第6話 稲葉山の月
― これからの美濃・・・。 ―
利三は、この話柄ついて、この竹中半兵衛という智恵者の意見をなんとしても聞きたかった。光秀と語り合ったときに考えた今後の美濃の在り方を半兵衛はどう思うのか。
「半兵衛どの・・・。」
利三は、光秀と語り合ったこれからの美濃そして、これからの天下に必要な三つの力「和・武・富」について隠さずに語った。先々代の美濃国主・斎藤道三の歩もうとした道、実現させようとしたことを熱っぽく語った。そして、道三の志のあとを継げるのは、娘婿の織田信長であり、信長を美濃に引き込むために動き出していることも明らかにした。自分でも、こんなに熱く語っている自分が信じられない。川辺郷で逼塞していたころと、自分は随分変わったように思える。これも、明智光秀と出会ったことが大きいと思えた。
水をうった静けさの中、ぱちぱちという灯明の火の音のみが鳴る中、半兵衛は目をつむって黙然と聞いていた。利三があらかた話し終えると、やおら目を開いて利三を見つめた。
「お話、よく分かりました。この美濃はまだまだ旧い。旧弊にしがみついている者が跋扈している国です。私はお会いしたことはないですが、明智どのという方は、相当な利け者ですね。そして、あなたも。」
「買いかぶりはやめてください。おれは、光秀どののお考えに共感したにすぎません。」
利三は、やや目を伏して自嘲気味に笑った。
「私も、今の美濃は変わるべきだと思います。ただ・・・尾張の織田信長に頼るというのは、いただけませんね。」
半兵衛の表情はややかたくなっている。
「なにゆえですか?信長は、道三公の娘婿であり、美濃を継承するには適した人物であると光秀どのもおれも考えていますが。」
利三は、信長しか美濃を変えられる者はいないと思っている。
「美濃は、美濃の武士によって変えなくてはならないと思います。たしかに美濃と尾張は近く、商いの在り方も似ています。信長も美濃を治めるには苦労することは少ないと思います。」
「しかし・・・」と半兵衛は続ける。
「よそ者の手によって、美濃の改革に着手するならば、必ず尾張の織田家の者たちもこの美濃へ移り住むでしょう。信長は城の周りに家臣を住まわせることもしていますから。それゆえ、美濃は尾張者が闊歩する国となっていくでしょう。」
「半兵衛どのの言われることもわかりますが、美濃者や尾張者と分けて考えることは戦乱の世を終わらせ、天下を泰平に導くには大きな障りとなると思います。」
半兵衛ほどの者でも、「美濃の者」という考えをはずして考えるのは難しいらしい。利三は、この考えから逃れられないのは、半兵衛の若さでもあるし、彼の育った環境にも起因していると思った。
竹中半兵衛 重治の竹中家については、その居城・菩提山城が利三の美濃斎藤家の居城・白樫城と遠くない位置であったので乏しい情報ながら知っていた。半兵衛の父・重元が大御堂城(現:岐阜県揖斐郡大野町)の城主であったときに半兵衛は生まれた。その後、重元と半兵衛で岩手氏の菩提山城を攻め取った。この菩提山城を攻めたときの半兵衛の指揮した部隊が彼の軍略どおりに機能し、攻略の糸口をつかんだ。16歳とは思えぬ軍略で美濃中に「竹中家に半兵衛重治あり。」の声が響いたという。昨年、父・重元が隠居する意を示したため、半兵衛は家督を継ぐ準備をしているそうだ。家督を継ぐ惣領であること、それは一族を食わせていかなければならないということでもある。そして、菩提山城を父とともに力で奪ったという誇りもあるだろう。そうした中、信長を迎え入れれば、信長の匙加減ひとつで半兵衛もふくめ美濃の武士たちはよいように領地を替えられたり、左遷されたりするかもしれない。
そういうことも考えて、半兵衛は信長に美濃を任せることは、尾張者の美濃流入を促し、美濃の武士は肩身がせまくなるということを言っているのだろう。
それも一理あるかもしれないが、では、どうやって今の美濃を変えていくのか・・・。利三が問いかけると、半兵衛の口から出た言葉は、意外だった。
― 斎藤龍興を変える ― ことである。
「龍興を変えることなどできるのですか?」
利三は、稲葉良通の娘との婚姻の御礼言上のために拝謁した龍興の甲高く、ろれつが回っていない声ともつれる足取りを思い出していた。
「龍興さまは、まだお若いのです。殿は、阿る近臣に世の中の実相を見ることを禁じられていると言ってもよい。何も知らない龍興さまだからこそ、変えられると思います。私が、佞臣を排して殿の目を醒まさせ、美濃の在り方を説き、訓導していきます。」
半兵衛は自信にあふれている。利三は、灯明に照らされる半兵衛の表情は、この男の彫りの深い端正な顔を一層ひきたてていて、それが彼の自信を物語っているように感じた。
と同時に、若さからくる一種の危うさも感じた。挫折というものを知らないからだろうか。人は経験によって学び、経験によって強くなる。挫折も経験のうちなのだ。まだ半兵衛には経験が足りないのだ。利三は、いやというほど、うまくいかないことを経験してきた。戦場で苦しさも味わった。命を狙われたこともある。だからこそ、半兵衛に一抹の危惧を抱いた。本当に龍興の性根を叩き直し、彼に美濃のあるべき姿を求められるような君主にできるのか疑問だった。
半兵衛は続けた。
「私が言う佞臣とはわかりますか?」
「斎藤 飛騨守でしょう。」
飛騨守が龍興をたらしこんでいることは、あの拝謁のときとその後の西美濃三人衆の言葉からも明らかだ。
「まさしく、あの飛騨守を除けば、龍興さまは目を醒まされるはずです。」
半兵衛がどういった手段で飛騨守を除くというのか、龍興を目醒めさせることはできるのか。
利三は、半兵衛という男をもう一度見返した。また目をつむっている。飛騨守排除の方策を考えているのだろうと思った。
窓から見える、この稲葉山がいただく月は、すでに西へ傾きつつあった。




