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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第四章「そして」
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遊園地2

 俺と由子は、遊園地の最後に持ってこいの観覧車に乗った。ここの観覧車は随分と大きい。学校から見えるほどだ、一周するのにどれ程かかるのだろうか。


「十五分の旅をお楽しみくださーい」


 観覧車に乗る前、係員がそう言っていたのを思い出す。

 観覧車に乗るのは、もう何年ぶりだろうか。小学生になってから乗った記憶はない。



「なあ……由子?」


 俺は由子の名を呼んだ。あと何度、その名を呼べるのだろうか。


「なんだ?」

「……中学校に入学して二ヶ月が経ったくらいの時の事、覚えてるか?」


 由子は記憶を辿っているのか、口を真一文字に縛って黙った。

 入学して二ヶ月が経った頃、それくらいの時期から由子は『自殺女』と呼ばれるようになったんだ。あの時の焦りは未だに覚えている。


「……ああ」

 由子が口を開いた。


「屋上での事か?」

「そうそう。あれから由子は『自殺女』って呼ばれるようになったんだよな」

「そうだな、あの時はビックリしたよ」


 何せ、屋上に行ったら由子が転落防止用の低い柵を越えていたんだから。俺は焦って、とりあえず由子が落ちないように急いで駆け寄って抱き締めたんだ。

 そうしたら由子が「どうしたんだ?」って俺の顔を見て言うから、怒鳴ってやった。


「どうしたもこうしたもねえだろ! なんでこんな事してんだよ! 落ちたらどうするつもりだったんだよ、お前は!」


 そう言うと、由子はしばらく俺の顔を見たあと笑った。あの時何故由子が笑ったのかは今でもよく分からないが、その時は俺もつられて笑ったのを覚えている。


 どうやら、中庭から同じクラスの人に見られていたようで、あのあと教室に戻ると妙な距離を置かれていた。元から少しクラスの人と距離があったため、その距離は縮むことなく逆に離れてしまった。


 男子がこちらをちらちら見ながら、時々口走っている「自殺女」という言葉を聞いて、由子の事だと考えた。案の定、由子の事だったようで、次の日には全クラスにまで浸透していた。


 それから、廊下を歩くと「自殺女」という言葉が耳に入り、いつしか耳障りに思うようになった。由子が気にならないのならと無視していたが、やはり知り合いがそう言われて気分は優れない。俺はその言葉を口にした生徒に、睨むか注意をするかのどちらかをした。それらがあって、俺と由子はどんどんと同じクラスなのに離れた存在となってしまったのだろう。


「変なあだ名をつけられて、余計に避けられるようになったんだよな」

「ああ。まさか中学校に入って自分が注目されるとは思わなかったな」

「注目って言っても、あんま良くねえけどな」

「まあな」


 外を見ると、観覧車は半分ほどまで上がり、目を凝らすと俺と由子が通う中学校が見えた。既に皆は帰宅している頃だろうか。もう少し上がると、俺と由子の家も見えてくるだろう。


「由子、そういえばさ。小さい頃、近所に住んでたガキ大将に近くにある小屋に閉じ込められたことがあったよな?」


 それを言って、ふとあの三人を思い出した。中西と太田、そして古和田。あの『日』以来、三人とは全く話していない。


「あったな。あいつ、すぐに引っ越したよな」

「おう」

「今から思えば、子供のくせに随分と冷静だったよな」


 笑いながら由子が言う。俺もつられて笑顔になる。


「ほんとそうだよな。由子はその時から変わりもんだな」

「西田も一緒だろ」


 俺は頬を掻きながら、由子から目線を逸らした。


 何気ない話を出来るのも、残りわずかかもしれない。普通だと思っていたことが、今では『特別』となっている。数えられるくらいしか、もう由子といられないのなら……俺は今、何をすべきなのだろうか。


「……由子」


 景色を見ていた由子は目線を変えないまま、返事をする。

「ん?」


「由子は……。もし、『今日』で『今日』が終わってしまうとしたら、何がしたい?」


 由子はしばらく、景色を見ていた。

 もし、由子が自分には『今日』しか来ないと分かっていたら、何がしたいのだろうか。


「西田」


 由子が顔をこちらに向けないまま言った。

「……『今日』は『今日』なんだ」


 俺は由子の言っている意味が一瞬わからなかった。

「へ?」


「『今日』は『今日』しかない。例え明日が来ても、その日は『今日』になる。私たちには、『今日』しか来ないんだ」


 俺は、西日に照らされる由子の横顔を見つめた。照らされている顔は、眩しくてよく見えない。


 まもなく、俺と由子は頂上に着く。

「だから、例え『今日』が『今日』で終わろうとも、また『今日』が来るんだから、その質問には……答えにくい」

「そ……うか」


 由子の考え方は、確かにその通りだ。明日が来ても、『今日』は『今日』となってしまっているのだから。


 当たり前の事だが、何故か今の俺と似ていると感じる。『今日』が終わっても『今日』が来る。『明日』が来ても来なくても現状が似ているのは、そういうことがあるからかもしれない。


「……西田」

 由子が俺の顔を見る。



「お前に、言わなければならないことがある」

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