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10.SMPの効果①

 目測で五十から六十平方メートルはありそうな大掛かりな結界魔法。

 その煌々と輝く光りの壁の向こうに、武器を携えた兵士が十人ほど木陰からこちらを窺っている。

 私……。ではなく、霽月を警戒しているのだろう。

 大型魔獣の連れである私の手を取って近付いてくるレオナルド様に困惑しつつも、武器を構えている。

 私、このまま結界内に入っていいのだろうか?

 それ以前に、部外者である私は結界魔法によって弾かれるんじゃ……。

 レオナルド様、その事に気付いていないなんて事はないよね?

 隣を歩くレオナルド様を盗み見れば、それを咎めるように肩を抱き寄せられた。


「ぎゃふん」


 驚きから不細工な悲鳴を上げてしまったが、そんな事には一切触れずにレオナルド様が呪文を唱えると、レオナルド様は勿論私をも包むように結界魔法が展開された。

 結界魔法内に入るのに、何故結界魔法をかけるのか。

 訳が分らずに足を止めると、歩みを促すように肩を抱いていた腕に背中を押された。

 結界に守られているから大丈夫――なのだろうか?

 だとしても何かしらの衝撃があるかも知れないと歯を食い縛り、覚悟を決めて一歩踏み出せば、何事もなく光りの壁を通り抜けていた。

 あっけなく結界内に入れた事に驚いていると、眼前に立ち並ぶ兵士達は私とレオナルド様の顔を交互に見詰めると躊躇いながらも武器を下ろした。


「ヴァーレーン騎士団長。その方は?」

「商人だ」


 端的な答えに困惑を深める兵士達。

 更に何かを聞こうと兵士の一人が口開きかけるが、レオナルド様はそれを無視するように歩き出した。

 身体にかけられていた結界魔法も解かれ、肩を放して頂いていいような気がするのだが、何故かガッチリと掴まれたままで放して貰えない。

 見目麗しい騎士様に肩を抱かれている。

 状況だけ見れば、とてもロマンチックだが、肩にかかる圧が。歩く速度が。尋常ではない。

 エスコートというより強制連行に近い状態だったりする。


 辛い!

 状況も体勢も、辛い!


 擦れ違う兵士達に訝しげな目に見送られながら、足場の悪い森を進んで行くと、獣人と呼ばれる獣の耳や尻尾を生やした人の集まりが見えた。


「退け。道をあけろ!」


 レオナルド様の声に獣人達は慌てて左右に別れると、その先には血塗れの獣人の男性が横たわっていた。

 遠目からでも重症だと分るほどに赤く染まった身体には無数の傷が刻まれており、下腹部から下は原型を留めない程に潰れていた。

 これまで落石事故などで瀕死の状態の人を目にした事があるが、何度見ても慣れるものではない。

 悲惨な姿に息を飲んでいると、背中を押すように肩を抱くレオナルド様の手に力が込められた。

 止めていた歩みを進め獣人の傍らへ近付けば、治癒魔法を施されたのだろうか。胸に刻まれた奴隷紋が真っ二つに割れるほどの深い傷や潰れた下半身からの出血は止まっていた。

 止血されただけで回復も修復もされていない。そんな状態で、まだ息があるのは彼が生命力の高い獣人だからだろう。

 何かしらの治癒を施さねば死んでしまう。

 焦る気持ちから、ポーション瓶に手をかけるが、大切な事を思い出し、手を止めた。

 これは私の物ではないのだ。勝手な事はできない。

 実験用を使うつもりでここに来たのだろうけど、獣人の胸に刻まれている奴隷紋の事もあるし、確認を取ってからでないと、面倒な事になるかもしれない。

 使っていいものなのかどうか、レオナルド様を窺い見れば、困惑の表情が返された。


「どうした。早く使って見せてくれ。……まさか、ここまでの酷い状態では駄目なのか?」

「いえ。大丈夫です」


 よかった。使っていいんだ。

 ほっと胸を撫で下ろすと、手にしていたポーション瓶の蓋を開けた。

 ポーションは基本飲み薬だが、スーパーメガポーションは意識不明状態での使用を想定して作られているので飲ませる必要はなく、対象者の身体に浴びせるだけでいい。

 瓶を傾け横たわる男性に液体を浴びせかけると、傷だらけの身体は乾いた大地が水を吸い込むようにそれを吸収した。次の瞬間、全身を白い光りが包み込んだ。


 上級ポーションは損傷部位の修復までだが、特級ポーションは欠損部位の復元が可能である。

 但し、復元には本人の『治す』意思が必要な為、意識不明に陥ると復元は不可能となってしまう。

 意識があっても一度に全てを復元する事は不可能な為、複数欠損部位がある場合は生命維持に最も必要な箇所を優先し、それ以外は後回しとなる。

 目の前の男性の場合、意識があれば上級ポーションで胸の損傷を修復し、少し空けてから特級で腹部から臀部を復元。更に時間を空けてからもう一本特級を飲み、大腿部と下腿部を復元しなくてはならない――が、スーパーメガポーションなら一本で全てを元に戻せる。

 負傷者に意識があろうがなかろうが、関係なく。


 白い光りが治まり、完全回復を終えた男性を目にした獣人達から感嘆と驚愕の声が上がり、レオナルド様も驚きに目を見張っていた。

 本当に完治しているのかを確かめる為にレオナルド様は膝を付き、男性の胸や脚に触れていく。

 その刺激でか、硬く閉じられていた男性の瞳が開らかれた。


「兄さん」


 男性とよく似た耳を持つ青年が駆け寄ると、男性は巨体を起こし、辺りを見回した。


「アールシュ。一体これは……?」


 何故自分を囲むように仲間達が立っているのか。

 何故弟が涙ぐんでいるのか。

 その訳を探るように弟を凝視し、何かを思い出したのか男性は慌てて自身の身体をまさぐり始めた。

 無数の傷があった両腕。深く斬りつけられていた胸。何より失ったはずの下半身がそこにある事に驚き、男性は無言のままレオナルド様を見詰めた。


「オム。痛むところはないか?」

「ありません」

「身体に違和感はないか?」

「ありません」

「そうか。それはよかった」


 レオナルド様に肩を叩かれ、オムと呼ばれた男性はくしゃりと顔を歪めた。


「あっ、ありがとうございます!」


 オムが頭を下げると、その場にいる獣人全てが一斉に礼の言葉と共に頭を下げた。

 レオナルド様は一瞬ふわりと笑みを浮かべたが、直ぐに元の仏頂面に戻した。


「次へ行くぞ」


 立ち上がるなり、私の腕を取ると強引に立ち上がらせた。


「あの……」


 立ち上がりましたので、腕を放して頂きたいのですが……。

 掴まれた腕をそのままに、強制連行再び。

 尋常でない速度で歩く事となった。

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