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「安奈、どこへ行った?」


 アパートの中を探し回ったが、彼女の姿はなかった。もう夕暮れ時で、雪はやんでいた。

 夕暮れ時は寂しいので、俺はアパートを出て、事務所に戻ることにした。 

 駐車場に着いた頃には外は暗くなっていた。ビルの廊下に入ると、保育園の照明は消えていた。それなのに廊下はやかましい。俺の事務所に明かりが点いていることが気になる。


 そっとドアを開けた。

 中に足を踏み入れた瞬間、何か大きなモノが俺のほうに向かって倒れてきた。

 忍術の心得のある俺は咄嗟に避けることもできたが、その場の空気を読み、あえてその物体の下敷きになった。

 それでパーティ会場は爆笑の渦に包まれた。


「ひっかかった。ひっかかった」と叫ぶ女の声。

「バブルの塔崩壊!」という男の声。

「おまえがバカだ」という子供の声。

 俺はその物体の下からはいずり出て、

「新任の教師が教室のドアを開くと、黒板消しが落ちてくるあれか」

 といって照れ笑いを浮かべた。

 笠松ビルのオブジェの屋上とドアの下部が太い紐で結ばれ、俺がドアを引くと、前に倒れる仕組みになっていたのだ。


 俺が注目を浴びたのはほんの一瞬で、DJマセが「ルリアナトキオ!」と叫ぶと、その場の全員が踊り始めた。

 彼らの足下は木箱を二段積み上げたお立ち台で、その他装飾品も持ち込まれていた。

 ルリアナTOKYOは、保育園から俺の事務所に引っ越しをしていたのだ。


 俺はバブルの塔を立て直してから、カーテンで仕切られた、事務所の奥にある二畳ほどの空間に逃げ込んだ。そこにはロッカーがある。自分のロッカーを開くと、黄色に黒のラインが入ったつなぎのジャージ、同色のシューズ、それにヌンチャクがあった。

 俺が着替え終わると、店内BGMはユーロビートから「燃えよドラゴン」のテーマ曲に変わった。

 俺はカーテンを開けて、派手にヌンチャクを振り回した。会場の視線が俺に集まる。


「おうおうおう、どいつもこいつもアホ面さげて踊ってんじゃねえ! 俺が留守にした隙に、人様の事務所を勝手に使いやがって。てめえら人間じゃねえ。叩き斬ってやる!」

 と啖呵をきった。

 その言葉で会場は水を打ったように静まりかえった。


「盛り上がってたのに何するの?」

 橋本瑠璃の母親がお立ち台から降りてきて、俺の前に立ちふさがった。

「そっちこそ使用済みのゴミを押しつけやがって」 

「不要品回収って事業内容に書いてあるじゃない」

 そうだった。それを言われると弱い。

 俺は言い訳が思いつかず、バブルの塔の後ろに隠れた。

「そんなところに隠れたって無駄よ」相手は迫ってくる。

 俺は横から顔を出すと、

「あ、あんなところに動かない鳥ハシビロコウが」

 と言って、窓の外を指さした。

 彼女は窓の外を見た。

「ハシビロコウって最近よくテレビで取り上げてるあれでしょ。どこにいるの?」

「ラチャー!」と俺は奇声を上げ、相手が油断した隙に、バブルの塔に回し蹴りをくわらせた。

 巨大オブジェはその勢いで、彼女に衝突し、瑠璃の母親は部屋の端まではじき飛ばされた。


「キャアー」

 それで会場はパニックだ。皆俺を恐れて、部屋から逃げ出していく。

 俺は彼らを追う。

 彼らは大慌てで階段を上がっていく。俺も階段を駆け上った。

 二階はスナックなどの飲み屋街だ。


「カラオケ二階堂」というカラオケ店から音がもれ聞こえる。中年男が演歌を歌っている。そのドアが開いた。

 マイクを片手に、金ぴかのジャケットを着た笠松大五が廊下に出てきた。

「ケケケケ、まんまと罠にかかったな。飛んで火にいる冬虫夏草とはおまえのことだ」と笑えないジョークを言って、「ハハハハ」と自分で受けている。

「ここで会ったが、三年目。待っていたぞ! 彪羅茶」

 俺は急いでいるので、横を通り過ぎようとした。

「待て! 彪羅茶。まだ俺との決着がついていない」

「あいにく忙しいんで」

 俺は先を急いだ。

「逃げるとは卑怯だ、彪羅茶。アチョー」

 彼はマイクをヌンチャクのように振り回した。

「おまえはもう負けている」俺はそう言った。

「何をほざく。どこからでもかかって……あれ」

 案の定、コードが体に絡まり、身動きできない状態になった。

「待ってくれ。こんなんじゃ戦えない」

 俺は正々堂々と戦うつもりだ。からまったコードをほどくため、彼に近づいた。

「ありがとう。恩に着る」

「ラチャー」

 相手に油断させて、俺は右足のつま先で笠松の腹を蹴った。

「うっ」

 腹を押さえて身をかがめたところに、スキンヘッドの上からヌンチャクの一撃をお見舞いした。


 俺はゆっくりと三階に続く階段を上がった。

 ここはオフィスが多い。といってもどこも事業内容がよくわからない。怪しい通販グッズを扱っていた会社などは、警察のがさ入れがはいった後、別の会社に入れ替わった。

 その会社のドアが開くと、巨大スズメバチが怒りの表情で出てきた。


「何がぶんぶんぶんだ。大の大人にこんな恥ずかしい格好させやがって。会場は白けきってたぜ」

 蜂は俺のほうに尻を向けると、その先端にある針で俺を狙う。

 俺は敵の攻撃をかわすと、針を上から強くふみつけた。

「いくらおまえが思い切り踏んでも、神経が通ってないから痛くも痒くもないぜ」

 俺は両手で針ををつかみ、上に持ち上げた。

「何するんだ」

 相手は身動きがとれない。

「ウー、ラチャチャチャチャ~」

 俺は後ろから敵の両足へローキックを連打した。

「痛い! やめてくれ」

 スズメバチは両足を抱えて倒れ、そのまま立てなくなった。


 四階に向かう。いよいよ死亡の塔の最上階だ。以前は怪しい宗教団体の本部があったが、今は全室空き室だ。

 そして、階段を上がってすぐの廊下に、天井に頭が届くほどの大巨人がかまえていた。


「誰が大巨人だって?」

「響子? まさかおまえまでもが敵だったとは」

「所長のせいで私がどれだけ苦労してると思う?」

「それは俺のセリフだ。無能なアシスタントが足を引っ張るせいで、ラチョー」

 俺は大女が油断している隙に、脇腹をヌンチャクで打った。が、びくともしない。

「何してるの? 本気で打ちなさいよ」

 俺は全力で打ったのだが、贅肉のたっぷりついた脇腹は鎧のようなものだ。厚い脂肪の壁に塞がれ、全くダメージを与えられない。摩天楼のごとき脂肪の塔は、威風堂々と聳え立ったままだ。

「うっ、今頃聞いてきた」

 渾身の一撃よりも贅肉発言のほうが効いたようで、彼女は脇腹を押さえて倒れ込んだ。

「スリムな私はお腹に肉がないから、内臓にまともに響く。痩せていなければ勝てたものを」

 と言って、気を失った振りをした。


「どいつもこいつも、だらしなさすぎだぜ」

 俺が下に戻ろうとすると、後ろから女の声が聞こえた。

「お遊戯はここまでよ」

 空き室のドアが開いた。

「そのデカイ女はラスボスじゃないわ。ただの四階のボスにすぎない」

 声の主は戸口に姿を現した。

「誰なんだ、おまえは?」

「もう忘れたの? 今日会ったばかりじゃない」

 相手はボディコン姿の幼児だった。

「橋本瑠璃?」

「そう、死亡の塔の女王様よ」

「おまえが黒幕だったのか」

「いまごろ気づくとは遅すぎるわ」

「どうして裏野ハイツに行った?」

「何を言っているの? 本番が迫っているのにそんなところに行くわけないじゃない」

「じゃあ、どこに消えた?」

「どこにも消えてないわ。私はずっとこの建物の中にいたの」

「そんなはずはない。俺はおまえを探し回ったが、このビルにはいなかった。おまえのせいで冬の女王は塔から出られず、お遊戯会はぐだぐだになった。どうしてくれる?」

「冬の女王は私なんだけど、なんで私が塔から出られないの?」


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