Act 1-4:初夜
草を踏み分けると、虫の音色が飛んでいった。
「いたいた」
ようやく見つけて、俺は声をかけた。
「あまり、ひとりで出歩くなよ。危ないぞ」
ミイは、宿を出てすぐのところで、夜空を見上げていた。
その輪郭は、いまにも闇の黒に溶けてしまいそうに見えた。
「どこの世界でも、夜は独特のにおいがするんだね」
澄んだ空気に、ミイの声が通る。
「あたしはずっと、星のにおいなんだって思ってた」
「へえ?」
「ほ、ほんとだよ? ほんとに、そう思ってたんだってば」
「ミイはロマンチストだからな」
俺は彼女のとなりに立って、天をあおいだ。
ああ――と声が漏れる。
「ここは、においが濃いね。星がいっぱいだ」
空は天球状であると思い知るほどのプラネタリウムな星空。
都会じゃ、こうはいかない。
そんじょそこらの田舎でも、ここまでの迫力はのぞめまい。
「げふー」
「こら。女の子がげふーとか言うな」
「だって、食べすぎちゃったよ」
「たしかに。あの二人も、ちょっと引いてたぞ。ミイはほんと、よく食べるよな」
「だってだって、食欲は三大欲求のひとつだよ、しかたない!」
「そんなこと言って、ほかの欲求は知ってるのか?」
「下ネタ禁止! エロいのがふくまれてるのは、知ってるんだぞー!」
「でも、三大欲求は、しかたないんだろ?」
「うう、ユウ兄がイジワル言うよう」
夜空の雰囲気にまったく適さない会話になってしまった。
「こんばんは」
声がして、俺は空から視線を下ろした。
カチュターシャが立っていた。
「あまり宿屋から離れないでくださいね。夜の森は危険です」
「わ、わかった……」
イタズラを見つかった子どもの気分で、俺は首を縮めた。
そんな俺の様子を見て、エルフの少女は、クスッと笑った。
「寝つけないのですか?」
「ああ、俺じゃなくてミイが。そっちは?」
「クゥと交代で、番をしているんです」
「なら俺も――」
「いえ。次から、お願いします。今日は大変だったでしょう。ゆっくり休んでください」
「ユウ兄、なんて話してるの?」
「寝ずの番をしてくれてるそうだ」
それを聞いて、ミイはカチュターシャに頭を下げた。
誠意が伝わるようにと、深々と。
「それじゃあ、おやすみなさい」
カチュターシャは照れたように手を振りながら、見回りに戻っていった。
「いい人、だね」
「ああ。出逢えたのは、幸運だったよ」
「あたしも」
「うん?」
「あたしも、あの人たちの言葉、わかるようになりたいな」
ミイが頭を上げ、ポツリと言った。
「……よし、決めた! あたし、勉強する」
「勉強?」
「ユウ兄、お願い。あたしに、言語教育して」
キラキラしてるなあ、と俺は、ミイの瞳を見て、思う。
やるべきこと、やりたいこと、そういうものを見つけたときのミイときたら、猪突猛進で、どこまでもまっすぐだ。
「――いいよ。スパルタ教育してやる」
請け合いつつ、俺はそこに、ミイなりの覚悟を読み取っていた。
もしかしたらミイも、頭のどこかでは、感じているのかもしれない。
もとの世界には、二度と戻れないかもしれないと。