愛に狂い、狂わされ
すいません。ちょっとロボカップの締切に間に合わせるために急いで書いていたため、11日に加筆、修正しました。
11日の午後1時ほどがちゃんとした完成版となります
「付き合ってくれ!」
俺はこの日21年間共にいた幼馴染に告白をした。長いこと一緒にいるだけあってお互いの気持ちはわかっているつもりで、彼女も俺のことが好きなんだと何となく思っていた。
ただ機会がなく、なぁなぁと一緒にいる。そのなぁなぁな状態を終わらせたくって思い切って告白をしたのだ。
「ごめんなさい……。うれしい。うれしいけど付き合えないの……」
だが、彼女からの返事は予想に反して断りの言葉だった。
涙を浮かべながら、そして何度も謝り続ける彼女に急に悪かった。お前も困るよな。このことは忘れてくれと、そのような言葉しか告げられなかった。
俺はその日家に帰ってからずっと泣き続けた。
どうして彼女は断ったのだろう? そんなことをずっと考え続けたが答えは出なかった。
「なんでだ……。なんでなんだよ!」
思っていたより俺は彼女がいない人生を考えられなかったらしい。
次の日。いつも通りに大学に向かった。しかし、彼女も同じ大学に通っていたが大学内では俺と一度も目を合わしてくれなかった。
俺は表面上は何ともないように装いながらも彼女に避けられている事実に耐えられなかった。
「武志。大丈夫かおめぇ」
親友である明久にそう声をかけられた。
「大丈夫って何がだよ」
俺は親友の言葉の意味を理解しながらも笑みを作りながらそう返す。
だが明久は険しい顔をしながら彼女――美紗を指さした。
「今日一度も話してねぇじゃねぇか。お前と美紗ちゃんが一度も話してないなんておかしいだろ」
「あ……」
親友の指摘に思わず声が出た。
思えば幼稚園のころから一言も話さないことなどなかった。休みの日などいっつもどちらかがお互いの家に遊びに行っていたし、今でも忙しくとも電話だけはしている。仲違いした時だって次の日には仲直りをしていた。
だから、学校に来て一度も言葉を交わさないということは俺と美紗にとってかなり異常な事であった。
「来週はお前の誕生日なんだからちゃんと仲直りしとけよ。それとも喧嘩とは違うのか?」
「…………美紗に振られた……」
俺は正直に伝えることにした。昨日の出来事を余さずに言う。
そうしているうちに目の端から水があふれ出してくる。振られたという事実が、言葉にすることでより現実味をあふれてきたのだ。
「美紗ちゃんがお前を振った? そりゃなんの冗談だ? お前らは誰が見たって付き合ってない方がおかしいぐらいだったじゃないか」
「分からねぇよ。俺が一番知りたいよ!」
気が付けば俺は声を荒げていた。
教室にいた人が一斉にこっちを向く。
「だよな……」
明久がそう小さく呟く。その声を聴き少しは冷静になれた。それと同時に親友がフォローを入れてくれたこともあって問題が無いと判断したのかクラスの人たちが自分のことに戻って行く。
その中には美紗もいて、その申し訳なさそうな顔でこっちを見たのが印象に残った。
「駄目だ……。俺は美紗が居なきゃ駄目なんだよ……」
それからのことはあまり覚えていない。
いくつかの講義を受け、それとなく周りと話していたはずだ。美紗とは一度も話をしなかった。
帰り道。俺は一つの決心をした。
美紗がいなければ俺は生きていけない。ならば死のう。美紗と共に……。
気が狂っていると言えばそうなのかもしれない。しかし俺は美紗と今日一日話せないだけで心にぽっかりと穴が開いた気分だった。
美紗が帰る道は知っている。
今日は美紗は真っ直ぐ家に帰るはずだ。だからそこを待ち伏せする。
俺を裏切った愚かなる女に罰を……。そしてそんな女を愛してしまった俺もすぐに追いかけよう。
「ふぅ……」
そっと息を吐く。
今は春。暖かいとはいえこれからやろうとしていることを思えば当たり前の反応かもしれない。
俺はこれから美紗の首を絞めるための手を見、何回か開いたり閉じたりする。
そうこうしているうちに美紗がやってきた。
美紗は頻りに周りを見渡し、少し挙動不審にも思えた。もしかしたら俺のことをよく知っている美紗だ。殺しに来ていることを予期しているのかもしれない。だが、俺は止まらなかった。
美紗が俺がいる通りを通り過ぎる時、電信柱に身を隠しやり過ごす。そして美紗が背を向けた瞬間に俺は走り出す。
足音に気づいたのか、悲鳴と共にこちらを振り返る。だが、そんなの関係ない。
俺はその首に手をかけ、力を加えていく。
「あっ……」
美紗の口からそんな言葉が漏れた。
どうやら俺だということを認識したらしい。
「ご……めん…………ね」
謝るな!
謝るぐらいならなんで振ったんだよ。俺はこんなにも君を、美紗を愛しているというのに。君もそうなんだとずっと思ってた。幼稚園の時に約束したじゃないか「結婚しよ」って。あれは子供だからとでもいうのか? 小学校の時にいじめられてた俺を助けてくれたじゃないか。それはただ単に仲が良かったからなのか? 中学生の時に複数にの時に追いつめられたときに俺は助けたよな。その時泣いて「怖かった……。怖かったよ」って俺の胸で泣いてたじゃないか。助けてくれたら誰でも良かったのか? 俺じゃなくっても良かったのか? 高校のとき「武志が言ってくれるのずっと待ってるね」って言ってくれたのに。俺はそれを告白のことだと思って、でも俺が臆病で怖くって気恥ずかしくって告白できなかったけどそもそもそれは告白のことじゃなかったのかよ。大学で折角勇気を出して告白したのに振りやがって。そんなお前を憎めない自分が悔しくって空しくって、お前以外の奴を好きになれる気もしないし、お前を諦めれる気もしない。もしかしたらお前が俺の知らない奴と付き合うのかもと想像するだけでも気が狂いそうだ。そしてそんなお前に苛立ち、そして苛立ちを覚える自分にそれ以上の怒りが湧いてくる。
「わた……し。…………け……が……」
苛立ち、悲しみ、怒り、嘆き、憤り、焦り、愛おしさ、空しさ、不安、罪悪感、苦しみ、恨み、劣等感、嫉妬、軽蔑、不満、恐怖、後悔、寂しさ、嫌悪、苦悶、失望、絶望。
様々な負の感情が入り混じる。
そして――愛。
それが何より、どれよりも強く感じて消えることはない感情。
美紗、愛してる。こんなにも愛してるのに君は受け取ってくれないのかい?
段々と手の力が強まる。愛という名の憎悪によって。
だからかもしれない。彼女が首を絞められながら笑ったように見えたのだ。
「あり…………が……と…………ぅ……」
美紗が最後に口にしたその言葉が妙に心に残った。
なぜ、殺される側の人間が笑顔を浮かべてお礼など言うのだ? きっと聞き違いだろう。そう思い、美紗を見ても全身の穴という穴から様々な液体が飛び出し、俺も美紗でなかったら触るどころか近づきたくないという惨状だ。そんな美紗は何にも答えてくれなかった。
当たり前だ。死んでいるのだから。いま、この手で殺したのだから……。
俺は涙や涎、鼻水などで汚れた顔をハンカチで丁寧に拭き、開いている瞼を閉じさせてあげた。
「あぁ、綺麗だよ……」
美紗の頬を撫で、その額に自分の唇を押し付ける。
「俺の愛しい。愛しい美紗……」
美紗亡骸を抱え、俺は自宅に戻った。
俺にとって都合のいいことに大学に入る時に一人暮らしを始めている。背中に背負えば多少不振に思われるかも同年代であることや、俺達が幼馴染でいつも一緒にいる所を周りによく見られているため多少不振に思われるかもしれないが通報されるようなことはないと思う。それも美紗が帰らないと騒ぎになるまでの話だが、それはもう死ぬ俺にとっては関係ない。
「あぁ、美紗。ようやく一つになれるよ」
美紗を自分のベッドに寝かせ、台所から包丁を持ってくる。
本来ならナイフやなんかが良いのだろうがうちにはそんなもの置いていない。うちにあるもので一番切れ味があるものは包丁だったのでそれを自分の手首に当てる。
「おやすみ。俺も逝くからね」
美紗の横に腰かけた俺はそのまま手首を思いっきり切った。
あふれ出す大量の血。あぁ、これで美紗と一緒の所に行けると思うと不思議と死ぬことへの恐怖はなかった。
その血があふれ出る手で美紗を抱きしめる。
しばらくじっとしていると段々と意識が遠のき『あぁ死ねる』そう思うと自ら意識を手を放した。
リリリリリ。
響く携帯の音。
携帯を取ると電話をかけてきた相手を見る。そこには明久の名前が刻まれていた。
そして少しずつ意識がはっきりしていく。横にはすっかり固く、冷たくなった美紗とベッドを染め上げる赤い血。それによって自分が何をしたかを鮮明に思い出した。
そして思う。『あぁ、死ねなかったのか。ごめん美紗、そっちに行くのはもう少しかかりそうだ』
俺は誰に聞かれるのでもなくそのように声を発すると電話に出る。
「明久か……」
『すまん、こんな遅くに。でもお前に見てもらいたい――いや、知らなきゃいけないことがある。美紗ちゃんがどうしてお前のことを受け入れなかったのかを……』
美紗。その名前を出されただけで俺は適当な時に電話を切ろうと考えていた思考を止める。
「なんでテメーが美紗の気持ちを知っているんだ……?」
おそらく無意識にでたその言葉は俺でも信じられないぐらいに低く、怒気を纏っていただろう。しかし、明久はそれに戸惑わずに言葉を続ける。
『知ってるわけないだろ。ただお前を振ったであろう理由の可能性を見つけただけだ。とりあえず美紗ちゃんがお前のことを振るはずがねぇ、これだけは付き合いの浅い俺にもわかる。あぁ、自分でも何を言ってるか分からねぇや……』
「わりぃ」
おそらく親友は親切で電話をかけてくれたのだろう。それなのに美紗の気持ちという神聖なものを親友とはいえ他人が知っているというのを許容できなかった。
だけど明久はそんな俺の気持ちを分かっていたのだろう。俺には出来すぎた親友である。
『いいか、今からメールでPCにURLを送る。それを覚悟して見ろ。お前には相当ショッキングな映像のはずだ』
俺は言われたとおりにパソコンを立ち上げ、そしてメールフォルダに送られてきたURLのみが記載されたメールを開く。
そこのサイトのタイトルには『リアル凌辱館』と書かれていた。その名前があらわすようにそこの画像やリンクなどには肌色の多い女の姿が映し出されている。
「おい、これは……?」
『黙ってそのURLの動画を再生しろ』
俺はその言葉に従って動画上の三角のボタンを押す。そして動画が流れ始め、そこには3人の黒いマスクで顔を隠した男達がいた。
「いったいこれが何なんだ? どうして美紗に結び付く」
この時きっと理解していたのだと思う。だが、その理解を拒み、掠れた声を絞り出す。
だが、親友はこんな時だからこそ甘くはしてくれなかった。
『その道見覚えがないか?』
「ここは……美紗の……」
『そう美紗ちゃんの学校からの帰り道だ』
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ。
俺は必死に心の中で叫ぶ。見たくない。聞きたくない。知りたくない。
『こ、こないで。助けて……助けて!』
知らない。知らない。知らない。
『止めて! 私には好きな人が居るの。助けて、お願いします!』
聞こえない。見てない。
『助けて。助けて! 武志!』
画面の中の女の子――美紗が自分の名前を呼んでいた。
嘘だ。嘘に決まっている。
なぜ美紗がこんなことにならなければいけない。なぜこのようなことになってしまったんだ。
明久の言った美紗が俺のことを振った理由が痛いほどに理解させられた。
『これは俺の勝手な推測だけど多分これはつい最近のことだ。美紗ちゃんはこの男たちに襲われて、自分が汚い人間だと思ってしまった。だから……』
やめてくれ。言わないでくれ。嘘だと言ってくれ。
『お前の告白を断った……。恐らくすごい嬉しかったんだろう。だけど穢れてる自分じゃ釣り合わないと思ってしまったんじゃないのか?』
「そうなのか……? 美紗……」
俺は明久に聞こえない声でそのように言うと既にもの言わぬ死体となった美紗の傍へととぼとぼと歩いて行く。
焦点が定まらず、家具や、壁に何度もぶつかった。何度もこけそうになった。だが、それでも美紗の所にたどり着いた。
『とりあえず明日美紗ちゃんに会ったら優しくやってくれ。今のあの子にはお前が必要なはずだ――おい。武志……?』
美紗に明日はない。そんなことを言えるはずもなく色々と言葉に詰まりながら言葉を絞り出す。
「明久……。色々とありがとう」
『おい、武志! テメー何するつもりだ? もしかして復讐? それとも美紗ちゃんと取り返しのつかないことでもしてしまってるんじゃないだろうな? すぐに行く。そ……――――』
俺はその言葉を最後まで聞く前に切る。
待ってて美紗。そっちに行くにはもう少し時間がかかる……。そう、美紗にあんな目を合わして者どもを地獄に送ってから……。
「時間がない……」
おそらく近いうちに美紗の捜索願いが出されることだろう。そんなことになれば一番に疑われるのは俺で間違いない。
俺が美紗を背負っていたのも知られているだろうし、何より振られたことを知られたら誰だろうと俺のことを疑うであろう。
一人暮らしの大学生に車なんて高価なものはない。だが、ここに美紗を置いていくわけにもいかなかった。俺はタクシー会社に連絡し、車を家の前に止めてもらう。そしてタクシーを待っている間に現金と携帯の充電器、携帯を持ち、美紗を布団用の真空パックの中に入れて空気を抜く。その後にキャリーバックの中に入れた。
空気に触れさせないことで腐食が遅らせることが狙いである。美紗を腐らせるなんて俺には耐えられなかったのだ。
タクシーは十分ちょっとで来たので死後硬直が始まっている美紗をキャリーバックの中に詰め込むのにギリギリの時間であった。
「矢真森へよろしくお願いします」
矢真森は20キロほど離れた手入れのされていない森であり、自殺の名所として有名なところである。タクシーの運転手さんもそのように思ったみたいだが俺はそこで死ぬつもりではないと言ったら他人であるがために何も言えず、引き下がってくれた。
数千円の代金を支払い、タクシーを降りる。
ほんのりと香る潮の匂い。この先には何度も美紗と共に足を運んだ場所であり、もう二度と生きた美紗と一緒に入れない場所だ。俺は少しの感傷と共にタクシーがもう行ったことを確認し、森を降りる。
正直に言えばこの森自体に用はない。ただの警察の捜査を攪乱させるための行動だ。そしてあの町に戻る。
その間、俺はあの動画の投稿者を探る。あの投稿者の居場所を特定するために動画を再生し、そのコメントに書かれたURLを押し、そいつがやっているSNSへと跳ぶ。その後、男があげているコメントや画像がら電柱に書かれたその場所の住所などを見たり、男の馬鹿なコメントから特定につながる情報を探す。
案外男は何も考えていなかったのか、結構な情報を残してくれていた。それによって大体の場所はつかめたが個人の家を特定するまでには至らなかった。
そして深夜。俺はキャリーバッグを駅のコインロッカーに仕舞う。
これからの行動には邪魔になってしまう。だからこその苦渋の決断だった。たとえ一時的とはいえ美紗と離れるのはかなりの苦しみを伴った。だが、それも今までの幸せな記憶を思い出すことで我慢ができる。それは今までしてきた事と同じであるので問題ない。
「この写真の男を知らないかい?」
辺りには街灯とコンビニの明りしか無い時間帯、公園に屯っていた高校生の集団に話しかける。
手にはSNSから探した男の自撮り写真を映したスマホがあった。
「はぁ? しらねーな。もしかしたら金をくれれば思い出すかもな」
当然そんな時間に普通の奴がいるはずもなく、この高校生の集団も俗に言う不良と呼ばれる者達である。
そしてそんな男たちがまともに取り合ってもらえるはずもなく、男たちは俺の肩に手を乗せて、金を要求してくる。
「そうか……」
俺がそのように言うと男たちは俺が帰ると思ったのか、周りを囲み始めた。
「いやいや、お兄さん俺達にお小遣いくれない? そしたら協力するよ」
ゲラゲラと聞くに堪えない声。それが美紗の抵抗を無視し、犯していた糞共を思い出せられ不快にさせる。
「グヘッ!?」
気が付けば手を振り切っていた。
そのことに気付いたのは肩を組んできた男の顔面に思いっきりひじ打ちをし、吹っ飛ばした後だった。
「何すんだテメェ!?」
怒りを露わにした男たちが殴り掛かってくる。それを躱す技術は俺にはない。だからこそ無視する。そして、そのまま拳を振るってきた男の急所を的確に蹴りあげた。
悶絶し、立てなくなった男を差し置いて次に向かってくる男を殴り飛ばした。だが、同時に複数の方向から同時に殴られてしまった。構わない。すぐに次の標的に殴り掛かる。
「なんでだよ。こいつ頭おかしいぜ!」
「こいつ本当に人間なのかよおおおぉぉォォォ!!!」
逃げようとした糞の頭をつかみ、そのまま地面にたたきつける。
虫が殴り掛かってきたようだ。口の中にゴロゴロした固いものがある。恐らくは歯が折れたのだろう。だが、これぐらいの痛みは美紗に比べればどうってことない。腹に向かって思いっきり膝蹴りを喰らわしてやった。
口の中の血と歯を吐き捨て、次の汚物の駆除に向かった。
何度殴られただろうか? 何度殴っただろうか?
気が付けば頭から血が出て、全身にあざができている。指が変な方向に曲がっているのもあった。
だが、その甲斐もあって相手は全て地面に転がっている。中には声が出ずにヒューヒューと息が漏れているだけの奴もいた。
その中の一人の頭をつかみ、顔をあげさせる。そしてスマホに表示されたもっとも殺したい野郎の写真を見せる。
「こいつの事知っているか?」
「た、だずげてぐれぇ」
何を言っているのか判断が付かない。会話が成立していない。だから自宅から持ってきた包丁でわき腹のあたりを刺す。
こいつはあの糞野郎をぶっ殺すための物なんだが仕方がない。それでも一応これからも使えるように骨は避けた。
「こいつを知っているか?」
「いだい。いだいよをぉだずげでおぐれぇよぉ」
駄目だ。こいつは。既に人間の言語を話さない。そのぐらいは知能がある虫だとは思っていたが、他の奴に期待しよう。そのまま男の頭を何度も蹴り、意識を刈り取る。
その質問を繰り返すこと3度。ようやくまともに話せる奴がいた。
どうやらそいつによるとこいつはここらでは有名な奴らしい。こいつ等のリーダ格の男は、親が医者でここの警察の上層部にも通じている。だから今まで何をしても捕まらなかったのだとか。
強姦を繰り返しているのはこのあたりの裏の奴にすれば常識。しかし元々裏の奴らなのだから男の権力と合わさって誰も何も言わなかったらしい。
一緒にいるのはそいつの取り巻き。こいつらのことは知らないがいつも同じやつを連れているため野郎を張り込めば分かるだろうと言っていた。
聞きたいことは聞けたのでそいつの電話で119番をかけてやった。警察とか緊急性を要するやつならパスワードもいらないし、とてもいいシステムだと思う。俺は直接かけて声を聴かれるわけにもいかないし、目の前の奴に喋ってもらうことにした。
奴は頭が回る方なのだろう。番号を見せるように渡したら素直に受け取ってくれた。
「た、助けて。救急車を6台。170cmぐらいの変な奴に襲われて……グヘェ!?」
俺のことを喋ろうとしたから思いっきり蹴り上げて体の向きを変える。そして喉に向かって思いっきりありを踏み下ろした。
その時になんか変な声をあげていたが無視である。そのままその場にいた全員の喉をつぶし、足と手の指をつぶす。これで奴らは俺のことを何も漏らさせないだろう。
そのうちにサイレンの音がする。恐らくは点けっぱなしのこいつの携帯のGPSからたどってきたのだろう。こいつらのことは本職の奴らに任せて俺は立ち去ることにした。
「あぁ、美紗。美紗よ待ってておくれ。君を苦しめた奴らを突き止めたよ。すぐに地獄に送ってあげるから待っててね」
土日を挟み、月曜日。
その間に医者の息子であり、美沙を傷つけた糞野郎の家を突き止めた。
美沙が行方不明のことも周りに広がっていた。駅の近くにある巨大なスクリーンには美沙が行方不明であることと俺が姿を眩ましたことから警察が殺人事件として捜索を開始したらしい。
同時にここ最近。深夜に暴力事件が起こっている。すべて被害者は喉と指をつぶされ、話を聞くことが出来ない。深夜の巡回などを増やし、警戒する旨のニュースがやっていた。
警察も本格的に動いているらしくそろそろ時間もなさそうだ。奴らを殺す前に警察に捕まる訳にはいかない。
「美沙……。待ってておくれ」
真空パックに入った美沙の顔を撫でる。
既に顔は真っ青になり、血が通っていない事が一目瞭然となっていた。
「大丈夫……もうすぐだ……もうすぐ全てが終わるよ」
アタッシュケースの中に入れ、茂みの中に隠す。
次に取り出すときは全てが終わっている事を願って……。
リリリリリリ。
何度目か分からない着信。
ここ3日間何度も、何十回もかかってきた。表示を見れば親友の明久。
もう奴に会うことはない。もう奴とは話すことはない。もう奴とは……。
だからそっと――赤く表示されているマークを押す。
奴は俺とは関係ない。だから新しい良い友人を見つけ、彼女を見つけて何とかやっていくのだろう。――そう願う。
「出てきた……」
既に日は沈み時刻は1時過ぎを指している。
奴にはこの三日間接触を謀る機会は無かった。どこかに行くには黒塗りのいかにも高級そうな車に乗り、自宅には複数の防犯カメラと、高い塀。奴を自宅で殺すことは出来ず、子分と会う場所も見つけられなかった。なので誰も殺せていない。
だが、遂に。遂に奴は一人で、家を出てきた。
早まってはいけない。これが最初で最後のチャンスである。恐らくこの後に取り巻きと出会うであろう。そこを。そこをねらうのである。
「殺す……。殺してやる……!」
だが、殺気は止められない。
尾行している間ずっと殺気を放ってしまっていた。だが、殺気などと形のないものに奴は気づかない。
実に楽しそうに奴は夜の道を歩く。
不良どもも一人で歩く絶好のカモだと思って立ち上がるが、その顔を確認して座り直す。
警察に見つかり声をかけられるも何かを取り出して見せると警察達は頭を下げて走り去る。
奴がこの町でどのような扱いを受けているか分かった。
「まだだ……まだ……!」
幾度も血を吸ってきた包丁を握る手が震える。何も持っていない手は強く握りしめ過ぎて血がしたり落ちていた。
そしていつか来た公園。そこで奴は既に待っていた二人の男に向かって声をかける。
「殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す――」
既に我慢に我慢を重ねた殺意。
そして二人の男と合流し、3人が覆面を取り出した瞬間にその殺意は爆発した。
包丁を構え、駆け出す。
その早さは今まで自分が出したことが無いような早さだった。既に怒りで体の限界を越えているのかもしれない。
「シネ、シネ、シネ、シネェェェェ!!!!」
そう叫びながら一番近くに居た奴を刺す。
ほかの二人はあまりの事に呆然と固まっていた。
「アアアアアアァァァァァ!!!!!!」
男の叫び声で二人は正気に戻ったのか叫び声をあげながら走り去っていた。
こいつは目障りだな。
いつまでも声をあげている奴の首に包丁を刺し、とどめを差す。
続いてもう一人。首をつかみ、押し倒す。そして何度も、何度も包丁を突き刺した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺し殺す。
しかしその行動も長くは続かない。
タァーン。
すでに男の意識が無くなったころ。そのような乾いた巨大な音が聞こえた。
どうやら医者の息子がその手に持つ銃を放ったらしい。その証拠に煙が上っていた。
このままではまずい。そう思った俺は走り出し、その顔面を殴りつける。そして倒れた男に向かって包丁を突き刺そうとする。だが、包丁は前の男を刺しているうちに折れてしまっていたらしい。すぐに思考を変え、浅くしか刺さらなかったその包丁を捨てて首を両手で掴む。そのまま徐々に手に力をかけて首を圧し折る。
奇しくもそれは美紗を殺した時と同じ殺し方だった。
「やったよ……美紗。これで安心して君の下へ逝けるね」
だが、安心するのは早かった。
俺の予想していなかった黒い覆面を持つ4人目。その男が現れたのだ。
その男は呆然としてこちらを見ていた。
迂闊だった。それはそうだ。あの動画に写っていたのは3人。ならば動画を問っていた4人目が居て当たり前だった。
すぐに殴りつける。そして、何度も何度も。
「コラ! 君何している!」
殴るのに夢中になっていたらしく、気づけば警察の男が駆けつけてきた。
最初に男を殴り飛ばした際に公園の外へ出て、その先の道路へと飛び出してしまったらしい。そこを巡回中の警官に見つかったのだ。
「ッチ!」
俺は走る。まだだ。まだ捕まるわけにはいかない。
このままだとそのうちアタッシュケースの中の美沙が見つかるだろう。そうすれば死に化粧やらなんやらで美紗の体を弄繰り回される。そんなことは耐えられない。なら美紗の亡骸をそのままにしてはおくわけにはいかないのだ。
必死に走り、警官を撒こうとする。途中でアタッシュケースを回収し、そしてその後もずっと走り続けた。
どうにも正確に追いかけてくると思ったらわき腹がら血が流れているらしい。
服を破いて傷に当てて無理やり失血する。
どれぐらい走っただろうか? どれだけ走り続けたのだろうか?
気づけば目の前には海が広がっていた。
美紗を殺した日にタクシーで来た山を超えて、美紗との思い出の詰まった海まで走って来たらしい。いつの間にか太陽が昇り、朝日が見える。
「あぁ、君と僕の墓場に海は良いかもね」
アタッシュケースから、腐食を遅らせるための真空パックから美紗を取り出す。そして一緒に海へと歩き出した。
あちこちに傷を負い、血を多く流しているからすぐに意識が遠くなる。
「あぁ、美紗。やっと君と一緒になれるよ」
享年22歳。一人の男が海へ消えた。
なんという運命のいたずらか、その日は男の誕生日だった。
強姦魔である四人は病院に搬送のうち、すでに手の施しようが無いと判断された。そのことは医者の男がもみ消したが、そのことが原因でその男が表舞台に立つことは無くなった。
警察は一人の青年を自殺に追い込むほどに追い詰めたとしてマスコミに叩かれる事となる。
親友の明久は電話を何度も掛けながらも武志と美紗のことを捜索。その途中で美紗の部屋にある武志へのメッセージと入りのプレゼントを見つけた。
『武志へ
誕生日おめでとう。もう3年生だね。早いなぁ
そうそう。武志が全然告白してくれないから私が告白することにしました。
大好き。愛してるよ
大学を卒業したら結婚しよう!
えへへ、なんか恥ずかしいね。
これからもよろしく、一緒に幸せに生きていこうね
美紗より』
恐らくおそろいで買ったであろうコップ。
数日後に抱き合ったまま見つかった美紗と武志の水死体の前で明久は泣き崩れた。その後、明久は部屋に閉じこもったまま泣き続ける。
これは一人の男の愛の行方。
狂うほどの愛に生き、そして死んだ悲しき男の物語である。
初めての恋愛ジャンルということもあり、色々慣れないことが多く、皆様がどのように思うのかドキドキしております。
今ユーザー企画であるロボカップの投稿作品です。このような機会をくださったロボ(dirays製03型)様には感謝を
11回以来の参加になりまして、とても新鮮な気持ちであります。
他にもロボカップに参加している人がいますので皆様の気が向けばロボカップのほかの作品もよろしくお願いいたします