15.トランクは秘密③
手にしていた水筒を階段下に置くと、一番近くあるテーブル席に座った。
そして、突っ伏した。
あーー最悪!
王子に見られた。
何故よりにもよって王子!?
絶対に面倒な事になる。
だって、金と権力を持った人間の最大に厄介な点は、超度級の我が侭な性格だとリッカ母さんが言っていたし。
特に王族は自分達の要求は受け入れられて当然。拒絶などありえないと本気で信じているらしいし。
見せません。触らせません。上げません。などと言ったら犯罪者確定。
国を挙げて追い掛け回される可能性大だ!
霽月がいるから、捕まりはしないだろうけど、商業の国から指名手配されるなんて商人としてアレだよ。
見通しが暗いと言うか、終わっていると言うか……。
悲しい未来予想に頭を抱えていると、樽から水が溢れ出す音が耳に届き、慌てて台所へ向かった。
水を止め樽の蓋を閉めていると、外からトランクが叩かれた。
出て来いって事だよね?
出て行って大丈夫だろうか?
動揺故に、王子を無視する形でトランクに引っ込んでしまったけれど、不敬罪で捕縛されたりしないかな?
いや、まさかね。
ははっ……。
まあ、捕縛はなくとも、質問攻めに要求の嵐には合うだろう。
うーん。出て行きたくないな。
でも、出て行かない訳にはいかないし。
どうしたものかと、悩んでいる間も催促するようにトランクは叩かれ続ける。
これ以上待たせてはそれこそ不敬罪になるのではないかと、不安になり階段へ向かうが、直ぐには上らずに脳内で質疑応答の練習をする。
こちらの説明に対し、素直に納得して貰えるパターンと、して貰えないパターン。そして最悪のパターン。
三パターンを三回ずつシュミレーションし階段を上って行く。
素直に納得してくれますようにと祈りつつ、そっとトランクを押し上げれば、フェリックス王子とレオナルド様がしゃがみ込み、こちらを窺っていた。
笑顔の王子と仏頂面の騎士。
表情はともかく、美形が並んでいると圧が凄い。
更に近距離で凝視されていると、出て行き辛い。
トランクから一向に出て来ない事に痺れを切らしたのか、フェリックス王子が手を差し出した。
「お手をどうぞ」
これは取ったら失礼? 取らない方が失礼?
どうすればいいか分からず、レオナルド様を窺い見れば、硬く頷かれた。
取れ。でいいのかな?
差し出された手におずおずと手を重ねると、導くように優しく引かれた。
王子にエスコートされるなんてお嬢様にでもなった気分だが、正直、嬉しさよりも緊張と気まずさの方が大きい。辛い。
「ありがとうございます」
作り笑顔で礼を言えば、優しい笑顔が返された。
トランクから出れば直ぐにでも手を放されると思っていたのだが、何故か放してくれない。
レオナルド様といいフェリックス様といい、ヴァシェーヌ国では『握った手を直ぐに放すべからず』なんて風習でもあるのだろうか?
「あの、手を放して頂けますか?」
「これは失礼」
漸く手を解放され、近過ぎる距離を離そうと一歩後ろに下がると、フェリックス王子は微笑みを深め、優雅な所作でお辞儀をした。
「先程は突然失礼をした。私はヴァシェーヌ国第二王子、フェリックス・フォン・ヴァルシュだ」
「ご丁寧にありがとうございます。私はアゼリアと申します。商人をしております」
「アゼリア。可憐な貴方にぴったりなよい名前だ」
可憐?
私の一体何処を見て、出した単語だろうか?
「そう言えば、命を救って貰った礼がまだだったな。ありがとう。貴方のお陰で冥府へ行かずに済んだ」
「いえ、あの、私は商品を売っただけで、何もしていません。御礼ならレオナルド様にして下さい」
お金は王国から支払われるだろうけど、奴隷紋を刻まれるという屈辱を受けているのだから。
「うむ。レオには後で何か褒美を与えよう」
「そうして下さい」
蕩けるような甘いマスクから放たれる光りのような笑顔に、釣られるように笑顔で返す。
「ふふ」
「うふふ」
このままあの話題が流れてくれるといいな。
そんな願いを胸に、笑みと笑みの応酬を続けていると、王子の目が僅かに細められた。
「ところでアゼリア。そのトランクは一体何なのだ?」
やはり、流れてはくれなかったか……。
「魔道具のようだが、そのようなものは始めて見た。一体どうなっているのだ? 中を見せて貰えないか?」
質問と要求が一変に投げ付けられ、前もって用意していた返事を笑顔で伝える。
「申し訳ございませんが、トランクがどのような魔道具かはお答えできません。中を見たいとの事ですが、結界が施されている為、トランクに登録された者以外は覗く事はできません」
「なら、一時的に登録して貰えないか?」
「登録は魔道具を作った魔法使いにしかできませんので、私には無理です」
「魔法使いに連絡は取れないのか?」
「現在、旅に出ておりますので、無理です」
「そうか。それなら仕方ないな」
あれ?
思いの他、あっさりと諦めてくれた。
もう少しごねられる想像をしていただけに肩透かしを食らった気分だ。
「どうした変な顔をして?」
「いえ。ご理解頂きありがとうございます」
「ん? ああ。私が簡単に諦めたのが意外だったのか」
その通りです。とは言えないので無言でいると、それを肯定と受け取ったのかフェリックス様は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ごねて見せて貰えるなら幾らでもごねるが、駄目なのだろう?」
「はい。すみません」
「王族だろうとも無理なものは無理。そんな事も分からない程私は阿呆ではない」
十人十色。千差万別。
人それぞれ。考え方や性格など違うと分ってはいるけど、リッカ母さんやマルマール様から聞いていた王族とは違い過ぎて信じられない気分だ。
そう言えば、レオナルド様も聞いていた貴族とは全く違うし。
……。
もしかして、リッカ母さん達から聞いていた情報って、かなり偏っていたのかもしれない。
現に、フェリックス様もレオナルド様も平民の私相手にずっと紳士な態度で接してくれているし。
普通に……。
いや、普通以上に優しいし。
そう言えば、リッカ母さんの冒険譚て、魔物退治意外だと、権力者相手に喧嘩したとか、暴れまわったとか、壊したとか、潰したとかそんな話ばかりだった気が……。
「ところで話は変わるが――」
それまで私に向けられていたフェリックス様の視線が、私の遥か上へと移動する。
「貴方の連れている従魔は、伝説の魔獣フェンリルで間違いはないか?」
伝説の魔獣?
フェンリル?
「霽月はそんなんじゃないです。霽月はただの……」
ただの、何だ?
貴族に会った事がないアゼリア。
貴族については母からの偏った情報しかないので、偏見が凄いのです(笑)
予定より長くなりましたので、2話に分けました。
続きは明日か明後日にでもUPします。




