Prologue
俺は竜になっている。
雷鳴に似た強風がとどろき、雲を押し流す。
ぶ厚い雲のすきまから差しこむ一瞬の朝陽が、敵のすがたを鮮明に描きだす。
空を覆う二つの影――二匹のドラゴン。
それが、俺と敵だ。
漆黒の俺と、真紅の敵。
喰い殺せ!
俺は全身に命令を送る。
敵めがけて加速する。
雲の合間を滑空する。
水滴が、からだを打つ。
真紅のドラゴンの、濁った目が、俺をとらえた。
俺を、待ちかまえていた。
両者は、はげしくぶつかった。
牙と牙が激突し、爪と肌がすれ、翼同士が打ちあった。
俺の意識は、漆黒のドラゴンの全身へとめぐり、端々までゆき渡る。
機械を動かすガソリンにでもなった気分だ。
戦え!
戦え!
戦え!
俺は、泣きそうな思いで、その命令を発しつづけた。
戦え、彼女のために!
漆黒のドラゴンは、風にも負けない声をあげ、真紅のドラゴンにかぶりついた。
(ユウ兄!)
どこからか、声が聞こえる。
名だ。
俺の名だ。
地表からはるか遠い上空にいて、これだけの風にさらされながら。
その声は、耳もとで呼ぶように、すぐそこにあった。
(ユウ兄!)
吹きつける風にあらがい、空を見上げる少女のすがたが、ありありと脳裏に浮かぶ。
彼女を、守らねばならない。
強い義務感が、俺を突き動かす。
漆黒のドラゴンを動かす。
自由に空を飛ぶための翼すら、武器にして。
二匹のドラゴンは、からみ、もつれあい、踊るようにして、空を墜ちていく。
俺は、ふたつの走馬燈を見た。
ひとつは、とあるバースデイ。
そして、もうひとつは。
この世界に、はじめてきたときの、ことだった。