告白
何とか二時間目は寝て過ごしたものの、三四時間目も越せる自信はない。
喉は常に何が引っ掛かっているような感覚で、出ないようにしても咳が出てしまう。
この時間は総合で、俺の台詞があるのははじめの方だけだ。それが終わったら保健室に行くことにする。
マスクをしているため、台詞がこもる。マスクは外した方が良いかとも思ったが、マスクをしている方が喉が潤っている感覚になり、咳があまり出なくなるので、マスクをしておいた方がよいと結論が出た。
俺の出番は終わり、監督の生徒に話しかけた。
「ん?」
「保健室に行ってくる」
「おっけー」
監督の生徒は左手を上げながら返事をする。
教室を出て、保健室に向かう。その時、前方に由子と滝沢が歩いてくるのが見えた。そうか、確か採寸をしに行くんだな。向かっているのは教室か。
由子を見るが、目は合わなかった。代わりに隣にいる滝沢と目が合った。だが、特に話すことはなく、そのまま通りすぎた。
保健室に行き先生に事情を話し、体温計を渡された。ブレザーを脱ぎ、白シャツをズボンから出し、下から体温計を入れ脇に挟んだ。あまり時間がかからずに体温を測ることができた。見てみると、三十七度八分だった。微熱だが、熱があると言ってもいい。
「どうする? しんどいなら帰ってもいいけど、ベッドで寝ててもいいよ」
『今日』は確か家に帰っても誰もいない。父は仕事で、母は実家に行っており帰ってくるのは夜だ。一人で寝ているのも寂しいので、保健室のベッドで寝ていることにした。
「先生これから出張でいないけど、何かあったら職員室に行って誰か呼んだらいいから」
「はい」
「じゃあ、お大事にね」
そう言うと、先生は保健室を出ていった。
俺はすぐに布団に潜り込み、瞼を下ろした。
俺が目を覚ましたのは、四時間目の終わり頃だった。終了のチャイムで目が覚めた。マスクをはずすのを忘れて寝てしまっていたため、口の周りが蒸れている。
一時間ちょっと寝ただけで体調が良くなるわけでもなく、体は重たいままだ。
昼食だが、それほどお腹は減っていないため、もう一眠りしようと思い、また布団に潜り込んだ。
その時、誰かが入ってきた。俺はゆっくりと体を起こし、声をあげる。
「誰だ?」
由子かと思ったが、声を聞いて誰か分かった。
「西田くん? 大丈夫?」
滝沢だった。
滝沢はカーテンを開け、顔を覗かせる。
「どうした?」
「いや……しんどそうだったから。監督の子に聞いたら、保健室に行ったって聞いたから」
滝沢は音をたてないようにゆっくりとカーテンの中に入ってきた。
「そうか」
「うん。……その、具合は大丈夫?」
そう言いながら、端に寄せてあった椅子を引きずり、俺の目線に合う位置で座った。
「大丈夫とは言えない。微熱くらいだったから、そんなそんなじゃない」
「そっか。……良かった」
静かになり、俺は気まずくなる。滝沢はいつまでここにいる気なのだろうか。ついさっき来たのだからそう思うのは失礼かもしれないが、二人きりで静かになるのは厳しい。
「……あ、あのさ」
滝沢が口を開いた。
「西田くんてさ、入学式の時から近づかないでオーラ出してたよね?」
何なんだ、その近づかないでオーラとは。そんなものを出していた記憶はない。
「いや、そんなことはないけど」
「え、そう? めっちゃ出てたけど……」
もしかして、俺の目つきのせいだろうか。そんな気はないのに、睨んでいると言われたことは多々あった。
「目つきのせいかな。前からよく言われるし」
「あ、そうなんだ。じゃあ、無意識で……って感じ?」
「まあ、そうだな」
滝沢はため息をついた。
「そうなんだー。てっきり人が苦手なのかなって思ったよ。関わらないように睨んで人が近づかないようにしてるのかなーって。それを聞いて、何だか安心したよ」
俺の目つきはそんな風に思われていたのか。
「やっぱり、悪い人じゃなかったんだね」
「……やっぱり?」
「うん。怖くてあまり近づけなかったけど、二年生の時だったかな。ちょうど今の時期。私が大きな荷物持ってたら西田くんが代わりに持っていってくれたの。覚えてる?」
確かにあった。その時は俺と滝沢は同じ小道具係で、いらないものを準備室にしまいに行こうとしている滝沢の荷物を俺が代わって持っていたんだ。
「それから、西田くんは本当は良い人なんじゃないかなって思ってたんだ。当たってたね」
そんな小さな事で良い人だと言ってもらえると、なんだか恥ずかしくなる。
「……それで、そこから何だか、西田くんの事が気になりはじめて……」
「え?」
滝沢は急に下を向いた。
「滝沢? どうした?」
顔を覗き込もうとすると、滝沢は顔をあげた。頬は紅潮していた。熱でもあるのかと思ったが、違った。
「西田くん。私、西田くんの事が好きです」