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 翌々週の土曜日には、俺と響子は事務所にこもり、バブルの塔の仕上げに入っていた。二メートルを越える高さ、発泡スチロールを塗装した本格的なもので、芸大美術部を主席で卒業した俺の会心作だ。


「どう見ても本物の高層ビルにしか見えない。いつの日かこんな素敵なビルにオフィスをかまえたいな」

「もうかまえてるでしょ。それよりなんでバブルの塔が笠松ビルなの?」

「あくまで参考にしただけさ」

「看板の文字やおそば屋さんの暖簾まで再現するとは相当なこだわりね」

「ハードボイルド文学は童話と違って徹底してリアリズムを追求する。俺が事実しか話さないのもそういうことだ」

「所長の場合は、事実と嘘が混ざってるから。これだって自分で作ったように表現してるけど、業者さんに頼んだものをここに置いてるだけ」

「笠松ビルをそのまま再現するというのは、俺のアイデアだから俺が作ったも同然」

「お遊戯会でこんなもの本当に要るの?」

「ずべこべいってないで、さっさと運ぶぞ」


 俺と響子は二人して、巨大なオブジェを保育所に持っていった。通用口からでは入らないので、自動ドアのほうから運び入れた。


「あ、どうもすいません。あの上に置いていただけます?」

 ませいわおはそう指示した。スタッフルームのお立ち台の前と横には、手作りの二段の階段が置いてある。俺たちは上に上がって、奥のほうに塔を立てた。

「このお立ち台、大きすぎない?」響子が聞いた。

 お立ち台とは、バブル時代のディスコに設置された高さ1.2メートルほどのステージである。ここで使用しているものは幼児用に低くしてある。

「本物よりずいぶん低いけど」と俺が言うと、

「高さじゃなくて面積。並んで踊るから幅が必要なのはわかるけど、なんで奥行きがこんなにあるの?」

 彼女の質問も当然だ。スタッフルームにあったテーブルや事務机は俺のオフィスに持っていって、代わりに巨大なお立ち台が床の大半を占めていた。普通の子供ならそこまで必要ないが、ここの園児は超弩級のアホしかいない。何が起こるかわからないから、用心のためお立ち台を広くとったのだ。

 そんな大きな物はここに入らない。お立ち台は、通販で購入した高さ50センチの輸出用の蓋付き木箱を並べて作った。


 スタッフルームと遊戯室の間は、両端に幅一メートルほどの壁があるだけで、壁の間は仕切がない。壁は舞台の袖の役割を果たす。試しに俺は壁の後ろに隠れた。

 俺がいなくなったことに気づいた二人の保育士と響子は大慌てだ。

「あれ、比由さんがいない」

「忍者というのは本当だったみたい」

「彼がいないと作業が進まない」などと騒いでいる。


「自分が隠れたことを大声で説明して、一体何がしたいの?」

 俺を最初に見つけたのは響子だった。さすが探偵の端くれ。理路整然と推理をすすめ、俺の居場所を突き止めたのだ。

 それから、

「ありがとうございます。後は僕たちでやりますから」

 とませに言われ、俺達は意気消沈して事務所へ帰った。

「後は僕たちでやります? 俺達のことが邪魔だから遠回しに出ていけって言ったんだ。 あれだけがんばったけど、どうせ俺なんか何の役にも立たないんだ」

 と叫ぶ俺の横で、一週間寝食を忘れて裏方に専念した響子がむせび泣いてた。


「私は一回運んだだけです。それから明日は休みますので、本番は一切手伝いませんからよろしく」

 自分から裏方を希望したくせに、今になって辞めると言われても困る。

「いつ裏方を希望したんですか? 勝手に企画書に名前を書かれて大迷惑です」

「もしかして、裏方のような地味な仕事では満足できず、表舞台に出たくなったのか?」

「誰が保育園のお遊戯会なんかに出たいもんですか」

「頼まれたことはなんでもするのが当社の方針だ」

「私は探偵です。便利屋さんと一緒にしないでください」


 大手探偵事務所にいた彼女は使い込みがばれて、俺のところに転がり込んできた。

「今月の家賃が払えないんです。犬の散歩でもゴミ拾いでも何でもしますから、ここにおいてください」

 彼女の窮状をみかねた俺は、便利屋見習いとして彼女を雇い入れた。それが今になって探偵面をされても、はいそうですかとはいいかねる。


「最初のとりきめで、あなたはいままで通り便利屋、私は探偵という話だったじゃないですか」


 彼女の言葉は嘘ではない。本来なら約束通り、俺は便利屋のままのはずだった。ところが彼女の行動を見て、これなら自分にも出来そうだ。いやむしろ探偵のほうがむいていると思うようになった。

 どこにでもいる便利屋にすぎなかった俺が、世界一の名探偵になれたのは本人の才能と努力によるもので、彼女はきっかけを作ったにすぎない。俺が探偵としてめざましい活躍をする一方、彼女はしがない便利屋に落ちぶれていった。

 一応アシスタント探偵ということにしているが、その実体は害虫駆除と犬の散歩、代行運転をなりわいとし、それだけでは食べていけないので閉店間際のラーメン屋でバイトする日々を送っている。


「言ってて自分がみじめにならない? 認めたくない自分の姿を私に投影しても、現実は何も変わりません」


「おい。それは言い過ぎだろう」

 俺は悔しさのあまり拳を握りしめた。相手が女でなかったら、この場でぶちのめすところだ。そこで俺は渾身の力を込め、生意気女の横っ面を引っぱたいた。


 引っぱたいたと過去形で言ったが、その直前に彼女に腕をとられていた。手首と肘関節に激痛が走る。

「私は本物の探偵だから、これでも一応、格闘技の訓練受けてるの」

「痛いから離せ。園長に言いつけるぞ」

 その言葉が功を奏し、女は「すいません。園長先生にだけは黙っていてください」と謝罪した。

「わざわざ園長に心配させることはない。実際、痛くも痒くもなかったからな」

 俺は笑いながら事務所を出た。それからすぐに整体師に予約を入れておいた。


 翌朝、整体師のところによったため、事務所に到着するのが遅れてしまった。

 参観の父兄の車で、裏の駐車場は満車に近かった。裏口から廊下に入ると、ユーロビートが盛れ聞こえている。すでに童話劇が始まっているようだ。


 自動ドアの横にはませいわおが立っていた。

 外で案内をしているのかと思いきや、「長くいられたものじゃないです」と俺にうち明けた。お遊戯会にバブルという不似合いな組み合わせで、参観に来た父兄達が白けまくっているのだろう。

「その逆です。盛り上がりすぎです」 


 自動ドアを抜けたところが土間で靴入れがある。その先に引き戸があるのだが、今日は開いたままだ。


 笠松保育園は高級ディスコ「ルリアナTOKYO」に変貌していた。

 遊戯室にはミラーボールが飾られ、男子児童と母親達、それに園長までが踊り狂っている。それ以外にも若い男性が数名いる。

「関係者以外立ち入り禁止なんですけど」と俺が注意すると、橋本瑠璃の母親が、

「この人たち、うちの会社の取引先の人」

 と説明した。要するに出入りの営業マンを無理に誘ったのだ。

「無理なんてとんでもない。自分の希望できました」

 と、そのうちの一人が作り笑いを浮かべて言った。


 お立ち台の上では、バブルの塔を前に十人ほどの女児が色とりどりの扇を片手に踊っている。バブル期といえどもディスコドレスというものがあり、肩パッドのボディコンスーツばかりで踊っていたわけではないが、ここではバブル色を強調するため、パーティグッズの子供用ボディコンスーツを着ている。カラーの種類がもともと少なく、在庫の関係で黄色に揃えた。


 普段は和服でいることの多い笠松は、バブル紳士らしく白のダブルジャケットだ。右端におかれたソファに腰掛け、女王の話に耳を傾けている。


「あんなおんぼろビルなんか売っちゃいなさいよ」

「そうはいかん。あそこのテナントは私にとって我が子も同然」

「アホガキしかいない保育園と、冷凍パスタにトリュフかけただけのイタめし屋と、天麩羅蕎麦屋だった父親の店を二分割して使っているトンカツ屋と蕎麦屋の兄弟。なかでもひどいのが管理人で、ストレスで毛が全部抜けて、歯まで抜けて金歯入れてるの」

 これだけの長いセリフを良くいえたものだと感心する。

「お嬢ちゃんの言うとおり、ろくでもない連中ばかりだ」

「それならあんなおんぼろビル売っちゃいなさいよ」

「ゴミ屋敷のシンデレラという諺をご存じかな。あのビルの一階には、素晴らしい人がひとりいらして、その方のおかげで世の中は平和でいられるんじゃ」

「誰その素晴らしい人というのは?」

「とってもシャイな謙遜家なので名前は明かせないが、特別にそなたにだけは教えてしんぜよう。ヒユ・ラーチャー様だ」

「なんて神々しい名前なの。あなたがビルを売りたくない理由もわかるわ。だけど、ルリアナTOKYOがなくなったら、私達はどこへいけばいいの?」

「他の店に行けばいいじゃないか」

「ルリアナでないとだめなの」

「お嬢ちゃん達が何言おうと、俺は売るからな」

 笠松のその言葉で女王はへこんだ。

「私なんかじゃ、あの頑固親父は無理。次の女王様に代わってもらおうかしら」

 

 そのとき、さのえりかが俺に気づいた。

「あ、便利屋さん。これから事務所に行くんですよね?」

「またここから追い出そうというのかい?」

「ルリちゃん、もうすぐ出番なんで呼んできてくれませんか?」

「そういうのは黒服の仕事だろう」

 世界一のバカあらきまことは、従業員という立場にありながら、黒服姿で他の客にまじって踊っている。

「なんでもするって広告してますよね」

 さのは勝ち誇ったように言った。

「要するに俺は黒服以下のメッセンジャーボーイってことか」

「そうです」


 黒服以下とはっきりと言われ、俺は落ち込んだ気分で、事務所のドアを開けた。


「今頃来るなんて」

 いつになくアシスタントがお怒りのようだ。「所長が遅いから、私がここに呼び出されて、お遊戯会を手伝うことになったじゃないの」

「それが裏方の仕事だろう」

「もう帰りますので、この子見ててください。それでは失礼します。休日手当倍にしてね」

 すでに帰り支度をしていた響子は、すぐにドアを開けて出ていった。


 事務所の中には、ボディコン姿の橋本瑠璃がひとり残されていた。

 ここは楽屋兼物置だ。保育園から運び出したものや、父兄や園児の私物などが雑然と置かれている。踊り疲れた子供や父兄が休憩をとるためにも使う。

 四人の女王は基本、お立ち台の上で踊り続けるのだが、一人は笠松相手に芝居をし、次の女王もセリフに自信がなければ、ここでおさらいをする。

 瑠璃はセリフ覚えが悪いのか、ひらがなで書き直した台本を手に、同じセリフを繰り返している。


「るりあなとーきょーがなくなったら、わたしたちはどこへいけばいいの?

るりあなとーきょーがなくなったら、わたしたちはどこへいけばいいの?

るりあなとーきょーがなくなったら、わたしたちはどこへいけばいいの?」


 その質問に対し、「マハラジャなんかどう」と俺は答えた。

「マハラジャ?」

 彼女は顔を上げた。

「インドの地方領主の称号さ」

「いんど?」

 俺はインドについて深い思い出があった。今年の夏、裏野ハイツという幽霊屋敷でインド人の幽霊に出くわしてしまったのだ。

「うらの?」

「そこに行けばどんな夢もかなうという魔法のお城さ」

「わたしもいきたいな」

「タクシー拾って、裏野ハイツまで、でたぶん着くよ」

 そんないい加減な情報で到着するわけがないが、相手は幼児なので詳しいことは省略した。


 前の文章を言い終わる前に、橋本瑠璃は勢いよくドアを開け、

「うらのにいってきます」と言って控え室から出ていった。

 裏野……俺の耳にはそう聞こえた。もちろん冗談でそう言ったのだろう。

 しかし、相手は物心ついたばかりの子供だ。彼女が閉めたドアを見つめていると、万が一俺の言ったことを本気にした可能性を否定できないことに気づいた。

 俺は気になって、廊下に出た。すでに彼女の姿はない。

 裏口を出たすぐのところで響子が携帯で話をしていた。自動ドアの前にはませいわおが立ったままだ。

 俺は響子のところまで足を運んだ。


「ごめんね、遅れて。違うわよ。休日出勤なんかじゃなくて……」

 彼女は遅刻したうえ、一切仕事もせずに、早退した。それでも良心的な経営者の俺は休日手当を払うと約束したのだが、彼女は、「休日手当くらいで済むと思ってんの? ボーナス倍にしてよ」とごねていた。


「何?」響子は俺に気づいた。

「今、橋本瑠璃がここを出ていかなかったか」

「え? 誰も見てないけど」

 いくら鈍い彼女でも、目の前を子供が通り過ぎれば気づくだろう。

 そこで俺はませいわおのところに行った。


「誰か外に出ていかなかったか?」

「さっき比由さんと会ってから、誰も出ていきません」

「トイレや階段は?」

 このビルの一階の正面から見て右側は、表からパスタ屋、階段、トイレ、笠松保育園、管理人室となっている。

「いえ、誰も入ってきてないですし、出てもいません」

 橋本瑠璃は裏野ハイツではなくお遊戯会に向かったようだ。一安心した俺は自動ドアから中に入った。


 舞台では相変わらすの光景が展開していた。頑固な笠松に対し、女王が必死の説得を続けている。


「私は冬の女王よ。私が駄目でも春の女王がやってくるから、あなたはあきらめるしかないわ」

 まだ冬の女王だ。もうすぐ交替するのだろう。そう思ってお立ち台の上を眺めたが、橋本瑠璃は踊っていない。

 彼女はどこに行ったのだろう。

 そうだ。昨日の俺のように壁の裏に隠れているのだ。遊戯室から見ると、スタッフルームの両端は壁で、舞台の袖のように向こうが見えない。きっとそこに彼女が隠れている。そう思って覗き込んだが誰もいない。

 他に二箇所隠れることができる場所がある。まずはバブルの塔の裏側だ。


「笠松ガスです。点検に来ました」

 泥棒と勘違いされないように、俺はそう断ってお立ち台に上がった。

「あ、バカが来た」などといって、子供達が笑った。

 塔の裏には誰もいない。


 続いて隅にある個室トイレを調べる。札が「しようちゅう」なっていたが、俺は、

「もう我慢できない」と言って、ドアを開けた。

 中には誰もいなかった。ドアを閉め札を裏返すと、「はいってます」という文字が目に入った。

 俺は、自分がまんまとひっかかったことを隠すため、

「表も裏も使っているだと。俺の予想通りだ。こんなことで大人をからかおうなんて十年早いぜ」

 と言い残し、お立ち台を降りた。


 それから、遊戯室にいる人間も片っ端から調べたが、ひとりの女の子もいなかった。

 まずいことになった。このままでは冬の女王は、いつまでもバブル紳士とのやりとりを続けなくてはいけない。

 俺が探し出すまでなんとか持ちこたえてくれ、冬の女王。約束する。絶対に春の女王を連れてくるから。少なくとも夕方までには連れてくる。だからその間、ほんの数時間でいい。今の芝居を延々と続けてくれ。


 俺は慌てて廊下に出た。向かいにあるトンカツマスダに子供が入ってこなかったかどうか聞くと、子供どころか一人の大人も入ってこない。店主は、隣のディスコに客をとられたと不満を漏らしていた。

 俺は、「隣のせいじゃなくて、等外を極上ってごまかしてるのが世間にばれたからだよ」と忠告しておいた。ちなみに、豚肉は、極上、上、中、並、等外の5ランクで格付けされる。


「まだオープン前なのに、わけのわからないこと、言うんじゃねえ」

 トンカツ屋を追い出された後、管理人室のドアを開けた。誰もいない。自分の事務所に戻り、ロッカーの中まで調べたが無駄だった。


 裏口を見ると、響子がまだ携帯で会話をしていた。俺は彼女のところに駆け寄り、

「大変だ。君のせいで橋本瑠璃がいなくなった」と責めた。

 響子は顔を上げた。

「なんでしっかり見張ってないの?」

「ちょうど出番だったんでお立ち台に向かうと思ってた。そしたら、裏野ハイツに行くと言ったきり、姿を消した」

「裏野ハイツ? なんでそんな場所が出てくるの?」

「そこに行けばどんな夢もかなうと、俺が教えたからさ」

 俺は嘘を言ったわけではない。古里の連中は裏野ハイツなんて存在しないと言った。だが、俺は古文書をひもとき、裏野ハイツを見つけだした。


「今、所長と話してたの。相変わらず訳わかんないことばかり言ってて……」

 響子が再び携帯の相手と会話を始めたので、俺は携帯を取り上げ、

「おまえがバカだ」と言って切った。

「なんてことするの」

「相手は誰なんだ?」

「トランプ仲間」

「ゴミ屋敷でまた賭け事か」

 彼女がポーカーにはまって、いいカモになっているのは、俺も知っている。相手は、ゴミ屋敷に暮らす女子大生とその友達だ。いつもすっからかんにされ、今やサラ金地獄の状態だ。

「お金は賭けてません。そんなことより早く瑠璃ちゃんを見つけないと。おそらく裏野ハイツに行くというのは表向きの理由で、本当はセリフが覚えられないから逃げたんだと思います」


 そういえば、彼女は同じセリフを繰り返していた。本番中、セリフを忘れた劇団員ほどみじめなものはない。自分の番を直前にして、彼女は怖くなったのだ。全ては、プロの劇団員でも覚えきれないような長いセリフのせいだ。


「そのとおりです。すべては無駄に長い台本を書いた脚本家が悪いのです」

「どこのどいつだ。その脚本家って野郎は」

 俺は怒りのあまり拳を握りしめた。

「冗談言ってる場合じゃないわ。彼女の行きそうな場所を当たらないと。といっても全然見当つかないし」

「行き先は裏野ハイツただひとつ」

「小さな子供がひとりで行ける場所じゃないわ」


 俺は彼女に、裏野ハイツへの行き方を教えた。タクシーをつかまえて、運転手に、「私は裏野ハイツというアパートに住んでいます。電話番号案内で裏野ハイツの番号を聞いて、そこに電話してください。料金は着いてからお母さんが払います」といえばいいと教えていた。

「まさかとは思うけど、とりあえずそこに行きましょう」


 俺達が車のほうに歩き出すと、目の前にワゴン車が停まり、中から人のような奇怪な物体が降りてきた。オレンジと黒の縞模様の体は頭、胸、胴体と別れ、背中から四枚の羽が生えている。人の四本の手足とは別に、もう二本手のようなものも出ている。

 

 しかし、響子はこの怪物に「お似合いですよ、長岡社長」と言って、頭を下げた。

「似合うもんか。恥ずかしい。人に見られると嫌だから早く中に案内してくれ」

 と、自前のスズメバチの衣装を身につけた長岡義男が偉そうに言った。


 子供がひとりいなくなったのに、昼間っからスズメバチの格好をして脳天気な親父だ。

「あんたが無理に出てくれって頼むから来てやったのに、なんだその言い草は」

 スズメバチは獰猛だ。刺激しないほうがいい。

「そこの廊下の左側の二番目のドアから中に入って、ぶんぶんぶんスズメバチが飛ぶ、って森のくまさんの替え歌を歌いながら、お立ち台の上を走り回るんだな」

「そんな恥ずかしいこと、いい年こいてできるか」

「じゃあ、そのままお帰りください」

「この格好するのにどれだけ苦労したと思う?」


 なんだかんだで、彼はお遊戯会に参加した。残念ながら俺は人捜しでそれどころではなく、彼の勇姿を見ることができなかった。


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