25.調理の時間①
レオナルド様と供にカフェに戻ると二人でキッチンに入った。
カフェ【猫のしっぽ】はお客様との距離を近くする為にオープンキッチンで作られている。
本来はお客様の顔を見ながらコーヒーを淹れ、会話を楽しむ為だったらしいが、実際そうしていたが、母が亡くなってから一人で店を回さなくてはいけなくなったので、今はできた料理をカウンター席に置き、お客様に取りに来てもらうのに使っている。
今も昔もコーヒーより煮物や炒め物のにおいの方が漂っている比率が高いが、お客様が座るカウンター席の端にはケーキ用のショーケースがあり、カウンター席の対面の作業台にはマルマール様が冒険途中で手に入れた数種類のコーヒー豆や紅茶の葉が瓶に詰められ並んでいる。
その隣には豆を挽く為のコーヒーミルやコーヒーを淹れる為のコーヒーサイフォンが置いてあり、カフェらしさを何とか維持はしている。
が、作業台の端に設けられたカウンターテーブルとキッチンを仕切る壁の裏に置されたご飯専用の保温器を始め、壁伝いに肉などを焼くための鉄板二枚。フライヤー。鍋やフライパンを使う料理の為のコンロが四つと続き、一気にカフェらしさを失う。
突き当たりの壁伝いに設置されたオーブンでは焼き菓子などを作るので、若干カフェらしさを取り戻すが、その隣に置かれた冷蔵庫にはカフェで使うミルクやクリーム。手作りのデザートも入っているが、一番幅を利かせているのが肉や野菜などの材料なので再びカフェ感が霞む。
総合的にカフェよりも食堂の色が濃いキッチンの中央に設けられた流しと調理台。そこへレオナルド様を誘導し、調理台の下の収納スペースからまな板と包丁、それから大き目のボールを取り出した。
「ここでレッドホーンブルの肉をニ三センチの厚さに切って、ボールに入れて下さい」
「……ああ、分った」
先程もそうだが、普段キッチンに入る事がないのだろう。レオナルド様は物珍しそうにキッチン内を見回している。
中々手を洗おうとしないので、蛇口を捻り水を出すと眉根を寄せられた。
「水が出たぞ」
そりゃあ、水道でから。
「肉を切る前に、一度手を洗いましょう」
石鹸を手渡すと、何故か匂いを嗅ぎ始めた。
「レオナルド様?」
「すまない。これほど豊かな匂いを放つ石鹸は初めてだったのでな。つい……」
母直伝なんだけど。
石鹸すらもかおかしいの!?
「え…っと、とりあえず手を洗いましょうか」
まさか使い方が分らないと言われる事はないだろうけど、念の為先に手を洗って見せよう。
レオナルド様から石鹸を奪い、手を洗って見せるとレオナルド様も同じようにして洗った。
「それではお願いします」
包丁を渡すと、寸胴鍋から肉の塊を取り出し、切り始めた。
無言のまま一心不乱に肉を切ってゆくレオナルド様の隣で、コカトリスの骨を水洗いし血合いを流し、別の寸胴鍋へと入れてゆく。
水道から流れる水の音だけが響く空間。
一人だったら鼻歌を歌いながら作業しているところだが、レオナルド様がいるのでそれはできない。
う~ん。無言って気まずい。
何か会話。会話のネタ……。
って、言っても相手は数時間前に会ったばかりの貴族の騎士様。何を訊いたら失礼とか分らない。
身長高いですね。何センチあるんですか? は許されるのだろうか?
年齢は失礼かな?
兄弟の有無はどうだろう?
休日は何をしているんですか? そもそも休日ってあるんですか? って言うのは踏み込み過ぎな質問に思えるし……。
好きなタイプを訊くのもアレだしな……。
何か当たり障りのない質問ないかな。
何か……。何か……。う~ん。うっ……ん。
あっ!
初対面の人に訊く鉄板の質問があるじゃない!
「レオナルド様。好きな食べ物は何ですか?」
「美味ければ何でも好きだ」
「えぇっと、甘いものが好きですか? それとも辛い方が好きですか?」
「戦になればまともな食事などありえない。味のえり好みをしていては、騎士として失格だ」
「そう……なんですか」
会話終了。
いやいや。待て私。頑張れ私!
鉄板ネタは他にもある。
好きな……。好きな……。色!
色を訊け私!
「アゼリア」
「ふぁい!」
意表を突かれて返事がおかしくなった!
「この厨房も魔法使いが作ったのか?」
「はい。正確には私の母と二人でですが」
「お前の母も魔法使いだったのか?」
「いえ。母は鍛冶師でした」
「鍛冶師?」
「はい。武器防具は勿論、自分が欲しい物を手当たり次第作っていました」
そう。この家の全てが母の夢と理想でできている。
だからお風呂のお湯は水道水ではなく、どこぞの秘湯から引いているし、からくり屋敷ってこころ踊るよね? って家のあちらこちらに隠し扉や仕掛けを施していたし。
「欲しい物を何でも作るとは、凄い才能の持ち主だったんだな」
「はい」
色々な意味で凄い母でした。
「それで、魔法使いはどう言う人間なのだ?」
うーん。これは、探りだろうか?
「ここだけの話しですが」
「ああ」
「魔法使い様は」
「魔法使いは?」
「絶世の美男子です」
「……」
「本当に人であるかを疑うくらいの美貌の持ち主で、老若男女問わず虜にする方です」
「うん。いや、俺が訊きたいのはそういう事ではなく。これ程凄い魔法具を作るような魔法使いだ。
きっと名のある人物なのだろう?」
名はあるだろうが、悪名の可能性が高い気がする。
「どうでしょう。私は田舎者なのでよく知りません」
「名前を聞かせて欲しい」
「個人情報はちょっと……」
「ここだけの話しなんだろう?」
持ち出し禁止をかけていると知っての質問か。
誰にも話せないし、奴隷解消後忘れてしまうからいいか。
「魔法使いの名前はマルマール。その前に何か付くのか、その後に何か続くのかは私は知りません」
「マルマール。マルマール……」
記憶を手繰り寄せる為にか何度も小さく繰り返す。
だが、記憶に該当する名前がなかったのか、無言となった。
よかった。ヴァシェーヌ国の賞金首リストにマルマール様の名前は無い様だ。
「そのマルマールと言う魔法使いは、何処かのパーティに所属していたりするのか?」
「昔は母とコンビを組んで冒険していたようですが、今はソロだと思います」
「お前の母親は鍛冶師ではないのか?」
「鍛冶師だって冒険しますよ」
「それはそうかもしれないが、鍛冶師と魔法使いのみのパーティなど聞いた事が無いぞ」
「そう言われましても……事実、冒険していたみたいですよ?」
まあ、母にとって鍛冶師は職業であって適性では無いらしいんだけど。
「それにしても、魔法使いがソロか……」
後衛担当の魔法使いが一人で冒険に出るなんてまね、普通ならやらない。てか、できないんだろうな。
それを可能にするほどマルマール様は強い。そう言う事なんだろう。
「それで、その魔法使いはどのような人物だ?」
「性格ですか? う~ん。優しい方ですよ。何時もにこにこ微笑んでいますし。私がとんでもない失敗をやらかしても笑って許してくれますし」
「穏やかな方なのか?」
穏やか……。
「穏やかな微笑を浮かべてはいますが……」
「が?」
「穏やかではないです」
「うん?」
「基本、好戦的です。それに……」
「それに?」
「大雑把です」
「大雑把? それはどう言う……」
そこで全ての骨を洗い終わったので、鍋を持ち上げ、水を張った。
「話の途中ですみませんが、出汁をとるのに時間がかかりますので火にかけて来ますね。レオナルド様は引き続きお肉を切ってて下さい」
「ああ」
消化不良と言った表情のレオナルド様を残し、寸胴鍋をコンロへ運ぶと冷蔵庫から長ネギと生姜取り出し、中に入れ、火にかける。
煮立つまでの時間にご飯の用意だと、キッチン奥にある物置部屋へ移動した。
物置部屋と言うのはキッチンに置けないものを置く部屋の意味で、普段使わない物からキッチンに置くには邪魔な物が置かれている。中でも洗米機と炊飯器は毎日使うものの一日一度しか使用しないうえ、スペースを取るからとここに置かれている。
カフェを始めて直ぐに、三升の米を研ぐのはしんどいとリッカ母さんが発明した洗米機と炊飯器。
洗米機はボタン一つで研ぐ濯ぐを行い、研ぎ終わったらアラームでお知らせしてくれ、炊飯器は研いだお米を水と供にセットすれば後はボタンを押すだけで炊き上げてくれる優れものだ。
サクリ村の飲食店ではおなじみの魔法具だけど、マジックハンド同様、レオナルド様が見たら変な顔をするかもしれない。
見せない方がいいのだろうか?
そんな事を考えながら、出前用の岡持ちを二つほど棚から引っ張り出して状態の確認をする。
母が亡くなって以降、出前に行く回数は減ったが、定期的に洗っているので問題はなさそうだ。
洗米機のアラームが鳴り、研ぎ終わったお米を釜ごと炊飯器に移すと炊くと書かれたボタンを押してキッチンへと戻った。
慣れない調理作業に悪戦苦闘しているかと思いきや、レオナルド様に渡しておいたボールには均一の厚さに切られたお肉が山盛りになっていた。
仕事早っ!
そして丁寧!
「もう、半分も切ったんですね」
「ただ切るだけだ。たいした作業じゃない」
正確な年齢は知らないけど、見た目年齢二十代。そんな若さで団長の職にあるのだから、レオナルド様は、かなり優秀なんだろう。
できる男は何をやらせてもできるんだなと、感動を覚える。
貴族の騎士様でなかったらカフェ【猫のしっぽ】にスカウトしたいくらいだ。
うん。まあ、スカウトしても断られるかもしれないけど。
それは置いておいて……。
「切って頂いたお肉頂きますね」
レオナルド様の隣に立ち、ボールから肉を取り出すと一枚一枚筋切りを施して行く。
筋切りを終えたお肉に塩を振りまき、仕込みを終えると調理場端にある鉄板に火を入れた。
熱々に熱した鉄板にバターを落とし、お肉を並べ、再び塩と更に胡椒を振りまく。
霽月はローと言う表面が薄い褐色で、中身はまだ生の状態が一番好きなので焼き時間は片面三十秒ほど。なので直ぐに焼き上がる。
大皿二枚にステーキを半量ずつ盛り付け、冷蔵庫から取り出したにんにく醤油とデミグラスソースをかける。
「アゼリア」
「はい」
「メニューは餃子とから揚げだと言っていたが、それはステーキではないのか?」
「ああ。これは霽月用のご飯です。自分が捕って来た獲物なのに自分よりも先に他の人が食べたら拗ねちゃうんで、先に食べさせてきます」
「なるほど」
「レオナルド様は引き続き肉の切り分けをお願いします」
物置部屋から持ち出した岡持ちの一つにステーキの皿を入れてトランクを出ると、解体現場から少し離れた場所でうたたねしている霽月目掛けて歩き出した。
私……ではなくステーキのにおいに気付いた霽月がむくりとその巨体を起こし、待ちきれないと言わんばかりに尻尾を忙しなく振る姿に、自然と足早になる。
「アゼリア待っていたぞ!」
「召還して直ぐにソーセージ食べたじゃない」
「あの程度の量、狩りをして消化したわ」
なんて燃費の悪い体なんだ。
岡持ちからステーキを取り出すと、霽月は首を左右に傾げた。
「これだけか?」
「え?」
一皿三キロ前後あるはずなんだけど……。
「足りない?」
「この倍は、食べたいのだが……」
これまで霽月のご飯担当はリッカ母さんだったので、正確な一食の量が分からず、記憶を頼りに大体これくらいかな? って量を持ってきたのに、足りないとは。
倍って十二キロ?
一度にそんなにも食べるんだ。
てか、そんなに食べてたっけ?
記憶が曖昧で、いっぱい食べてたくらいしか思い出せない。
目で『これだけか?』『大きい獲物を捕ってきたのに、少なくないか?』と訴えられ。
「直ぐに焼いてくるから、待っててね」
そう言うと霽月は目を輝かせて、ステーキに食らい付いた。
ガツガツと食べる姿は見ていて気持ちいいけど……。
ヤバイ。
分……いや、秒でなくなるかも!?
急いで解体現場へ行き、角切り切り終ったコカトリスの肉と解体済みの肉を天幕まで運ぶようにオムにお願いしてカフェに戻ると、肉を切り終わったのか、手持ち無沙汰に佇んでいるレオナルド様の姿があった。
「見よう見まねだが肉に切れ目を入れておいたぞ」
「え?」
岡持ちを持ったままキッチンへ入り、ボールに山盛りになっているお肉を確認すると確りと筋切りがされていた。
言われる前に動くとか、できる男は違うなと胸が熱くなる。
「有難う御座います。助かります」
「他にやる事はあるか?」
「オムに切り終わったお肉を天幕前に運ぶようにお願いしましたので、それをカフェに運んで下さい」
「分った」
お肉の運び入れをできる男に託し、霽月用のステーキを焼き始めた。
調理の話しは1ページで終わらせるつもりだったのですが、できませんでしたorz
12/23
誤字脱字を訂正しました。
そして、アゼリアが霽月の食べる量を知らないのは何故なのかと質問が来ましたので、本文に少し言葉を足しておきました。
補足説明:霽月はリッカの従魔で、リッカと霽月で行動する事はあっても、アゼリアと霽月だけで出かける事はありませんでした。
本文にも書きましたが、霽月のご飯はリッカの担当だったので、アゼリアは食べている姿は見ていても作る事はなかったのです。
例えばステーキが焼けた先から食べていくので、どれだけ食べているのか分り辛いのです。アゼリアもずっと霽月を見ている訳ではないので……。
↑後付の設定なので、公開済みの内容と矛盾していたらごめんなさい。




