表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第一章「三回目の『今日』」
1/30

自殺女

 俺は、階段をかけ上がる。何も迷うことなく、ただ間に合えと願って。『今回』は少し遅れてしまった。授業中に寝たせいで、担任に呼び出されていた。わざわざ昼休みにすること無いのに。


 はやくしないと、由子が……。

 階段を一段飛ばしでかけ上がりきり、その勢いのままドアを開ける。太陽の光が眩しくて、目が眩む。うっすらと開けた目に入ってきたのは、青い空と灰色のコンクリート、そして一人の女子生徒。


 間に合った!

 俺は安堵しながら、声をあげた。


「由子!」


 自分の呼吸がうるさい。空を見ていた由子は、ゆっくりと顔をこちらに向けた。いつもと同じ、何も考えていない顔だ。


「西田か……。何だ?」


 由子の手は手すりに乗っている。ギリギリだったというわけだ。俺は、由子の返事に苛立ちを覚えた。


「何だじゃねえだろ。そんなところにいないで、教室に戻るぞ」


 俺は由子に近づき、腕をつかんだ。何の抵抗もしない。ただ、腕を掴んだ俺の手をじっと、不思議そうに見るだけである。

 由子の腕を掴みながら階段を降りていく。由子の腕は細い。力を入れれば、すぐに折れてしまいそうだ。


 廊下に出ると、その場にいた生徒はこちらに目を向けた。そして、近くにいる生徒と陰口を言い始める。


「あれ……自殺女だよな」

「屋上から来たし……」

「いつも一緒にいるのって、西田一郎だよな……」


 『自殺女』という言葉が耳には入る。その瞬間、心が痛む。俺のことじゃねえ、由子がそう呼ばれてるから、痛むんだ。

大体、本人に聞こえてたら意味ねえじゃねえか。そんなんは陰口とは言わねえ、ただの悪口だ。

 自殺女と言った一年生に、俺は言った。


「おい。本人がいる前でわざわざ言うことか? それは。大体、それを言って失礼になるとか思わねえわけ?」


 そう言うと一年生は、面倒だなあと言う顔をしながら言い返してきた。


「なんですか。本当の事を言ってるだけじゃないですか? 何度も自殺しようもしてるんですよね? だったら、自殺女でしょ。ほかに何かありますか?」

「名前の事じゃねえよ。本人の前で言うなって言ってんだよ」

「言いたいことを言う、普通の事じゃないんですか?」

「お前、理解力ねえな。まだ脳みそ小学生なんじゃねえの? 中学生になったと思って、浮かれてんじゃねえよ」


 言い合いになっているとき、誰かが俺の制服を引っ張った。俺は、何だよと言いながら振り返る。制服を引っ張っていたのは、由子だった。


「何だ?」

「……私、自殺しようとしてないんだが」


 ……っ!

 またかよ……。


 心臓が速くなるのを感じた。


 俺は今、三回目の『今日』を過ごしている。

 一体、いつになったら俺に明日がくるのだろうか。

 由子が、私、自殺しようとしてないんだがと言わない日が来るのだろうか……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ