28.ある男の話(三人称)
28話「ある男の話」は閑話という扱いでお願いします。
自分でも何でここから書いたのかちょっと分かりません。
騎士サイドの食事の話を書くはずだったのですが……。
前半は全くの蛇足なので読み飛ばして頂いて大丈夫です。後半は若干本編に関係している気もしますが、ぶっちゃけ読まなくても全然問題ない内容です。
食事の話は次の話となります。
殆ど書き終わっているので、明日か明後日にでも更新できたらと思います。
男は貧しい村の出だった。
飯を食う為に子供の時分より冒険者となり、何度となく死線を潜り抜け、十五の歳にはそこそこ名の知れた冒険者となっていた。
二十五歳で漸くAランクの冒険者となった男はダンジョンで手に入れた珍しいアイテムを売るためにヴァシェーヌ国に立ち寄り、偶々行われていた祭りに足を向ければ、エール三樽が優勝賞品として与えられると謳っている腕相撲大会が目に留まった。
普段ならこういった催し物に参加する事は無いが、祭りの熱気に中てられたのか、男は参加する事にした。
筋肉強化の魔法は勿論、一切の魔法の使用を禁止。己の筋肉だけで勝ち抜く腕相撲で男は三人の筋肉自慢を退けた。そして四人目として現れたのはとても場違いな青年だった。
これまでの筋骨隆々のむさ苦しい男どもとは違い、花も裸足で逃げ出すような色男。身体つきは確りとしているが、男より一回り小さな体躯と、漢としての気迫を感じない柔和な微笑みに腕相撲などして大丈夫なのかと不安を覚える程だった。
力を加減すれば大丈夫だろうかと、大樽の上で肘を付き腕を構えれば、青年は正面に座り腕を出した。
青年と手を合わせ、男の心配が杞憂だと知れた。
見た目に反して青年の手は戦う男の手だったからだ。
「私が勝ったら、私の元で働く事を考えては貰えないかな。ガロスさん」
何故自分の名前を知っているのだと訝しんだ一瞬の隙に、ガロスの手の甲は樽に付いていた。
「明日、何時でも構わないからこの指輪と手紙を持って城に来てくれ」
金髪碧眼の優男はそれだけ言うと、腕を痛めたと嘘を吐きその場を去って行ってしまった。
買い叩かれたとしても売れば金貨数十枚にはなるだろう指輪と質の良い封筒に包まれた手紙。
選択を間違えればお尋ね者にされかねないと渋々城へ赴けば、あれよあれよと言う間に騎士になる手続きが行われてしまった。
平民の冒険者。後ろ盾もなく金も僅かにしか持たない自分が騎士になどなれる訳がないと、手渡された騎士の制服をその場に残し、三階の窓から飛び降りれば腕相撲大会に現れた色男がそこに居た。
「そんなに急いで何処へ行くのかな。ガロスさん?」
数分後、目の前の色男がヴァシェーヌ国第二王子フェリックス・フォン・ヴァルシュその人だと知り、男は考える事を止めた。
――夢か悪い悪戯ならそのうち終わる。
貴族の中には平民に一時だけ夢を見させて、その反応を楽しむと言う悪趣味な遊びがあると聞いた事があった男は無表情無反応無言を貫く事にした。
その方が早く飽きられると思ったからだ。
勝手に冒険者を入団させた事で老齢の騎士に二時間も説教を喰らう王子の姿を見て、随分と手の込んだ悪戯だと冷ややかな目を向けるが、男の視線に気付いた王子は微笑んで見せた。
判で押したような基礎練習を繰り返す事三週間。王子が新しい団員を連れて来た。
男と同じく平民の冒険者。
これでお役御免だろうと、退団が申し渡される日を今日か今日かと待ち続けたが、一向に申し渡される気配はなく、無反応過ぎて自分の存在を忘れられているのではないかとそれとなく、王子に聞けば。
「悪戯? 何の話だい?」
自分がとんでもない勘違いをしていたと理解した時には、自主退団できる期間をとうに過ぎていたのだった。
知勇兼備の上、美しく気品あふれる容姿。第二王子と言う地位にありながら親しみやすい気さくな性格。悪戯好きなところは長所と言い難いが、そこも含め第二騎士団の団員全員がフェリックス王子を愛していた。
主として、人間として、漢として愛し、忠誠を誓っていた。
一年足らずの付き合いでしかない男には正規の騎士達ほどの強い気持ちはなかったが、それでもダンジョンの隠し扉が吹き飛び、目の前でモンスターに胸を貫かれるフェリックス王子を見て、男は息が止まる思いだった。
絶望するより先に魔法使いが回復魔法を唱え、盾となるべく獣人達がモンスターへ特攻して行く。
魔法使いが遠距離攻撃をし、獣人がモンスターからの攻撃を食い止めている間に黒騎士レオナルドと老齢の騎士ローレンを先頭に騎士の半分が王子救出へ、残り半分の騎士は退路確保へ走った。
傷の深さから最悪の未来を想像し、それを振り払うようにある者は呪文を唱え、ある者は剣を振り下ろす。
退避中に損傷個所を完治させるような大掛かりな魔法は使えないと、その場しのぎの手当てをし、必死の思いでダンジョンから這い出ると、王子の生命維持に加わっていない魔法使い三人のうち一人が救援を求める伝書魔法を放ち、残り二人はモンスター襲撃に備え結界を張った。
生命維持から損傷個所の完治へと魔法を切り替え、上位の魔法使い四人がかりで治癒魔法を施した結果、損傷した臓器を復元する事に成功し、王子は意識を取り戻した。
微かに微笑む王子の姿に張り詰めていた空気が緩み、団員達がほっと胸を撫で下ろす。
後は救援が来るのを待つだけだと、滝のように流れる顔の汗を拭い男はその場に腰を下ろすが、魔法使いの悲鳴を聞き、すぐさま腰を上げた。
「全部治したのに!」
「戻って来て下さい。フェリックス殿下!」
「殿下!」
「殿下!!」
突如の心肺停止。意識を失った王子に魔法使い達が必死に呼びかけながら、機能しない臓器の代わりに魔法で呼吸や血液を巡らせているのを見て、男は拭ったはずの汗が再び噴き出すのを感じた。
膨大な魔力の消耗を強いる治癒魔法を維持するだけの人員も魔法具もない。王子の命を引き留めておける時間はそう長くはないと、男も団員達も俯いた。
「俯いている暇があるなら、身に着けているマントを脱いで殿下や魔法使い達を日の光から守れ!」
老齢の騎士に恫喝され、団員達は急いで木の枝とマントをかき集め王子と魔法使い達を囲むようにして簡易天幕を立てると、ある者は飲み水確保の為に川を探しに行くと言い出し、ある者は食料調達に行くと言い出した。
奇跡が起こらない限り、王子の回復は難しい。
だが、水と食べ物があれば魔法使い達の治癒魔法を使える時間を延ばせるかもしれない。時間を延ばせれば、救援が来るかもしれない。そんな微かな希望に縋るように男も食べ物を探しに結界内をうろついた。
冒険者時代、森であらゆるものを口にし食用とそうでないものの知識を得ていた男は安全なものをいくつか見繕うと天幕へ戻った。すると、レオナルド団長が若い娘を連れて現れた。
武器を携帯していない事から冒険者ではなく、旅人だろう娘と団長が天幕へ入ると程なくして天幕から光が零れ、驚きの声が上がった。
そして続けざまに歓喜の声が上がった。
天幕の中で何が起こったのかは分からないが、娘を伴って天幕から出て来たレオナルド団長から殺気にも似た緊張が消えたのを感じ、男は奇跡が起こったのだと確信した。
それを肯定するように天幕から現れたフェリックス王子を見て、男は手にしていた木の実を落とした。
「それは私への見舞いの品かな、ガロス?」
落ちた木の実を拾い上げ口に運ぶ王子の姿に、普段表情の乏しい男が破顔した。
「冥府の門番から追い返されましたか?」
男の憎まれ口に王子は微笑み。
「門を潜るにはどうにも功績が足りないらしい」
そう言って、木の実をもう一つ口にしたのだった。




