓のテーブルには騎士団での階級順で、一卓につき六人が席を取り配られた食器類をテーブルに置いた。

 席に就けなかった男や下級騎士は食器類を持ったまま適当な場所に立っていると、程なくして料理が運ばれて来た。

 漸く食事が始まる。

 さながら敵襲を察知し武器をとるかの如くテーブルに置いた食器を持ち上げ、配膳台へ並ぼうとする上級騎士達をハリソンが手で制した。


「今から食事についての説明をする」


 ハリソンが高らかに掲げたのは、緑色の蓋の付いた筒だった。


「これはサラダ用のドレッシングだ」


 馴染みのない言葉に団員達がどよめいているのを無視し、ハリソンはそのまま続けた。


「蓋をこのようにして開け、サラダにかけて食べるようにとの事だ」


 ドレッシングなどと言う名前が付けられているが、要はサラダ用のソースであると分かり、団員達に刻まれた眉間の皴が僅かに緩んだ。


「続いて、この赤い蓋の容器にはまよネーズなるものが入っています」


 ハリソンに代わりルーイが説明をする。


「こちらはかラあげに付けて食べるソースです。サラダに付けても美味しいそうです」

 

 一人の騎士が手を上げ、質問をした。


「そのかラあげとはどのようなものなんですか?」

「私もよくは分かりませんが、アゼリア様の話ですと」

「ですと?」

「コカトリスの肉を油で揚げたものだそうです」

「コカトリスの肉を油で揚げる!?」


 貴重品である油をふんだんに使った料理を食べられるのは裕福な貴族や商人等である。

 男は冒険者時代は勿論、騎士団に入ってからも食べた事がない。

 しかも高級食材のコカトリスの肉を揚げるなど、未知の料理過ぎて味の想像がつかない。にもかかわらず口内に唾液がじわりと溢れた。


「焼いたものなら食べた事があるが……」

「揚げるって何だ?」

「焙っただけでも美味だと言うのに、揚げるとどうなるのだ?」


 騎士団員の殆どが貴族出身であるが、コカトリスを揚げた料理など食べた事がないのか興奮気味に話し合っている。そんな声を静めるべくハリソンがやや大きめの咳払いをした。


「ゴホン。あーー最後に、白い蓋のソースはぎょーザ用だ」

「ぎょーザとはどのようなものですか?」


 騎士の質問に答えたのはルーイだった。


「アゼリア様が言うには」

「には?」

「みじん切りにした野菜や肉を皮で包んで焼いたものだそうです」

「かわ?」

「きょうりきこと、はくりきこを混ぜて作った生地の事だそうだ」


 ハリソンが答えると強力粉も薄力粉も知らない騎士達は眉間の皴を深くした。

 その皴を緩めるべくルーイは自分がされた説明をそのままに伝えた。


「ぎょーザとは白くもちもち。焼き面はパリパリ。一噛みすれば肉汁がじゅわぁな食べ物です!」


 ――よく分からないが、美味そうだ。


 男の心の声を代弁するかのように、周りの騎士が口々にそう言い、期待に腹の虫を鳴らしているところにパスタが運ばれて来た。







 第二騎士団では遠征先の食事は当番制となっている。

 上級の騎士や魔法使い以外の者が日替わりで行うのだが、今日は魔法使い四人が当番の日であり、うち一人は運搬役として結界の前で待機。残り三人は配膳台に付くと、届いている料理をフェリックス王子とお目付け役のローレン用に取り分ける。

 目に鮮やかなサラダと香ばしいスープパスタが運ばれるのを団員全員で目で追い、天幕内でそれらを食す王子達の反応をじっと待った。


「美味い。ソースをかけただけでこんなにも野菜が美味しくなるとは知らなかったな」

「これほど複雑な味のソースは初めてですな」

「スープもここまで透き通ったものは初めてだ。あっさりしているのに奥深い味わい。それにパスタ。ここまでつるつるもちもちしたものは食べた事がないぞ」

「確かに。これほど舌触りの良いパスタは初めてですな」


 フェリックス王子とローレンの感想を聞き、上級騎士と魔法使いは直ちに配膳台へと並んだ。

 通常、王族やそれに並ぶ貴族が食事を終えるまで食事をしてはならないとされているが、型破りな王子は遠征中他の騎士団の目がない時はそれを無視しても構わないと言った。


「私が一口でも食べたら、食べ終わった。って事にして食べていいよ」


 硬いパンと干し肉を食べる時間が僅かに早まったところで何も変わらない。

 今日までそう思っていたが……。


「温かい食事を温かいまま食べられるなんて!」

「湯気が! 湯気が立っている!」

「熱々! 熱々だ!」


 待たなくていいという事は存外凄い事なのだと、上級騎士達の反応を見て思った。


「何だこの上品な味は!?」

「パスタののどごしが凄くいい!」

「つるつるもちもちたまらない」

「サラダってこんなに美味しいものだったか!?」

「このスープパスタならどんぶりで三杯は行ける!」

「俺は五杯だ!」


 ――大げさだろう。


 子供のようにはしゃぐ上級騎士を尻目に、受け取った配給物を持って適当な木陰に座ると男はサラダを一口食べた。


「美味い!」


 甘みと酸っぱさが絶妙なバランスを保っているソースが味気ないサラダを引き立たせ、上品な料理となっている。

 次を催促するような甘酸っぱいソースに誘われるがまま二口三口とサラダを運んでいると、あっという間に食べつくしてしまった。

 サラダでこれならばと、男は期待を込めてスープを啜れば、鼻から抜ける香ばしい油のにおいとしっかりと出汁が取られたスープに野菜の旨味が溶け込み、温かく優しい味だった。

 五臓六腑に染み渡るとはこういう事を言うのだろうと、もう一口飲み。王子や騎士達が絶賛しているパスタを食べた。食べる前は何をそんなに騒いでいるのかと、冷ややかな目で見ていたが、騒ぐ理由が分かった。

 冒険者だった男は色々な場所でパスタを食べたが、どのパスタもざらざらとした舌触りにぼそぼそとした触感だった。

 それが普通だったので不味いと感じた事はなかったが、これを食べた後では不味いという印象へと摩り替った。それほどまでに衝撃的な触感だった。


 ――確かに、これならどんぶりで五六杯はいけるな。


 そんな事を思っていると、ご飯が届き、続けてから揚げとポテト。そして餃子が届いた。

 まずはフェリックス王子と騎士ローレンにと取り分けられた料理に、皆が釘付けとなった。

 天幕へ運ばれるまで目で追い、残り香を胸いっぱいに何度となく吸い込む。天幕へ消えてからは耳をそばだて、王子達の反応をじっと待った。


「表面はカリカリ! なのに中の肉はぷりぷりとして柔らかい」

「殿下。このぎょーザなるものはもちもちとした皮に包まれ片面がカリカリに焼かれており、もちもちとカリカリを一度に味わえるという不思議な食感に加え、中から溢れ出る肉汁が絶品ですぞ!」


 興奮気味に語る二人の言葉に、上級騎士は我先にと配膳台に並んだ。

 育ちの悪い者が集まる場所では人を押し退けて並んだりするものだが、さすがは貴族。栄誉ある騎士団。人を押し退けたりせず階級順にキレイに並んでいた。

 が、余程料理が楽しみなのか、そわそわと身体を揺らしている者ばかりであった。

 男も列の後ろに並び自分の番を待っていると、あちらこちらから声が上がった。


「なんじゃこりゃあ!」

「美味い! 美味すぎる!」

「何だこれは! 凄すぎる!」

「白いタレ、ヤバイ!」

「黒いソースもヤバイぞ!」

「芋がホクホクだ!」


 上級騎士及び魔法使いは殆どが名家の出だ。幼少期より高度な教育を受けている。

 にも関わらず、未知との遭遇に語彙を失っていた。

 中でも上級魔法使いのルーイに至ってはリスが餌を頬張るかの事く口いっぱいに肉とご飯を頬張り「しゅごい、しゅごい」と舌足らずの子供のように連呼していた。

 男の番になりプレートにサラダ、白米、から揚げ、餃子、フライドポテトが載せられ、最後にマヨネーズと餃子のタレが添えられた。

 男が木陰へ移動しているとあちらこちらで悲痛な声が上がる。


「何故この場にエールが無いんだ!」

「エール。エールが欲しい!」

「クソ! 何故エールが無いんだ!」

「絶対に合うのに!」


 エールが飲みたいとむせび泣く団員達をよそに、男は大木を背に座った。

 以前東の国で食べた白米とは色も艶も異なるご飯を食べてみれば、味も食感も段違いで美味かった。次にから揚げをマヨネーズを付けずに一口。フェリックス王子の言葉通り、外はカリカリなのに中の肉はぷりぷりとしている。確りと味付けされたから揚げをそのまま食べても美味いが、ご飯と共に食べると白米の甘みが加わり優しい味になる。

 マヨネーズを付けたらどのような味になるのか、わくわくしながら口に運ぶと、酸味と塩味が整えられたソースとから揚げの濃厚な味が絡み合い極上な味わいとなった。

 から揚げがここまで美味しいのだ。餃子とはどのような味なのか。興奮気味にかぶりついてみると一気に肉汁が口中に広り、肉の旨味と野菜の甘みに堪らずに残り半分にかぶりついた。

 至高の品を何時まで味わっていたい。飲み込むのが惜しい。

 が、餃子用のタレを付けたらどのように味が変わるのか。それが知りたくて、男は思い切って餃子を飲み込み、二つ目の餃子を取りタレに付けて食べれば、甘みに塩味が加わりただでさえ美味いものが更に美味くなった。

 これは確かにエールが欲しくなる味だと三つ目の餃子を口に運んでいると、上級騎士の一人が怒鳴った。


「貴様! 俺の皿からかラあげを取っただろう!」

「取っていませんよ!」

「貴様でなければ誰だというのだ!」

「知りませんて!」


 貴族の食事は音を立てずに粛々と行われるものだ。会話は優雅にし、品位ある空気を保たねばならない。

 だと言うのに……。


「あっ! 貴様か! 風魔法でかラあげを奪ったのは!」

「ぎょーザばかり食べているので、かラあげは口に合わなかったのかと、食べて差し上げただけですわ」

「俺は好物を最後に食べる人間なんだ!」

「あらあらそうでしたの? 勘違いしてごめんなさい」

「謝罪はいらん! から揚げを返せ!」

「食べてしまったものは返せませんわ」

「貴様。剣の錆になりたいのか?」

「あらあら。物騒だこと」

「ちょっと! 二人とも、食べ物の事でケンカとか止めて下さいよ」

「なら、貴様のかラあげを寄越せ!」

「嫌ですよ! 何で私があげないといけないんですか!」


 まるで下町の酒場のような喧噪だ。

 フェリックス王子が食事は自由にしていいと許しているとはいえ、中々に酷い。

 そのうちローレン騎士の雷が落とされるのではないかと、危惧していると人懐っこい笑顔を浮かべた下級騎士が近付いて来た。

 男と同じ冒険者上がりの騎士だ。


「隣、いいか?」

「ああ」


 騎士は大木の陰に隠れるように座ると、配給された料理を地面に置き、腰のポーチから瓶を一本取り出して見せた。


「ガロス。お前さんも持っているだろ?」

「ああ」


 冒険者は何時何処が墓場となるか知れない。それ故に最後の時の為の酒を持ち歩いている者が多い。

 男も何時訪れるか分からない最後の時の為に持ち歩いており、騎士になった今でも癖で腰のポーチに忍ばせていた。


「上品な騎士様がエールが欲しいと泣く料理か。豊穣の神に感謝を!」


 簡略化した祈りの言葉を捧げると、騎士は餃子を一つ口に放り込んだ。


「はひっ! はひっ!」


 肉汁が相当に熱かったのか、騎士は口をパクパクと開閉した。

 餃子が冷めたのか、騎士が熱さに慣れたのか、口を閉じると味わうように何度も咀嚼し、飲み込むと驚愕の表情で男を見た。


「確かにこれは冷えたエールが欲しくなる味だ」

「ああ」


 次はから揚げだと、騎士はたっぷりとマヨネーズ付けてかじりつくと、言葉にならない叫びを上げた。


「ふわぁぁぁぁ! ヤバイなこれ!」


 騎士は先程取り出した瓶の蓋を開け、飲んだ。


「お前、勤務中に飲むなよ」

「固い事言うなよ。美味い物は酒と共に。それが冒険者ってものだろ?」

「今は騎士だろうが」

「不良騎士って事でいいじゃないの。それより、お前さんも飲んでみろよ。美味いぞ」


 自称不良騎士に瓶の口を差し向けられ、渋々ながら飲むと、喉を焼くような刺激に男は咽返った。


「お前、これ、強過ぎるだろ」

「そうか? 俺の地元では普通なんだけどな。ちょっときついかも知れないが、味は絶品よ。ほら、もう一口飲みなって」


 勧められた酒を断るのは意気地のない冒険者として侮られる風潮がある。

 ここは町の酒場でもなければ、男は冒険者でもない。断っても問題はないのだが、冒険者として長年生きてきた男は、反射的に瓶を呷った。


「たっ、確かに味はいいな」

「だろだろ? 美味い食い物に酒。最高だな」

「ああ。最高だ」

「俺、こんな美味い物食べられる日が来るなんて考えた事もなかった」

「俺もだ」

「フェリックス様様だな」

「ああ」

「感謝のしるしに酒を分けた方がいいかな? 殿下もエール欲しいって思っているだろうし」

「止めろバカ。ローレン殿にげんこつ喰らうぞ」

「あーー。だな」


 騎士はポーチから別の瓶を取り出し、男との間に置いた。


「なら、これは俺達だけで楽しもう」

「ああ。そうだな」


 男はポーチから小さな酒瓶を取り出すと、栓を開けた。


「不良騎士に乾杯」


 騎士が傾けた瓶に瓶を合わせ。


「乾杯」


 男は緩めの酒を流し込み、餃子を一つ頬張った。

何時も誤字脱字報告をありがとうございます。

この話のどこかにも潜んでいるかも知れませんが、見つけた際には宜しくお願いします(他力本願)


次回も三人称。レオナルド団長視点の話になります。

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