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町中を歩き進める。

理性を月に置いてきたとばかりに、尖った歯を剥きだしながら四つん這いで迫ってくる獣人間。

俺はそれを大斧を振るい、苦も無く吹き飛ばす。吹っ飛ばされた獣人間はピクリとも動かなくなった。


敵キャラであるはずの鉄球頭の大男になってしまった俺。強靭な肉体は生半可な攻撃では傷がつかないことは、偶に攻撃を受けてしまうことで判明した。

そして死刑を執行せんとばかりの大斧を振り回せる怪力。その辺の獣人間なぞ敵ではないし、明らかにボスくさいマッチョな獣人間の四肢も切り落とすことが出来た。


発売前から明らかになっていた鉄球頭だが、オマージュ元である先駆者のゲームの数々を考えればボスだろう。ネットではそう噂されていた。

自分でアバターのみならず、データまで鉄球頭になってしまって理解した。間違いなく鉄球頭はボスキャラの強さを誇っている。

この異常事態の中で鉄球頭になってしまったのは不幸中の幸いだったのだろうか――いや俺の姿が鉄球頭になったのも異常事態の内だけど――。

服装以外、現実の姿のままであった他のプレイヤーは尽くやられてしまっているようで、フリーチャット欄は沈黙してしまった。

そんな中、自分も鉄球頭ではなく現実の姿のプレイヤーだったらどうなっただろうか。

答えは明白だ、今の強靭な肉体とは正反対の俺は即ゲームオーバーだっただろう。


そう、ゲームオーバーについても疑問がある。

このバグともいうべき異常事態の中、倒れてしまったらどうなるのだろうか?

タイトル画面に戻れるのか?強制的に意識が覚醒して現実に戻れるのだろうか?


それとも――。

館の庭に積み重なった死体を思い出す。

本来なら演算処理の都合上、プレイヤーの死体は消えるはずだ。

敵のモノだったら残るゲームもある、ところがこの〈パンドラガーデン〉ではプレイヤーの死体が残ったままではないか。

死体はどれも苦悶の表情を浮かべていた。

これを表現できるようプログラムを組んだなら〈サイキックドリーム〉は悪趣味とはいえ、リアルを追及したとして評価されるだろう。


でもそうは思えなかった。

特殊部隊のコスプレをさせられたゲームオタクたちが無理やり戦わされ、死んでいった。

彼らが心の底より恐怖し、浮かべた表情にしか見えなかった。



脳裏にこびついた死体の顔を掻き消すかのように、近寄ってきた獣人間を乱暴に屠っていく。

似ても似つかない凶悪な面構えのまま死んだ奴等がプレイヤーの死体と重なる。

余計に嫌な光景が鮮明になっていき、冷静になれない自分に反吐が出る。




獣人間を倒し続けながら進んだ先、小さな人影を見つけた。


ふんわりとした茶色のロングヘアー。

天使のような笑顔。

フリフリの子供服。


NPCノンプレイヤーキャラクターのリリーだ。

確か彼女は物語の鍵を握っているはずだ。


彼女はこちらを見た後、目の前にある僅かに開いた教会の扉の中へと入っていった。


ここに来れば物語が進むよ、と言わんばかりに。


俺は来る者を拒むような、重々しさを感じる両扉を開き教会へと入っていく。




さて教会内には待ち受ける者たちがいた。

敬虔な信徒などではない。

見飽きた獣人間だった。


教会内を埋め尽くすようにいる奴等は教壇を守るかのように、俺を通さんと牙を剥く。

そんな奴らから注意を完全には逸らさずに、教壇を見やる。



手前に設置された大きな十字架に女が張りつけにされていた。


艶やかな金のショートカット。

ハリウッド女優のように美しい顔。

純真そうに染みのないワイシャツの上から分かる、男を惑わす母性の象徴。

青いジーンズはすらりとした下半身のラインをくっきりと露わにする。



間違いない、彼女は発売前に紹介されていたNPCのアリシアだ。

目は閉じられ、俺や獣人間に一切反応していない。

だが豊かな胸が僅かに上下しているから生きているはずだ。



「ヒロイン救出イベントって感じか」


そう呟きながら一歩前に出る。



侵してはならない地に踏み込んだと言わんばかりに周りの獣人間が一斉に襲い掛かってきた。


上から右から左から。

奴等を薙ぎ払いながら進めば回り込んだ奴が後ろから飛び掛かってくるが、見もせず身体を回転させて斧で吹っ飛ばす。

獣人間は天井を突き破っていき、心の中でホームラン!と下らない感想を叫ぶ。

そういや鉄球頭で目が無いのに、俺はどうやって視界を得ているんだろうな。


普通のプレイヤーだったら間違いなく苦戦するレベルの量を、まるでジャンルの違うゲームのように減らしていく。というかこんなに多いと批判されそうだなあ、敵が多ければマゾゲーマーが悦ぶと思ったのだろうか。


目に見える獣人間を狩り尽くし、教会内をくまなく探索する。

座席の下だったり、便所だったり、隠れてる奴をぶっ飛ばす。

俺は気にしないほど豪胆な人間ではない。敵がいたらスルーせず殲滅する派だ、後から出てきて攻撃されるのが嫌なんだ。



獣人間のお掃除が終わったところで変化が起きた。

そう、十字架に貼り付けにされたアリシアが目覚めたのだ。



「……うーん」


気怠そうに彼女は身動きし、焦点の合ってない目をこちらへ向ける。

ぼんやりと俺を見続けた彼女であったが、完全に覚醒すると取り乱し始めた。



「ば、化け物ッ」



うん、そりゃ鉄球頭見りゃそう反応するわなあ。

とりあえず俺が完全に鉄球頭の存在に成り代わってしまったのが確定した。

一応プレイヤーなのだが、この反応を見るとどう考えても敵です。ありがとうございます。


「お前が私をこんな目にしたのか!?」

「いや違うよ?」

「!?!?喋った!?」


話しかけといてそんなに驚かないで欲しい。

さて、もう一つ確かめなければいけないことがある。


俺はゆっくりと彼女に近づいていく。


「来るなッ!!」


十字架と自分を縛る縄をほどこうともがくアリシア。

彼女の静止の言葉に耳を傾けず歩むスピードは落とさない。

彼女の前に来ると、アリシアは息を呑んだ。俺は彼女に手を伸ばし――



たわわな胸を揉んだ。


「え」


殺されるのだろうと思ったアリシアから間の抜けた声が漏れる。


VRゲームに許されぬことがあった。

エッチな行為だ。

少子化が進む世の中で、もしゲームの中でエロいことが出来てしまえば現実で恋愛、またはストレートに言うと生殖行動が妨げられると考えた人々により、VRエロゲーは開発されていない。

正直、そんなこと禁止しなくても現実の女に興味ないやつはないだろうと思うのだが、ひとまずそれは置いといて。

そんな事情もあれば、そもそも開発側からしたらそういうゲームじゃねえから!ってことでNPCや他のプレイヤーにエッチなことをしようとすると障壁が発生する。


人呼んで18禁障壁エイティーン・フィールド

社会現象をもたらしたアニメを元ネタに生み出された、VRゲーマーの間で交わされる用語だ。

中には俺のロンギヌスで破ってやる!とかメチャクチャアホなことを言ってる奴もいた。



〈パンドラゲーム〉においてエロ行為は制限されていないようだ。

これまた異常事態なのか、仕様なのか分からないが。どちらにせよ〈サイキックドリーム〉は潰れるだろうな。



「ケダモノがあっ!!」

「おっと」


アリシアが思いっきり頭突きしてきたので手を離す。強靭な肉体なため痛くも痒くもない、むしろ彼女がダメージを受けたようだった。

いやそれにしても素晴らしい感触だったな、と手をニギニギして見つめていると殺意の籠った視線が飛んできた。



そこでふと気づく。

エロ行為が規制されているのに、エロいことした場合の反応がプログラムされているだろうか?




「お前はアリシアだよな?」

「殺せば関係ないはずなのに名前まで知ってるのね化け物。私を玩具にでもするつもりかしら」


この教会でのイベントで、化け物に話しかけられた場合の返事を用意されているのだろうか。


考えられることは二つ。

一つはプレイヤーの誰かが鉄球頭になってしまうようプログラムされた。それなら俺の今の状態や彼女の反応も分かってくる。

グロテスクな表現もエロも規制されていない、全てが制作会社〈サイキックドリーム〉の仕業。


そう考えたいのだがここまで来るのに体験した数々の光景を考えると、もう一つの可能性の方が高いと思ってしまう。

彼女もまた異常事態により、まるで――生きてる人間のように振る舞えるようになった。


馬鹿らしい。

そんなの物語の中だけの出来事だ、そう笑ってやりたかった。



ともかく前に進まなければならない。

仕様にしろ、バグにしろ、ゲームを進める。

方針は決まった。


俺はまずアリシアの拘束を外すことにした。

彼女は大層驚いていたが、何であれ十字架から引き離してもらえればいいと思ったのだろう。

拘束を解いた途端、襲い掛かってくるかと思ったが違った。

自らの上半身を守るかのように抱き、座り込んでしまった。

……どうやらやりすぎたらしい、もしバグで彼女が命を得たなら生きてる女性と変わりない。

俺のしたことは屈辱の他ないだろう。



「なあ、さっきは悪かったよ……って、うぉ!?」


近づいた瞬間、彼女が急に立ち上がって俺の太い腕を後ろに回させ、カチャリと金属音がする。

手錠をされた。



「逮捕してやったわ!痴漢め!」


そういえば彼女は女刑事だったよなあ、そりゃ手錠くらい持ってるか。

どうやら俺を捕まえたことが誇らしいようでガッツポーズしてる、可愛いな。

しかし甘い、銃で撃たなかったのもあるがこんな手錠如きで鉄球頭を束縛できるとでも?



俺は腕に渾身の力を込めて手錠を破壊した。

アリシアの口があんぐりと開く、綺麗な顔してるのにちょっと台無しだ。


「さてどう話したもんやら」


そんな彼女からどう情報を聞き出すか悩む俺であった。




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