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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第四章「そして」
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遊園地1

 校門を少し出た辺りで、由子が声を出す。


「西田? どこへ行くんだ?」


 由子の顔は見られない。無理矢理学校から連れ出して、どんな顔をすればよいのか分からないからだ。『今日』だけの記憶とはいえ、学校を抜け出すのはいかがなものだろう。やりすぎだっただろうか。


「西田、聞いているんだろう?」


 珍しく由子がよく喋る。当たり前だろう、こんなことをされて、いつも通りでいれる奴はそうそういない。


「聞いている」

「じゃあ、答えてくれてもいいだろう。学校をサボらして、お前は一体どこへ行く気なんだ?」


 少し怒っているのだろうか。いつもより言い方がきつい。

 このままずっと機嫌が悪いのは、一緒にいる身からしても嫌だ。正直に言うべきか、いや、内緒にしている方がいいかもしれない。


「西田?」

「……楽しいところ」

「楽しいところ?」


 由子はしばらくなにも言わなかった。その後、後ろから小さなため息が聞こえた。

 聞くことを諦めてくれたのだろうか。


 しかし、このように抜け出すとなると漫画のようだ。姉がまだ上京していない頃、よく部屋に入って少女漫画を読んでいたものだ。もう姉の部屋にはそのようなものはない。


 駅に到着すると、今着いたばかりの電車に乗る。一つ先の駅に向かうから乗るのはほんの数分だけだ。


 学生はもちろんおらず、年配しか目に入らない。俺は由子の腕を引っ張り、ドア近くの席に腰を下ろした。


 電車に乗るのは久しぶりだ。来年には毎日電車で登校することになると思うと、少し心臓が高鳴る。


 外の景色は、どんどんと移り変わっていく。

 電車が止まり、俺と由子は降車する。改札口を通るとき、駅員にじろじろ見られていたが、俺が見るとすぐに目を逸らした。目つきのせいだろうか。それとも、由子と一緒にいるからデートのように見えたのか? 人はやはり、他人であってもそういうことに興味を持つ。


 駅から数分歩いたところに、それはある。


「ここは……遊園地?」


 由子がそう言った。

 そう。俺が向かっていたのは、最近できたという遊園地だ。学校の教室からも見える。


 どうしてここに来たのか俺にはよく分からないが、由子との思い出作りには充分だろう。

 俺は由子の手を力を込めて握った。それは、無意識だった。


「西田、痛い」

 由子にそう言われて、俺は気づいた。

「ああ、ごめん」


 早速、遊園地を楽しむことにする。

 まず最初に、お化け屋敷に入ることにした。入口を入ったところにあり、すぐに目に入る所にある。由子が怖いのが得意なのを知っていた俺は、ここに入ることに決めた。


 しかし俺自身は得意というより、苦手だ。もちろん、由子もその事を知っている。お化け屋敷に入ろうと言ったとき、由子の顔が少し企んでいるかのように笑ったのを覚えている。

悲しい結果にならなければ良いのだが。


 平日の昼過ぎということもあり、来客はあまりいないため、待たずに入ることが出来た。


 小さい頃から何度か由子とお化け屋敷に入っているが、毎回悲惨な目に遭っていることだけは覚えている。お化けだけでなく、由子にまで驚かされるのだ。何度も由子と入りたくないと抗議したが、由子といかないのなら一人で行くことになるため、毎回我慢している。


 由子は絶対に楽しんでいるんだ、俺が驚く姿を見て。


 お化け屋敷の舞台は墓地。定番だが、俺にとっては定番でも何でも関係無い。舞台が何であろうと、怖いものは怖いのだ。


 俺はとりあえずお化けに怯えていると由子に察知されないように、由子の手を離した。手汗をかくことは毎度のことであるため、あらかじめ離しておくのが正解である。だが、これは毎回のようにしていることで、おそらく由子にはお見通しだろう。


 俺は後ろにいる由子に警戒しながら、お化け屋敷の中を進んでいった。青色に光る人魂が何度も俺の目の前を通ったり、墓地の後ろに潜んでいた髪の長い女の人が出てきたり、何かがある度に俺は叫んでいた。そして、いつ由子が俺を驚かしてくるのか、そう思うだけで、少しの油断も出来なかった。


 しかし、俺は由子に一度も驚かされることもなくお化け屋敷を出た。


 俺は不思議に思い、由子の顔を見た。いつもならお化け屋敷から出たあとは由子にとってこれ以上ないくらいの笑顔をしているのだが、今回は違う。いつもの顔だった。


「由子? どうしたんだ?」


 俺は由子にそう言った。由子はしばらくぼーっとした後、俺の方を見た。

「いや、別に」


 それだけいうと、由子は俺の先を歩いていった。俺は由子についていった。由子は何かを探しているかのように首を左右に振っている。


 由子に着いていっているとき、俺のお腹が鳴った。

 そうか、今は昼過ぎか。腹が減るのも無理はない。どこかで由子と何か美味しいものでも食べようか。遊園地にそれほど美味しいものがあるとは考えにくいが。


 もしかして由子もお腹が減っているのだろうか。確かに、俺と由子が抜け出してきたのは昼食前だ。腹が減っているのは当然だ。


 その時、急に由子が止まった。

 ん?

 由子の目の前には大きな建物があった。それは、ジェットコースターだった。


「西田」

 由子はそう言って振り返った。

「これに乗ろう」


 俺は由子の言葉に一瞬固まった。そして、「おう」と言った。顔の筋肉が緩んだ気がした。


 それから、俺と由子は全てのアトラクションに乗る勢いで次々と進んだ。由子がいつもは乗らない絶叫系に乗ったり、小さい頃よく乗っていたコーヒーカップやメリーゴーランドに乗ったり、それはとても楽しかった。久しぶりに由子の笑顔を見たようで、俺は嬉しかった。


 今考えるに、俺の好きは既に中高生が体験する可愛い好きを飛び越え、ずっと一緒にいたい、こいつじゃなきゃ駄目だ、という風な『愛』だと思う。確かに小さい頃からほとんど一緒にいて、それは『家族』に近い存在なのだろう。俺にとっては由子は家族くらいに大切存在であるかもしれない。


 まだ中学生なのに、こんなことを言っても、信じてもらえないのがオチだろうが、どうせ由子との『明日』が来ることはないのだから、そう思いたいのだ。


 すっかり日も傾き始め、西日がとても明るく山の頂上で輝いている。俺は半日遊び回ってへろへろだ。


「由子、最後にどれ乗る?」


 残念ながら全てに乗ることは出来なかったが、五分の四は乗った。残りを乗ろうとすると、帰りの時に暗くなっているため、次で最後にする。


「……あれ」


 由子は指で差しながら言った。

 それは、観覧車だった。


「……分かった」

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