表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1 

「社長、今年は日経平均十万円行きまっせ。ビル建てるよりよっぽど儲かりまっせ」

 証券会社の口車に乗って、某電鉄株を高値でつかまされた笠松不動産先代社長は、バブル崩壊後、行方をくらました。当時、父親の会社で専務を務めていた息子の大五は、後処理に追われ、過労とストレスで髪が抜けおち、若くしてカツラをかぶることになった。

 カツラは傷みやすく、メンテナンスを続ける必要がある。

 カツラメーカーが倒産したとき、彼は悩みに悩んだ。他のメーカーで新しくカツラを作れば、以前と違うものしかできず、カツラをしていたことがばれる。

 彼はスキンヘッドの道を選んだ。しかし、それは茨の道だった。


「そうやって俺の気を散らして勝とうとしたって、もう勝負はついてるよ。はい、王手!」


 そこは笠松ビル一階にある管理人室である。世紀の暇人笠松大五は、無謀にも物心ついた頃より棋聖とうたわれたこの俺に将棋を挑んできた。

 彼程度の実力ではまったく勝負にならず、退屈で仕方がない俺は、彼の人生を振り返ったのだ。


「人様の人生を振り返るのはあんたの勝手だけど、わざわざ声を出して相手に聞かせるのはどうかと思うよ」


 俺は自分で考えたことを声に出している。それで、敵は俺の手の内を知ることができ、圧倒的実力差がありながら、俺は勝負に敗れてしまった。


「手の内? あんた、将棋の最中でも将棋と関係ないことしか言わないけど、ひょっとして何も考えずに出鱈目に打ってるんじゃないの?」

「そんなことはない。将棋の天才である俺は猛スピードで考えるため、口にするのが追いつかないんだ」

 俺はそう言い訳したが、彼の言うとおり、何も考えずに打っていた。


「やっぱりそうなのか。まあ、俺も似たようなもんだからいいよ。あんた程度の相手に頭使う必要ないから、何も考えなかったよ。それでいつも勝てるんだから楽なもんだよ」

 そう勝ち誇った笠松は、ハハハと笑った。


 俺は本当のことが言えなかった。将棋は、バブル崩壊で人生を狂わされた彼の唯一の生き甲斐だった。俺が勝てば、彼はひどく打ちのめされる。それで俺はわざと彼に負けたのだ。


「何? それならもう一勝負しようか」


 俺もそうしたかったが、緊急の事件が入ったので、急いで事務所に戻ることにした。


 ラーチャー&スミスバーニー探偵社は、笠松ビルの一階で管理人室と廊下を挟んだ向かいにある。管理人室の隣は笠松保育園だ。二十名程度の悪ガキが始終騒いでいて、ここに子供を預けるくらいなら待機児童のほうがよほどましだ。保育園は園児達が使う自動ドアとスタッフ専用の通用口がある。

 俺が廊下で自分の事務所に戻ろうかどうか考えていると、その通用口が開き、中から保育士のさのえりかが出てきた。彼女は俺を見つけると、

「あ、ちょうどよかった。今、お訪ねしようと思っていたところです」と言った。

「何を尋ねられるのか知らねえが、お天道様に顔向けできねえことはしちゃいないぜ」

「実は、もうすぐお遊戯会があるんです」


 お遊戯……ブルース・リー主演の死亡遊戯は当時小一だった俺の闘争心に火を点けた。クラスの八割がガキ大将タイプの暴力小学校で、いじめのターゲットになっていた俺は強くなるしか生き延びる道はなかった。

 夏休みのある日、俺は近所の子供達とセミ捕りにでかけ、やたらとブルース・リーの真似をしていた。その様子を十七代目服部半蔵に仕える老忍者が観察していた。

 忍者は俺の才能を見抜き、強引に俺を拉致した。俺は忍者屋敷に連れ込まれ、厳しい修行の日々が続いた。

 服部半蔵本人の前で技を披露したこともあった。跡取りの十八代目は俺より三つ年下で、俺はよく練習相手をさせられた。

 忍者としてめきめきと腕を上げていく一方、俺は将来社会復帰できるのかどうか心配するようになっていた。

 俺は不安を師匠にうち明けた。すると、

「馬鹿者。学校なんか行って何の役に立つ?」

「忍者修行なんか何の役に立つ?」とは聞き返せなかった。

 俺は脱走を決意し、成功した。

 ちょうど小学六年生の夏休みだった。二学期の初日、俺は転校生として紹介された。

 しかし、ほとんどの生徒が俺のことを覚えてた。


「あ、ひゆらあちゃだ。死んだって聞いてたけど、まだ生きてた」

「変な名前だから、登校拒否したんだ」

 

 比由らあちゃ……確かに変な名前だが、本名だから仕方がない。名前の由来は毎回説明しているのでいい加減飽きたが、簡単に言うと、親父が市役所の窓口でやけを起こして、らあちゃんと呼ばれていた赤ん坊の名前をそのまま申請してしまい、「ん」が「人」に見えたので、省略して「らあちゃ」になったのだ。


「いつまで廊下で独り言話してるの?」

 アシスタントの飯室響子が胸の前で腕を組んで俺の前にたちはだかる。女だてらに6フィート近い長身、160ポンドのウェイトは迫力がある。体重さえもう少し軽かったら随分いい女だが、いくらダイエットに励んでもまったく効果がない。

「私の体重の件はいいから、事務所に戻ってください」

「また事件か」

 彼女の緊迫した表情から、俺は凶悪犯罪の匂いをかぎとった。

「事件が起きても便利屋のあなたには関係ありません」


 便利屋……昔、俺はこの街で便利屋をしていた。それが何故、畑違いの探偵になったかというと、犬の散歩中に偶然遭遇した殺人事件を解決してしまったからだ。反響は大きく、二時間サスペンスドラマ「便利屋らあちゃんの事件簿」として全国放送された。

 それを観た視聴者から、事件捜査の依頼が殺到することになった。

「すいません、うちは便利屋なんで、そういうことは警察に行ってください」と断っても、

「なんでもするって宣伝してるじゃないの?」

「なんでもしますが、警察官でもない一民間人に犯罪の捜査はできません」

「それなら警察官になればいいでしょ」

 俺は警察学校を経て、所轄の刑事課に配属された。それからは持ち前のずうずうしさで本庁の事件に首を突っ込み、そのほとんどを一人で解決した。本庁幹部はそれを快く思わず、俺は警察をやめ、探偵としてこの街に帰ってきた。

 俺が職業を変えたことが街の人間にわかりやすいように、中折れ帽にトレンチコートを普段着兼仕事服として着用することにした。

 ついでに「便利屋らあちゃん」の看板を「ラーチャー&スミスバーニー探偵社」にかけかえた。宣伝文句は、何でもおまかせ便利屋探偵。一般雑用、害虫駆除、清掃全般、不要品回収、浮気調査、人探し、不可能犯罪解決等々。

 ちなみにスミスバーニーなる人物は存在しない。


「さの先生、待たせてますから、早く!」


 事務所に戻ると、応接セットに謎の美女がいた。歳のころは二十代前半。響子とおなじくらいだが、小柄でどことなく品があり育ちの良さがにじみ出ている。


「初めまして、セニョリータ。ここの所長をしています」

 俺は近づいて自己紹介したが、初対面の相手に比由らあちゃという名前を名乗ることができなかった。

「何言ってるんです、ラァチャーさん。さっきあった佐野です」

 俺は彼女の向かいに座ったが、アシスタントの響子は失礼にも依頼人の隣に腰を下ろした。

「君、失礼じゃないか。こっちに来たまえ」

「いいえ、所長の隣に座ると、私が動くたびに所長が地震が起きたとかいってデブ扱いするから、そちらには行きません」

「すいませんね。上司の私の責任です」

 俺は依頼人に頭を下げた。依頼人はにこりと謎の笑みを浮かべた。不思議なことに俺はどこかで彼女とあった気がする。

「ですから、いつもお会いしてます。保育園のさのです」

「いつも会ってるのは本当だけど、人前でそんな言い方しちゃだめだよ。僕らの関係が世間に知られたら、園児の親たちが黙っていないよ」


 彼女のほうから俺に言い寄ってきた。俺のほうもすげなく断るわけにはいかず、最初は軽い気持ちでつき合い始めたが、次第に不倫の深みに溺れていった。


「あの……お互いにまだ独身ですし、比由さんとはおつきあいしてません」

 さすがに第三者である響子のいる前では彼女も本当のことはいえない。俺も彼女に合わせて赤の他人を装う。

「失礼、勘違いのようでした。それで、その、事件というのは?」

 名探偵の代名詞だったシャーロック・ホームズという名前を死語にしてしまったヒュー・ラーチャー様にご指名で依頼をするということは、警察が手を投げ出した難事件のはずだ。依頼人の彼女も半ばあきらめて俺にすがってきたのだろう。

「もうすぐお遊戯会があるんですけど……」

「お遊戯……」

 俺はブルースリーの死亡遊戯を見て、クラスのやつらを見返すことを心に誓った。それで小一の夏休みに近くの雑木林に行き……


「さっき廊下で話したことを繰り返さない」響子が注意してきた。

「そのお遊戯会でうちの探偵事務所に何をしろと言うのかい? まさか、爆弾をしかけると予告があったとか」

「いいえ、便利屋さんに頼みたいことは、この場所を控え室としてお借りするのと、子供たちが外に出ていかないように見張りをしてもらうことです」

「まさに名探偵にぴったりの仕事」

 といって響子が笑った。

「事情はわかったが、すんなりOKとはいかない。お遊戯会の内容にもよるな」

「控え室で子守するのに、お遊戯会の内容なんか関係ないでしょ」

 と響子は突っ込んだが、さの先生はきちんと答えてくれた。

「内容は去年とほとんど同じです。みんなで歌を歌った後にオリジナル童話のお芝居をします」

 

 俺が芝居の世界から足を洗ったのは、豪華客船で起きた殺人事件の影響によるものだった。ブロードウェーでようやくスターの座をつかみかけた俺は、長期公演の疲れをいやすべく、闘牛が盛んなスペインのマドリードまで船旅を楽しんでいた。

 気晴らしに娯楽室に行くと、ビリヤードに興じる紳士と目があった。

「一人でやるのもつまらない。一緒にどうですかな」

「もちろん、OKさ。但し、俺はキューなしでいく」

「キューなしでどうやって球を動かすと言うんです?」

「見てな」 

 俺がそう言うと、ビリヤード台の球がひとりでに動き出して、穴に落ちていった。

「驚きました。失礼、紹介が遅れたようです。私はニューヨーク市警のトーマス・パティンソンと言います。そちらはマジシャンの方ですか」

「座興で手品はするけど、本業はミュージカル俳優さ」

「あなたが舞台に立つ姿を見てみたい」

 彼は寂しそうにそう言った。

 彼は悩みを抱えている。俺はそう直感した。

「よかったら、その悩みとやらを話してくれ」

「悩んでるなんて一言も言ってないですけど、いいでしょう。お話しします。実は船内でバラバラ殺人が起きたのです。それも各パーツがひとりでに動き出したという目撃証言まであって途方にくれています」

「きっと犯人は今俺がしたような方法で、バラバラ死体を動かしたんだ」

「もしかして犯人はあなたですか?」

 彼は口にこそ出さないが、俺を容疑者だと疑っている。

「違う! 絶対に違う。頼むから見逃してくれ。この通りだ。絶対に俺じゃない。二度とあんなことはしないから、今回だけは目をつぶってくれ」

「怪しいですね。わかりました。もし明日の午前十時までに真犯人を見つけてくれたら、あなたは逮捕しません」

 その日のうちに俺は真犯人を見つけだし、ニューヨーク市警にスカウトされ、三年半に渡る役者生活に終止符を打った。


「え、便利屋さん、俳優さんだったんですか」

 と、依頼人の女はいまごろ驚いている。随分反応が遅い。

「何本か向こうの映画に出てるみたい。演じるだけじゃなくて、脚本や演出もするから重宝されたって聞いてます」と響子が補足した。

「そんなすごい人が近くにいたなんて……そうだ、お遊戯会の台本、便利屋さんにお願いしようかしら」

 そういう事情でお遊戯会の台本は俺が書くことになった。


 気がつくと、依頼人もアシスタントもいなくなっていた。携帯をみると、響子からメールが入っていた。

「ショチョウノハナシガナガイカラセンセイトランチニイキマシタ」

 しかし、文章が長すぎて、彼女が何を言いたいのかわからなかった。



 ブロードウェイでの経験をいかして台本の執筆を引き受けたはいいが、現実主義(リアリスト)のハードボイルド探偵には童話というものがてんで理解できない。


 そこで俺は近頃はやりのインターネットとやらを活用して、童話の題材を集めることにした。盗作をするのではない。参考にするだけだ。

 試しに「童話 冬 2017」で検索した。

 一番上に「冬の童話祭2017」というタイトルのものが表示された。

 違法サイトの可能性を疑いつつ開いてみると、いかにもメルヘンチックなページが表示された。

 そこには童話を書くためのヒントが載っていた。


 あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。

 女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。

 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。


 そうだ。この設定をそのままパクろう。

 劇のタイトルは「ヒユの童話祭2017~死亡の塔遊戯」


 舞台は1990年前後のバブル王国。最強と言われた日本経済に忍び寄る崩壊の足音。高級ディスコ「バブルの塔」のお立ち台の上で踊り狂う女王様達にも危機は迫る。オーナーの笠松大五が仕手株に手を出し大損失。バブルの塔を売却しようとする笠松に四人の女王が交替で説得に当たる。果たしてバブル崩壊はふせげるのか。


 もちろん、配役も俺が決める。


ヒユラーチャー 主役、王子様、大金持ち、知能指数230、警視総監の甥。

        米国ハードボイルド協会理事。英国心霊研究協会会員。元ワイオミング州正保安官。

        元ボクシングヘビー級王者。生け花歴五年。珠算検定3級。柳生新陰流免許皆伝。

        将軍家御指南役。薩摩藩城代家老。秘密結社マルタ騎士団会員。ハリウッドセレブ

        人呼んでMr.ハードボイルド

        またあるときは物理学者名探偵パスカル

        してその正体は、旗本寄合席隠密支配内藤勘解由

        口癖は「裏柳生秘伝に曰く、死して屍拾う者なし」

        座右の銘は「あっしには関わりございやせん」

        趣味はテレビ鑑賞。しかし、アンテナレベルが低く雨が降ると映らない

        好きな食べ物はトルコライス。嫌いな食べ物は肉じゃが

        特技はルービックキューブを四十段以上積み上げること

        将来の夢は笠松ビルを出て、もっと綺麗なビルにオフィスを構えること

      ……疲れたのでこの辺でやめておく。



女王役は四名


橋本瑠璃  春の女王

夏川元気  夏の女王

牧原亜紀  秋の女王

冬木美優  冬の女王


 春だけ該当する名前の子供がいなかったので、橋本瑠璃の名字と下の名の最初の文字を組み合わせて春とした。夏川元気は男だが、歴史上、男の女王もたくさんいたと説明すれば、本人も納得するだろう。

 これがフィクションなら、都合よく苗字の最初の文字が春夏秋冬の女子で揃うのだが、現実の世界ではそうはいかない。事件は現場で起きているんだ。作家の頭の中で起きているんじゃない!


その他女子 女王と並んで踊る。

あらきまこと 黒服。世界一の馬鹿。知能指数マイナス一億。借金500億

その他男子 お立ち台の下で踊る一般客

長岡義男(長岡害虫駆除代表) スズメバチ

笠松大五 バブル紳士。笠松不動産社長。スキンヘッド。金歯使用。世紀の暇人

ませいわお 店長。ナレーション

さのえりか ウェィトレス兼雑用

パスタ「ポモドーロ」 イタめし屋。ドリンク、フード無料提供

飯室響子 裏方全般。駐車場整理。誘導。清掃。ビラ配り。衣装。大道具。広報


 あの保育園は二部屋あって、広いほうに園児達が普段いて、狭いほうが食堂兼スタッフルームだ。二つの部屋の間の壁は左右に少しあるだけで、両開きのカーテンで仕切っている。この間取りをいかして、狭いほうの部屋をお立ち台にして、広いほうを一般客が踊る空間にする。子供だけでなく参観の父兄にも踊ってもらえば会場は大盛り上がり。


 これで完璧だ。

 喜ぶのは早い。以前、「夏のホラー2016」という闇サイトを開いた直後、俺は幽霊騒動に巻き込まれ、危うくウツボカズラに喰われそうになった。今回もどのような罠が待ち受けているのか心配だ。


 とりあえず、さのえりかに企画書をみてもらおう。


 俺がノックもせずに、保育園の通用口を開けて中に入ると、派手な化粧の髪を赤く染めた四十女が、さのの前に立っている。太い眉毛が目立ち、いまどき肩パッド入りボディコンという服装もすごいが、扇子を使わずにただ広げているだけの姿は、過ぎ去った80年代の遺物のようだった。


「何、この探偵。異物のようだっておかしな比喩使って」

 と言って、女は俺のほうを睨んだ。俺の名前が比由だと知っているのはどういうことだ。

「隣の便利屋さんです。お遊戯会のお手伝いをしてもらいます」

 わかった。依頼人さのえりかが俺のことを話したのだ。すると調査して欲しいという女はこの顔面バブル崩壊か。

「ちょっとあんた、なんでさっきから小説みたいに話してるの?」

 えりかは女に問いつめられて、

「それはその……台本を書いてもらっているからです」と二人だけの秘密をもらしてしまった。

「私が質問したのは佐野先生じゃなくあんたでしょ。いかにも先生が話したみたいに事実をねじまげないでよ」

 ねじ曲がっているのはあんたの鼻筋だよと、俺は心に思った。もちろん口には出せない。

「口に出してるでしょ」

 女は本気で怒っているようだ。


 そのとき隣の広いほうの部屋(仮にお遊戯室としておこう)を掃除していた掃除のおばさんがやってきて、

「すいません。橋本社長」と女に頭を下げた。

「いいのよ、園長先生。悪いのはこの探偵だから」

 園長先生? 廊下や階段もよく掃除しているので、このビルに雇われた清掃係と思っていたが、ここの園長とは驚いた。

「園長の笠松静子です。兄が社長のビルなので、妹の私が掃除してたんです」

「その園長に頭を下げさせるとは、今はやりのモンスターペアレントだな。橋本瑠璃の母親は」

「なんで、うちの娘の名前を知ってるのよ」

 俺はお遊戯会の主役を、この態度のでかい女の子供に決めたことを後悔した。

「嘘かと思ったら、本当に台本書いてくれてるの?」

「これがその企画書だ」

 俺は、一週間連続で徹夜して書き上げた渾身の企画書を女に渡した。


「橋本瑠璃だから春ね。これ、おもしろそうじゃない。園長先生、お遊戯会はこれにして」

 女は園長に企画書を見せた。園長の顔が青ざめていくのが傍目にもわかった。

「これはちょっと……」

「私がいくらここに寄付してると思ってんのよ」

 女はすごんだ。

「わかりました。これで行かせていただきます」

 俺の企画は正式に採用された。

「それからディスコの名前はルリアナTOKYOに変えて」

 勝手に内容を変えられるのは認められない。

「それは困る。女王様は塔に住まなければいけない。そういう条件でこの仕事を引き受けたんだ」

「面倒くさい人ね。じゃあ、経営している会社の名前が『バブルの塔』で店名が『ルリアナTOKYO』でいいわ」

 すると笠松大五は、株式会社バブルの塔の社長ということになる。まさにうってつけだ。

「あの、衣装とか大道具とか、費用が少しかかりすぎるんじゃないかと」

 園長はそう心配した。

「そのくらい私が全部出すわ。その代わり、劇のタイトルは『ルリアナと雪の女王』にして」

「それは権利の関係でまずい。あそこはそういうこと特にうるさいから」と俺は断った。

「それなら死亡の塔遊戯もまずくない?」

「そこはいい加減だから大丈夫」

 どのくらいいい加減かというと、ブルース・リーが死んでからブルース・リー主演の映画を作るくらいだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ