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Act 3-2:屍者の襲撃

 絶対的な結果として、確定した具体的事実として、俺は、間に合わなかった。


 奴らが見張りの残骸を漁るのを目にして、俺は一瞬、息が詰まった。

 胸をつかみ、ぜいぜいと息を吐く。


 奴ら。

 そのすべてが、死者だ。

 心臓が停止している。

 絶対的死者だ、どう考えても死んでいる、とっくに死亡が確定している。


 死者のひとりが顔を上げた。

 白濁した目で俺を見る。

 首をひねり、ク・キ・キ、と音を発した。


「どうして、動いている?」


 俺は、ゆらりと後ずさりする。


「どうして、なんのために、動いて、襲っている?」


 あるいは、どうして、動かし、襲わせている?


 何者かの意思を、俺はここに、感じ取っている。

 第六感めいた予感。

 だれかが、死者たちを操っている。


「クキキ・キ・ハ・ハハ・サア……ナンデ・カ・ナア?」

「なに!?」


 俺は目をみはる。

 死者が口をきいたのだ。


 死者たちが飛びかかってくる。


 俺は扉をバタンと閉め、階段を駆け下りる。

 扉に衝突する肉の音が響いてくる。


「くそっ」


 燭台の火が消えるほどの速さをもって、ミイのもとへ走る。


 男たちの数は、半分ほどに減っていた。

 先ほどより広い部屋に逃げこみ、家具を動かして窓にバリケードを張ろうとしているところだった。


 ユーリカと呼ばれていた男が、床に血まみれで倒れていた。

 絶命している。襲われて重傷を負い、ここまで運ばれてはきたものの、息絶えてしまったのだろう。


 クラタを入れて男たち五人。

 カチュターシャ、クゥ、それにミイ。

 俺は、面々を見渡し、状態を確認し、こちらに駆け寄ってくるミイを抱きしめる。


「どうします」


 カチュターシャとクゥもとなりにやってくる。


「戦闘に魔法は使えるか?」


 カチュターシャは首を横に振る。


「生き残っている人間で、魔法を使えるのはわたしだけです。そのわたしも、回復魔法以外は、日常用途程度のものしか使用できません」

「連中の動きを見た。立てこもるのはムリだ」


 俺はバリケードを見やる。


「すぐ破られるぞ」


 俺は、ひとつの選択肢を真剣に吟味している。

 ミイだけを連れ、ここを脱出するという手段。

 残りの者は、いわばオトリだ。

 だがそんなことを、ミイは許さないだろう。


 俺は顔を上げる。


「ここはよくない。この砦の内部構造は、入り組みすぎてる。連中は壁や天井さえ伝って移動してる。ここにとどまれば、三次元の襲撃を受けることになる。壁のない外に出れば、前後左右、四方だけ守ればいい。上下を気にする必要がなくなる」

「テメェの指図なんか受けるか。娘の亡骸を、あんな風にあつかっておいて」

「ここで見ただろ。死者が動いてるんだ! 言い訳はしない。俺は、自分たちを守るために、彼女のからだを傷つけた。そのときのことを、たしかに俺は、話さなくちゃならない。いいや、聞いてくれ、クラタ。――彼女の意思だったのか、その残響だったのか、ともかく俺は、彼女の声を聞いた」


 思いだす。


「彼女は、眠らせてくれ、と」

「テメェ!」


 クラタが俺の胸ぐらをつかむ。

 止めようとするカチュターシャを制し、俺はクラタの目をまっすぐと見た。

 その瞳のなかに、怯えに似たなにかが光る。


「彼女は、それから、こうも言った」


 俺は、どこにも行けず浮遊していた言葉を、届くべき相手に届ける。


「愛してるパパ。答えは夢だよ。そこで会おうね」


 クラタの表情が変わる。


「意味は、伝わるか?」


 すぐには答えず、クラタは俺を放す。

 その巨大な手で目もとを覆う。


「……太陽が沈むと開く宝箱がある」


 クラタは、人が変わったように、静かで優しく哀しい声を発した。


「そのなかには、失くしてしまったものがすべてあって、それらに触れることができる。けど決して取り出すことはできず、朝日が訪れると箱は閉じてしまう」


 かすかに、からだをふるわせる。


「娘が無邪気に出してきた謎かけだ」


 クラタは涙を流さなかった。

 ただ、なにかに身を浸すように、じっと床を見つめていた。

 手に持つ斧の切っ先が、床すれすれを揺れている。


「……コイツの言うことを聞こう、クラタ。外に逃げよう」

「マエ?」


 マエと呼ばれた青年は、俺をあごで示した。


「理にかなってる。ここじゃ、まるでヤツらの狩り場だ」

「廊下だ!」


 べつの男がさけんだ。

 廊下の、床を、壁を、天井を、死者たちが這ってきていた。


 数人がかりで両開きの扉を閉め、タンスでふさぐ。

 だが、扉の強度からいって、破られるのは時間の問題だった。


「ここを出よう!」


 窓のバリケードの隙間から伸ばされる死者の腕を切り落としながら、マエがさけんだ。


「アンタが正しかったんだ! コイツら、みんな死んでるッ! リリーも、エジも、ミユキも、見知った顔が大勢いやがる。アンタが正しかったから正しいんだッ!」


 窓のバリケードがくずれた。

 死者が数名、流れこんでくる。

 床に上体から落ちたが、痛みを感じるわけもなく、すぐに立ち上がり襲いかかってくる。


 男のひとりがあっという間に囲まれ、窓から外へ引きずり出されていった。


「カーター!」


 だれかがさけび、べつの窓ガラスがバリケードごと砕ける。


「くそったれっ!」


 マエの攻撃が、空を切った。

 死者がマエに詰め寄る。

 ガードが間に合わず、がら空きとなった頭部に、蹴りが入った。

 死者が、足蹴りという技術を用いた。


 激しく壁にたたきつけられるマエ。

 双剣が床に散らばる。


「マエ!」


 クラタが援護に走る。


「っ危ない!」


 俺はさけび、とっさにクラタのひざを蹴った。

 大きなからだがバランスをくずし、「なにしやがる!」とわめくクラタと俺の顔のあいだギリギリを、矢がかすめ飛んでいった。


 直後、べつの矢が飛来し、マエの頭部をつらぬいた。

 マエのからだが、ひくひくと双剣の上にくずれ落ちる。


「なっ――弓も使うのか!?」


 事態を察知したクラタが弓兵をさがす。

 俺も後ろへ身を滑らし、あたりを見回す。


 進入してきたのとはべつの窓際に立った弓兵は、次にミイを狙っていた。


「ミイ!」


 走り、彼女を抱きしめた。

 ナノマシンによる防護が間に合わず、背中に四本の矢が刺さったことを、痛覚とともに感知する。

 腕のなかでミイが悲鳴をあげた。


 俺はふりむき、次の矢をかまえようとする死者へと一気に距離をつめ、つかみかかる。

 もみ合っているうち、いきおいあまって窓ガラスを突き破った。


 落下していく。


 ナノマシンを体内で張り巡らせ、脚部を筋力増強し、衝撃に備えた。


 地面との距離、ゼロ。

 死者をクッションにし、着地する。


 背中に刺さりっぱなしだった矢を体内のナノマシンが押しだし、抜き去る。


 ピクピクと痙攣する死者の握力を逃れると同時、触手を伸ばし、頭上の窓枠を、とらえる。


 部屋のなかへと戻り、窓縁の上から、状況を俯瞰する。

 ここまで人数が減ってしまったいま、立てこもるのは現実的ではない。


 もう、守りはムリだ。


 俺は廊下につながる扉へとむかい、思いきり蹴破った。

 衝撃で、扉に殺到していたらしき死者が数名、吹っ飛んでいった。


「逃げるぞ!」


 俺のさけびに、カチュターシャとクゥがうなずいた。


「ミイ、逃げよう!」


 ミイにも、日本語でさけぶ。


 クラタたち三人はわずかにためらっていたが、顔を見合わせ、俺たちにつづいた。

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