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天使編・前編

「ハーディ。」


 っ!!痛恨の一撃…………だが私はまだ死なない。死ねない。

 今も脳が揺れている気がする程の強烈な一撃だったが、辛うじて意識は保っているとも。





 先日王都に到着して早々にコルネリア様にはご挨拶したのだが、未だ関係を明らかにしていないアエミリオ殿下へはお目通りが叶っていなかった。

 だが、叙任についての打ち合わせという名目で登城することとなり、一部の事情を知る人間の手を借りて漸く、漸く本日殿下への拝謁が許されたのである。


 二人きりの会談は非常ににこやかな殿下とそんな殿下に顔が弛みっぱなしの私で和やかに進み、とても上手くいっていたのだ。殿下の為に用意した指輪もお渡しできたし、受け取った殿下も大変ご機嫌麗しくあらせられた。

 おかげで意図せずとも会話は弾み、その中でコルネリア様とのやり取りを報告できたのだが、その直後、少しだけ考えるような素振りをされた殿下に前記のような強烈な一撃をいただいた次第である。


「俺の一番にもなってくれるか?」


 キラキラした瞳にはっきりと期待が浮かび、通常の三割増しは魅力がアップされた殿下に私がノーと言える確率は無いに等しい。

 秒単位に繰り出される高威力の魅了とだめ押しに再度の愛称呼びという隙のない連続技に我ながら良く耐えたと思う。先日コルネリア様との呼び合い無限ループを経験していなかったら確実に意識を刈り取られていたに違いない。

 流石はコルネリア様。この状況を見越して訓練もしてくださっていたなんて、そのご慧眼には感服するほかないな。


「勿論、そうでありたいと思っている。」


「さすが俺のハーディ。無理に言わせたようで悪いな。」


 ありがとうと僅かに首を傾げてのにっこり優雅な笑顔に、反射的に自分が言っておきたかったからとの言葉が口をつく。

 そう、殿下に目が眩んで少しばかり遅れを取ってしまっただけですから。私が是非とも宣言しておきたかった事に間違いはありません。

 本日も大変お美しく、おかわりないようでなによりです。


 愛称のことは元々報告するつもりだったからコルネリア様にも事前に確認したのだが、アエミリオ殿下と呼び方が似るのは問題ないらしい。むしろ同じでも構わないとのこと。アエミリオ殿下もその他大勢と一緒は嫌だがコルネリア様なら良いと言う。

 なんだそりゃ。いちいち可愛らしいぞ私のお嫁さんたちは。天使か?そうだ、天使だったな。じゃあ仕方ないな。

 お二人の仲の良さにアドレナリンの過剰分泌が止まりません。


「ハーディの友人に、そのうち俺のことも紹介してほしいな。」


 私だって一秒でも早く婚約し、この世の全ての人間に殿下を私のものだと公表したい。

 その上でさっさと結婚して領地に移り住んでもらって、毎日お二人のいる空間で幸せを噛み締めながら生きて行きたいです。


「それで上手く友好を深められたら、たまには国境軍の訓練に混ぜてもらえるよう頼んでみたり、とかさ。」


「訓練に?」


「これまでずっと鍛えてきたのだから、国境に行く以上ただ腕を鈍らせるのも勿体ないだろう?」


 侵略最前線の国境とは言え殿下が来る以上外壁にすら魔物の一匹も近付けるつもりはないが、確かに自衛手段があるに越したことはない。女神や天使に手をかけようなんて不心得な輩が存在するとは思えないが、この世に絶対はないしな。私への怨みで、ということなら十分にあり得るし。

 もちろん害そうとしたところで殆どの者がいざお二人を前にすればその聖性によって自ずから平伏し、己の罪深さを悔い改めることにはなるだろうが、どんな種族にも神をも畏れぬ阿呆というのは存在してしまうものだ。


 それに殿下には交流戦で大将を務める程の実力がおありなのだ。その才が埋もれるのを惜しまれるというのは尤もな話だろう。


「それに、そうしたらハーディの訓練中の姿を側で見ることも出来るしな。」


 また模擬戦もしたいたいし、とやや上目遣い気味に告げられる言葉や仕草の一つ一つがことごとく私のウィークポイントへ突き刺さっていく音がする。おそらく殿下にも聞こえているに違いない。

 だってそうでもなければ此処まで的確に弱点だけを狙い打つコンボを放てるはずがないと思うんだ。

 今私が反射的に頷かずに堪えられているのは奇跡に近い。


「全身鎧も格好良かったが、折角なら戦っている間の表情も見てみたい。」


 はっ!!

 なんとっ……!確かに、仰る通りです。

 さすが殿下。素晴らしい着眼点です。凡愚な私めではそんな発想は思いもよりませんでした。


 天使殿下の戦う姿なんて!……想像するだけでもその神々しさに涙が出そうだ。訓練場全体が輝かしい後光で満たされることは間違いない。是非見たい。何をおいても見たい。剣を受けながら正面からも見たいし、観客として周囲から横顔や後ろ姿も網膜に焼き付くほど目をかっぴらいて見たい。そりゃあもう見たい。とにかく見たい。あぁ見たいとも。


 だが、いくら訓練とはいえ鎧を外してしまったら殿下が怪我をされる確率も上がってしまう。訓練相手は学生ではなく本職だから力量については問題ないが、なにぶん脳筋が多いからな。勝負に夢中になって頭に血が上り手加減を間違えることだって考えられる。

 この世の宝である殿下たちには危険が伴いそうなことについてはなるべく避けていただきたいのが本音だ。


 それに何より、相手が殿下だと分かっていて私が剣を向けられる自信が微塵もないことが一番の難点だ。例え全身鎧を着ていただいても誰だか分かっていては剣を振り下ろせる気がしない。

 だって剣は刃引きしてあっても金属の塊で、ただ鈍器になったのと変わらないんだぞ?かすって殿下の白磁のような肌に痣でも出来たらどうするんだ。とんでもない。あり得ない。魔法なんか更に誤射が恐ろしいわ。


 殿下の勇姿を見ることが叶わないのは大変残念ではあるが、ここは涙をのんで訓練への参加のみでご了承いただけるように話をもっていかなければ。


「コニーも打ち合いは無理でも、俺達の試合なら見学なんかはきっとしたがると思うんだ。」


「なら私の方で準備しておこう。」


 私の持てる全てをもって、安心安全な打ち合いのセッティングを約束させていただきます。


 ……いや、待ってくれ。弁明を聞いてほしい。

 そもそも私の使命は可能な限りお二人のご要望を叶え、更なるサプライズを持って期待以上のご満足を提供することなのだ。である以上、リスクに囚われすぎるあまり殿下のご希望を闇雲に却下するなど正しい判断とは言えない。結果的に殿下のご希望にそぐわない結果になったとしても、先ずは実現を目指す方向で進めていくのが私のあるべき姿なのだ。

 それは今回の打ち合いの実施についても然り。リスクの排除に尽力し、どうしても避け得ないとわかって初めて、殿下に中止を進言するべきである。


 だから、さっきまでの意見を覆したのは決して殿下の流し目に心を打ち抜かれたからではない。


 まぁ……実際は打ち抜かれた訳だが。

 仕方ないだろう?だって殿下は天使だし、私はこう見えて信心深いのだ。

 それに、極めつけの必殺技である「コルネリア様も同じ意見だよ」アタックまで決められたんだぞ。それを言われたらもう、全面降伏しかないだろう。殿下だけのお願いですら屈しかけているというのに、そんな事まで言われて私がはね除けられる訳がないじゃないか。答なんかハイかyesと喜んでだけだ。


 しかし、冷静に考えてみれば今回のリスク程度が許容出来ないなど笑止千万。

 殿下が相手では剣を振れないなどという言動はただの甘えである。精神が惰弱な証に他ならない。例え相手が誰であっても私は常に冷静に、十全の力を行使できなければならないのだ。

 つまり、鍛練あるのみである。


 誤射や不慮の事態による怪我など努力不足の最たる結果である。実力が足りない事の言い訳にすぎない。私自身にであれ他の者にであれ、想定外の事が起こったとしても他ならぬ私だけにはそれを補い得るだけの能力がなければならないのだ。そうでなければ英雄など言語道断。

 故に、特訓あるのみである。


 即ち、根本原因である私の実力不足さえ改善することが出来れば、殿下たちのご希望を叶えることは十分に可能なのだ。

 であるならばもはや考慮の余地はあるまい。私が鍛えれば万事オーケー。

 脳筋の思考と言うなかれ。


「婚約発表の後を楽しみにしていてくれ。」


 死ぬ気で鍛え直し、必ずや紹介も訓練も打ち合いも全て首尾良く実現させて見せますからね!


「ありがとうハーディ。」


 その一言と笑顔のためなら何度でも死線を越えて見せます。生死の境を彷徨ったあげくにパワーアップしてきます。かの野菜星人のように。


「叙任式、楽しみだな。」


「あぁ。早くリオと連れ立って歩けるようになりたい。」


 そして私は式より何より正装の殿下が心の底から楽しみです。

 天使殿下の正装、そして私の婚約者として女神の正装という結婚式の前に用意された初めてのパラダイスの再現。私の精神力を試す第一の関門とも言える。この難関を越えなければ更に美麗になる結婚式など到底突破することはできないのだから、躓くことは許されない。

 正装への期待と恐怖は比例して大きくなるのでいかんともしがたいが、とにかく気を引き締めて臨まなければな。








 …………と、能天気に構えていた報いなのか。

 叙任式直後の舞踏会の会場に殿下が戻って来ない。

 何がどうなったのか大混乱のまま捜索中です。泣きそう。


 王宮側と何度も打ち合わせや礼式の段取り確認を繰り返し、ついに迎えた式典当日。お二人の典雅なお姿に度々私の思考が停止するという個人的なハプニングは随所で見られたが、表面上はなんの問題もなく、朝から始まった諸々の儀礼は無事に完了した。儀式典令の指南役にも舞台裏で問題ないと太鼓判を貰えたしな。

 叙任やら受勲やらを経て一気に仰々しくなった肩書きを引っ提げて万全の態勢で迎えた宮廷舞踏会。その冒頭で宣言された殿下と私の婚約に騒然とする周囲を黙殺し粛々と、内心は完全な有頂天で陛下の並びに立つ殿下の手を取り傍らに迎えたのがつい先程。


 それから正妻であるコルネリア様と一曲踊り、アエミリオ殿下とも一曲踊り、あとは挨拶回りをしたりされたりしながら疲れない程度にまた交互に踊って。幸いなんとか順調に進められていると思っていたのだ。


 しかし開始からしばらくしてそろそろ宴もたけなわに差し掛かろうかという頃に、用足しといって殿下が広間を出ていかれて十数分。少し遅いかなとは思った。とは言え王宮は広く、作業にも個人差はあると考えて待った。更に十数分、広間を見渡してみたがまだ殿下の気配がない。途中で知り合いの方にでも会われたのだろうかと思い直した。


 だがそれから更に十分が経って、流石にもう不安でいっぱいです。

 友人との話が盛り上がったとか、私の側に戻るのが面倒になったのであれば問題はない。私的には生命の危機にも繋がる事態だが、殿下が無事であるならば些末にすぎない。

 しかしもし殿下の身に何か起きたのだとすればとんでもない一大事である。この世の終わりと同義かもしれない。


 ともかく探しにいかねばと、コルネリア様には申し訳ないが仲の良いご友人方と広間にいていただき、私は殿下が出た扉へ一直線に歩き出す。コルネリア様も心配しておられたようで皆まで言わずとも送り出していただけたのが有難い。貴女の聡明さには助けられてばかりですね女神。信仰も日毎に厚くなるばかりです。


 どうか杞憂であってくれるよう願いつつ殿下の向かわれそうな場所を近場からしらみ潰しに見て回る。トイレも休憩室も開放されている何ヵ所かを確認したがハズレばかり。いよいよ嫌な予感が現実味を帯びてきたかと焦る中。


「!……、………!!」


 静かな回廊で微かに聞こえた怒声。反射的に音がした中庭の方へ進路を変える。

 大股でいくつかの垣根を駆け抜ければ、開けた視界に突如広がる殿下とその腕を掴んだ女の姿。


「触るな。」


 殿下が微かに眉を顰められたのを認識した瞬間にはもう既に二人の間に割り入っていた。

 当然女の手は払い済みである。


「ハーディ?」


 背後から驚いたような声で呼ばれ、とりあえず女……と他にもいたらしい男の様子を確認してから振り返る。


「リオ。」


 ……天使。


 私の後ろには今天使がいる……。

 満天の星明かりの下、きらきらと降り注ぐ光を受けた清澄なお姿は時が止まりそうなほど美しいな。

 知っているか?天使は本当に白い服を着ているんだぞ。私の送った指輪にあわせてくださったと言っていたが、それはきっと違う。天使の御服が白いのも飾りが金に煌めくのも全ては身に付けるご本人がキラキラと輝いているからなんだ。微かに濡れた絹糸のように艶やかな髪も、ほっと安堵したような柔らかな瞳も御身の内から溢れ出す燦たる光輝を放っている………………………………て、喝っ!!


 消え去れ邪念!退け私の中の悪魔よ!

 今は余計なことを考えている場合ではない!敵(暫定)の前だぞ!?隙だらけじゃないか!


 危ないところだった……やはり正装して普段の三倍魅力がアップしている殿下の前には私のなけなしの抵抗力なんて無意味だ。たった一時間弱離れていただけで今日一日かけて手に入れた耐性が全てチャラになってしまう程だとは……破壊力を見誤っていたな。

 コルネリア様も夜会や茶会では当然着飾っておられたが、一度もお側を離れた事はなかったし比喩でなく片時も目を離すことがなかったから、離れた際のリスクにまで気付くチャンスがなかったのだろう。私の考慮不足だったな……迂闊だった。


 これまでは特にトラブルもなく、好きなだけ女神に見惚れていても問題がなかったことに油断していたのかもしれない。

 しかし、これまではともかく今は駄目だ。ぼんやり呆けている暇はない。私の油断は即ち殿下の危険に繋がりかねない。気を強く持たなければ。


 というか正気に戻って良く見てみれば、今夜は特に髪が艶やかで殿下の麗しさが増しているなと思ったら本当に濡れているじゃないか。何故天使殿下が濡れているんだ。

 おまけに先程私を認識された際の安心されたような表情、複数の敵(暫定)に囲まれているとはいえ気丈な殿下があんな顔をされるなんて……事と次第によっては全力で敵対させてもらわねばなるまい。


「詳しく、説明してもらえるか?リオ。」


 勿論その御髪と服は私が速やかに拭かせてもらいますが。

 当然だ。誰にも譲らないぞ。私の特権だ。


 異論は天使殿下からのみ受け付けます。






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