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 大変な事が起きた。


 どういう事情か知らないが、俺が例のサイトに投稿した文章が英訳されて、米ブラック・マスク誌に掲載されてしまったのだ。

 ブラック・マスクは初期のハードボイルド作家達が寄稿し、多くの作家と探偵を世に送り出し、ハードボイルド派探偵小説のゆりかごとなった伝説のパルプマガジンだ。

 ダシェール・ハメットは「コンチネンタル・オプ」シリーズで同誌の看板作家となり、レイモンド・チャンドラーもここからデビューした。

 いわばハードボイルドの聖地。そこに俺の作品が掲載されたことは、俺の世界デビューといえる。ハードボイルド探偵にとっては欣喜雀躍のはずだが……。


 「FUJIYAMA DETECTIVE」というタイトルの下には、富士山を背景に芸者と侍が並んで寿司を食べている浮世絵風の挿絵が載っている。


 いやな予感がする。


 俺の予感は当たった。読者の評判は最低だった。

「いくら発行部数が減ったとはいえ、子供だましの童話が載るようになってはこの雑誌もおしまいだな(アラバマ州33歳。保安官補佐)」

「いい大人になって、四季の女王とかインド人の幽霊とか、くだらないお伽噺を読むことになるとは思わなかった(ミネソタ州46歳。宝石店経営)」

「久しぶりにリュー・アーチャーの活躍を楽しみに読み始めたら、ヒュー・ラーチャーという間抜けな東洋人が虫退治するだけで事件ひとつ起きない。何てハードボイルドだ!(ニューハンプシャー州61歳。退役軍人)」

 一般の読者だけではなく評論家達も辛口の批評をした。同誌は俺のせいで1951年に廃刊となった。


 廃刊よりもさらにショックなことがある。

 この雑誌の読者は、俺の作品を童話扱いしている。 

 俺の投稿作品は童話なのか?

 童話サイトをヒントに作ったから、童話といえば童話なのだろう。

 ということは、俺は童話を書いたことになる。

 タフガイ中のタフガイである俺は、ハードボイルド探偵なのに童話を書いてしまった。

 なんてことをしてしまったんだ!!!

 悔やんでも悔やみきれない。


 人生最大のピンチに耐えきれず、俺は自分探しの旅に出た。田子の浦港まで来たとき、海に飛び込もうと決意したが、足がすくんだのですぐにあきらめた。

 

 俺が警視庁捜査一課に在籍していた頃、年上の刑事とバディを組んでいた。そいつは俺のおかげで出世し、いまでは警察庁長官を務めている。決して賢い奴ではないが、俺に対する恩義を忘れず、困ったときはいつでもご相談くださいと言ってくれている。

 あまり当てにしていなかったが、俺は電話をかけ、事情を話した。

「童話? 童話って子供が読むあれですよね。まさか、ハードボイルド中のハードボイルドな先生がそんなことを……」

 あまりのことに彼は絶句した。

「もう俺はおしまいだ。長い間ありがとう。捜査一課のみんなにはよろしく言ってくれ」

「先生、早まってはいけません。先生だけに恥ずかしい思いをさせるわけにはいきません。明日から一ヶ月間をメルヘン強化月間とし、警察は全力をあげてとりくみます」

「どうせかけ声だけだろう」

「そんなことはございません。期間中は、全国の警察署を電飾で飾りつけ、パトロール時には扮装した警官によるパレードを行います」

「そこまでして警察は信用を失わないか」

 昔の仲間達のことが心配だ。

「先生の功績を思えばこのくらい安いものです」

 こうして俺は再び人生をやり直すことができた。



 お遊戯会で使った木箱やバブルの塔は、いつまでも事務所に置いておくわけにはいかず、廃品回収業者の田中産業に引き取りにきてもらった。社長の田中康明は前はトラックの運転手だったが、旨い儲け話があるという噂を聞いて不法投棄ビジネスに手を出した。

「誰が不法投棄だって?」

 暴走族の総長だった札付きのワルは、四十歳近くになっても、日夜喧嘩に明け暮れるやばい(矢場い:江戸時代の矢場は相当危険な場所だった。矢場は弓場(ゆば)とも言うが、ゆばいという言葉は聞いたことがない)奴だ。

「もうガキじゃないんだから喧嘩なんかしないよ。それより、かっこ付きの解説、聞いててややこしからやめてくれない? コロンなんて言われても頭に浮かんでこないよ」

 コロン(colon::)とは、 欧文の句読点の一つで、横書きの日本文に使うこともある。

「コロンかっこコロンコロンコロンかっこ閉じるって何だ?」

「日本語のコロンの説明をかっこ内でしただけさ。英語のcolonとコロン記号(:)をコロン記号(:)で関連づけて表記したのさ」

「何言ってるかさっぱりわからん」

 実は、俺のニューヨーク市警時代の部下は、刑事:ボというドラマシリーズのモデルにされた。といっても容貌が似ているだけで、ストーリーは全て俺が解決した事件をアレンジしたものだ。当時の彼の口癖は、

「うちの上司がね、全部一人で解決するから、やることないんだよね~」だった。


 バブルの塔は事務所の隅に立てて置いていた。田中が屋上を、俺が底を持って持ちあげると、底が見えた。

 そこ(底)には油性マジックで「おまえがバカだ」と書いてあった。


「今しゃれのつもり?」

 田中は聞いた。

「俺は生まれてこのかた、しゃれなんか言ったことがないぜ」

「だって、そこかっこ漢字のそこかっこ閉じるって言ったじゃないか」

「最初から漢字の底って言うつもりがミスでひらがなになってしまった。それで言い直したのさ」

「なんだ、そんなことか」

「ハードボイルド探偵が駄洒落なんか使ったら、協会から除名処分受けるぜ」

「どの業界も大変だな」

 さすがに駄洒落を使うことはないが、童話に手を出した俺は、ハードボイルド業界の鼻つまみ者だった。


 全ての荷物をトラックに積み終わり、田中は不法投棄場に向かった。

 ひとりになると、「おまえがバカだ」という謎のメッセージが気になった。

 誰が書いたかは見当がつく。年長組のあらきまことだ。

 彼はいつも俺が事件を解決するたびに、この言葉を投げかけてくる。それは勝ち誇る俺への警告だった。だが今回に限り、単なる俺への怒りで馬鹿だと言ってきたはずだ。

 なぜなら、お遊戯会で最悪の役を割り当てられたからだ。

 世界一のバカで借金が返せず、奴隷のようにこき使われる黒服。

 あいつは自分にひどい役を押しつけた俺の事を恨む一方、意のままに台本を作り出す俺の力を思い知ったはずだ。そこで自分の正体を隠して、目立たない場所にこそこそと悪口を書いた。

 それで一旦は納得したが、心にひっかかるものがある。

 やはりあの言葉は、自分の過ちに気づかない俺へのメッセージなのではないだろうか。


 しかし、俺のどこが間違っているというのだ。

 一連の流れを振り返ってみよう。


 笠松保育園から俺にお遊戯会のプロデュースをするよう依頼があった。

 俺は、冬の童話祭2017というサイトを参考に企画を立案し、台本を書き上げた。

 本番中、春の女王が失踪し、冬の女王が困っていると俺は勘違いした。

 冬の童話祭2017は童話作品の企画投稿サイトだった。企画の趣旨は、春の女王が来ないせいで冬の女王が塔から出られないというもので、俺の体験談とマッチしていた。それで、俺は一連の経緯をそのサイトに投稿した。

 俺が投稿した作品はそのサイトではなく、何者かの手で英訳され、ブラックマスク誌に掲載された。

 ブラックマスク誌はハードボイルド作品が多いせいか、俺の作品の評価は低かった。

 よくよく調べると、ブラックマスク誌はかなり昔に廃刊になっていた。

 

 これのどこが問題なんだ。何ひとつおかしな点はない。全てが完璧だ。


 今の俺ではこの問題は解けない。

 それなら名探偵パスカルの登場だ。非情なタフガイの俺のもうひとつの姿は、天才物理学者だった。


「どんな不可思議な謎も、適切な公式に当てはめれば、必ず解ける」

 俺がそう唱えると、周囲の空間に物理や数学の公式が浮かぶ。

 しかし、どれもこれも解決につながりそうにない。

 いや、ひとつあった。これだ。

 ………… ¢▽∂∬Å♂℃※⊆〒↑⇒∞∧∃≒‰♪¶%∴±¥☆£◎§★ゑグヰヰΨΘΔΦυπЮЁЙ┿┻㌢㏄㍑㌘㈲℡㍼欝 …………


 わかった!!


 俺は自分の体験そのままを、童話作品の企画に応募してしまった。


 そこでは童話と見なされず、探偵という職業やラフな言動などからハードボイルド小説と判断され、二束三文でブラックマスク誌に売り渡された。

 ところが、本場のハードボイルドファンは、俺の作品をハードボイルド小説とはみなさず、童話扱いした。

 すべては俺が悪いのだ。あらきが馬鹿と言ったのも当然だった。


 しかし、よく考えてみると、結果的に童話だったのかもしれない。とうの昔に廃刊した外国雑誌に俺の作品が掲載された。これほどの非日常的な出来事が他にあるだろうか。

 もうひとつ。イソップ物語のコウモリは、獣からは鳥扱いされ、鳥からは獣扱いされた。俺の作品もハードボイルド界からは童話とみなされ、童話界からはハードボイルドとみなされた。童話の教訓を忠実に再現しているではないか。


 その日はクリスマス・イブでアシスタントは忘年会の準備で外出している。殺風景な事務所でイブをすごすのも嫌なので、俺は早めに帰ることにした。

 外に出ると、街はクリスマス一色だった。なかでも目についたのは、四匹のトナカイがサンタクロースの乗ったソリを曳いている光景だ。

 サンタクロースはもちろん、トナカイも人間が扮装している。トナカイは立っているのではなく、四つ足の姿勢で這いながら進んでいる。人の乗ったソリはかなり重いのか、皆必死の形相で、ひとりはまだうら若い女性だ。

 サンタクロースは片手に「交通安全&メルヘン強化月間」というプラカードを掲げ、肩から「****警察署署長」という文字が記されたタスキをかけている。

 それを見て俺は、

「こいつらは市民からふんだくった血税で、なんてくだらないことをしてるんだ」

 と、吐き捨てるように言った。

 その一方で、上からの命令に逆らえない彼らに同情するとともに、警察を辞めて探偵になってよかったと、心の底から思った。


 クリスマス行進が去った後、現役の警官がコスプレしてメルヘン強化月間に取り組むなどというのは、童話の世界以外ではありえないことだと気づいた。そう、俺はいつの間にか童話の世界に入り込んでいたのだ。


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