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罅割れた円盤

作者: 深山崇宏


その日、天使を拾った。

家の前のごみ捨て場に丸まっていたのを拾って来た。

人との関わりを避けている俺からすれば、それは俺史上初の試みだった。

白いワンピースに黄金の髪、そして頭上の輪っかとくれば、それはまさしく天使と表現されるものだろう。

「あなたは誰?」と天使が言うので。

「俺は俺だ」と返してやった。

驚きに目を円くする天使を見て薄い笑いを浮かべた。

「なるほど、哲学ですね」などと神妙な顔で考え出す天使。

家の中にはこれと言って目立つものはない。

あるのはCDレコーダーと、擦り切れて音が出るかも怪しいCDだけ。

あとは小さな机とベッドくらいか。

「どちらへ行かれるのですか?」

と、ドアノブに手を掛けた時、天使が話しかけてきた。

「仕事だよ」と簡単に返す。

「そうですか、いってらっしゃいませ」なんて言葉に、ここに居座ろうとする天使の意図を感じた。

あぁ――――俺はどうやらとんでもないモノを拾ってしまったらしい―――――


★ ★ ★ ★ ★


肥大した獣の頭部を、隠し持った散弾銃で仕留める。

それを見て、バディを組んだ青年が口笛を吹いた。

「やるじゃんか」

馴れ馴れしい。

「やるも何も、やらないと殺られるんだよ」

そう当たり前のように答えた。

「僕の耳にその銃声は響くよ」と言う彼の耳は、なるほど確かに特殊だ。

長い耳は、毛に覆われ、さながら狐の耳を伸ばしたような印象を受ける。

新人類。

旧人類(human)と比較して、新人類(newman)と呼ばれる存在。

つまりは品種改良された人類だ。

この臨終した世界は旧人類には苛酷過ぎた。

よって、苛酷な環境にも耐えられるよう、品種改良を重ね、決して少なくない犠牲の上に、新人類は誕生した。

核の炎に包まれた―――遥か昔、そんな感じの始まり方をする漫画があったと言うが、それはあながち間違ってはいなかったのかも知れない。

人口爆発に伴う資源の消費は莫大で、気が遠くなるような時間を掛けて地球が育んできたあらゆるモノを、人間は食い潰した。

増加する人口、枯渇する資源。

そして起こった戦争(うばいあい)

結果、この星は死んだ。

大気は汚れ、海は澱み、大地は荒れ果てた。

そんな状況にあって、人間はなお生き汚い。

種の保全に掛ける情熱には鬼気迫るものがあった。だが何故それを、その情熱をこの星に向けてやらなかったのか。

そうすれば、今のこの景色は多少なりとも変わっていた筈なのに。

「コレ持って帰るの?」と新人類の青年が問う。

「要らん。栄養どころか毒にしかならん。毒を好き好んで食うほど俺は飢えてないからな」

なら遠慮なく―――と、青年は息絶えた獣の背中に牙を立てた。

どす黒い血液が青年の胸元に滴り落ちる。

核により突然変異を起こした獣は、放射能の塊だ。

旧人類にとって何よりも危険なのは、こういった突然変異種だ。

ただそこに在るだけで人を脅かす。

かつてそれがどう言った名前で呼ばれていたのかすら分からない。

飛ぶモノ、這うモノ、走るモノ。

それらをひっくるめて、俺達は『獣』と呼んだ。

俺の仕事はそれを狩る事だった。

しかし新人類には脅威にはなり得まい。

人類を超越した人類である彼らは、放射能に対する抗体が遺伝子レベルで組み込まれているのだから。

そんな汚染された生肉を喰らう青年を、ただ見つめ続ける事しか出来なかった。


★ ★ ★ ★ ★


家に帰ると天使がいた。

錆び付いたCDを聞いている。

音割れが激しい。その昔、幸福を高らかに歌い上げたであろう声は掠れ、不協和音と化している。

それを「いい歌ですね」なんて言いながら。

散弾銃を床に降ろし、ベッドに横になる。

「で、一体いつまで居座るんだ?」

直球で尋ねてみる。

「死ぬまでですかね?」

あっけらかんと天使は答えた。

くそ、コイツは本当に―――とんでもない。

「その頭に鉛玉ぶち込んでやろうか?」

「それよりは甘い物がこのお口に欲しいかなぁ」

「けっ、ふざけろよ、んな上等なモンある訳ねぇだろ。まだ有るとか思ってんなら、お前は堕ちて来るのが遅過ぎた」

そう、きっと遅過ぎた。

コイツも、人類も。何もかも。

「それなら私は貴方にこう言います」

天使が振り返る。

「そんな事を悔やむ事で先人を否定しているのなら、貴方は生まれてくるのが早過ぎた」

返す刃とはこの事だろう。

その言葉はどうしようもなくこの心に突き刺さった。

その後会話は一切なく。

闇夜転輪。星は廻る。月光は流麗にして物悲しく。天使の寝息だけが、暗い部屋に響いている――――――


★ ★ ★ ★ ★


救世主にならないかと誘われたから、愚者でいいと応じた。

馬鹿だろうと言われたから、馬鹿なのだろうと答えた。

人生に否定はつきものだ。

最後に、幸福は何かと問われた。

その問いだけは、答えられなかった。


★ ★ ★ ★ ★


朝起きると天使が死んでいた。

それを見て、不覚にも涙が出た。

最後の会話を思い出す。

『生まれてくるのが早過ぎた』

この星の美しさを教えられた。

人類の愚かさを伝えられた。

そんな(きぼう)を聞いてしまった。

知らないままなら良かったのだろう。

誰も知らない過去として、時代の濁流に忘れ去られた記憶として、そんな光景を思い浮かべることなく暮らせていたなら良かったのだろう。

天使が死んでいた。

一人の部屋に戻ってきてしまった事を実感した。

窓の外には喧騒。そんな中、この部屋だけは静謐さを孕んでいた。

孤独を感じた。同時に、昨日一日天使と過ごした時間に想いを馳せる。

どうでもいい時間と思っていたのに。

何でもない会話と思っていたのに。

あぁ―――それはなんて、幸福に満ちた―――――――


部屋を後にする。もうここには2度と戻らないだろう。(じんせい)は続く。背中には冷たい散弾銃。

邪魔するモノを殺してでも生き抜こう。

また再び、天使(こうふく)に出会うまで。

いつかの問いを思い出した。

「――――いや」

笑って。

「見つけに行くさ」

灰色の空の下、黒い背中が消えていった。


―――――部屋には天使(こうふく)の亡き骸と、罅割れたCDだけが残った。


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