2.王都マジック?
建国五百年となるルーベル王国。その首都ビジェツから遠く離れたサクリ村。
その小さな村の片隅に佇む木造三階建ての一軒家は、一階部分に鍛冶場・倉庫・店舗があり、二階から上が住居となっている。
店の正面には鍛冶屋【猫のひげ】と看板が掲げられているが、魔物が殆ど現れないサクリ村で武器防具の需要は低く、店内に陳列されている商品は包丁などの調理器具や農耕具が主であり、武器防具は気持ち程度に置かれているだけである。
しかも、人気商品は母の冒険者時代の友人である魔法使いのマルマール様が作る治療薬や、日常生活に使える魔道具。冒険先で買い付けてきた珍しい商品だったりする。
雑貨店とも言える店の隣には、母の料理好きが高じて増築し作られたカフェ【猫のしっぽ】があり、正直何の店だが分からなくなっている。
そんなカオスな店を母の死後譲り受けた私は、マルマール様から卸して貰っている商品を売り、母に仕込まれた料理と鍛冶の腕を生かし、店を運営していた。
母が店主だった頃に比べ売上げは落ちてはいたが、毎月黒字だった。しかも母が私のために貯金していたお金もあり結婚式を挙げるには十分な貯蓄があったにも関わらず、トッドがダンジョンへ旅立ったのは親の借金を返すためだった。
家族になるのだから、借金の肩代わりを提案したりもしたが、トッドはそれを断った。
『借金は俺が返す。これは俺の男としての意地だ』
『五百万クレを返済したら、改めてプロポーズする』
そんなトッドの言葉に胸を打たれた私は、旅を応援する気持ちと一日でも早く帰ってきますようにと祈りを込めて武器一式を贈ったのだが、今にして思えば借金返済を理由に子供の頃からの夢である冒険の旅に出たかっただけかもしれない。
二度と会う事はないだろうから、真意のほどは分からないけど。
まあ、どっちでもいい。
私が捨てられた事実は変わらないのだから。
物思いにふけっていると、店の扉が叩かれた。
もしやトッドが戻ってきたのだろうかと、鍵を掛けたまま訪問者の確認をすれば、訪問者はトッドの母親カーシャさんだった。
「アゼリアちゃんごめんね。うちのバカ息子があんな事をして」
扉を開けると開口一番にそう言われた。
あんな事がどれを指しているのか分からず、曖昧に微笑むと、カーシャさんは縋りつくように私の腕を掴んだ。
「あのバカ捕まえて、借金の形に姉のリリと妹のメメが奴隷にされそうになった件を話したのに、アゼリアちゃんが勝手にやった事だから返済義務はないって……。もう情けなくて、家からたたき出してやったよ」
トッドが旅に出て半年後、父親が残した借金の取立てに金貸し屋とその用心棒が村に来た。
出て行ってから一度の仕送りも届いていなかったカーシャさん一家は日々の暮らしで一杯一杯で、利息分を返すお金もなかった。返せないのならとリリとメメを借金の形に連れて行くと金貸し屋が言い出し、見るに見かねて私が借金の一括返済をしたのだ。
カーシャさんとリリとメメは涙を流しながら礼を言い、毎月少しずつお金は返す。トッドからの仕送りが届いたらそれも丸々渡すと言っていたのだが……。
トッドからの仕送りは一年に一度だけで、金額も僅かなものだった。そのため、毎日やりくりし溜めたお金を毎月必ず返してはくれたが、三年経った今も借金は粗方残っている。
カーシャさんはやっと帰って来た息子に残りの借金を返すための相談をしたが、奴は知らんと言ってのけたらしい。
広場で武勇伝を語っていた際の装備や装飾品からして五百万クレなど楽に返せるはずだ。だと言うのに返したくないとはこれ如何に?
王都は人を変えてしまうと聞くが、ここまでなのかと眩暈を覚える。
「ごめんね。アゼリアちゃん。時間は掛かっちゃうけど、借金は私がちゃんと返すからね」
何度も頭を下げて謝るカーシャさんの手を取って、私は首を左右に振った。
「借金を肩代わりした時にも言ったけど、借金の事は気にしないで」
「でも……」
「あのお金は母の貯金だし、母が生きていればカーシャさん達のために使ったはずだから」
「だとしても、アゼリアちゃんのためにリッカさんが一生懸命に稼いだお金だよ」
子を持つ母だからこそ、子供のために残されたお金の重さが分かるのだろう。
頑として返済すると言い張るカーシャさんに、折れる形で提案をした。
「それじゃ、今まで通り少しずつ返済して。で、余裕がある時は皆でカフェにご飯を食べに来て売上貢献してくれると嬉しいな」
カーシャさんはうんうんと頷き、涙を流しながら「ありがとう」と繰り返す。
中々泣き止まないカーシャさん。
このまま泣き続けたら、瞼が腫れ上がっちゃうよ。
どうしたら涙を止められるだろうと考え……。
「あっ! お菓子の試作品があるんだけど、食べて感想聞かせて。ね?」
美味しいものは人を笑顔にする。
私が泣いた時に母はよくそう言って、お菓子を食べさせてくれた。
カーシャさんにも有効だろうと、一度鍛冶屋店舗から出て隣のカフェ【猫のしっぽ】へと連れて行き、焼き菓子と飲み物を出した。
「お母さんのレシピを参考にして作ったオリジナルのお菓子なの。どうかな?」
カーシャさんは一口食べるとうんうんと頷き、美味しいよと言いながら涙を流す。
涙を止める為に勧めたお菓子だったが、逆効果となってしまったようだ。
「まだまだたくさんあるから、いっぱい食べてね」
「うんうん。ありがとうね。アゼリアちゃん」
カーシャさんの涙が止まるまで、私達はお菓子を食べ続けた。
ストックが5話分しかないので、直ぐに毎日更新は止まります
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