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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第二章「四回目の『今日』」
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普通の日常と、小さな悪戯

 三・四時間目は総合。もちろん近づいている文化祭の準備である。この時間は全学年一緒のため、今はどの学年も文化祭の準備を行っている。この時間帯は騒がしい。


 それぞれの係は指定された場所へ行き、自分達の役割をこなす。

 俺は役者だが、そんなに出番はない。主人公の親友役で終盤には出番はない。『今日』は二年生が体育館を使用するため、俺らの学年は教室での練習となる。教室での練習は物足りない。狭いし、正確な立ち位置が分からない。それに、教室では声が響いていても、体育館では響かない。どれくらいの声量が良いのか分からなくなる。


「じゃあ、昨日の続きからね」


 監督の生徒が声をかけると、役を持つ生徒がのそのそと監督の周りに集まってくる。


「何ページからだっけ?」

「八ページから」


 その声を聞き、俺は台本の八ページ目を開いた。あと数ページで俺の出番は終わるところだ。


「じゃあ、四行目の台詞のところからね」


 俺は自分の大体の立ち位置につく。本番までもう一ヶ月もないというのに、まだ半分の人たちは台本を持って練習に臨んでいる。ただ文を読んでいるだけだ。動きもはっきりしておらず、本番までに完成する気配はない。俺はというと、大体の台詞は覚えている。まだ少し不安なところもあるが、覚えられないことはない。


 台詞が進められていくなか、教室に誰かが入ってきた。

「亮太ー。衣装の採寸し直したいから来てー」


 滝沢だった。

「おう」

 亮太と呼ばれた男子はそそくさと滝沢の元へ向かうへと行った。巻き尺を持っている滝沢の横には、ノートにメモを取る由子がいた。由子も滝沢と同じ衣装係だ。滝沢が言った数字をノートに写していく。由子の表情はいつもと変わらない。


 さっきの時間の話を思い出す。

 由子は朝、滝沢とどんな話をしていたのだろうか。

 もしかして、今日の由子の不可解な行動と関係しているのだろうか。


 何か、可笑しい。

 由子のことだけでなく、この『今日』という日自体が。少しのことが変わっただけで、これほど『今日』は変わってしまうものなのだろうか。もしかして、人の脳だけが時間の流れを感じている? そうだったら、俺はどうなんだ?


「おい、西田」

「う、え、ん?」

「次、お前の台詞」


 しまった。考え事に集中して全く練習を見ていなかった。

 俺は練習に集中し、後から考えることにした。


 俺の出番は終了し、あとの時間は暇となる。ただ考え事をして、練習風景を見ているのも時間が無駄になると思い、俺は美術室に向かった。


 美術室には二人しかいなかった。

「あ、西田じゃん」

 中西が俺にいう。

「台詞あわせは?」

 隣で作業していた古和田も俺を見る。


「もう俺の出番ない」

「あー、あのシーンあたりね。確か、この背景のときだよね」

 古和田が指したのは、町並みの絵が描かれている絵だった。

「うん」


 その絵は上手い。それだけではない。他の絵、全部が上手だ。ベタ塗りだけでなく、影も入っていて、立体感がある。

「絵、上手いな」


 そう言うと、古和田がいきなり大きな声で「でしょ!」と言った。


「これね、ほとんど中西くんが描いたんだ! 中西くんって、めちゃくちゃ絵が上手くてね! 絵だって結構賞とかとってるし……って、あ、ごめんごめん、ついつい……」


 そう言いながら、古和田は頭を掻いた。

 中西か。運動はできそうには見えないが、芸術は出来るのか。勉強ができるイメージだったから、色々な面が見れて楽しい。

そういえば太田の姿が見当たらない。どこかへ行ったのだろうか。


「太田は?」

「ああ、太田なら目に絵の具が入ったから保健室に行ったよ」

 古和田が質問に答えた。


「なんでまたそんなことに」

「太田と古和田が言い合いをしたんだ」

「ちょ、言うなって」

「いいじゃないか。いつものことなんだから」


 確かに。太田と古和田が言い合っているところは何度か見たことがある。

 俺は思わず笑ってしまった。


「あ、西田くん、笑ったね」

「え」

「もー!」


 古和田は頬を膨らませる。

 俺は、幸せだと感じ、また笑った。

 少し手伝ったあと、俺は教室に戻ることにした。


 あの監督、突然シーンを変えて練習をさせるから、長時間その場を離れることはできない。


 その途中。結構大きなダンボールを持った滝沢に会った。衣装が少し出ていたため、家庭科室に行くことはすぐに分かった。


「滝沢」

「え? あ、西田、くん?」

「ダンボール持つよ。家庭科室だろ?」


 俺は滝沢の返事を聞かないうちにダンボールを取り上げた。

「あ、ありがと……」

「ああ。全然大丈夫だ」


 俺は一階に降りるついでに保健室に行って太田の様子を見にいこうと思った。

「西田くん、ゆっくり降りないと落ちるかもしれないよ?」

「だいじょ――」


 その時、爪先が階段の縁の凹凸に引っ掛かり、俺の体重は前へと移動した。


 宙に浮く感覚が一瞬だけした。

 そのあと、すぐに俺は重力に引っ張られ、落ちた。階段の上を転げ、踊り場で止まった。


「西田くん!」


 滝沢の声がした。起き上がる気力がない。意識が朦朧とする。

 滝沢が俺に駆け寄り、肩を叩く。


 俺を呼ぶ声は、だんだんと小さくなっていった。

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