めざせ婚約編
だいぶ時間が経ってしまいましたが、蛇足な続編を。
全5話くらい予定。
まだ全部書けてないですがなるべくGW中くらいにはなんとかしたいです。
ご注意:
今さらですが本編で三人の関係ははっきりしてしまいましたので、以降はタグにあるガールズラブ(精神的)、ボーイズラブ(身体的)が目立つかなと思います。たぶん。
嫌かなと思われる方はそっと閉じていただくか、女神は男の娘とか、天使は男装美女とか、主人公は両性とか、なんか適当に脳内補完していただければと思います。はい、すみません。
目の前で光を放つ木の幹に拳大の石を押し当てる。何度かの点滅の後、光が弱まったことを確認して作業は完了だ。
「これで弱体化したのか?」
「ああ。」
「これだけ?」
「そう。」
すぐ後ろでその作業を見ていたハーフアーマーの男は信じられない様子で未だに幹を見続けている。目、悪くなるぞ。弱まったとは言えまだ光っているんだし。
「でもほんとにこんな簡単でいいの?」
「意外だろう?」
頷く相手を促して拠点としているキャンプへ戻る。後ろではまだアホがへばりついているが放っておいても問題はないだろう。
何しろ迷宮はたった今弱体化させたばかり。発生する魔物の数も質もぐっと低くなったのだからアイツ一人でもなんとか出来るはずだ。たぶん。
殿下へのプロポーズから早数ヶ月。
社交界に衝撃をもたらしたあの婚約破棄騒動も徐々にではあるが沈静化しつつある。この世界は前と違って娯楽が少ないのであっという間に、とはいかないが、それでも事態の規模を考えればわりと早いペースで落ち着いてきていると言える。収拾に当たっている人物の腕が良いのだろう。
噂によると社交界でも件の令嬢ご一行は相変わらずらしいが、一妻多夫が認められているこの世界。殿下の根回しもあって彼らは彼らで全員婚約関係になったそうなので公然とイチャつけることだろう。
さすが天使殿下。慈悲に溢れたお優しいご判断だ。結果的に殿下のお役には立ったものの、あれだけ方々に迷惑をかけた集団だというのに全て丸く収まるような結末を用意してくださるなんて。
まぁ殿下の役に立ったなら全ての罪は帳消しですよね。
殿下にかけた迷惑も殿下が気にしないと仰るなら今は置いておこう。
方々で生暖かい視線を集めている一行とは対照的に、殿下やコルネリア様は殿下と私の婚約が正式に発表されるまでは社交界には可能な限りお出にならないとのことで、現在は必須のもの以外は私的な交流のみに止めている。
ぐっと露出の減ったお二人について様々な憶測は流れたものの、お二方の人徳や正学院に通う学生が親に事態の顛末を話したこともあり、今のところ批判的な意見も大きくはない。少なくとも、表立って声に出しているものは少数のようだ。
そんな中、最大の幸運を掴んだ私が何をしているというと……迷宮の領地化である。
お二人をお待たせしている状態でなにをしているのかという話ではあるが、これもお二人と結婚するために必要な作業なのだ。
少々話は逸れるが、この世界で最も手強い敵は木である。
特定の一本というのではなく、森に生える全ての木が人類の敵と言って良い。
千年前に存在したという古代帝国はこの広大な大陸をふくめた全ての世界を隈無く支配していたらしいのだが、その巨大帝国は神の逆鱗に触れ一夜にして王家を含む国の中枢が亡ぼされた。
それだけでは飽き足らず、その神は愚かな人類の敵としていくら伐っても無くなることがないほど異様に繁殖力の高い植物達を地表に放ったのだ。
森から現れたそれは瞬く間に草原を埋め、街道を飲み込むとあっという間に人類の生活圏を制限し。おまけにそうして出来た森の中には魔力溜まりが出来やすく所々が迷宮化してしまうため魔物もどんどん生産されてくる。
押し寄せる森と魔物から生存圏を守るべく、分断された各地域は帝国の存続を諦めるとそれぞれに新たな国王や領主を立てて限られた領土の維持に努めた。
結果、かつての帝国は分断され、新たな国々は周りにある少数の国同士で固まってなんとかかんとか頑張って来たのだ。
そういった経緯で、千年前から我々人類の第一目標には常に森との生存競争に負けないことが掲げられている。
そんな世界で手っ取り早く名声を高めるには森を伐採して見せること、もしくは迷宮を攻略して討伐し安全を示して見せること。
これに限る。
軍人である私が行うのはやはり迷宮討伐の方であり、父上に放り込まれたのもそれが理由だ。
お二人と結婚するためという餌をぶら下げられた私はそりゃあもう必死である。早くお二人に会いたい一心で攻略速度も上げに上げ、僅か二十日で討伐を終えて戻ったのだ。
父上もまさか討伐までして帰ってくるとは思っていなかったようで、私が迷宮核を見せた時は執務室の席を蹴立てて駆け寄ってきた。あんなに興奮した様子を見せたのは幼少期ぶりだったと思う。
もっとも、一番大騒ぎをしていたのは帰還直後の私の有り様を見た母上達ではあったが。どこの蛮族だと散々怒られてしまった。
だが二十日間効率優先でサバイバルしていたのだ。多少外見が荒れたり傷が残るくらいは仕方ないじゃないか。帰る直前には多少整えたから最中よりはずっとまともだったハズだしさ。
もちろん私は賢明なので、そんな火に油を注ぐような発言は控えたが。
迷宮の討伐というと大事に聞こえるかもしれないが、木々の魔力によって放っておけば自然と増える迷宮の始末は国境軍の一般的な業務である。規模にもよるが、今回くらいの大きさの迷宮であれば討伐には国境軍が5~15班、スピード重視なら一月半、じっくり腰を据えてかかる場合は三ヶ月程で攻略していくのが普通だ。勿論大きめの任務ではあるが、定期的な任務の一環でしかない。
だから今回の成果については討伐したということよりは単独かつ短期間で、という部分に重きが置かれている。
1班大体4~5人が目安であるから、最低でも20人が約五十日かけて挑む敵を半分以下の日数で倒したことになるのだ。大分乱暴で大雑把な計算ではあるが、私が如何に非常識なことをしたかは何となく分かってもらえるだろう。
かなり真面目に頑張ったのだよ私は。
しかし途中では確かに随分無茶もしたが、私だって別に闇雲に頑張っていた訳ではない。
もう少し常識的な結果……せいぜい討伐難易度の高い魔物を撃破した程度の報告を期待していただろう周囲を裏切り、形振り構わず抑え気味だった能力を大盤振る舞いしての暴走も一応目指すところがあってのこと。
狙ったのは我が国には存在する非常にファンタジーらしい特殊な役職。
「英雄」だ。
この国では一定以上の功績を上げた戦士に対して国が贈る称号であり、国防を担う者にとっては最も輝かしい役職とも言える。
「英雄」は常に国を取り巻いている脅威に対して単独でも立ち向かえる国家の切り札であり、国民の心の支えともなる重要な象徴。たとえしがない軍人でも国が認める「英雄」となればその扱いは一変する。
抱え込んでおきたい国が提示するメリットの一つとして「英雄」のための爵位があり。
名前はそのまま英雄伯。一代限りで領地もないがそれでも位としてははじめから公爵未満伯爵より上の、いわゆる侯爵のような扱いとなる。
私が目をつけたのはズバリそれだ。
我が国ではここ百数十年空席となっているが、私がお二人に相応しい肩書きを得るにはおそらくこれしか方法はないだろう。
なんたって我がバルカ家は伯爵位。兄上を押し退けて継いだところで伯爵にしかなれないのだ。公爵家の上端にいるお二人をお迎えするには物足りない。
だが英雄伯なら最低でも侯爵、功績を重ね磐石なものにすれば大公扱いも夢ではない。英雄伯はその重ねた功績の数によって扱いが変わるかなり特殊な、伸び代のある爵位なのだ。
もっとも、そこまで昇り詰めるには国が相応の危機に見舞われるということでもあるので流石に御免だが。
そんな非常に個人的な欲望のために名誉ある爵位を狙った訳だが、結果的にその思惑は半分、その通りになった。
上げた戦果を考えれば最低でも英雄予備軍、あわよくばそのまま暫定英雄扱いで国の重要戦力として名乗りを上げ、今後の期待値込みで周囲のお許しをもぎ取ろうと考えていたが、陛下の判断は甘かった。
学生の身でありながらの単独迷宮討伐という結果を未だ成長途上にある未完の大器とし、青田買い扱いで即座の英雄就任を認めてくださったのだ。
半分以上がコルネリア様と殿下に釣り合わせるための贔屓だろうが、お二人と結婚できるなら贔屓もズルもまったく問題ない。どんどんやってもらいたい。
なら計画通りだと思うだろう?
想定以上なくらいだ。
だが、ここで想定外の伏兵が。
国境軍総司令官である父上がこう言ったのだ。
それだけの力があるなら、婚約までにもう少し討伐数を増やして功績を上げ、周囲からの評価を固めておかないかと。
確かに、とは思った。だが、ここまでならば私は欲求に従ってお二人との婚約へ突き進んでいただろう。
しかし父は加えてこうも言った。
「お前はあのコルネリア様とアエミリオ殿下の為の英雄となるのに、たった一つの迷宮討伐と陛下の御慈悲でならせてもらう半端な英雄で良いと思っているのか?」
……と。
衝撃のあまり、私は何の反応も返すことが出来なかった。
その言葉に心の底から同意してしまったのだ。
ぐうの音も出なかった。
全く良くない。到底お二人の英雄には足りるわけがない。
お優しい陛下たちは十分だろうと仰ってくださったが、ただ黙って真っ直ぐに見つめてくる父上に、私は返せる言葉を持たなかった……。
だって私も大概盲目だが、我が父君もそれに勝るとも劣らない愛妻家である。きっと自分ならそうすると思って言ってくれたのだろう。自分の妻となる人に引け目を感じることなく、後ろ暗さも持たず、胸を張って向き合うための努力を惜しむのかと。
愛する者を手に入れる上ではどんな些細な懸念も全て除くべき、という先達の有難い助言は聞いておくべきだと思ったのだ。
しかし準備作業でお二人をお待たせしすぎては本末転倒である。大体お二人に見合うだけの数なんてこの世の迷宮を全て討伐しても足りないのだし、実質不可能だ。
そこで慎重な協議の結果、私はその年度の終わりを区切りとして士官学校を卒業し、総司令官直属の特殊部隊の一つに配属されることが決定した。ついでに卒業と同時にバルカ家の領地の中から町と城をいくつか与えられて領地持ちの子爵としても一人立ちすることに。
そして名声磐石化策としては卒業前に規模を問わず二つ、卒業後半年以内に大型一つと中型二つ以上の迷宮を討伐、士官学生の練習用小迷宮一つの確保を目標とした。ちなみに、先に討伐した迷宮が小と中の間くらいの規模だ。
討伐は単独は勿論、他のメンバーを連れて行っても問題ないところを証明しろということなので、参加人数が増える分だけ想定期間は若干長めに取ってある。仲間がいるときは無茶も出来ないからな。
陛下たちは初め私と父上のやり取りを完全に閉口して見ていたが、最終的には私が目標数の迷宮を処理し次第、殿下との婚約を正式に発表してくださると約束していただいたので問題はない。英雄伯についてもその時に合わせて叙任して下さるそうだ。
ちなみに私とコルネリア様の婚約は既に公表済みである。それ故、私には無様な失敗など許されない。迷宮討伐程度は速やかに、かつ当たり前のようにこなしていかないと。
ここで漸く話は冒頭に戻り、私は今母校のために練習用迷宮の確保をしていたと言うわけだ。
その任務もメインの迷宮弱体化作業はたった今終わり、後は街に戻るだけ。残りの迷宮討伐については既に目標数が完了しているから、これが終わればいよいよ殿下とも正式に婚約関係になれる。
最短を来たつもりだが、気分的にはやはり長かった……。勿論、これはフラグではない。お約束で遭遇しそうな凶悪モンスターなんかは既に軒並み排除済みである。
コルネリア様たちをお迎えする領地の近くに凶悪なモンスターがいるなどもっての他だからな。婚約決定後とっくに殲滅させている。
「予定通りここで一泊して帰還で変更はないか?」
「問題ない。他の班と合流して、明日もう一度迷宮核の様子を見たら帰還する。」
淡々と予定を確認してくるバーダに答えを返し、装備のまま適当に焚き火の側に腰掛ける。
「はー、やっと街に帰れるねぇ。」
同じように腰を下ろしたバーダと、その反対側に木製のカップを持って座るラフィーニ。そこにまだ戻ってこないアホのタイトゥを加えたのが今回の班メンバーである。あと二班10人もいるがキャンプ地に残っている待機番以外は、現在別動隊としてモンスターを掃討中だ。弱体化したとはいえ、既に産まれてしまった魔物が弱くなる訳ではないからな。
私を含めて14人と少人数だが、今回の迷宮は元々若くてまだ小さいものなので弱体化だけならこの人数でも十分足りるのだ。
「ドニもこれでいよいよ英雄さまかー。すごいよねぇ。」
間延びした口調でゆるく喋るラフィーニから珈琲を受け取って啜る。相変わらず、任務にまで無駄に凝ったカップを持ってきているものだ。同じ貴族子息とはいえ我が家はそこまでこだわる者がいないからはっきりとは分からないが、きっとこのカップも高いんだろう。
同じように啜っているバーダも黙ってはいるが目には若干の緊張が浮かんでいる気がする。入れてくれるのは有難いが壊しそうで怖い。
「百年ぶりだっけ?」
「前回の英雄が亡くなって百八十年とか聞いたな。」
殿下との婚約については秘密だが、英雄への叙任については既に公然の秘密状態だ。流石にこんなにも急速に手柄を重ねていけば少なくとも軍内では隠しきれるものでもないからな。
ちなみにドニは仲間内での私の愛称だ。自分でもイハダドは言いにくいと思うので好きに呼んでもらっている。
「これからは外で会うときは気を付けなくっちゃね。」
「ラフィはまだマシな方だろうぜ。面倒くせェのは俺ら平民だ。」
「バーダは国境軍を出る気もないだろうが。外に出ないなら変わらんだろ。」
「まァな。」
国境で軍務に就く限りは生家も身分も関係ない。見られるのは階級と実力だけだ。「英雄」は当然軍での上位階級も保証されているがそれはあくまでも国軍として。バルカ家を筆頭としたいくつかの領が共同で保持している国境軍では厳密に言えば関係はない。最低限の階級に就けるように言うことは出来るが、王家とはいえ他領の私兵にまで無理は通せないからな。
もっとも英雄ともなれば所属する軍で階級が上がらないわけはないが。それでもバーダ達は元学友の同期だし任務中でもなければなにも言われないだろう。
「だが私は国境軍でも昇るつもりだ。付いてこないなら結局敬語だぞ。」
「例の婚約者サマに釣り合う為ってか?あれだけの後ろ楯がありゃほっといても上がってきそうなモンだがな。」
「ていうか、まさかドニがあのコルネリア様を奥さんに貰うなんてさーほんとビックリ。」
そんなのは私が一番驚いている。
というかバーダ、私も一応伯爵家だぞ?おまけに国境軍トップの息子だからな?もう既に結構な後ろ楯はあるからな?忘れているかも知れないが。
「あんな別嬪さん嫁に貰うなんて羨ましいぜお前!」
戻って早々うるさい奴だ。漸く迷宮核にも飽きたのか、正面に座り込みながらいそいそとラフィーニから珈琲を受け取っている。
だがタイトゥが焚き火の周りに座ると俄然視界がむさ苦しくなるから、もうしばらく張り付いてくれても良かったんだが。焚き火というオプションで二割増しで暑苦しいし。
一瞬で周囲の汗臭さを上昇させるとはさすがこのチームのむさ苦しさナンバーワン、むさ一号だけはある。
「でもさぁ、あんな感じの人がタイプだったんなら学校の誰が告白してもダメなハズだよねー。すっごいキレイだし。」
「だよなぁ。どうりで俺様の魅力も通じねぇわけだよ。」
黙れ一号。貴様には乗っかる気も、ましてや乗っかられる気もないわボケが。想像させるんじゃない、磨り潰されたいのか。
この世界には写真がないんだから女神のお姿で精神を清めることも安定を図ることも出来ないんだぞ。
「お前の魅力は誰にも通じてねェだろバカ。」
「そんなことねぇよ!なぁ、ラフィ?」
「えーだったら僕もドニのがいいなぁ。タイトゥがさつだしさー。女の子ならなおさらそう言うと思うよ?」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出した二人を尻目にバーダと二杯目の珈琲に手をつける。ついでに携帯用のクラッカーで一息ついた。
「でもよ、実際どうなんだ?プブリウス公爵家っていやぁとんでもねェ大貴族様だろ?大丈夫か?」
バーダ……さすがにお前はアホの一号とは違うな。その気遣いに少しだけうるっと来そうだ。心の中でむさ二号と呼んでいる私を許してくれ。
「まぁ幸いコルネリア様もご家族の方も素晴らしい方ばかりだ。士官学校育ちの私でもとても良くしてくださっている。」
「なら良いが……お前は無駄に真面目だからな。抱え込んで潰れんじゃねェぞ。」
コルネリア様がいるかぎり私の耐久ゲージは常にMAXなので問題ない。
とは言え、バーダの気遣いは有難いので礼は言っておいた。こういう細かいフォローが出来るか出来ないかが一号と二号のモテ度に如実に現れていると思う。タイトゥはモテたいならまずバーダを見習うべきだ。
私もコルネリア様に愛想を尽かされないように頑張ろう。
「……というか、声に出したら会いたくなってきたな。」
「名前だけでか。」
「ああ。」
まぁ私のお会いしたい気持ちは何時如何なる時も溢れんばかりだが。それでもハッキリと思い出してしまえば比ではない。この世で最も尊い五文字の一つである女神の名前を口にするなんてそれだけで効果は覿面だ。
もう今夜の夜営取り止めて帰ろうかな。木の様子なんてタイトゥにでも確認させておけば……だめか。あいつこそ生粋の脳筋だった。
「…………お前、本当にあのドニか?」
「そうだが?」
私は常にこの私である。
女神によるインパクトで枷が外れてしまった感はあるが、概ね変わらない。はずだ。
「…………ベタ惚れだねぇー。」
「だな。」
うるさいでございます。急に騒ぐの止めるなよお前たち。
とりあえず明日の状態確認が済んだらさっさと帰ろう。
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