真実
俺は由子の顔をじっと見つめた。目線を逸らすと、赤色に染まる町のようすが窺えた。既に一番上で、俺と由子の家が見えた。西日がもうすぐで沈みきる。
「……西田」
由子がそう言った。だが俺は、顔を由子に向けることはなかった。
「お前は、全てを知る権利がある。そして私には、全てを教える義務がある。だから、今からお前に……。全てを話す」
全てを話す、つまり由子はこの事について、全てを知っているんだ。じゃあ、俺が『今日』が来る度に見ていた由子も、俺と同じ『今日』を送っていて、同じ空間にいたんだ。
俺は、見つめていた西日が眩しくなり、目の前に手をかざした。
由子は、語り始める。
「西田、これをみてくれ」
そう言ってスカートのポケットから取り出したのは、銀色の指輪だった。
「それは……」
俺は思い出す。俺が過去に戻ったとき、由子がその指輪をしてきたときだった。もしかして、あの時はこれらを教えるものだったのか?
「覚えてるか? 二学期が始まってすぐの頃、私が学校にしてきたんだ」
「確か、お婆ちゃんの遺品だって……」
「ああ、その通りだ。夏休み中に遠くで一人暮らしをしている母方のお婆ちゃんが死んでしまった。結構な歳だったから、同級生や仲のよい人はあまりいなかったから、家族葬で内密に済ませたんだ。それでお盆の時、お婆ちゃんの家にある荷物を片付けているとき、この指輪を見つけたんだ」
その指輪は、まだ微かに輝く西日の光を浴びて、淡い光を放っている。まだ新しいものなのか、手入れが良かったのかは分からないが、よく輝いている。
「その指輪が、何か関係があるのか?」
「ああ。この指輪を見つけて、私はこれを左手の人差し指につけたまま寝てしまったんだ。その時夢の中にお婆ちゃんが出てきて、こう言ったんだ。『この指輪をつけると、もう外してはならない。外していいのは、その指輪の役目を使ったときだ』って」
役目……。
「『この指輪は、同じ日をずっと繰り返すことと、過去に戻ることができるんだ。同じ日を繰り返すことは、一度しか使えない。過去に戻ることは二回出来る』はじめはこんなことを言われて、夢だと思った。実際に夢だしな。けど……何故か信じてみたくなった。お婆ちゃんが言っていたんだから。だから、私はこの指輪を外さなかった」
由子のいう話は、不思議な話だ。しかし、実際俺にそれが当てはまっているため、嘘だという否定はできない。
「それからお婆ちゃんは言ったんだ。『もしこの指輪を使うとなったら、一人ではいけない。誰か一人を自分と同じ空間に連れていかなければならない』と。だから私は……西田を連れていくことに決めた」
なるほど。指輪を持っていない、関係のない俺までもがこんなことに巻き込まれたのは、そういう理由があったからなのか。
「だから、西田。関係のないお前を巻き込んでしまって……申し訳ない」
頭を軽く下げた由子に、俺は言う。
「いやいや、いいって由子。それに、もしその指輪がなかったら、由子とはもう一緒にいれなくなってたしな」
そう言うと、由子は笑った。
ふと思った。
「そういえば由子。どうしてお前は屋上から落ちたりしたんだ? やっぱり……自殺だったのか?」
「ううん。あれは事故なんだ」
「事故?」
「ああ。柵の向こうにどこから入ってきたのか分からない小さな猫がいたんだ。落ちたらひとたまりもないと思って、猫を助けようとしたんだが、バランスを崩して逆に私が落ちてしまったんだ。猫は安全な柵の内側に置いた後だったから、猫は無事だとおもうんだがな」
そうは言ったものの、自殺という考えがクラスから消えること
はないだろう。
「……西田」
俺は由子を見る。由子の顔を見て、俺は驚いた。なんとも悲しそうな顔をしていたのだ。
「ゆ、由子? どうしたんだ?」
「…………最後に、お婆ちゃんは言ったんだ。『忘れてはいけないこと、それは、最後に必ず指輪を壊すこと』と。だが……」
由子の口の動きが止まり、顔を下げた。そして、絞り出すように言った。
「もし……これを壊すと、繰り返された『今日』の記憶は、西田と私からは消えてしまうんだ……」
「……え?」
俺は膝の上で指輪を握っている手を見つめる。そして、考える暇もなく、由子の手を握った。
「駄目だ! 壊すな!」
俺は由子の顔を見つめる。顔を上げた由子の瞳には、涙がたまっていた。
「俺がいつまでも覚えておく。例えお前が死んでも、俺が死ぬまでずっと、ずーっと覚えている。誰にも言わない。絶対に秘密にする。だから……。だから、それを壊さないでくれ……」
俺は懸命に由子に訴えた。共に過ごしたさまざまな最後の『今日』を忘れたくはない。
俺は気づいたんだ。『今日』のお陰で、色々なことが知れたんだ。もう、これから先では気づいていけない、大切なことになにかに。
「でも、駄目なんだ。壊さないと、いろいろ狂ってしまうんだ。ありもしないはずの『今日』がたくさん存在して、西田だけでなく、他の人も混乱する可能性がある! だから……」
由子の握る手がより小さくなる。
「……由子」
「西田、ありがとう。私は、お前のことがずっと大好きだったぞ」
俺は驚き、握っていた由子の手を離した。
その途端、由子は指輪を握っている手を大きく振り上げ、床に叩きつけた。銀色の指輪は粉々に散った。
「由子っ……」
急に辺りが白く輝く。その向こうで、由子が笑いながら泣いているように見えた。
俺は腹に力を込めた。
「由子っ! 俺も……。俺も大好きだぞ!」
それから、由子の顔は見ることができずに、記憶は途切れた。
ふと、由子の笑顔が見えた……。ただ、そんな感じがした。