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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第一章「三回目の『今日』」
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自殺ピアニスト

 音楽室に近づくと、ピアノの音が聞こえてきた。見なくてもわかる。いつも同じような女子が弾いている。そして、周りにはその女子の友達がたむろしている。他のグループの女子は寄せ付けない。


 ったく、女ってのは、なんでそんなに友達にこだわるんだろうな。誰とでも仲良くすれば良いのに。もし女子がそうなったとしても、由子は一人でいるだろうけどな。


 俺の予想通り、ピアノを弾いていたのはいつもの女子だった。そして、その友達が囲んでいる。きゃーきゃー言って、何が楽しいんだか。誰だって練習すれば、出来るってのに。まあ……できない人もいるだろうけど。


 教室の後ろでは、中庭で遊んでいた男子たちがいた。今、男子たちの間で流行っている、仮面をつけてバイクに乗り怪物を倒す、というテレビ。何故そんなものにはまるのか、俺には全くわからない。


 由子はピアノの方をじっと見ていた。そして、ゆっくりと足を止める。


「荷物、机においといてやるよ」


 俺は由子が持っている教科書やリコーダーに手を近づけた。


「ありがとう」


 俺に荷物を渡すと、由子は壁にもたれてピアノの音を聴いていた。ちゃんと自分の立場がわかっているんだな、と思う。


 由子の席は窓際の一番後ろ。その隣が俺。

 俺は椅子に座り、授業が始まるのを待つ。


 男子が歌う声がする。その声は音楽室中に広がっている。歌に合わせて踊っていたり、他の生徒は走り回っていたり。中庭で遊んでいたのに、まだ遊び足りないのか。このクラスの男子は、本当に元気だ。


 時々、誰かが俺にぶつかってくるが、みんなお構い無し。いつもは汚いものを見る目で見てくるくせに。……いや、同じクラスの子はそんな風には見てこない。他の学年のやつは、俺の事を避ける。けど、同じクラスのやつは、全くそういうことはしない。確かに遊ばないし話さない。けど、別に変な目で見られることはない。やはり、三年も一緒なら慣れてくるのだろうか。


 俺は席を立ち、由子のもとへ向かった。そして、隣にもたれ掛かった。ピアノから目が一切離れない。


 ……もしかして、弾きたいのか?

 そう思い、俺は言った。


「由子、ピアノ弾きたいのか?」


 視線はピアノに向けたまま、由子は頷いた。


 ここは俺の出番だな。


 俺は演奏を見ている一人の女子生徒の方を遠慮ぎみで叩いた。こちらを見て女子生徒は少しビックリしていた。話しかけることなんて、滅多にないからな。


「次にピアノ、誰か弾く?」

「いや、特には」

「じゃあ、由子に弾かしてくれる?」


 女子生徒は何人かと顔を合わせた後、顎を引いた。俺は由子のところへ戻った。


 曲が終わった後、女子生徒たちがこちらを見る。俺は由子の方を叩いて、ピアノのところへ向かった。女子生徒たちはぞろぞろとピアノから離れていく。


 時計を見ると、あと二分ほどで本鈴が鳴る。


 由子は小さい頃、二年間ピアノを習っていた。俺も一緒に習っていたのだか、半年経っても音符すら読むことができなくて辞めた。一方、由子の方は上達が早く、弾くことの難しい曲でも暗記して弾けるほどに成長した。


 一体何の曲を弾くのか、俺はワクワクしていた。あまり近くにいると迷惑かと思い、俺はピアノの回りにある合唱台のうえに座ることにした。


 由子は鍵盤のうえに指をおき、動きを確かめる。少し離れたところでさっきの女子生徒たちがみている。「弾けるの?」と言う顔をしている。由子は他の楽器は無理だが、ピアノだけは抜群だ。……他のはちょっと、出来なさすぎだけどな。

そして、由子は弾き始めた。


 なんとその曲は、いま男子たちの間で流行っているテレビのオープニングテーマだった!


 その事には俺だけでなく、女子生徒たちも驚いた。


「まじかよ……」


 ピアノの音は後ろにいる男子たちにも聞こえたようで、「うお!」「きたきたきたー!」「え! 誰が弾いとん?」と言う声が聞こえてきた。そして、男子たちは由子が弾くピアノに合わせて踊り出した。


 どれ程たくさん見ているのか、動きはキレキレで、男子全員が怖いほどシンクロしている。曲中にある台詞も息ピッタリで、とても声が大きい。


 この年でこれかよ……。しかも踊り完璧とか、中学生としてどうなんだよ。


 由子が弾くピアノを耳に入れながら、男子の踊りを見る。そんなことを思うが、見ている方は意外と楽しい。


 一番が終わり、間奏に入っているときに本鈴がなったが、あまりにも騒いでいるため、誰にも聞こえないのだろう、座ろうとするものはいない。おそらく聞こえているのは俺くらいだろう。先生もノリノリで手拍子をしているくらいだ。


 俺は、理科室に先生がいませんように、と願う。

 理科室は音楽室の近くにある。もし他の学年が理科室にいたらうるさいと思うはず。いくら防音の音楽室でも、聞こえるもんは聞こえるだろう。しかも、理科の松本先生は怖いときた。もしいたら、教室に入ってきて怒鳴り散らすだろう。それだけは避けたい。


 曲が終わり、踊っていた男子たちは決めポーズ。そして、自らで歓声をあげる。


「たっのしー!」

「やべーな!」


 踊っていた男子たちはピアノに近づいてきた。

 やばい!

 俺はすぐに思った。


 おそらく男子たちは、弾いていたのは由子の前に弾いていた女子生徒だと思っているだろう。それが由子だと知ったら、また変な異名をつけられる! 『自殺女』と言う名前も、一年のときに男子たちがつけたのだ。


 とにかく、男子たちを近づけてはだめだ!


 だが、今思っても遅く、男子たちの視線はすでに由子に向かっていた。由子は男子たちを真顔で見つめる。睨んでいるようにも見える。


「え……。自殺女が……?」


 一人の男子がそう言うと、由子は顎を引いた。


 教室に沈黙が走った。

 それから、三回目の『今日』が終わるまで、由子は『自殺ピアニスト』と呼ばれることとなった……。

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