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21.王子様は困ったさん

「こっ、これは一体何事だ!?」


 天幕の向こうから驚嘆の声が上がりフェリックス様と供に回り込めば、老齢の騎士が目を丸くして立ち尽くしていた。

 視線の先にあるのは伝説の魔獣であるフェンリルと血抜き解体中の魔物の山。どちらに驚いているのか。多分両方だろうが、老齢の騎士は錆びた蝶番の如くきごちない動作でこちらを振り向くと大きく開いた目を更に大きくした。


「フェリックス様。そのお姿は一体!?」

「フェンリル殿と供に狩った魔物を自らの手で解体しようとしたのだが、失敗して少し被ってしまった」


 返り血を頬に付けたまま微笑むフェリックス様に、老齢の騎士は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「王族が穢れである魔物の血に触れるなど、何を考えているのですか!」

「そう怒るな。ちゃんと身は清める」

「清めればいいと言う話ではありません! それにフェンリルと狩りをしたですと!? 魔大陸の魔獣と狩り!? 正気ですか!!」

「心配するな。霽月殿は心優しいフェンリルだ」

「優しいとか優しく無いとか、そんな話ではありません! 大体、殿下は何時も何時も……」


 ヤバイ。

 お小言のスイッチが入ってしまったらしい。

 何かを押さえる為か押さえきれなくてか、老齢の騎士は両手の指をわきわきと不規則に動かしだした。


「五歳の時に宰相の髭を切り落とし事件を皮切りに、うたた寝していた書記官の顔にいたずら書きをしたり、騎士団長の酒に細工をしたり……」

「いたずらが楽しい時期だったのだ。許せ」

「何が時期ですか! 今日こんにちまでいたずらを行わなかった年がありますか!」

「私なりに皆との距離を縮めようとした事だ」

「だまらっしゃい! 従者や警護の者を撒いて城下町を歩くくらいならまだしも、書置き一つ残し旅に出るのが距離を縮める為だと言うのですか!」

「自分探しの旅は一人で行くものと決まっている」

「一国の王子がそんな訳の分らん旅に出るなど、許されるとお思いか!」


 怒髪天を衝くように怒鳴る老齢の騎士に対し、顔色一つ変えず王子はしれっと答える。


「見聞を広める為に諸国を旅するのも大切だと、おぬしも言っていたではないか?」

「それは従者や護衛の人間を連れての話です!」

「堅苦しいのは嫌いだ」

「好き嫌いの問題ではありません。貴方はヴァシェーヌ国の次期王となられるかもしれない身なのですぞ! だと言うのに、単身でダンジョンに潜ったり、立ち入り禁止地区に赴いたり、命を懸けた決闘はするわ、ギャンブルをするわ、王族としての自覚が無さ過ぎます!!」

「耳が痛いな」

「痛いと思うなら、今後危険なまねはしないで頂きたい!」

「うむ。考慮する」

「考慮だけではなりません!」

「なるべく一人にはならないようにする」

「なるべくではなく絶対にです!」

「うむ」

「うむ。ではありません。お返事は?」

「分った」


 反省しているとは思えない柔らかな笑顔の王子に対し、老齢の騎士は怒り狂った猫が毛を逆立てるように肩を怒らせ、フーフー鼻息を荒くし、更に続けた。

 

「それから! 舞台に立つのも禁止ですぞ!」

「舞台?」

「民衆向けの演劇です」

「ああ! あれか」

「あれかではありません! 孫娘にせがまれ、秋の収穫祭で行われる演劇を見に行き、主役として殿下が現れた時は我が目を疑いましたぞ!」

「あれは私も驚いた。街の広場で行われる見世物を好き好んで見に来る貴族が居るとは思わなかったからな。しかも飲んでいたエールを噴出して前に座っていた客の頭をびしょびしょにしてしまうのだから、笑いを堪えるのに腹筋が千切れそうになった」

「誰の所為で噴出したと思っているのですか!!」

「その件に関しては何度も謝ったではないか」

「謝ればいいと言う問題ではありません!」


 思い出話に花が咲いて楽しそうなのはよいのですが……。

 王子メモリアルに全く関係ない私までもが小言を喰らっている形になっているのだろうか?

 用事がありますのでと、席を外したいけど、口を挟めるような空気じゃないし。

 どうしよう……。

 助けを求めるように魔物解体に勤しんでいるレオナルド様へ視線を向ければ、あからさまに顔を背けられた。

 黒い死神と恐れられる騎士も、二人の間に割って入る事は難しいらしい。


「分った分った。今日までかけた心労に関して謝る。今後は魔物の解体はしないように気を付ける」

「気を付けるではいけません。しないと誓って下さい!」

「誓う。誓うからいいだろう?」


 鳥の羽の程の軽い誓いに老齢の騎士は一文字に口を噤み、フェリックス様を睨んだ。


「絶対ですぞ!」

「ああ。勿論だ。だから私の変わりに魔物の解体をする者を何人か呼んで来てくれ」

「分りました」


 王子に対し一礼すると老齢の騎士は私の耳元で囁いた。


「アゼリア殿。ありったけの聖水をバケツに入れ、殿下の頭にぶちまけてやって下さい」

「聞こえているぞ、ローレン」

「聞こえるように言ったのです」


 額に刻んだ皺をそのままに、私に対して硬く頷くと、老齢の騎士は結界へ向かって歩いて行った。

 総司ちゃんでキレイにするつもりだったけど、聖水を浴びせた方がいいのだろうか?


「小言に付き合わせて悪かったな」

「いえ」


 フェリックス様のお人柄が分ってよかったです。

 甘く優しい微笑みに釣られるように笑みを返すと、そそくさとトランクから聖水を取り出しフェリックス様に差し出した。


「アゼリア殿。聖水ではなく総司ちゃんを頼む」


 ですよね。


「はい」


 聖水を戻しつつ、浴室から総司ちゃんを連れ出し中の大きさにすると、フェリックス様は勢いよく総司ちゃんに抱き付いた。

 ずるりと体内に引きずり込まれ汚れを食べられている間、フェリックス様は至極ご満悦の様子に付き、態と汚した説が濃厚となった。

 クリーナースライムに慣れ親しんでいるサクリ村の皆もスライムの中に入る事に抵抗を覚えるのに、好き好んで入るとか。しかも入る為に王族にとって禁忌とされている魔物の血に触れるとか。ローレン様やレオナルド様の苦労が分かる気がする。

 私の母もそんな感じの人だったから。

 食べてはいけないとされているサルサノウの実がどんな味か知りたいと食べ、食中毒を起こしたり。入ってはいけない湖に入り、謎の皮膚病にかかったり。ポーションで治ると分かってはいても身体に異変を起こしている母を見て、幼い私はよく泣いていたものだ。

 母との思い出に浸っていると、フェリックス様は総司ちゃんから吐き出されていた。


「何度体験しても楽しいものだな。なあ、アゼリア殿。クリーナースライムはこれ一体だけなのか? 複数あるなら一体譲って欲しいのだが」


 複数居るには居るが、マルマール様が居ないとどうする事もできないので……。


「すみません。母から譲り受けた特殊固体なので、お譲りはできません」

「なら、クリーナースライムへの進化の方法はどうだ? 言い値で買うが?」

「いや、その……お金を頂ける程の情報は持っていないので……すみません」

「そうか。城にこれが居たら面し…便利なんだがな」


 今、面白そうと言いかけましたよね?

 クリーナースライムで何をするつもりですか!?

 疑いの目で王子を見つめていると、遠くから動物の鳴き声のようなものが聞こえた。

 声はどんどん近付き……。


「せーじょさまぁ~」


 妙な鳴き声だ。

 人の言葉のように聞こえる。


「せーじょさまぁ~」


 聖女って聞こえるけど、気のせいだよね?

 この場に聖女なんか居ないし。

 気のせい。気のせい。


「聖女さまぁ~」


 ああ。うん。

 確り呼んでいるよね。聖女って。

 この場に聖女は居ないんだけど……。

 天幕から顔を覗かせると、結界から出て直ぐのところで獣の耳や尻尾を生やした獣人ご一行が手を振っていた。

 無視する訳にもいかず手を振り返すと、先頭に居た獣人が走り出しあっという間に目の前に来ていた。

 狼の耳をした少年は私に対して跪くと勢いよく顔を上げた。


「聖女……さ……」


 天幕の所為で見えなかったのだろう。私の隣に立つフェリックス様の存在に漸く気付いた少年は慌てて頭を下げた。


「しっ、失礼しました。フェリックス殿下」


 後続の獣人達もフェリックス様に気付くと慌てて跪き、礼を取った。


「アゼリア殿は聖女なのか?」

「違います。ただの商人です」

「なら何故この者達はアゼリア殿を聖女と呼んでいるのだ?」

「フェリックス様に使う前にスーパーメガポーションで獣人の方を治したら、勘違いされたんです」

「そうか」


 いたずらを思いついた子供のように微笑むと、フェリックス様は獣人達へ向き直った。


「皆の者よく聞け。アゼリア殿は天から使わされた聖女である!」

「ぶはっ!」


 何言ってくれているの、フェリックス様!?


「そして、これなるは聖女様が使役している聖獣である!」


 王子が指し示したクリーナースライムを見て、獣人達がざわついた。


「聖獣?」

「大きいだけのスライムではないのか?」

「聖女様が何故スライムを連れているのだ?」

「ゴホン。百聞は一見にしかずだ。そこの者、立て」


 指名された狼耳の少年が立ち上がると、総司ちゃんの前へ押し出された。


「いいか。吐き出されるまで目を閉じ息を止めているのだぞ」

「吐き出されるとはどう言う……」

「今からお前はこの聖獣の中に入るのだ」

「入るって……」

「心配は要らない。溶けたり喰われたりはしない」

「ですが……」

「私と聖女殿を信じろ」


 王子にそう言われ、訳が分らないままに狼耳の少年は目を閉じ息を止めると背中を押された。

 頭からずるずると総司ちゃんの中に沈み込み、初めて体験する感触に手足をバタつかせもがくが何をどうしても無駄だと悟ったのか、膝まで沈み込む頃には大人しくなっていた。


「アールシュが喰われたぞ!」

「早く助け出さねば!」


 焦る獣人達を王子は片手で制止し、静観する事数十秒。狼耳の少年は総司ちゃんから吐き出され、反射神経のよい獣人の少年がキレイに着地して見せると、獣人達がどよめいた。


「汚れで茶色くなっていたアールシュの服が真っ白だぞ!」

「垢まみれだった肌もキレイになっている!」

「一体何が起こったのだ!?」

「何なのだあれは?」


 驚きと困惑に顔を見合わせている獣人達に向かい、何故か王子がドヤ顔で告げる。


「見よ! 驚きの白さ!」


 そのセリフ。今度は使い方は合っていますが……。


「おお! 奇跡だ!」

「奇跡だ!」

「聖獣様万歳!」

「聖女様万歳!」


 色々間違えていますから!!


「皆さん。聞いて下さい! これは奇跡じゃありませんから!」

「聖獣様万歳!」

「聖女様万歳!」

「このこはただのスライムです。聖獣じゃありません!」

「聖獣様万歳!」

「聖女様万歳!」

「何度も言いますが、私は聖女じゃありません! ただの商人です! 商人なんです!!」

「聖獣様万歳!」

「聖女様万歳!」


 腹の底から叫んだが、クリーナースライムの効力に興奮している獣人達の耳には届かなかった。

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