少しずつ
六時間目まで終わり、掃除の時間が始まった。俺の『今日』の掃除場所は教室。正直にいうと、掃除はあまり好きではない。何故か掃除をすると鼻がむずむずする。皆はそんな様子、一切見せない。アレルギーか何かは分からない。それに、やっぱり面倒だ。自分が毎日使っている教室だから、綺麗にするのは当たり前だとは思う。
とにかく、俺は掃除が苦手だ。
俺は掃除用具入れからほうきを取り出す。そして、後ろの端から掃いていく。この教室の場合、後ろに一人一個ずつ棚がある。もし前から掃くと、棚の一番下にごみが入ってしまう。だから、前からでなく後ろから掃いている。
辺りを見回す。由子がいない。掃除の時間はいつも冷水機のある体育館近くに行っている。帰って来るのはいつも掃除が終わった頃である。
俺はさっさと掃除を済ませた後、体育館近くに向かうことにした。秋に差し掛かったこの時期でも、まだまだ暑い。ついでに、水を飲むことにしようか。
しかし、そこに行く前に由子を見つけてしまった。管理棟にある図書室の前にいた。一人ではない、同じ班の女子と一緒に話している。さっきの英語のときから、話すようになったのだろうか。いや、あれではならないだろう。何か悪いことを言ったので、謝ったのだろうか。
ほんの一つのきっかけで、一日がこんなにも変わってしまうのか。
クラスのやつは、意外と優しい。まあ、また由子に変な異名を付けて、全校生徒に撒き散らしたけど、普通に話しかけてくる。やはり、一二年生の印象が強いのだろうか。廊下でじろじろ見てくるのは、その辺だし。
由子は、まだ話していた。俺は冷水機に行くのを止め、教室に戻ることにした。
その時にあまり周りを見ていなかったため、人とぶつかってしまった。
「あ」
ぶつかったのは、同じ学年の女子だった。しかも、今日音楽室でピアノを弾いていた。
「ごめんなさい」
「大丈夫。俺もよく見てなかったから」
特に怪我をしていないようだったし、俺はそのまま立ち去ろうとした。しかし、止められた。
「あの」
「……ん?」
一体、何の用だろうか。
「きょ、今日の音楽の時の小倉さん、すごかったね。あんな曲が弾けるなんて」
ああ。確かこの子、ピアノ習ってるな。そんな子が褒めるほど、由子はすごいのだろうか。
「うん。俺もビックリした」
「そういえば英語のとき、小倉さん急に大声出してたでしょ? 私の班まで聞こえてたよ」
この子はどこの班なのだろう。場所が分からないことには、意味がない。
「そうなのか」
「うん。確か、電話がなんとかの話、してたでしょ」
「ああ」
よく知っているな、この子は。
「西田くん、分からなかったよね? 結構な人が知ってると思うけど、西田くんは知らないんだね。やっぱりね、小倉さんもそういうことなんだと思うよ」
そういうことって、何だ?
大体、さっきからこの子が何を言いたいのかさっぱり分からない。結構な人が知っているって、電話の事か? まあ確かに知っているだろうけど。俺は電話の事を知らないわけでない。由子がそういうこと? 由子が電話したいということか?
「西田」
名前を呼ばれ、俺は振り返った。大体、誰かは分かっていた。
「由子」
「戻るぞ」
俺は女子に、じゃあと言ってから、その場を去った。由子の歩く速さが、妙に速かった。