第8話 新吾
利三は、道三の末の息子と名乗った年若の男としばし見つめ合った。その間、厩につながれている馬のいななきや馬が秣を食む音などが耳に入ってきた。厩の中は静かだった。
「道三公には、義龍を頭に、孫四郎殿、喜平次殿など多くのご子息がいたことは知っていたが、名を知っていたのは、この3人だけだ。末子であるお前の名は?」
「斎藤新吾。諱は、利治です。今、名が出た3人の他に利堯という兄がおりますが、他は坊主になっています。」
新吾は、縛られていた縄がきつかったのだろう。手首のあたりをさすりながら言った。そして、その辺りに落ちていた小枝で自分の名を地面に書いて見せた。
「おれと同じ『利』の字を諱につけたのか。お前や兄の利堯殿の元服のとき、道三公は美濃守護代・斎藤家を相当意識していたらしいな。」
美濃斎藤氏が代々継いでいる通字は、「利」である。美濃を乗っ取った道三は、道三系斎藤氏を創始したが、代々美濃守護代を継いできた美濃斎藤氏との融和を図るため、一部の息子たちの諱に「利」の字をつけたのだろう。
「父は、祖父と共に父子二代で美濃を乗っ取りました。最後には守護を追い出しましたが、その後も美濃に代々根を張ってきた家には相当気を遣っていたようです。それで、おれの元服の際に『利』の字をつけ、利治を名乗れ、と。」
(道三公は、やはり美濃の「和」を大切にされていたのだ。こういう配慮からも分かる。だが、そんな道三公も最後には長良川で圧倒的不利の中、敗死された。)
長良川の戦いのとき、道三の兵数3000足らずに対し、嫡男・義龍の兵数は15000以上と言われた。なぜ、こんなにも兵数の差が懸絶してしまったのか。その理由も、この道三の末子・新吾と話しているうちに分かるかもしれない。
利三は、ずっと気になっていることを訊いた。
「さっきの激しい打擲で、お前ならすぐに素性を吐くと、昨晩のだらしない姿を知っている者なら誰もが思っていただろうが・・・。昨晩のお前は、真の姿ではないな。」
「まあ、利三殿の剣技と、轟音と共におれたちの頭が撃たれたことなど目の前ですさまじいことが次々と起こって驚いたのは確かですが、震えたり、腰を抜かしたりしていたのは、わざとです。」
新吾は、にやにやして言った。
「股間も濡れていたろう。あれもわざとか?」
「利三殿を襲うと決められた刻限より1刻(2時間)ほど前に水をたくさん呑んでおきました。」
新吾は、そんな自分を思い出して恥ずかしくなったのか目を利三からそらした。
「なぜ、そこまでしてあんな無様な格好をしなければならなかった?」
利三は、理解に苦しんだ。新吾は、若いとは言え、前国主・道三の息子であり、現在の国主・義龍の弟だ。恥も外聞もなく、そこまでやる意味が分からない。
新吾は、それまで微笑をまじえながら話していた表情から一転して、厳しい表情になった。
「義龍は、鬼です。猜疑心に取り憑かれた鬼だ。父は蝮と呼ばれたが、義龍は邪鬼の化身です。兄とは思えない。奴は、兄の孫四郎、喜平次を何の迷いもなく殺した。そして、父も長良川の戦で討ち死にした後、奴の家臣に五体を切り刻まれた。」
天文23年(1554年)に隠居し、国主の座を義龍に譲っていた道三であったが、義龍よりも孫四郎、喜平次という次男、三男をかわいがった。義龍は、自分が廃嫡され、国主の座を弟に奪われると恐怖し、その猜疑心は一層強くなっていった。弘治元年(1555年)、義龍は、酒宴と称して、この弟たちを誘き出し酔わせたところを、長井道利、日比野弘就を使って殺した。
この報を聞いた道三は、急ぎ井ノ口(現:岐阜市)の屋敷を去り、北方の大桑城へ入った。そして、翌年、道三と義龍は、長良川にて雌雄を決すべく戦い、義龍が勝利を収めた。
利三の美濃斎藤家は、道三系斎藤家のこの内紛には中立的な立場を守った。だから、利三も、この戦場には出ていない。後になって、この顛末を聞いたのだ。
「おれは、長良川の戦のとき、元服はしていたものの15歳でした。戦場にも出ず、何もできなかった。ただ後になって、その戦で父が死んだことを知っただけです。」
新吾は、そのときの自分の無力さを思い出したのか沈痛な表情になった。利三は、ふと明智城落城を語っているときの光秀の顔を思い出した。人が自分の無力さを自覚したときに感じる切なさは、心の大部分を占めてしまうものらしい。
「なぜ、あれほどの父があの戦の折、義龍の5分の1も兵を集められなかったのか、自分なりに調べ、考えました。」
これは、利三も気になっていた。利三は、あの戦の後、義龍から蟄居を命ぜられ、この川辺郷(現:岐阜県加茂郡川辺町)へ来たため、これについては情報を集められなかったが、稲葉山城にいた新吾は、考えるための材料をいくつも集めていた。
新吾は、道三が守護の土岐頼芸を放逐したことが、道三を支持していた美濃の武士たちの心を徐々に道三から離していったと考えていた。それまで、道三とその父・長井新左衛門尉は、長井氏や守護・土岐氏に取り入りながら台頭してきた。それが実力をひとたびつければ、恩を仇で返すように主筋の長井長弘を殺し、そして道三は守護・土岐氏を追い出した。光秀が言っていたように、守護を放逐することは、道三としてはやらねばならないことだったが、それによって起こった反動は徐々に大きくなり、道三の融和策もなかなか功を奏さなくなった。
それに加え、義龍が土岐頼芸の子であるという噂がまことしやかに美濃に広まっていた。道三は、頼芸の愛妾をもらい受けたが、もらったときには、義龍を孕んでいたという噂だ。この噂が事実とすれば、義龍は、守護の血を引いているということになり、血を重んずる美濃の武士は、義龍のもとに走った。最有力家臣の稲葉・安藤・氏家の西美濃三人衆に加え、長井氏、日比野氏などだ。道三が天文23年に隠居したのも、この有力家臣たちの圧力もあったからなのではないか。このようにして、求心力の衰えた道三は、わずかな手勢しか集められず、敗れた。
新吾は、かなり深いところまで分析していた。
(本当かどうかわからん噂におどらされる美濃の武士も美濃の武士だな・・・。そして、守護を追い出しても反動を許さないくらいの絶対的な支配力が道三公には必要だったということか。その強大な力とは、光秀殿が言っていた「力」だ。)
それにしても、新吾のこの情報の収集力、洞察力はなかなかのものだ。利三は、新吾には、ひょっとしたら兵略・政略の才があるのではないかと思った。
「このようなことで、頼りにしていた父を失ってから、おれは、いつ兄二人のように義龍に殺されるか、そんな恐怖心に駆られてきました。兄弟の端くれとはいえ、おれは道三の血を引く者です。義龍には煙たいはずだ。だから、おれは自分に臆病者として振る舞うことを課した。」
「なるほどな。そうやって、義龍に臆病者が自分に逆らうはずもないと思い込ませるために。だが、お前は、おれを暗殺するための刺客に選ばれた。返り討ちに遭うこともある危険な役目だ。」
「そこです。放っておいても人は育つ。おれも今年20になります。おれが臆病者でも、成長したおれを担いで叛旗を翻す者が出てくるのではないかと、義龍は得意の猜疑心で思ったのでしょうな。だから、おれに刺客となるよう命じた。たぶん、利三殿に斬られれば幸いと思ったんでしょう。」
「お前らが、おれを襲ってきたときにも言ったが、そんな兄をもって、つくづく不運だな、新吾。」
「おれも、義龍に疎んじられている者同士、利三殿を斬りたくなかった。独りで立ち向かってあなたを斬れるわけもないんですがね。それに勇を振るって闘い、他の刺客と共にあなたを討てたとしても、ことが終わった後に必ずおれの様子は義龍の耳に届く。そして、義龍はおれを危険視して殺す。昨晩のおれの行き着くところは、闘うことは即ち暗殺の成否にかかわらず死だったんです。」
利三は、新吾の置れている状況に同情した。また、戦国大名の家に生まれるということの苛烈さを思うのだった。
(まさに、この男にとって、今の二頭波の斎藤家は阿鼻地獄(※)・・・。)(※ 絶え間ない苦痛が続く地獄。)
「おれは、死ぬことは怖くない。だが、謀殺とか、どさくさまぎれに殺されるとか、そんな死には耐えられない。戦場で華々しく戦って討ち死にすること。武士の死とはそうでなければならいと思っています。」
新吾は毅然として言った。利三は、この男をさっきの拷問で見殺しにしなくてよかったと思った。一人の武士として、こういう男こそ、この乱世の戦いに必要だからだ。
「お前は、この乱世に生まれるべくして生まれた男かもしれん。道三公は、婿の織田信長と同じく、お前にも泉下(※)から期待していると思うぞ。」(※ あの世)
と、いきなり新吾が地に両手を着いて、視線を下に向けて大声で言った。
「斎藤利三殿!この斎藤新吾利治をお側に置いていただけませんか?この利治、利三殿のお人柄、剣技に惚れ申した。利三殿のため、粉骨の労も惜しまぬ覚悟!なにとぞ!」
新吾は、面を上げた。その瞳には、強い意志の光があった。そして、涙もある。
「それに、おれには、もう戻る場所はありません・・・。」
父に先立たれ、兄に命を狙われる。新吾の眼から溢れる涙に、利三は胸を衝かれる想いだった。