抜け出し
瞼を閉じたまま目を覚ましたとき、妙に温かかったのを覚えている。
目を開けると、まず白い天井が目に入った。どこかで見覚えのある天井。俺の部屋の天井ではないことはわかる。
そうだ、保健室の天井だ。
そうだと分かった瞬間、俺は勢い良く起き上がった。ベッドの上で、布団が首もとまでかかっていた。耳をすますが、誰かがいる様子はない。先生は職員室だろうか、もしくは出張。もし出張となると俺あの日、『今日』に戻ったということになる。それも、五回目の。
俺は不思議な体験を思い出す。一ヶ月前も一年前に戻ったということ。なぜ俺は急に進むのではなく戻ったのだろうか。やはり、俺には明日は来ないのだろうか。もしあれが何かが起こる前兆であれば、あと少しで『今日』が繰り返されるのが終わる、ということになる。だが、それが前兆とは限らない。
そうだ、俺はそれで、大切なことに気づいたんだ。
俺は……由子が好きだ。
おそらくこの好きは、滝沢が俺を好きだということと同じだ。
俺は、由子に恋愛感情を抱いている、間違いなく。
もし、『今日』が終わり『明日』が来れば、この想いは、俺の想いは、一生由子に届かずじまいだ。
そんなのは、嫌だ。
俺は頭を音をたてて掻いた。
ベッドからおり、カーテンを開けて外に出る。やはり、保健室には俺以外誰もいなかった。椅子には『あの時』と同じようにブレザーがかかっている。
俺はブレザーを手に取り、素早く羽織った。
時計を見ると同時に、チャイムが鳴った。四時間目終了のチャイムだ。
もう少ししたら滝澤がやってくるだろう、『あの時』と同じなのなら。
俺はブレザーのボタンが全てかけ終わると、保健室を出る。やはり、教室に戻るべきだろうか。
俺は教室へと戻る。
「西田くん?」
後ろから声がした。聞き覚えのある声。
振り返ると、そこには滝沢がいた。滝沢は教室とは反対の方から姿を現した。
「滝沢? なんでそっちから?」
「準備室に行ってて。その……西田くん、大丈夫かなっと思って。監督の子が言ってたから」
「そうか」
「その……具合はどう?」
「もう、大丈夫だ」
「そっか、良かった」
俺と滝沢は教室へと共に足を進めた。
もしかすると、あのまま保健室で寝ていたら滝沢は俺に告白していたのだろうか。となると、今告白してこない可能性はなくはない。
その時、滝沢が俺のブレザーの裾を掴んだ。
俺はゆっくりと振り返る。
「……ん?」
もしかして……告白、か?
そうだ、俺も由子に告白しなければならない。後悔する前に思いを伝えなければいけないんだ。例え、また『今日』が来ようとも、何度だって好きと言ってやる。
その時、三回目の『今日』の昼休みの事を思い出す。窓の向こうには遊園地が見えた。
俺は咄嗟に滝沢の手を振り払った。
「に、西田くん?」
「滝沢っ、ごめん」
それだけいうと、俺は教室へと走った。
教室に入り、由子を探す。由子は机に座って弁当を食べる前に本を読んでいた。
「由子」
「西田、もう大丈夫なのか? 保健室に行ったって……」
喋っている途中の由子の腕を掴み、右手で俺と由子の鞄を持って、俺は教室を出た。
「西田? どうしたんだ?」
由子の言葉も無視する。
「おい西田、帰るのか?」
すれ違った先生の声を無視する。
俺は由子に靴をはきかえるように指示し、また腕を掴んで校門を出た。
「おい西田! どこに行くんだ?」
――俺の決断は間違っていなかった、それはあとから分かったことだ。