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橋本瑠璃が冬の女王? 彼女は春の女王のはずだ。
単に春を連想させる名前というだけでなく、企画書にも台本にもはっきりそう記してある。それが何故?
そうか、あの母親だ。
四人の女王は基本的に同格だが、冬の時期に行う冬の童話祭なので、冬が一番上だと瑠璃の母親は判断した。保育園に多額の寄付をしている母親は、圧力をかけて、自分の娘の役を春から冬に変えさせた。
瑠璃は、俺が控え室に来たことで自分の出番を知り、スタッフルームの扉から中に入り、秋の女王と交替した。
俺が彼女を捜しに保育所に来たとき、彼女は冬の女王として芝居をしていたのだ。お立ち台の上には、同じ年頃の子供が大勢いた。あのとき俺は焦っていて、ゆっくりと観察している余裕はなかった。瑠璃のことを春の女王だと思いこんでいた俺は、女王以外の子供の中から瑠璃を探し出そうとした。瑠璃はお立ち台の上にいたのだが、心理的な盲点にいたので、俺は見逃してしまった。
そう、これは単なる機械的なトリックではなく、江戸川乱歩が絶賛するディクスン・カーの異色作「皇帝のかぎ煙草入れ」と同じような心理的なトリックなのだ。
彼女が同じセリフを繰り返していたのは、覚えるためではなく、女優として少しでも迫真に迫った演技をするための練習だった。
まだわからないことがある。瑠璃はどうして裏野に行くと行ったのだろうか。
本当に裏野といったのだろうか。彼女は似たような言葉を言ったが、無意識のうちに俺がそう聞き取った可能性が高い。
裏野、うらの、うらな、うらに、裏に。
裏に行ってきます。
そうか、俺はあのとき、「裏に行ってきます」を「裏野に行って来ます」と聞き違えたのだ。
スタッフルームの扉はメインの自動ドアと同じ廊下に面していても裏口扱いだ。普段から保育士が、裏から入るなどと表現していて、瑠璃は裏に行くと言ったのだ。
これで謎は解けた。
「謎は解けたって、今自分が解いたみたいに表現しても、現実は少しも変わりません」
そこは一階の俺の事務所の中だった。何故か四階で倒したはずの響子がいる。
「所長の長い妄想劇場、そばで聞かせてもらいました。私は雑魚ボスで今四階でのびているんですよね」
「いつ裏野ハイツから帰ったんだ?」
「行きと同じように、一緒に帰りました。私が助手席で所長の勘違いについて説明し、所長はここに帰ってきて、塔や木箱が置いてあるのを見ると、死亡の塔で大暴れする話を始めました」
「するとあれは現実の出来事じゃなかったのか」
「行きの車の中で私は大家さんに携帯で、夏にそちらにお邪魔したとき忘れ物をしたかもしれないので、これからお訪ねしますと訪問の口実を言いました。大家さんは気をきかせて、今は空き室になっている103号室の鍵を前もって開けてくれました。所長の姿がないので、もしやと思い部屋に入ると、ベランダのところで外を見たまま、ぶつぶつ何か話していました。私も冷静になって、瑠璃ちゃんがここに来ているわけないと気づいて、すぐに帰ろうとしましたが、所長が田子の浦に行くとかいいだして道を変えるから大変でした。結局、暗くなってから到着しました」
と、珍しく彼女が俺の推理を褒め称えてくれた。
「誰が褒め称えたと言うの?」
彼女が、俺の圧倒的な才能を目の当たりにして、自分のふがいなさに耐えきれず、空想に逃避するのも仕方がない面もある。
「それはこちらのセリフです」
機嫌が悪いようだ。
「油系豚骨ラーメンおごるから、これから一緒に行こう」
「そうやって、私までラーメン屋でバイトさせるつもりでしょう」
そのとき、事務所の電話がなった。
俺は受話器をとった。
「橋本です」
女の声だ。
近くで「よっ、社長!」という酔っぱらいの声が聞こえる。ネイルサロンの社長が取り巻きを連れ、二次会で盛り上がってるのだろう。
「よく二次会ってわかったわね。さすが名探偵さん。実はお礼を言いたくて電話したの。今日の舞台すごく楽しかったわ」
そうだ。すっかり忘れていたが、俺は今日のお遊戯会のプロデューサー兼シナリオライターだった。
「それで年末にうちの会社で忘年会があるの。どうせなら思い切ってディスコ貸し切りにしてパーティ開こうかって思ってるの。是非、またあなたにプロデュースして欲しいの」
「俺は探偵だ。そういうことはイベント会社に頼むんだな」
俺はそう断って電話を切ろうとしたが、
「何でもするって宣伝してるわよね?」
「おっしゃるとおり、うちの無能な女アシスタントが便利屋のようなことをしています。私は私立探偵なので、彼女に替わります」
俺は受話器を響子に渡そうとしたが、
「なんでそういう展開になるの」と文句を言って受け取ろうとしない。
「君、ご指名だよ」と強引に渡すと、愛想よく、
「今日はお世話になりました。はい、ありがとうございます。そういうことでしたら是非」と仕事を引き受けている。
「いえ、私は踊るのはちょっと……そうですけど……はい、所長に替わります」
俺が受話器を耳に当てると、
「今日来てた、うちにジェル卸してくれてる会社の子がおたくの娘さんのこと、とても気に入って、一緒に踊りたいって言ってるの。ディスコドレスはこっちで用意するから、踊ってもらえるよう説得してくれない?」
おたくの娘さんと言われると親心が沸いてくる。
「娘をそんな奴のところへ嫁にやるわけにはいかん」と言って断ろうと思ったが、札束が空から降ってくるのがみえた。
「ドレスサイズは4Lです。扇の色はパープルでどうでしょうか?」
「そういう細かいことはおたくにまかせるわ。だってプロデューサーでしょ」
すっかり忘れていたが、俺は忘年会のプロデューサーだった。
「じゃ、そういうことで」
女はそう言って一方的に電話を切った。響子が俺に顔を近づけて、睨みつけている。
「なんで引き受けるのよ!!! アチョー」
これからここで死亡の塔遊戯の続きが展開される。
顔を痣だらけにし、満身創痍の状態で、俺は駐車場の車までなんとかたどり着けた。
運転する気力もなく、ダッシュボードで「冬の童話祭2017」を開いた。前回は三行ほど読んだだけで投げ出したので、続きを読んでみよう。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
何故冬の女王様は塔を離れないのでしょうか。
何故春の女王様は塔に訪れないのでしょうか。
物語の紡ぎ手達にお願いします。
どうかこの季節を廻らせてください。
冬の女王が塔に入ったままで、春の女王は塔を訪れない。お遊戯会の展開とよく似た内容で、まるで俺に応募しろと言ってるようなものだ。
そこで俺は、今回の一連の出来事を車に搭載してあるコンピュータに口述筆記で語り、短編小説にしあげた。タイトルは台本と同じで「ヒユの童話祭2017 死亡の塔遊戯」。作者名はH・R・マクドナルド。
作品ができあがると俺はそのサイトに投稿した。だが、なんらかのミスがあったようで、そのサイトには掲載されていなかった。
作品のキーワード設定に「冬のホラー2016」と記したのがいけなかったのかと思ったが、それよりも、
「他の作者の書いたものをそのままコピーして投稿しました。それで他の投稿サイトと重複しています」
と、あらすじに記したせいではねられたようだ。