関係性
体育が終わり、羽とラケットが入った箱を倉庫にしまった後、体育館を出る。由子が一人で歩いているところを見つけ、俺は声をかけた。
「由子」
俺の言葉に反応し、由子は後ろを見る。
「西田」
「一緒にペア組んだのって、滝沢だったんだな」
「ああ」
「由子が誘ったのか?」
「いや」
俺は違和感を感じた。由子が素っ気ない。いつもと同じような感じはするが、 言葉だけでは分からない。何せ、さっきから由子と目が合わないのだ。合わないように目を逸らしているような気もする。
もしかして、クラスのやつともう友達になって、俺とは仲良くしたくなくなったのか? みんなが俺の悪い噂を言っているのを聞いて、由子も俺のことを悪く思っているのか? 典型的な人間のタイプだ。しかし、由子に限ってそんなはずはない。俺だってさっきクラスの人と多分馴染むことが出来た。悪い噂をしていたなら、あの三人のもとにもいっているはずである。
俺は、由子に何故目を合わせないのか聞くことにした。
「なあ由子、何でさっきから目を――」
「西田。私先に行くな」
そう言って、俺の言葉を避けるようにして小走りで先を行った。
時計を見ると、あと五分で次の授業が始まる。俺も急いで教室に向かった。
二時間目は数学である。二つのクラスにわかれて勉強を行う。三十人いるので、十五人できれいにわかれる。俺と由子は別クラスで由子は教室、俺は隣の空き教室のワークルームだ。
何とか授業に間に合った俺は、下敷きで扇ぐ。肌がべたべたとして、汗くさい臭いがあがってくる。肌がべたべただと、ノートをとるときに紙が腕につく。それがうざったい。
気温が三十度に満たないため、クーラーはつかない。というか、もうこの時期になるとクーラーはつかない。
ふと、後ろから小倉、と聞こえた。俺はすぐに由子のことだと分かった。このクラスに由子はいないため、由子の話をしているのだろう。
「小倉?」
「ああ。さっきの時間見た? 西田以外のやつとつるんでた」
「あ、自殺女な。……あー、たしかにそうだったな。西田が別のやつとペア組んでて、珍しいと思った。小倉は別のやつとペアを組んでたのか?」
「おう、滝沢とな」
「た、滝沢? なんでまたあんなやつと?」
俺はいつのまにか後ろの席にいる男子二人の会話を盗み聞きしていた。
「さあな。でも滝沢だぜ? なんかたくらんでると思うんだけど」
「え、何で? 滝沢って性格が悪いとか?」
「噂な、噂。だから、小倉をいじめのターゲットに……なんて考えてるんじゃないかなって。ほらあいつってどっかの賢い高校受験するらしいし、ストレスあっかも」
「それはねえだろ。この時期にいじめとかしたら評価下がって、余計にストレス溜まるだろ。松本先生、めっちゃ敏感だしさ。そんなことしたらすぐにばれるって」
「あー確かにな」
「ただ純粋に仲良くなりたかっただけじゃね? いや、絶対そうだって」
「……そうかもな」
俺はノートにペンを走らせながら、聞き続ける。先生の話なんて聞いていない。
滝沢か……。クラスだけでなく、他学年とも広い交友関係を持っていて、いつも楽しそうな女子だ。一部の男子はそんなことを考えていたのか。
「いやあな、俺さ、あの時小倉とちょっと話したんだよ」
「え、まじで? 無視されたんじゃねえの?」
「そんなこと全然ない。表情が変わんないから微妙だけど、意外と話せる」
「まじか。……あ、そういえば」
「何だよ」
「今日の朝、滝沢と小倉、一緒に歩いてたぞ」
え?
思わず声になりそうになり、口を塞ぐ。
由子は一人ではなかったのか?
「西田」
急に名前を呼ばれ、俺はビクッと肩をあげた。
「西田、ここの問題を解いてみなさい」
少し安心して、俺は黒板へと足を進めた。この先生はその日の日付で人を当てる。だから、俺は『いつも』前に出て問題を解かなければならない。しかし、簡単なのが幸いである。
「うむ、正解」
そう言いながら、赤のチョークで丸をつける。俺はそそくさと席に戻る。そして、また聞き耳をたてる。
「へー。滝沢が真剣な顔って、なんか笑えるな」
会話が一部途切れる。だが、理解できないことはない。
「なー。いっつも笑ってるからな。それにくらべ、小倉の方は相変わらずの顔だったよ」
「ふーん。なんの話してたんだろうな」
真剣な顔? じゃあ、なにか重要な話か。滝沢にとって重要なこととはなんだろう。さっき言っていた、受験か? もしかして、由子が滝沢と一緒のところを受けようとしているとか? いや、それはない。由子は中学校に入学したときから一番近い高校を受けると言っていた。じゃあ、一体なんの話だ?
……ん?
朝、由子は既に別の人とペアを組んでいた。
さっき、由子は避けるように先に教室へ行った。
その二つの前には、どちらも滝沢が関わっていることになる。
もしかして、由子のあれらの態度は何か関係があるのか?