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魔術師のいる診療所  作者: くけここま
1 メイナード診療所
4/5

第4部 成長と魔術

「帰ったぞー、って僕の方が先だったか」

 朱に染まった部屋はがらんどうで、木張りの床にメイナードの靴音がむなしく響いた。大方ノエルはもらった金貨で何を買おうかと市場を物色しているのだろう。普段買わないような物は一通り巡って相場を探らないと高い買い物をさせられることが多い。

 特に心配することもなく、どっかとソファーに腰を下ろす。だらしなく肘掛けを枕に、体を横たえると『魂の存在証明』に爪を引っかけた。しおり代わりに挟んでおいた包帯止めを取り去り、夕陽に焼けるページを繰ってゆく。

 やがて燭台しょくだいに明かりを灯すぐらいに夜が忍び寄り、いよいよ異変に気づき始めた頃合いで玄関の扉が力一杯叩かれた。

「先生! いるっ?」

「な、なんだなんだ?」

 飛び起きて足早に扉を開けてやる。ここまで走ってきたのか、玄関先にはエリスが息を切らせて膝に手をついていた。

「どうした、何かあったか?」

 ただならぬ気配に胸の内がざわつき、一瞬娘の顔が頭をよぎる。まさか……。

「大丈夫、そんな心配しなくてもノエルは無事よ?」

「そ、そうか……?」

 途端に胸のつかえが取れたように気分が軽くなるのを感じた。そしてずっと年下の子供に見抜かれたことが無性に恥ずかしくなった。

「そんなにわかりやすかったか?」

「顔に書いてあるぐらいには」

 どうやら自分には腹芸はらげいは向かないらしい。もっとも医者には必要ないスキルだろうが。

「っと、そんなことより急患よ。急いで支度してっ。ノエルもそこにいるから」

「あ、ああわかった。……患者の容体は?」

 回診用のトランクケースを開けながら尋ねると、予想外の答えが返ってくる。

「わかんない」

「お、おいおい……」

「だって確認する前に全速力で走ってきたんだもの。しょーがないじゃない」

「しょーがないって、容体を知らないでどうやって処置しろって言うんだ」

「知らないわ。けど何とかして」

(おーう……)

 無茶苦茶な要求に言葉を失う。これでは本当に急患かどうかも判然としないではないか。しかしだからと言って突っぱねるわけにもいかないのが医者の辛いところだ。

 仕方なくメイナードは棚の薬をトランクケースに突っ込んでいくことにした。あまり時間をかけるわけにもいかず、極力使用頻度ひんどの高い薬と手術器具を詰め込むと乱暴な手つきで閉める。

「準備できた?」

「ああ、……いや、あと一つ」

 腕を引こうとするエリスを振り払い、隅に鎮座ちんざしている机に向かう。あまり使いたくはないが、万が一には役立つだろう。

 白衣のポケットから一本の古びた鍵を取り出した。


   ◆◆◆


 メイナードが患者と対面したのはそれから十分後だった。幸い、騒ぎのあった近くの露店はまだ人がいて、移動させた患者のことをすぐに教えてくれた。

 スラム入り口付近の民家を間借りして女性を診ていたノエルが、メイナードの姿にわずかに目元を緩ませる。

「容体は?」

「脈拍・呼吸共に微弱、意識不明。外傷・骨折なし。右下腹部がかなり内出血してるからたぶん内臓に異常があるんだと思う」

「……了解」

 メイナードはトランクケースから引っ張り出した敷布しきふを患者の下に敷いた。円をベースとした模様が描かれ、端には文字もつづられている。血痕とおぼしきシミが点々と残っている様は、どこか黒魔術的で不吉にも見えるだろう。

(まずは透視だな)

 ノエルと違っておしゃべりなエリスも場の空気を感じ取ってか、先ほどから借りてきた猫もとい彼女の場合は犬だろうか、やけに大人しい。静かに呼吸を整えて意識を集中する。

「生起せよ/」

 起動節に反応して魔術陣からゆっくりと燐光りんこうが立ち昇ってゆく。そして淡い緋に輝く魔素の群れは、まるでそれぞれが意識を持った生き物のように緩やかに旋回を開始する。その幻想的な光景に外野が感嘆のため息をもらした。

「おぉー、火の粉が舞ってるみたい……」

 なるほど、たしかにそう見えないこともない。もっとも動かしているのはメイナードであり、彼のイメージなのだが。

「――明滅/返照/内なる姿/色取れ/彩れ/帳となせ」

 最終節を唱え終わると、緋の粉は弧を描きながらメイナードの眼前で一つに集い、明滅する半透明の薄膜を形成した。彼はそれで女性を透かし見る。

「っ、……まずいな」

 異常はすぐに見つかった。子宮の左右にある卵管と呼ばれる器官、その右側が成長した胎児によって破裂しているのだ。

 役割を終えたとばかりにすぐさま虚空に霧散してゆく薄膜。それを惜しむことなどなく、彼は舌打ちする。

「子宮外妊娠から卵管破裂を引き起こしてる。出血を止めないとすぐ死ぬぞ。ノエル麻酔をっ」

「今準備中、もう少し待って」

 トランクケースを漁って注射器を取り出したノエルが応える。

「それが終わったら器具を並べてくれ。……エリスッ」

「わっ、な、なに!?」

 まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、人狼の娘は素っ頓狂とんきょうな声をあげて飛び上がる。けれど今の彼には些末さまつなことにまで気を回している余裕はなかった。近くにあった大きな布を目をしばたいている彼女に突き出す。メイナードは知るよしもないが、ノエルの頼みに応じて男たちが持ってきてくれた毛布である。

「血が飛び散るだろうからこれをベッドの周りに。それから家の人にお湯を沸かすように頼んでくれ」

「わ、わかった」

 途端に慌ただしくなる室内で、メイナードは難しい表情で腕を組む。先に診た患部の出血量と手術にかかるおおよその時間。その二つが彼の眉間に皺を寄せていた。

「……準備できた」

「こっちも終わったわっ」

 二人の合図に短く呼気を吐き出す。

 状況・容体の如何いかんに関わらず最善を尽くす。それが医者の信念だ。

「よし始めよう」

 頷くノエルの隣に立ち、メイナードはメスを握る指に力を込めた。




 一言で言えば、手術とは患者の体力とのマッチレースである。時間と共に目減りしてゆく体力が尽きる前に手術を終えなければならない。だが時と場合によりこの減ってゆくスピードは異なり、とくに出血中は消耗が激しい。つまり何よりもまず血を止めなければならないのだ。

 手術を開始して四十分、場の緊張はピークに達していた。

 鬼気迫る勢いで、けれど重要な器官を傷つけないよう細心の注意を払うというのは実に難しい。目の前が血の海で、なおかつ千切れた血管を順に結紮けっさつしていくという細かい作業が続けば尚更である。

 原因となっていた未熟児は既に取り出されているが、止血に難航していた。止めどなく湧き出てくる泉のような血だまりに終わりが見えない。それに比べて母体の体力は……。

 適宜てきぎ器具を渡しながら、もう一方の手でずっと脈を測っているノエルがぽつりと呟く。

「脈拍が低下してきてる」

「クソッ……」

 苛立ちまぎれについた悪態はまったくの無意味だった。

 自分の力不足に震える指先。止めどなく流れてゆく命の無慈悲さ。むせ返るほど辺りに充満した血の匂い。脇に置いた懐中時計の急かす音。……いっそ衝動のままに放り出したくなる。

 だが、メイナードはそうしなかった。諦められないいくつかの理由が彼にはあった。

 たとえばそう、この助手のもう見切りをつけたような表情だ。自分がこんなにも悪戦苦闘しているというのに、隣で諦観まじりの冷めた表情をされれば腹も立つ。なんとかこの窮地きゅうちを乗り切って、それ見たことかと威張り散らしてやりたくなる。

 三十路過ぎにもなって少々幼稚に過ぎる理由だと、自分でも思う。だがこの際しがみ付ける理由でさえあればどんなものでも良かった。諦めないことこそが何よりも肝要だった。

 二三深呼吸を繰り返して、冷静になった頭で思考する。

(どうする? 止血を中断して心肺蘇生に徹するか、回復すると信じて止血を続けるか、あるいは……)

 逡巡しゅんじゅんは瞬きの間に。今この時だけで言うならば、時間は金どころか命までも奪っていく。

「ノエル、手を貸してくれ」

「うん?」

 諦観に染まっていた顔に疑問符が浮かぶ。それもそうだ。助手として最大限手を貸しているのだから。……でもそうじゃない。メイナードの求めるところは助手の範疇はんちゅうから外れた部分にある。……すなわち、

「これまでさんざん隣で見てきたんだ。止血だけならなんとかできるだろう?」

「え……? ちょ、ちょっと待って。……私が、やるんですか? だって、私一度も……」

「わかってる。だから強制はしないし、やらないならそれでもいい。けど、たぶんこれが一番確率が高い」

「私が…………?」

「時間がない。五秒で決めてくれ」

「っ…………!」

(……酷な言い方だな)

 唇を噛んで応えあぐねる娘にそう思わずにはいられない。

 医者が来るまでの時間稼ぎとは根本的に違う。いわば人命に直に触れる行為。それも執刀未経験な上に、眼前には死に体の患者だ。彼女が尻込みするのも無理はない。だが刻一刻と失われていく未来を理想に近づけるために、自分の力不足を補うために、今は彼女の決断が必要なのだ。

「「……………………」」

 まるで黙祷のような、息苦しい沈黙が流れる。

 心中で五つ数え終わり、誰にも気づかれないほどそっとため息をついた。落胆していないと言えば嘘だった。


「……わかっ」「そんなんだから半人前なのよっ!!」

「ッ!!」


 突然の怒号に危うく手術器具を取り落としそうになる。術野から顔を上げるとノエルの背後、これまで邪魔しないよう部屋の隅で見守っているだけだったエリスが鋭い視線で頼りない助手を睨みつけていた。

「アンタねぇ、折角もらったチャンスをみすみす捨てるつもりっ!? そんなんでよくもまあアタシに偉そうな態度してきたもんよっ。……ハッ! これで落ち度がない? 聞いて呆れるわっ! 大した覚悟もないヘタレの分際で、こんなのが……、ほんと笑っちゃう……。これじゃバカみたいじゃない……」

 徐々に尻すぼみになっていく叱責しっせきはやがて自嘲じちょうに変わっていった。肩を落としうな垂れた彼女の足元にぽつぽつと水滴が落ちる。それはきっと彼女がかけていた期待だ。体の内から流れ出た水滴はいつしか乾いて消えてしまう。そうした不可逆な未来がメイナードにも残念でならなかった。

 けれど、すぐ間近で聞こえた声にはっとする。

「……冗談じゃないです」

 静かな声色には憤りが、それも子供っぽい対抗心に突き動かされた抵抗だった。しかし発奮はっぷんするだけの意地がまだ彼女には残っていた。

「おつかい程度にしか用途のない貴方に馬鹿にされたくありません」

「このっ……言ってくれるじゃない。ならさっさとやってみせなさい。もたもたしてる内に間に合わなくなっても知らないわよ?」

「言われるまでもっ」

 売り言葉に買い言葉。されどそこには先ほどまでの諦観は微塵みじんもなく、覚悟を秘めた一人の女の顔があった。

「すみません、やらせてください」

「……やり方はわかるな?」

 無言で頷くノエルに場所をゆずりながらメイナードは内心で驚いていた。

 彼女らが犬猿の仲であることは知っていた。だがそれはどこか殺伐さつばつとしたものであって、お互い鼻持ちならない、できれば遠ざけたいたぐいの関係だと思っていた。事実、これまで面識はあっても積極的な交流はなく、顔を合わせるとすれば仕事絡みでしかなかった。

 あるいはメイナードがそう感じていただけで、彼のあずかり知らぬところで会っていたのだろうか。であるならば買い物の件も余計なお節介だったかもしれない。ともかく、親からしてみれば子の思いがけない成長であり、同時になにがなんでも患者を死なせるわけにはいかなくなった。

 にわかに勢いづいた空気の中、エリスが手を上げる。

「ア、アタシは? できることがあれば何でもやるけど」

「じゃあノエルの代わりに脈拍を。僕はこれから儀式にかかりっきりになるから」

「儀式? 魔術の?」

「そう。……それもとっておきのな」

 足早にトランクケースへと駆け寄り、娘の成長に高揚したメイナードはもったいぶった口調で言う。

「人間の『生』と『死』の間には『仮死』と呼ばれる状態があるんだ」

 呼吸・心臓が共に停止し、見た目上死んでいるようにしか見えないが、その実まだ生きている。そういう『生』と『死』の狭間はざまに位置する状態が『仮死』である。一般に人は『生』から『仮死』を経て『死』に至る。これは一方通行の変化であって、その逆はあり得ない。……普通は。

「つまりいったん『仮死』にしてから復活させるってこと?」

「端的に言えば」

 およそ彼の扱える中では群を抜いて高等な魔術。いや魔術というよりは呪術に近いのだが、ともかくとっておきと言い放つだけの、この逆境をひっくり返す可能性を秘めた儀式だ。

 トランクケースから小振りのハンマーを、白衣のポケットから魔石を取り出し、紅玉に向けて振りかぶる。すると見た目に反して案外衝撃に弱いのか、パキィンと澄んだ音を響かせて呆気なく砕け散った。そのまま砂状になるまで何度も振り下ろし、半分を都合三回分の鉛と一緒に嚥下えんげする。それから残りの半分を患者の血と混ぜ合わせ、血液よりもさらに粘性を持った黒墨を作る。

(……何とか間に合うか?)

 立ち上がり、部屋全体を見渡した彼の手には十に満たない枚数のメモ帳。黒墨で不可思議な文字を書きなぐられたそれは即席の呪符だった。部屋の要所要所に、最後に患者と自分の体に張りつけ、彼は患者の手を取ってかしずく。

「生起せよ/」

 途端、ぼうっと全ての呪符に蒼炎が灯る。東国で言うところの人魂のような、妖しくも神秘的な焔。それに対抗するように足元から緋色の燐光も立ち昇ってくる。

「――夢現ゆめうつつ/狭間/微睡まどろむ/たゆたう/寄る辺はいずこ/

 ――深閑しんかん/虚無/されど夜長よなが/孤独は罪科/黎明れいめいは彼方/」

 呪文、より正確に言うならば言霊を一言発するたびに次々と舞い上がってゆく燐光。それらが徐々に患者の体にまとわりついていく。まるで篝火かがりびに群がるのように……。蜜に群がる蝶のように……。どちらにしろ異なるのはおびただしい数であることと、この世のものとは思えないほど幻想的な光景であることだった。

 誰かの息を飲む気配を感じた気がした。だが、既にかすみがかかったように知覚の鈍いメイナードにはそれを確認するすべがなかった。一種のトランス状態となった彼は没頭するように続く言霊をつむいでゆく。

「――此方こなたに器を/仮初めの燈火ともしび/寄り添い/許し/ゆるそう/

 ――引かれ/かれ/かれ/われるままに/迷わず交われ」

 うたうように朗々と、しかしていたむように静々と。詰まることなくそらんじる彼自身もやがて燐光に包まれていく。そして言霊が尽きるとすぅっと音もなく蒼炎が消えた。

「「………………………………止まっ、た?」」

 突如訪れた無音に、二人の声が重なる。止血していたノエルと、脈拍をとっていたエリス。彼女らはお互いの手元を確認して、死んだようにピクリともしない患者と医者を見つめる。

「……死んでないよね?」

「そのはず……。とにかく今は私たちにできることをすべき」

「アタシたちっていうか、主にアンタなんだけどね。……終わりそう?」

「……急ぐ」

 緊張から震えそうになる指先を必死に動かす。そんなノエルの額を手持無沙汰になったエリスがタオルで拭いてやるのだった。


   ◆◆◆


 仮死状態となった二人が息を吹き返したのは三十分と少ししてからだった。

「……終わってるよ」

 上体を起こしたメイナードにどこか誇らしげに報告するノエル。だが彼女を褒める間も惜しんで彼はすぐさま手術を再開する。山場を過ぎたとはいえ、まだ終わってないどいないのだ。体力の底が見えている状態で悠長なことなどしていられない。

「卵管切除完了。……もう少しだ」

 呟いた言葉は患者に向けられたものだろうか。術野を照らす明かり、その回折かいせつ光に浮かぶ彼の顔は土気色をしていた。しかし両の眼だけは爛々と輝いている。風前の灯のような危うさで彼は動き続けていた。

 やがて……、

「……終了っ! 僕は寝る、後はよろしく」

 言うが早いか、すとんと力なく座り込んだメイナードがその場でうずくまってしまう。

「ちょ、ちょっと、寝るってここ他人の家よ!?」

 慌てるエリスの声を遮ってすぐさまイビキが室内に木霊する。またしても残された二人はお互いに微妙な視線を交わした。

「……仕方ありません。どのみち患者はしばらく絶対安静ですし、今日はここに泊めてもらうしかなかったのも確かですから」

「なに? アンタも泊まるわけ?」

「医者がこの有り様ではそれも止む無しかと。……とりあえず家主の方と相談ですか」

「ふーん……」

「なんです?」

「別に。……とりあえず良かったんじゃない? なんとか無事終わったわけだし……」

「ええ。……そう言えば先ほどは助かりました。ありがとうございます」

 ふと手術中のことを思い出して素直に頭を下げると、なにやらバツが悪そうにエリスは視線を泳がせた。

「あ、や、あの時は不甲斐ないアンタを見てられなかっただけってか……。別にアンタのために言ったわけじゃなくて、折角このアタシが手を貸してやったってのにむざむざ死なせるとかあり得ないってゆーか……。とにかくっ、アタシが許せなかっただけで、別に礼を言われるようなことじゃないの!」

「……何を怒ってるんです?」

「怒ってないってのっ!」

「……???」

 素直に礼を言ったのに何故か顔を紅潮させて怒られるという、エリスの不可思議な態度に首を傾げる。だがこれはこれでいいのかもしれない。変に馴れ合うつもりなどないのだから。

「ということはつまり、貸し借りなしということですね」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。それとこれとは話が違くないっ?」

「はぁ? 礼を言う必要がないということは、つまり貸しにしなくていいってことでしょう。違うんですか?」

「そりゃアタシはそー言ったけど、アンタは恩を感じてるんでしょう? ならそれを返しなさいよ!」

「嫌ですよ。なんでわざわざ損するようなこと……。ただでさえウチは貧乏なのに」

「別にお金なんかいらないわよ。態度で示せっつってんのっ」

「ですからお礼を言ったでしょう。いらないと言ったのはどなたでしたか? それなのにこの上まだ態度で示せとは一体どういう理屈なんです?」

 侃侃かんかん諤諤がくがく、終わりの見えない水掛け論に二人の眉間に皺が寄っていく。やがて気の短い方が先に音を上げた。

「あーもーいいやっ、やっぱアンタとは馬が合わない」

「まったく同感です」

「今夜のことはなかったことに、それでいいわね?」

「ええ、異論ありません」

 頷くノエルを確認するやいなや、これ以上ここに居たくないとばかりに窓から飛び出していく人狼。その後ろ姿にせめて玄関から出るのが礼儀だろうと、呆れるノエルだった。


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