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星追いの周遊記  作者: アコルト
セレラル編
3/6

~ 蛇蝎の少年 ~

遅れました、ごめんなさい。

今夜もまた悪い夢を見て飛び起きる。

頬にはまた汗が走っていたが、いつものそれとは違っていた。


彼処には双子ではなく、生涯唯一人の悪友が立っていた。

長い間彼は死んだと思っていた、けれどあの時目の前に立っていたのは確かにあの悪友であったのだ。


ここで、頬に伝っていたのは汗ではないと知る。指先でそれを馴染ませるように拭うと、仄かな温もりが残っていた。

この感情をなんというのだろう。

幾つか単語を思い浮かべていくが、私は如何せん学がないのだ。

きっと戦友と、相棒と呼べるあの秀才ならば簡単に言葉を綴るのだろう。


私のちゃちな言葉ならそれを────


希望、と呼ぶのだろう。


***


時は数週間前に遡る。


シエルは軽やかに窓から木々を伝って外へ飛び出す。

何をしているか。

学校の授業をサボって何処へもなく外に出ているのである。


「息苦しいったらねぇや…こういうのはサボるのが賢いってやつだよね」


今日はどこへ行こうか、グランドとはまた違う方へ行くのも楽しいかもしれない。

なんとか学校の敷地内を通り過ぎる。シエルが抜け出すようになってから日に日に警備が強化されているような気がするのは気の所為だろうか、多分、気の所為ではない。


「へへ、今日の警備もザルだな〜」

「…………ねえ」


安心しきったところに突然声をかけられ、シエルは訳の分からない言葉を叫ぶ。そして瞬時に口に手を当てて死角に入る場所へ滑り込んだ。


「び、びびった………あぶねぇ………」

「ねぇ、あんた、シエルだよね?」


教員が追いかけてこないかを確認した後にシエルはようやく自分に声をかけた者に視線を投げた。


「お前なぁ、タイミングってもんを考えろよなあ……!」


その姿を見て驚く。彼の髪、瞳の色。フードを被っているが、ここまで近ければ分かってしまう。墨を落としたような真っ黒な色はこれまで見たことがなかったからだ。

少し声が高く、少女かと思ったが、顔立ちや話し方から少年であることを察することが出来た。


「なにをしているのかしらないけど、僕の質問に答えてくれ。君はシエルだよね?」

「………そうだって言ったら?お前はなんなんだ?」

「あぁ、よかった。姉と間違えたらなんて思ってたけど全然似てなくてたすかったよ」


少年はフードを外す。長い前髪が辛気臭さを感じさせる。


「初めまして、突然だけどもう一つ聞きたい。あんたの父親、家を出てるはずだけどどこに行ったか知ってる?」


その質問にシエルは顔色を変える。キッと少年を睨み立ち上がると声を低くする。

こうすると彼の小柄さが目立った。


「何の話だ?お前は親父のなんなんだ?どこまで知ってる」


少年は諦めたように視線を外した。


「なんだ、その様子だと何も知らないか。無駄足だったな」


シエルは激昂し、少年の胸ぐらを掴みあげる。その形相に驚くことも無くなんの感情も湛えぬ瞳で少年はシエルのアンバーの瞳を見据えた。


「お前こそ、親父の何を知ってる。さっきからこっちの質問に答えてねえぞ!」

「うるさいよ。このまま大声上げてると気付かれるんじゃない?」


ハッして一瞬シエルの力が緩んだ隙を狙って少年はシエルの腕を掴み、体ごと捻ると拘束から抜け出しぱっと逃げていってしまった。


「あっ!!おい!!!」


と慌てて追いかけようとした途端、教員がその騒動に気づいてこちらへ急ぐのを視線で確認すると「やべっ」と小さく呟いて少年と同じ方向へ走り出して行った。



結局、その少年は見つかることは無く、途方に暮れ学校へ戻って行った。もちろん、その後先生にしっかりとっちめられてしまったのだが。


シエルは頭が悪い。勉強は出来ず、取り柄は体が丈夫で病気にかからないことと(ケアーマンだから当然なのであるが)、体力があることくらいだろうか。あとはよく顔が整っていると言われたことはあるがイマイチよくわからない。

昔から理解するのに時間をかけていると父親が近くに寄ってきて「そういうところは私に似たのか」と照れ臭そうに笑うのが好きだった。父と似ているなら、それも悪くないと思えた。

サラは母に似て手先も器用で頭もよくなんでもスルスルと記憶に入っていくのが羨ましいと度々思ったが、その度に父はシエルの元に近づき、「双子だからと同じである必要などない」「なにもサラと同じ道を進む必要は無い」と幾度も励ましてくれた。だからこそシエルはより野性的に、より朗らかに、より自由に育った。


翌日、いつものように学校を抜け出し、昨日の少年を探そうと思った。パイプをよじ登ったり、木に飛び乗ったり、サラに言わせてみれば「まともに授業を受けた方がマシ」だそうだ。

まず、と昨日の少年の姿を思い出す。


「あいつ、フード被ってたな。姿見られるのがまずかったりするのかなぁ、なら街の方には行ってなさそうだし森でも探すか」


そう1人呟いて森へ目指す。そう、彼は頭は悪いが直感的な発想はサラよりもいいのである。それに彼自身が気付くのはいつになるのか。

森を歩きながらシエルは父が居なくなった日を思い出す。本当にいつも通りの朝だったはずなのだった。



シエルもサラも早起きで、日が昇り始めてしばらくした後に普段起きる。父はセレラルで仕事が諸事情(この辺りもよく父に教わっていなかった気がする)により就くことが難しいためにアーレットやビトロアーレなど隣接する国々に仕事に飛び、日帰りで帰ることも、3日ほど日をあけたりすることもあった。


だから、あの日もそういうものなのだと思っていたのだ。

寝ぼけ眼で見た父は普段よりも多い荷物を思っているような気がした。


「……パパ?」


サラがか細く声を絞り出して尋ねる。父は寂しそうな顔をしながらこちらに近づき、シエルたちを力いっぱい抱きしめた。


「うう、苦しい……」

「サラ、シエル…………。許してくれ、今回のお仕事はしばらく帰って来れなさそうなんだ」

「しばらく……?1週間くらい?」


そっとシエルたちを離し、2人の話す言葉に耳を傾けていた父は酷く傷ついたような顔をした。


「1週間……で帰れたらいいんだが。大丈夫それでも私は帰ってくるから待っててくれるか?……今度は死なせたくないんだ」


父の言っている言葉の意味がわからず二人揃って首を傾げる。その様子を見て父はまた愛しそうな顔をして2人の額にバードキスをすると小さく囁いた。


「あぁ、愛しているよ。信じていてくれ」


立ち上がると今度は母の方へ近づき、髪の毛を優しく救い取りキスをする。


「チェリオ、2人を頼むよ。君には随分寂しい思いをさせてしまって本当にすまないと思っている…」

「こんなこと、なんとでもないよ。レニー、お願い。元気で帰ってきて、約束だよ」

「もちろんだよ。君も、いつまでも愛してる」


母の頭をかき抱きながら今度は唇へ何度も口付け、最後に名残惜しそうに離れて顔を見て2人は笑った。

そしてもう一度シエルたちの方を見ていつもの笑顔で家を出ていった。

それが、父の最後の記憶だ。

それから思い出したように父の特徴的な下手くそな絵のハガキだけが届く。言葉はない。



と、ここまで森を歩いて近くの木の裏へ隠れる。

遠い遠い先に迷彩柄の小さなテントの頭が見える。これがあの少年の住処だとしても、違うにしても注意を払わなければいけない。

息を整え、近づこうとした時だった。

ばっと力強く口を押さえつけられ声が出せなくなる。


「むぐ……!!??」

「シッ静かに」


誰だ、と思いそちらへ顔を向けるとつい先日見た事のある少年がそこにいた。


「おあえっ………!!!」

「頼むから静かに……!」


きゅっと口を結ぶ。少年の切羽詰まった顔にあまりのことを感じたからであった。静かになったシエルに安堵するとゆっくり手を離した。


「…………よし、移動する。絶対に音を立てるな」


シエルは小さく頷くと、2人は音をたてぬようにと慎重にその場をあとにした。



随分先程の場所から離れたところで2人は立ち止まった。場所は学校の方が近いだろうか。


「で、さっきのはなんだったんだ」

「……いや、気にしないでくれ」


オドオドとしたように目をそらす少年を見て、以前の印象と真逆に見えてシエルは不審に思う。前会った時は図太いくらいになんでも言ったものだったのに、今の消極的な様子はなんなのか。

シエルの不思議そうな視線に気まずくなったのか少年が横目でもう一度ちらりと見る。その目は闇に包まれており、心情を読み取ることは出来ない。


「……何かある?」

「いや、前より大人しくなったなと思ってさ」


言葉に詰まったように眉をひそめたあとに少年は体ごとシエルから背けてしまった。

なんなんだとシエルが頭をかいたときに少年が小さい声で言葉を繋げ始めた。


「……単純さ、人と話すのが苦手なんだ……」

「苦手……にしてはこの前は饒舌だったな」

「う、うるさいな……。よく言われることなんだ、君が、気にすることじゃないだろ」


それもそうだ、と思い返しシエルは少年に本題をふる。


「そう、お前に会いたかったんだ。この前捕まえ損ねたからな。お前、俺の父親のこと知ってる素振りだったよな?」

「……どうかな、君が欲しい情報を与えられるとは思えないけど……?」


顔を向けた長い前髪の間から強い光を宿した目を覗かせる。これを待っていたんだ、とばかりにシエルはニヤリと笑う。


「本調子になってきたみたいだな?少なくとも父親が長い間家をあけている、ことしか分かってない俺よりは知ってるだろ」

「その減らず口を閉じてくれ。何も知らないやつに情報をくれてやるほど安くはないんだ」

「こっちだってっ………」


声を荒げようとして食い留まる。ここで喧嘩腰になってはダメだ、短気なのは自分が百も承知なのだから、ギリギリで自分を押さえつける。


「………親父が出て行ってから7年だ」

「………」


少年は黙ってこちらを見つめている。


「俺は、もう待てないんだよ。ずっと大人しくしてられるほどガキじゃない」


そして少年の肩を掴みながら声を絞り出した。


「頼むよ………教えてくれ………」


肩を掴む手が思わず震えてしまう。知らず知らずのうちに手に力が入ってしまったようだった。


「……痛いんだけど」


ハッとして少年から離れた。彼の表情は一切変わってなどなかった。


「ご、ごめん………、昔から、力加減が出来なくて………」

「いいよ、別に。君の気持ちも分からないわけじゃないからね」


肩を払いながらしかとこちらを見つめた。黒い瞳に吸い込まれそうな気がした。


「じ、じゃあ……」

「今晩ちょっと付き合ってくれたら、教えてやってもいい」

「や、やる!ありがとう!」


飛び上がるように嬉しくて、思わず少年の手をにぎりしめた。


「ところで、君夜目は利く方かい?」

「……?」


目を細めて小さく笑う少年の顔が、シエルの不安を煽っていた。



家をこっそりと出たシエルは学校近くに来ていた。昔からリシユール高原の端にある暗い薬草の森を遊び場にしていたから平気で木々の間を走り抜けられた。

明かりといえば空の大きな月と、まばらにある星たちだけだ。

息を切らしながら所定の位置に着く。呼吸を整えながら周りを見渡すが、慣れきった夜目でも闇夜のような彼の存在は確認出来なかった。


「誘った本人がいないとかふざけんなよ……」

「時間通りか」


後ろからの突然の声にビックリして大声を上げて距離をとる。くらいせいで彼の表情は確認出来ない。


「うるさいな……」


しかし声色からは不機嫌な様子が伺い知れる。シエルは小さく謝ると彼の側に寄った。


「で、何をするんだ?」

「君の目は、暗闇じゃちょっと目立つんだな…。まぁいいや」


それだけ呟いて違う方へ歩き出した。


「お、おい……!」


慌ててシエルは少年の後に続く。正直暗すぎてどこに向かっているのかわからないが、自信をもって少年が進むのだから黙ってついていくしかない。

 しばらくすると森の先の方で小さな明かりがかすかに見える。暗闇の中では立派な目印だ。


「あれは……?」

「あれが今回の僕らの目標。こんな夜間に火なんて焚いて、馬鹿な奴らだな。見つけてくれと言ってるものだ」

「待ってくれ、話が見えない」

「……あれは僕を監視する役目を持った金で雇われた傭兵さ。時々情報を集めるために盗みにはいるんだけど、今日は君にも協力してもらおうと思ってさ」

「は…?」

「今回は積極的に攻めて、あわよくば通信機を破壊、彼らの無力化が理想」

 

 シエルの嫌そうな顔を横目に少年はシエルの肩を叩くと、明かりに向かって進んでいった。



 様子をうかがってみると、どうやら人は二人という少数編成。見張りが一人外で火にあたり、一人が中で作業をしている。装備は遠目からではあまり視認しづらいが、見張りの男はアサルトライフルを手に持ち、暗視スコープを付けて様子をうかがっている。

 耳を澄ましてみれば男の声が二人分することからおそらく何者かと通信を図っているものだと考えられた。

 シエルとユーヤは見張りの背後の草むらで二人顔を見合わせる。深く思考を凝らさずともわかる。これは罠だ。わざと明かりをつけて誘い出しているのだ。

 想像以上に装備品がしっかりしているために様子をうかがってばかりになるが、このままではいけないと思いなおす。二人はいったんあとずさり、小声で相談し合う。


[おい、どうする。いったん引いたほうが…]

[いや、それはできない。君は反対側で物音でも立ててくれ。僕が後ろから近付いて気を失わせる。そのあと見張りを縛り上げる手伝いをしてくれ]

[テントの中の男は?]

[様子を見るが、通信先に知らされたら面倒だ。最悪バレたら力づくで口を封じる。あと彼方とどんな内容を話しているかも聞いておきたいから泳がそう]


 シエルは小さく頷いて了承した。今の作戦通りに二手に分かれ、音をたてないように所定の位置についた。

 シエルはその場の枝を近くの茂みに投げ入れ、すぐに体を隠す。がさっという不意にした音に機敏に反応した見張りが立ち上がりライフルを身構えた。テント内の男は通信に夢中になっているようで気づいてはいなかった。ゆっくりとシエルのいる茂みへ近づいた見張りの背中を少年は肘で思い切り打ち、しまいにうなじに手刀を入れた。


「カハッ……」


 力を失った見張りが少年に体重を掛けてうなだれる。少年の瞳とシエルの琥珀の瞳がバチッと合う。よし、とシエルが茂みから上がろうとした瞬間だった。

 少年は見張りの男の体躯のせいで見えないが、シエルの位置からは異変を察知したテントの男が通信を切って出ようとしているところが影で見えてしまった。草むらから小さく顔と手を出して少年に向けて口を動かした。


[逃 げ ろ]


 テントを指さし、少年がはっと見張りの男を下ろして体を翻したがもう間に合わなかった。テントの入り口の布をめくった先に目標としていた少年と、気を失った仲間の体を見た男は瞬時にライフルの銃口を向けて少年の足元に向けて数発連射した。

 大きな射撃音が森に響く。シエルには銃の音を聞いたのは初めてだった。こんなに腹の奥に響くものなのかと鳥肌が立つ。

 幸いにも少年には弾は当たっておらず無傷であったが、少年の腰は地面についておりすぐに逃げられる体制とは思えなかった。これは非常にまずい状況であることはシエルにもわかる。それは少年の顔に浮かんだ脂汗と緊迫した表情からも伝わってきた。

 まずい、どうする、どうすれば助けられる。

 回らない頭で必死にシエルは考える。そんな時だった。


「———ハッ、ライフルなんて担いじゃって、間違えて当てたりして命令違反になるんじゃないの?」


 挑戦的な少年の声だった。時間を稼いでいるのか、注意を引き付けているのか、いずれにしてもシエルにとっては精神を落ち着かせるいいタイミングだった。


「今まで追ってきた連中にちょっかい掛けたりして知ってるんだぜ。大本からは“僕を生かしてとらえる”ようにいわれてるってことをさ」


 その挑発は聞かないような雰囲気で、男は少年にライフルを構えながら大股で近づき、途中途中で少年に当たらないように弾を撃っていく。


「もうすでにいくつかの小隊が襲撃を受けているという情報が来ているからな。まあそういうことも簡単に予想がつく。別に驚くことじゃあないさ」


 ゆっくり後ずさる少年の腹を力強く踏みつけて顔に銃口を向けた。少年が苦しそうな声を上げる。


「それにな、殺すなとは言われてるが、それは逆手に取れば生きていればどんな状態だって構わないってことさ」


 男の口が不敵にゆがむ。少年の瞳が恐怖の色に濡れた。

 銃撃音が再び森中に響き渡った。それと同時に少年の痛みを伝える声も鋭く上がる。


「ぐあ、ああああぁぁああ!!!」


 地面に少年の血が飛沫する。足を撃たれたのだった。足を抱えてうずくまる少年の腹を男は勢いよく蹴って軽い体を飛ばした。少年は口から何もない胃液を吐瀉する。完全に優位に立った、捕縛したと男が高笑いをあげた。

 彼には大きな誤算が二つあった。

 一つは足を撃たれ腹を蹴られた少年にはもう何もする力はないと過信してしまったこと。もう一つは少年が単独犯であると思い込んでしまったことである。

 だからこそ、次の少年の足掛けにとっさに対応することができなかった。ぐらりと軸を失った男の目に映ったのは、見たこともない青緑の髪の少年が自分の腹に拳を入れているところ。それが彼の今夜の記憶の最後だった。



2人の息が落ち着いたところで、シエルは少年に手を差し伸べた。


「だ、大丈夫か……?」


少年はその手を不快そうに見た後、その手を取らずに自力でゆっくりと立ち上がった。だがそれもつかの間足の痛みで再度うずくまる。


「あっ、そ、そうだ足………」


介抱のために伸ばした手を宙で少年はたかれる。


「……触るな」

「わ、悪かったよ……」

「そう思うならさっさとそこの男二人をその辺の木に縛っておいてくれ。もう少ししたら僕も手伝いに行くから」

「あ、ああ」


シエルはまず見張りをしていた男を縛りにかかった。だが、他人をこうやって縛ることなんてしたことが無い。モタモタと手間取っていると肩の方から声がかけられる。


「あぁもう下手くそ。これはこうするんだよ」


少年は手際よく男を固定していく。


「ほらそっち引っぱってよ。マトモに縛れないなら手伝うくらいはしてくれ」


そこからは少年の指示にひたすら従いながら男達を縛る作業に追われた。

その最中に色々と話を聞こうとしたが全て無視されてしまった。


その作業も終わった頃、本命だったテントの中に2人は入り込む。簡易のランプの炎が揺れ、2人の影も一緒に揺れ動く。

奥に持ち運びの出来るが大型の通信機材が据えてあり、その左右あちこちには食糧や銃の弾、銃の手入れ用品、少年そっくりの絵等々が置かれていた。

シエルが呆気に取られていると、少年は至る所をゴソゴソと探し始める。


「何を探してるんだ…?」

「手帳。ほら、君も探して」


渋々あちこちを物色し始めると、通信機材の奥の方にそれらしいものが見つけた。発見の報告をと声を上げようとしたが、その口を閉じ、シエルはバレないように手帳を黙読し始めた。

まずは赤い表紙。『エドモンド』の名が書かれている。

1ページ目を開くが何も書かれておらず、パラパラとページを捲れば無造作な日付でメモが記されている。ここから『エドモンド』はあまり几帳面な性格ではないのだろうと推測できた。

近い日付を目で探しながら読み進めていく、ここで、一週間前の日付が確認された。ただ、あまり字がきれいでないのかあまり読み取れない。


(ここだ)


『〇月〇日

ネオ??連絡

??が地と空の??付近にいる??有

急??捕縛』


(『ネオ』……?)


 ほかのページに手を掛けた瞬間だった。


「シエル、見つかった?」


 その声で我に返ってぱっと後ろを向いた。

 少年は依然としてこちらに背を向けて探している状態だった。呼吸を整えてから返答をする。


「…いや、こっちには何もそれらしいのはなかったよ」


 その手記を見つからないようにポケットの中に入れた。この手帳は家に帰って一人で読み返す必要があった。利用されるだけにはならない。こちらも情報をつかまねば。


「…………そうか、なら、もうやることはないな。通信機器を破壊するから手伝って」

「ああ、わかった」


 シエルは立ち上がって機材の方へ向く。川の大きなトランクケースの中にぎっしりとよくわからないコードやら機械やらが詰まっている。


「本当はこれも利用したいところだけど、逆に居場所が知られるのも面倒だ。そっち持って」


少年に言われるがまま、トランクケースを持ち上げ、せーの、の合図で床にそれを叩きつけた。

ガッシャ――ン!!!

 元々衝撃に強いものでもない。いともあっさり機械は不調を訴えだした。少年はそばにある工具を叩きつけたり靴で踏んだりと若干細かくしたのち、懐から手榴弾を取り出した。


「最後はこれ」


 なんてものを普段から持ち歩いているのか。ポケットの中の手帳が自分の指先に当たって背筋が凍る。


(バレたら殺される…かな…)


「ここには火薬も置いてあるみたいだし、これを起爆剤にして誘発を狙う。欲しい情報はもうないから、テントごと全部吹っ飛ばそう」

「爆弾魔みたいな発言だな……キケンシソー、ってやつだぞ」

「どうとでもいいなよ」



 深夜の森にどでかい爆発音が響く。少年もさすがにここまで大きくなるとは思っていなかったようで、小さく「これは確実にあいつらも巻き込んだな」とつぶやいたが、それは彼を狙ってきた男たちがそれほどの兵器力を積んできた、ということ。だから、若干男二人が爆風の余波に巻き込まれても同情的に思うことはできなかった。

 自業自得、そう思う。いや、本当に?

 確かに少年を殺そうとした、そのための銃や爆弾やナイフを持っていた。けれど死んでもよいものか、それは、それは……。


「ねえ、もしかして余計なこと考えてる?」


少年の声で我に返る。その声色は心配、というよりも呆れに近いかもしれない。

「いや、そんなことは……」

「正当防衛、って言葉知ってる?なぜこちらがやつらに配慮しなきゃいけない、こちらはまるで配慮なんてされないのに」


 まるで自分の心の中を読んだような返答だった。びっくりしたように目を丸くすると少年は口角を少しだけあげた。


「ほんとわかりやすいね、あんた」


 笑った、のだろうか。前髪が長いから目の動きや眉の様子を察することができないから、確証は持てなかった。その時、急にポケットに突っ込んだメモに罪悪感がふつふつと湧いてくる。シエルは勇気をもって口を開いた。


「あ、あのさ……」

「そうだ、約束の情報だけど、君が隠したそれで十分だよね?」


 思ってもいなかった言葉が少年の口から出て反応が遅れる。


「バレてない、とでも思った?何も出てこないわけないだろ。少人数で末端だったけど、彼らはれっきとした組織の一員なんだ」

「わ、わかってて見逃したのか!?」

「そう噛み付かないでよ。もちろん僕はその内容を知らないし、何を隠したのかは知らない。僕の指示通り手帳を見つけたのか、ほかの物的何かを見つけたのかは知らない」


 淡々と喋る少年にどことない怒りを感じてくる。シエルにはいまいちピンとは来ていないが、少年はかなり頭が切れる。やっぱりつかみどころのない奴だ、と少し上がった信用がまた急降下したような気がする。


「もう2,3時間もすれば夜明けだ。付き合わせて悪かったね」


少年がゆっくり立ち上がって歩き出す。そして思い出したが彼は足を負傷していたのだった。慌てて少年の肩をつかむ。


「お、おい、その足でどうするんだよ」


 だが、その手は強い意志を持ってはねのけられた。


「し、つ、こ、い!!」

「す、すまん……」

「手伝いも終わった、報酬も済んだ、片付けも終わった!もうこれ以上の接触いらない」


 本気で怒られてシエルは眉を下げる。少年は大きく舌打ちをして背を向けた。足を引きずっていく姿を見てやはり気にしてしまうが、頭を振って考えないことに決めた。

それにしても疲れた…。早く家に帰って寝よう。


 長い長い一日が、ようやく終わろうとしていた。



ハッ気がつくと、よく見なれた自室のベットの上で昨日と同じ服を着たまま倒れ込んでいた。

窓から降り注ぐ光と太陽の高い位置から考えてもう既に昼時ではないかと予想がついた。


「なんでこんな寝て……あ…」


そうだ、昨日は確かよくわからない少年と……。


「そうだ!手帳!!」


中身を確認する余裕もなく眠ってしまったことに気がつく。周囲を確認して、ポケットの中も漁る。ようやく硬い感触が指先に当たり見つけることが出来た。

昨夜とおなじ、赤い表紙のエドモンドと思しき人物の手帳。

思わず息が荒くなる。

ゴクリと生唾を飲み下し1ページずつ丁寧に開いていく。

バラバラの日付で、かつあまり字が丁寧ではない。昨夜の内容は比較的余裕があったのか、文字が分かりやすかったが、他のページはそうはいかなかった。

読める断片的なワードだけでも拾っていく。

『ネオ』

『標的』

『実験』

『オリジナル』

『ケアーマン』………


「あいつとケアーマンがなにか、関係があるのか……?」


まだこれらのワードを拾っても何も分からなかった。

所々にセレラルの地名があるのを確認できた。きっとこれは彼らが向かった先なのだろう。少年を捕まえてももう何も言わないに違いない。

シエルは立ち上がり、服を着替えだす。


ここで考えていても、頭も良くないシエルには結論付られるとは到底思えなかった。誰かに相談するか?いや、サラに相談したくはない。もちろん母にも。ならば、やれることは……。


「地図はどこにあったっけ」


 リビングの棚に確か大きなセレラルの地図があったはず。

 それをとりに行くついでにマーカーとペンも確保した。もうサラは学校に行き、母は仕事に出かけているようだった。部屋には鍵を無意識のうちにかけていたようで、どうやらそれでサラは諦めて起こさなかったようだ。

 全てのものをそろえて自室に戻る。

 床に地図を広げ、手帳に記してある町の名前を一つ一つ丁寧にペンで丸を付けていく。全部で13……。一人で回るにはなかなか多い。本当に彼らはセレラル中を回っていたのだと感心した。ただ、トゥールがその中にないとは思わなかった。

 セレラルの中心都市だから逃げるわけがないと避けたのだろうか?こればっかりはわからない。とにかく一番近い町は……と地図を見直してそれを見つける。


『風車の町 ウィート』


 徒歩だとかなり厳しいだろう。このリシユール高原とその街の間には高い渓谷ができていて、その向こうを超えた谷間にある街だ。母が以前仕事で出向いたことがある、ようなことを言っていた気がする。なんでも谷間から吹く風を利用して風車を作っているらしい。

 飛行機が確か父がよく仕事で使っていた小型機が一機残っているはずだ。父が家を出てからもなんだかんだと家族で毎日夜に手入れをしていた。飛ぶのは実に7年ぶりだがきっと問題なく動いてくれるに違いない。


 *


 倉庫の中に押し込まれていた小型機を外へ押し出す。かぶせてあったシートを引っぺがす。折りたたまれていた主翼を元に戻し、コックピットに入る。軽く動作とエンジンの点検を済ませ、燃料の確認をする。さすがに燃料は入っていなかった。

 普段使う飛行機の分の燃料が倉庫の中に収められているから、それを小型機へ入れ準備を終わらせる。飛行帽をしっかり固定し、ゴーグルを下ろす。グローブをきっちりと嵌めて再びコックピットへよじ登った。

 緊張からか冷や汗がほほを伝った。


「頼むから動いてくれよ……?」


 エンジンをふかし、スロットルのレバーを押しこんだ。先頭のプロペラが徐々にスピードを上げて回転する。ラダーペダルを操作しながらまっすぐ進むように尾翼を調整する。それに従って機体自体の速度も上がっていく。

速度が付き、次第に体がシートに抑えつけられる感覚に襲われ、悪い癖でついついぐっと歯を食いしばってしまう。

 おそらく時速120キロほどの速さになったか?左のラダーペダルを思いっきり踏みながら進路を保ち、シエルは感じ慣れた突然の浮遊感を感じた。

 冷や汗を垂らしながらも思わず口角が上がる。


「来た!!」


 視界の横に映る地面がだんだんと離れていくのが見て取れた。

だが、一切気を抜かずにそのままスロットルは緩めず、ラダーペダルを踏みつけ進行方向を制御する。

ようやく機体が安定し、水平方向を保ちながら飛行するところでシエルは息をついた。


「…っは、飛べた…………」


 安心するのはまだ早い。目的地のウィートを地図で思い出す。手元のコンパスで方角を確認した。


「ウィートは家から南の方角、300キロ程度。一時間半もすれば着くか」


 ただ、ウィートは着陸の環境が最悪だ。おそらく近くの別の地点で着陸、徒歩でウィートに向かうほかないだろう。



 シエルの予想通りの時間後にちらほらと風車が並んでいるのが視界に映り始める。


「あれか」


 その上空を過ぎようとすると少し風に当てられて機体が大きく傾く。慌ててレバーやペダルを動かして安定させる。

 元々セレラルには他国と比べて風が吹きやすい地形になっている。この町ではさらに両側に山を挟んでいるからか風が通り抜けやすくなっているためにこのような強風が吹くようになっているらしい。

 これは飛行機を普段の交通の便にしているセレラルでは不便、と言っても差し支えないだろう。よくこんな場所で生活しているものだと感心する。これは場所選びに苦労しそうだな、と思案していた時だった。

 コックピット内に設置してある無線がザザ…と音を拾い始め、次第に男性の声に変化していく。


『こちらフィール空港管制室、こちらフィール空港管制室』

「こちらは機体番号LA-0730、着陸許可を求めます。こちら機体番号LA-0730、着陸許可を求めます」

『了承。すぐの着陸可能であります。すぐの着陸可能であります』


 ぐるっと回ってみると山の一部を切り開いて滑走路が作られているのが見えた。

 この悪環境において雑な滑走路などを用意すれば事故は多発するだろうから、トゥールと同じくらい非常にしっかりと作られた滑走路のように思えた。

 着陸に向けて緊張して手汗で湿ってくる。軽くズボンで拭うと徐々に高度を落とすためにレバーを握りしめた。

 着陸誘導をする人の紅白旗を見ながら速度と高度を調整する。

 地面が近づくにつれて自機の速度に実感が持ち始める。小型機であれば滑走路全体を使わずとも問題ない。落ち着け、落ち着け、と心を落ち着かせる。


「いでっ」


 若干着陸に失敗して車輪がガツンと地面についてしまったみたいだ。そのまま徐々に速度を落とす。機体の前で誘導員に落ち着いた速度で導かれ、ガレージのような場所で停止する。

 そこでようやくシエルは大きく息をついた。


「う、うーん、やっぱ着陸苦手だなあ……」


 コンコン、と窓がノックされる。ツナギを着た男性が早く降りろとの催促をしたようで、シエルは慌てて荷物を取り出して出た。


「あっ、はい!出ます出ます!!」


 翼を足場にして地に足を付ける。


「ではこの機体を一時預からせていただきます。この書類に機体番号、氏名、あと日付をご記入ください」

「あ、わかりました」


 必要事項に走り書きをして誘導員に差し出す。それと一緒に番号札を渡された。


「これがあなたの機体の保存番号です。お帰りの際に誘導員にお見せください」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 番号札を受け取ったシエルは街へと足を向けたときに、その誘導員が声をかけて引き留めた。


「ああ、待って。これは誘導員としてじゃなくあくまでも大人としての話なんだけど、君、まだ未成年だよね?見た感じだと免許を学校で取りたてって感じ?」

「え、ええ、そうですけど…何か?」


 文句でも言われるのかとシエルが眉をひそめたが、誘導員はほがらかに笑ってシエルの背中を叩いた。


「いやいや、いちゃもんを付けたいわけじゃなくてね。免許取りたての時って、緊張して一人で飛行機なんて乗りたくないだろ?僕がそうだったから。それなのに緊張しても一人で乗ってくるなんて偉いなと思ってさ!」


考えてもいなかった賛辞の言葉が飛んできてシエルの顔が思いがけず緩む。


「着陸の時ふらふらしてたし、車輪を下ろすときは勢い付きすぎだから絶対緊張してるんだろうなと思ってたよ!もうおかしくって!」

「え」


なぜか急に馬鹿にされ始めた。まだまだ乗り始めたばかりなのだからそんなことを言わなくたって自分がよくわかってる……。と口をとがらせると、誘導員は指で軽く自分の頭を叩く。


「まあまあ、拗ねないで。……ちょっと不愉快な話になるかもしれない。君の髪の色、ケアーマンだろ、半分は」

「…………」

「…まあ、否定もしないってことはそう言うことなんだろ。“君たち”の話は親から聞かされたから……知ってる。そんな君が、こうしてセレラルの技術を使って生きていることが僕はとてもうれしいんだ。ああ、まだこのクソみたいな大事な僕の故郷を見限ってくれていないんだ、ってね」


胸を撃たれた気分だった。

思えば、母にも父にもサラにも、そして自分自身にもこの国が嫌だと、嫌いだと、ほかのケアーマンたちのように別の国へ行こう。逃げよう。なんて言ったことはなかった。


 昔、昔の話だ。そう、ほんの2,3年前。アーレットの学校に移転する前の事件。

 シエルとサラがセレラルの学校に通っていた話だ。

 学校でいわゆる問題行動が目立つが親が国の偉いポジションにいる生徒がまとまって起こした事件にサラが巻き込まれた。彼らは親の考えに影響されてケアーマンをかつてのような劣等種族であると考えて疑わなかった。だから放課後の学校でサラを襲い辱めようとした事件が起きたのだった。

 シエルはサラと一緒にいつも帰るのが習慣だったからいつまで待っても来ないサラにやきもきして探しに行ったのが幸いであり、間違いだった。

 ちょうどきれいな夕日が差し込む教室に主格の少年がサラに馬乗りになり無理やり服を脱がせ、騒ぐようなら腹を殴り、ナイフを突きつけ脅す状況にシエルは出会ってしまったのだった。

 愛する姉が誰とも知らぬ男に服を破かれ、恐怖の色をたたえる瞳に涙を浮かべていた。腹部に当てられた冷たい金属の存在に体を震わせていたのを今でも思い出された。

 そこからは覚えていない。世界が真っ赤に染まったように思えた。それが、自分が中の何かに染め上げられたからなのか、彼らの血か、それともその状況には不似合いなほどに美しい夕日だったのか、もうそれはわからない。

 あの日以来サラはシエル以外の年近い男性すべてに恐怖心を抱くようになったし、本を読む時間が増えた。昔は短いスカートが好きでよく履いていたのにズボンやロングスカートで素肌を隠すようになった。シエルも自分の感情を顕著に表さなくなったし人と関わらなくなった。“あの日”から逃げるように二人はアーレットの学校へと転校を決めた。

 だからシラーはそれから初めてのサラの友人で、ふさぎ込んだサラを日向の元に連れ出した恩人だった。


 それでも、それでも住む場所を変えよう、と進言したことはなかったし考えたこともなかった。なんでだろう、ああ、そうだ。それは簡単なことだ。


 急に黙ったシエルを心配そうに誘導員がのぞき込む。


「き、君……?いや、本当に胸糞悪い話をしてしまった。すまない」

「違う。違うよ」


 きっぱりと言い放った少年の瞳は確かな光が見えた。


「確かにセレラルはあなたの故郷だ。でも、それと同時に俺の故郷でもあるんだ。だから、俺はこの国が好きだよ」


 誘導員が放心したようにポカンと口を開ける。次第にその口からは笑いが漏れる。


「は、はは、そうだ。そうだな。君のその琥珀は、確かにセレラル人だ。本当にすまな……いや、ありがとう」

「おいクリス!いつまでサボってんだ!!」


 遠くからの罵声に二人の時が進んだように動き出す。長時間語っていたことに気づいて二人して盛大に笑う。


「さあ、フィールを楽しんでいってくれ。君の未来に幸多からんことを」

「ありがとうございます。それじゃ、また」



「随分楽しそうに話してたな。あの髪の色…ケアーマンか。物珍しさにでも話しかけたのか?」

「まあ、少しだけね。親が『危険な種族だから我々の管理下におかなければいけない』とか話していたのを聞いていたからさ。どんな奴らなのかと思えば、まあ……僕たちと何も変わらない。ただの人間だったさ」

「そりゃ、面白みもないな」

「ああ。なんせ、ただの人間だからね!」



 町に入ってみると、予想通り常に風が吹いてシエルの髪を揺らした。風に乗って鼻のかぐわしい香りが流れてくるのが心地よく大きく息を吸った。


「さて、まずは聞き込みだな。そうだな……売店なら見かけた人もいるかもしれないな」


 人間いつかは腹も減るもの。頻度は高くないにしても一度は売店等で食料を買うに違いない。そうと決まれば、と意気揚々と街へ繰り出していった。


 果たして、結論は、何も収穫はなかったといわざるを得ない。

 さすがに片や長らく組織から逃亡していたもの、片やその道のプロ(?)だ。そう簡単に尻尾をつかませるようなことはしない。

 挙句の果てに聞き込みをしている最中で腹が減り、自分が売店でパンを購入するという始末だ。肩を落とし町の外れまで来てしまった。そこは街のシンボルである風車が列をなしている。遠くから見ても大きかったのだから、こうして真下に来てみれば首が痛くなりそうなほど高い高い建造物であることが分かる。

 

「こんなでかいの、どうやって動いてるんだ……」


 木のきしむ音を聞きながらゆったりと羽を回す風車を眺める。正直飛行機ですらどう飛んでいるのか理解できなかったのだから、きっとこの建造物の仕組みも理解できないんだろうな、とぼんやりと考えた。


「とりあえず、ここで一息ついて昼飯でも食べるか」


 少し丘になっているところで腰を下ろし、先ほど購入したパンにかじりついた。こうして落ち着くのはいつぶりだろう。ついでに今後のことも考えておいていいかもしれない。

 明日もしまた別の町に行くとして、今日のように何も収穫ないならば、実際行く意味はゼロだろう。何か指針があればいいのだが……。と、考えていると目の前の風車の土台に設置された金属のドアが音を立てて開いた。

 中から長い金髪の女性が出てくる。清楚な白のワンピースに麦わら帽子をかぶっていて、食べ物や飲み物が入ったバスケットを重そうに運んでいるようだった。風が吹いてストレートの髪が揺れて、そこに光が当たると非常に映える。

そうだ、父もあんな風に真っすぐな美しい髪をしていたっけ……。

 その時急な突風が吹いて女性の麦わら帽子が飛ぶ。


「あっ」


 声を上げた女性が浮き上がった帽子を追って顔を上げたとき、バチッとシエルと視線が交わった。

 帽子は都合よく勢いを落としシエルの目の前に小さな音を立てて着地した。明らかにシエルの飛行技術と比べれば百点満点の着陸だと思う。なんて気の抜けたことを考えながらも女性の視線から逸らすことはできなかった。

 それは女性の目がセレラル特有の金の目ではなく、深い海を覗いたようなブルーをしていたからだった。


「………帽子、悪いのだけど取って頂けない…?」


 困ったように少し笑いながら女性が近づいてきてようやく我に返る。慌てて目の前の帽子を拾い軽く土埃をはたいてから女性に差し出した。


「はい、どうぞ」

「ありがと。ちょっと荷物が重くて…手間を掛けましたわね」


 バスケットをいったん地面に置き、飛ばないようにと深くかぶりなおす。女性は荷物を持ちなおそうとした時、シエルの食べかけのパンを見つける。


「あら、もしかしてランチの途中?でしたら、君の隣にお邪魔してもよくって?」

「え、ええどうぞ?」


 短くお礼をするとシエルの隣に女性は腰を下ろした。バスケットの中を漁り、バケットを取り出す。

 シエルはおずおずと座りなおした。パンを口にほおばりながら女性をちらちらとみる。

 髪の色、目の色、別の色をしているということはここセレラルと隣国の水の国ビトロアーレのハーフなのだろう。自分も含め、こうしたハーフはなかなか見ない。あと見たことがあるといえば父の旧友であるヒリューさんくらいだ。

 物珍しさにじろじろ顔を見ていたのがさすがに長すぎたようだ。不審な顔で女性がシエルを覗き込む。


「なーに?ビトロアーレの目がそんなに珍しくて?」

「ま、まあみたことないから……」

「あら、そうなんですの。あたくしはむしろあなたのその髪の色のほうが気になりますわ」


 女性の手が伸びてシエルの髪をひと房手に取り、顔を近づけてまじまじと見つめた。なんだか恥ずかしくなって目をそらす。女性の顔立ちは非常に整っていて、ふっくらしつつも桃色に染まる唇や白い肌、長いまつ毛に思わずドキドキしてしまう。


「青緑の中にチラホラ金髪が混じっていますのね。ふうん……」

「ちょ、ちょっと離れてくださいよ……」

「あら、そうね、少しはしたなかったわ。ごめんあそばせ。」


 女性は少し距離を取るとサンドイッチを持ちなおす。さて、とでもいうようににっこりとほほ笑む。


「で、あなたはフィールに何の用がおありなの?観光って感じでもなさそうだもの」


 うぐ、と言葉に詰まる。

 話してもよい内容だろうか?自分の父親はまだしもあの少年に関しては武装した謎の組織……ネオ、といったか。あれは他言無用のことであろうことはなんとなくわかる。

 言葉に詰まっているのを見かねた女性が軽く頭を振った。


「ごめんなさい、訳アリと見たわ。無理に聞き出すことはいけませんもの。じゃああたくしのお話でも聞いてくださる?」

「え、ええ、もちろん。えーと……」

「ああ、そうね。まずは自己紹介からでしたわね。あたくしはレント。君は?」

「俺はシエル。よろしく」

「シエル……素敵な名前ね。セレラルにぴったりな、素晴らしい名前だわ。ねえ、シエル。あなたは一度でも何か後悔したことありまして?」


 シエルは目を見開く。

『後悔』。

 それは今父親を捜している理由の一つの感情だった。

 目を伏せながらシエルは小さく頷いた。


「まあ、そうですわよね。あたくしも今でも後悔していることがあるの。あたくしが10歳の頃だったはずなのだけど、初めて友達ができましたの。『またいつか会いましょう』と見送って、それから会うことはなかった……。彼らがもうこの世にいないと知ってから2年……。辛くて、辛くて、あたくし一人で彼らが死んだ理由を探していますのよ」


 レントは悲しそうに眉を下げるシエルと向き合って強がるように笑いかけた。


「ふふ、思えばなんだか彼に雰囲気が似ていますわね。もうあれから19年……声も顔も、もうよく思い出せないの。時間って酷いものね、あたくし忘れたくなんてないのに……」


 レントの海を彷彿とさせる瞳から大粒のしずくがこぼれだす。それを拭おうとするそぶりも見せずにその現象に彼女は身をゆだねていた。


「声も、顔も、思い出せなくたってきっと大丈夫です。だって、その人がいたことも、友達だったことも、覚えているんでしょ?なら、その気持ちだけはどれだけ時間がたったって大丈夫です、消えやしませんよ」


 レントの整った美しい顔が歪む。涙は勢いを増し、更に彼女のワンピースに染みとなって吸い込まれていった。

 嗚咽交じりにレントは感謝の言葉を述べる。


「あたくし、本当は昨日のうちにフィールを出るはずでしたの。でもエンジンが少しおかしくて出発が遅れていたのだけど、きっとあなたに神様が会わせてくれたのだわ。……あなたに会えてよかった」


 涙をハンカチでぬぐい取り、シエルの手を強く握りしめた。

 シエルは何か言葉を掛けようとして、何も出てこないことに気が付いて口を閉ざした。



 もう高い位置にあった太陽も傾き始め、オレンジ色の光が世界を染め始めた。

 目元を真っ赤に腫らしたレントが満面の笑みを浮かべる。


「お世話を掛けましたわね。お詫びと言ってはですけれど、これを受け取ってもらえないですこと?」


 バスケットから丸いコンパクトが手渡される。蓋には見たこともない模様が描かれており、裏にはコードが書かれていた。


「これは?」

「あなたがもしアーレットに行くのなら、きっとこれが役に立ちますわ。それと、もし何か助けが必要でしたら通信機器でこのコードに合わせなさい。私のものとつながるはずですから、なんだって言って頂戴。多分、あちこちを回っているはずだから力になれるはずですわ」

「ありがとう、レントさん」


 そこでああ、と思い出す。あまり詳しくは話せないが、今日フィールに来た理由を思い出した。


「あ、あの、レントさんは黒い髪の人物をみたことがありますか?」


 レントは少し考えて、あっと声を上げた。


「そういえば、ここから南にあるビトロアーレの国境付近の町……ウォールで見かけましたわ。ええと確か、もう数週間も前のことのはずですわ。本当に一瞬だったものだからあまり覚えていないのだれど…、けれど、あれは黒い髪だった……ような」

「ありがとう!!助かったよ!!」


これで翌日の目標が見つかった。やはり、とにかく聞いてみるしかないのだ。レントと出会い、少年の足取りが少しつかめた。決して無駄足などではなかった。

シエルの笑顔にかつての友人の笑顔が重なる。優しく笑うとレントはシエルの頭をなでた。


「本当、似ていますわね……。またいつか会いましょう、シエル」

「はい、絶対に。また今度!」


 シエルはレントに手を振りながら飛行場へ走り去っていった。シエルがいなくなってから、レントは大きく伸びをした。


「さあ、明日にはエンジンも治っている頃ですわね。とりあえずはこの前立て直したばかりの別荘に一度顔を出しに行かなくてはいけませんわねぇ……」



 来た時と同じ手段で帰路につく。家につく頃にはもう日全体が森の底に沈もうとしていた。エンジンの音が空に響く。部屋のドアに掛けられたランプがついているってことは、家にはもう母にしろサラにしろいるってことだ。……朝会ってない分なんとなく気まずい。

 小型機がなくなるのは非常に困るから、しょうがない、と家の側に離陸する。フィールと違って舗装された道でもないからだいぶ着地が腰に来る。


「ウッ……」


 思わず声が漏れてしまった。そこから徐々に速度が落ち着き始める。

 まだ小型機が止まっていないが、どうせ周りに人はいない。まあいいかと思ってガラス窓を開け放った。一気に風が中に流れ込んで髪の毛を持ち上げた。その解放感にゴーグルと帽子を取り払う。


「今日は疲れたな……」


 ようやく止まり、翼を踏み台にしながら降りる。翼をたたみ、小型機を押してガレージに入れる。このサイズなら一人でも押せることができる。

 大きく腕と背を伸ばしてホッと息をついた。

 できることならだれにも遭遇しないで家に入りたいもんだが残念ながら玄関は一つだし空腹は避けられない。諦めて玄関のドアを開いた。十分に注意しながら一歩を踏み込んだが、そもそも小型機のエンジンの音でバレていたらしい。目の前にはにっこり微笑んだ母が立っていた。


「げっ」

「おかえり、シエル」

「……その、今日は寝坊しちゃってさ、サラと一緒に、飛行機に乗れなくて慌てて父さんの飛行機を出しちゃっただけなんだ、だから別に心配する要素は一つも」

「そんなことはどうでもいいよ、ほかに、何か言うことないの?」

「え、えーと……た、ただいま?」


 満足そうに笑うとその場を立ち去った。圧倒されて立ちすくんでいると、そういえば、と顔だけひょっこりと出してきた。


「夕飯、先食べちゃったからね」

「わ、分かった……」


 本当にそれだけだったようで、足音が遠のいていくのが分かる。はっと我に返った。母なら、まだしもサラと鉢合わせたらなんていわれるか。逃げるように自分の部屋へと駆け込んだ。夕飯は……後でもらおう。



 あれから1,2週間たった。結論から言ってしまうと、目ぼしい収穫は一切なかった。レントからもらった情報を頼りにウォールへ行ったものの、見かけた人は一人もいなかったし、ならば周辺の町をと思って数日かけてあちこちを回ってみたが、見た、といった人はレントを含めて3人。挙句詳細な情報は一切ない。これはもう、詰んだ、としか言えない。

 ここで、方向性を一度替えてみようと思う。おそらく闇雲に探すことは無理だ、流石に諦めがついた。捜索初日に作った地図をもう一度広げる。学校をさぼっているので日が高く、電気はつけなくてもよさそうだ。


「ここと、ここと、ここは目撃情報がある。ちゃんと前に印をつけたところだから、あいつらもちゃんと追えてたのか…。詳しい日付は手帳を参考にすればもしかしたら足取りが分かるかも……?」


 なんだか謎解きみたいで楽しくなってきた。少し胸を躍らせながら作業に入った。

 数十分後、できた!とシエルは嬉しそうな声を上げる。

 改めて全体を見てみると、ぼんやりとではあるが軌跡が辿れている。よくわかるように日付が新しい順から古い順へ線を引っ張っていく。


「……これ」


 ビトロアーレに近い町から、蛇行しながらも着実にセレラル国内へ入っているのが分かってきた。つまり、彼はビトロアーレからセレラルへ来た、ということだ。隣接国は数あるが、そこから一つに絞れたのはかなり大きな情報だといえる。彼の性格上そんなことは些事だと教えもしてくれないだろうから、こうして着々と情報を集めていくのは、まあ正しいことだろう。そう信じたい。

 次だ。次はどうするか……。ビトロアーレまで行くか?サラに打ち明けるか?


「……………いや、もうここじゃ無理だろ。セレラルを出ないと、分からない」


 結論は、国を出る。出て、飛行機は国外じゃ使えない。自分の足で歩いて探すのだ。そのためには…。


「もう一度、あいつに会うか」


 今日の夜、再びあの森に行こう。いるかどうかはわからないが、やるしかない。



 夜、そっと家を抜け出しあの時約束した場所へ行ってみる。どうせいないだろうと思っていた。それに、もしいたとしてもこんなに暗い闇の中、黒に溶け込んだ彼の姿を捉えられるとは思えなかった。だから、これは賭けだ。彼が自分と会ってくれるかは彼次第であった。


「………ハア、………ハア……おーーーーーーい!!!!」


 この際なりふり構っていられない。とにかく彼に自分の存在を気づいてもらうためにシエルは大声を上げ続けた。


「おーい、いないのか!!おーーーーーい!!!!」


 五分、十分、短いようで、長い時間彷徨いながら声を上げ続けたが、彼は来なかった。ときおり夜行性の生き物の二つの目が闇の奥から覗いてくるくらいだ。つまり、もうここから離れてしまったのだろう。まあそうだろうなと納得して傍に倒れていた木の幹に座って大きくため息をついた。


「はあーーー………………」

「近所迷惑だよ」

「うぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!……ぁあ……?」


 隣には例の少年が座っていた。髪も目も服装も似たような黒だから全然気づかなかった。だが、彼は自分と会ってくれることを選択してくれたことに安堵を覚えた。

ただ、よく見えないがなんだか怒っているようだった。


「…………お、脅かすなよ……」

「さっきまで寝てたんだ、それをぎゃあぎゃあとおちおち寝れもしない。それに、まだ安全が確保されてもいないのにあんな大声出すなんて、危機管理なさすぎでしょ」

「うぐっ…正論……」


 少年がため息をつく。


「…まあ、いいや。で、何か用があって来たんだろ」

「あ、ああ……。この前見つけたあいつらの手帳に書いてあった地点に今日までいろいろ行ってみたんだ」

「手帳?」

「あっ」


 しまった、と目をそらす。だが、ポケットから手帳を取り出し、少年に差し出しながら今更隠すことでもないか、と開き直って続けた。少年はそれを受け取り、ペラペラとページをめくりながら話を聞いた。


「お前を追っている日記みたいなもので…字が汚いせいであんまり解読できなかったんだけどさ、分かる所だけでも行ってみたんだ。これは予想なんだけど、お前ビトロアーレから逃げてきたんだな」

「……うん、そうだよ。でも、結局それ以外はわからなかったんだ?」

「あ、あとは『ネオ』とか、『オリジナル』がどうのとか、そういえば『ケアーマン』の話も書いてあったな」

 

 少年の雰囲気が変わる。


「そう……末端にも情報が行き届いているのは計算外だな……」

「それはどういうことだ?」

「いや、なんでもないよ。……ところで君は、ケアーマンの歴史とか、知ってる?」

「んー、昔母さんに聞いてみたけどあまり詳しくないって言われちゃったな。十数年前の戦争時代なら分かるけれど、それ以上昔のことは知らないってさ」

「ふうん、そう……」

「まあ、これ以上はもう俺一人じゃ無理だと思ってな、だから今日お前に会いに来たんだ」


 納得したような顔でうなずくと手帳を閉じた。


「で、相談なんだが、明日、俺の姉と母にお前のことを話してもいいか?」

「………別に黙っていろと強要したつもりもないけど、僕もそろそろ接触しようと思ってたところさ。それにしても…」

「それにしても?」

「ほんと、単純すぎて、申し訳なくなってくるな」


くく、と意地の悪い笑いが彼から漏れる。


「は………?」

「どんなものかと思えば、他人を疑わない、すぐ感情的になる。まさか、ここまでひどいなんて、逆に信用できるくらいさ。そんな君に言うことが二つある。一つは、この手帳は確かに君が使う言葉で読めなくはないが、ナトラックで発展した独自の言語が混ざっているのだから一部読めなくて当然さ、それを分かったうえで僕は君が手帳を読むことを許したんだよ。結局、君はこの数週間を使って得られたのは何も使えない情報だけ、なんて滑稽だろうね」

「お前………!!!」


食いつこうとしたが、事実正論であった。全面的に協力的なのだと勝手に信じきっていた。


「この前共にあいつらを殺した仲だ、これくらいは教えてやるよ」

「お、俺は人を殺してなんか……」

「最後に一発腹にくらわしたのは君だろう?あれがなきゃ、きっと彼らも生きていたよ。けど、そんなのはどうだっていい」

「どうだって、いいことなんか…」

「二つ目の報酬だ。君の父親が家を出た目的は、あの人が学生時代友人だった僕の父親を探すためなんだよ」


シエルは息が止まりそうになった。

こいつの父親と、親父が、友人だった?


「そ、そんな、ことって…」

「信じるのも信じないのも君の勝手さ。じゃあ、僕はもうこれで、話すことはもうない」


ハッと我にかえって踵を返そうとする少年を引き留めようと手を伸ばしたが、それはスルリと交わされてしまった。舌打ちをしてシエルは周りのことなど気にせず叫ぶ。


「待て、話は終わってない!まだまだ聞きたいことがあるんだ!!」


 その声の回答は帰ってくることもなく、少年の姿も暗闇に溶け込んですっかり見失っていた。全体的に茶色と黒色の服を着ているから余計である。

 一人残されたシエルはどうすることもできず、しばらく辺りをうろついたのち、肩を落としてゆっくりと家へ足を動かした。


 これからどうしたらいいんだろうか。


 思案する。とにかく明日、母に、姉に今までのことを洗いざらい話そう。一人で何とかなど、そんなうまいことは起きない。地道に、少しずつ父に近づいていくことしか…。

 明日からまた学校に……とここまで考えて、げえ、と苦い思い出が蘇る。散々ちょっかいをかけてきていた生徒たちとまた会わねばいけないというのも、サボった挙句まるで登校しなかったために先生と顔を合わせるのも億劫だった。特にキレたサラは本当に面倒くさい。

 いっそ学校をやめて、父探しに専念できればいいのだ。どうせ勉強が好きなわけではないし、必要性も感じていない。よっぽど………。


「…………家族みんなでまた暮らせればいいのにな」


 先ほどの少年の言葉が頭の中で再生される。父は家を出て、息子は不登校の挙句殺人の手伝い、もう戻れないのか。


「い、いやいやいやいやいや!こんなネガティブなんて似合わねえぞ、いいさ、学校なんてやめてやるよ!戻れないじゃなく、戻すんだ。そうしたら、きっと父さんもよくやったって言ってくれるさ……」


 明日は終わったくらいを見計らって教室に向かおう。鉢合わせると面倒だし。置いておくと何されるかわからないし、そもそも授業をまともに受けるつもりもなかった。荷物は少ないだろう。手始めに荷物を回収しようとシエルは決意した。



 そして翌日のことは知っての通りである。


ははははは終わんなくて死にそう。

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