5話 暗闇
夜鳴町が夕方から夜に移るちょうど間の時刻…
町は全体的に薄暗くなり始め、逃げ惑う人々の視界を容赦なく奪っていく。
彼らはどこに潜んでるとも知らぬ敵から逃げなくてはならないと言う恐怖に脅えていた。
本格的に暗くなれば、彼らの精神的なダメージは限界を超えるだろうことは想像に難くない。
ホラーゲームに夜と言うエッセンスがかかせない理由が分かると言うものだ…
そんな恐怖に必死に挑んでいる人々の中に和樹はいた。和樹はケルベロスから運良く逃げ出し、その後直ぐに校舎から出た…だが、校舎から出た瞬間、あたりがうす暗くなっているのに気づき結局、再び建物に逃げ込む事に決める。
これは夜に行動したくないと言う和樹の逃げだった。和樹の逃げた先は校舎から少し離れた所に建築されていた体育館だった。
そして和樹は知ることになる…建物の内も外も逃げ場など無いと言う事に。
***********************
一方その頃、和樹と斉藤一緒にいた紺野ミクは豚の化け物から逃げる際に二人とはぐれてしまっていた
。実際、斉藤の事はどうでもいいのだがさっきまで話していた人が死ぬのは紺野自身も目覚めがわるいのだろう…一応斉藤にも気を配った。
彼女が今いるのは夜鳴町の唯一の駅…の近くの交番だ。実は豚に追われている時人々は大きく二つに割れた。一方が小学校側、他方が駅側だった。
比較的、駅に逃げた人の方が多かったのは夜鳴町から脱出しようとする思考が働いたからだろう…。
紺野もその口なのだが、交番に立てこもり脱出に踏み切れずにいた…。
「何よあのバリケードは?それに自衛隊…よね?」
紺野や他の人々が逃げられないのは理由があった…それは予め池島から聞いていた事なのだが、絶望に立たされた人には何の抑止力にもならなかった。
つまりは夜鳴町の完全封鎖だ。
夜鳴町には他の町へ行く移動手段は大きく分けて二つある。一つは駅、もう一つは自動車だ。地下鉄などヘリの発着地点などは無い。また、自動車で行ける道も三カ所しかない。かなり閉鎖的な町なのだ。
夜鳴町が閉鎖的な理由は挙げればきりがないが、夜鳴町が山に囲まれた地形であることと、所々に川が流れていることが理由の大半だ。
だが抜け穴もある…例えば山を自力で超える事だ。
流石に国の力とは言え、短期間で夜鳴町を囲む山々にバリケードをはるのは無理だ。自衛隊を派遣しても余り意味が無いだろう…。
だが、それをしない、もしくは思いつかないのは夜鳴町の人間がバカだからではない。
夜鳴町の人間ほど山の恐ろしさを知っている人々はいないだろう…何故なら、夜鳴町付近の山々は良く遭難者が出るのだ。毎年何十組の登山家が消息を断っている。地場が安定しないとか何とかで方位磁針が使えないかららしい。
っと、まぁ上記の理由で紺野もそれを実行しないのだ。
なので、夜鳴町を脱出するにはやはり駅か道路を使わなくてはならなくなるのだが…紺野の視界には駅の周りをガチガチに封鎖するバリケードと3人ほどバリケード内に人影がうかがえる。
池島が言うには自衛隊が動いているらしいので、彼らはそうなのだろう。
脱出しようものなら、彼らの持つ機関銃で蜂の巣にされそうだ…
紺野自身迷っていた…一か八か脱出を試みるか和樹と再合流するかに。
「今急いで脱出できるなら、櫻井君を連れて脱出する事も可能よね…?」
この時紺野は夜鳴町封鎖を軽く考えていたと言ってもいいだろう。
「助けてくれ~!自衛隊の方々だよな?俺はこんな町どうだっていいんだ、鬼とか訳わかんねーし。
俺がいたって変わらねぇのは俺が一番分かってるんだ!頼む、ここから出してくれ」
おそらく25、6の男性がバリケードを叩きながら奥にいる自衛隊に助けを求めて、脱出しようとしているのだ。
相手の情に揺すりをかける方法で…
「我々は上から何人もここを通してはいけないと命令されている。諦めてくれ…」
「ふ、ふざけるな!なんで一般市民である私がこんな酷い仕打ちを受けねばならんのだ!私はきちんと税金を納めてるんだぞ、貴様等の給料は私達国民の血税で…」
男性はそう言いながらバリケードを押し入っていこうとする。
するとそれを見ていた他の人々が次々とバリケード付近に群がる。
その数ざっと十五人。
流石にマズいと思った自衛隊員の独りが他の隊員を数人連れてくる。
「おい!止めるんだ、バリケードを壊すな!」
自衛隊員の声は興奮状態の人々には響かない…
紺野も人々に加勢しようか、こまねいていたところ
パンと言うような乾いた音が鳴り響いた。
見ると先程、意気揚々と自衛隊員に殴り込んでいこうとしていた男性が倒れている…自身のスーツを血で汚しながら。
その瞬間、あれだけ荒れていた人々の暴動は収まった。人々は一様に青い顔をして、先程男性を葬った銃口を眺めた。
男性を撃った自衛隊員も顔を青くしている。きっと初めて人を撃ったのだろう、AKの銃口から出る煙りだけがその場で動いていた…。
次の時にはたかっていた人々はそれぞれバラバラに逃げて行く、
「ウワアァー!ホントに撃ちやがった!皆危険だ逃げろ!」
「キャーーーーーー!」
紺野は逃げて行く人々を目で追いながら、この戦いには本当に逃げ場が無い事を悟った…
「…櫻井君と早く合流しなくちゃ、バリケードに近づいちゃいけない事を知らせないと!
…櫻井君…早く会いたいよ…。」
***********************
再び和樹に話は戻る。
必死の思いで学校を抜けた和樹は現在、夜鳴町小学校の体育館に来ていた。
いつもこの時刻には体育館にはママさんバレーチームが練習の為明かりが付いているのだが、いまはそれがない…。
明かりの付いていない薄暗い体育館は和樹に何ともいえぬ恐怖感を憶えさせた。
なのでまず和樹は体育館の照明器具を付けることに決めるのだが、如何せん始めて来た体育館なのでどこで電気を付けることが出来るのか分からない。
十分ぐらいかけてようやく配電盤を見つけ操作し始める和樹。手元が見えないので、スマホのライトで手元を照らしながら…
その時和樹は気づく、スマホにメールが来ていることに…
「…ん?何だ誰からのメールだ?」
そこには和樹の知らない宛先のメールが有った。
和樹は少し考えてからそのメールを確認するが、その時ガラガラと音がしたので、スマホをしまいそちらを伺う。
「ん、何だ人か…」
どうやら先程の音は体育館の用具室のドアが開いた音だった。中からは和樹と同い年位の男性がゆっくりとした足取りで出て行く所だった。
「ちょ、待てよそこのお前!外は危険だ朝まで出ない方が良い」
和樹の呼びかける声が聞こえたのか、彼は和樹を認識して届きもしないのに手を延ばし始める。
彼のその行動に疑問を持った和樹は彼に近づいてみるが…止めた。
彼の体の右肩から左腰にかけてざっくりと刻まれた傷がみえたからだ。暗くて良く見えなかったが彼の体から溢れるおびただしい量の血液で尋常ならざる事態を察し、和樹は直ぐに警戒態勢をとる。
どの道彼は助からないと言う考えが和樹を非情にしているのか、それとも…
「あんな大きな傷、人間にやられたとは考えられない…おそらく鬼の仕業…それも近く…」
和樹は周囲をぐるっと見回す、どこもかしこも薄暗く見えにくい。
だが、そいつは重傷の彼がとうとう力尽きた正にその瞬間やってきた。…いや、そいつはもともと体育館内にいたのだ。
そいつが現れたのは先程の彼が出てきた所…つまり用具室。
ぬっと這い出てきたそいつは一見人の形をしている。だが、決定的に違うのは鬼の証である角が生えている事だ。
角はそれ程大きくはないのでウオーリア級だと推測されるが、そんな階級は和樹にとって余り意味を成してはいない。
つい二、三時間前ET使いの幹部がウオーリア級に無残にやられたからだ。
和樹の選択肢をド○クエ風に表すと…
⇨逃げる
逃げる
逃げる
逃げる
こんな感じだ…
特殊能力も何もない只の人は凶悪な化け物の前では餌になるしかないのだ。
だが、和樹は少しだけ立ち止まり鬼の特徴を把握する事に専念する…鬼はとにかくでかかった、縦にでかいのは言うまでもなく、横にも大きい。かと言って太っているわけではない。そして特に目立つのは鬼の衣装だ。「どこの武人のコスプレですか?」と思ってしまうぐらいの立派な鎧に身をつつんでいる。所々傷が入っているが、逆にそれが百戦錬磨の武人を思わすようだった。
しかし、それらの武人の雰囲気をぶち壊してしまうぐらいに小さい太刀を差しているのが奇妙であった。
鬼はこちらに気づいたようで夜闇に赤く怪しく光る二つの目を和樹に向ける、そして、鬼の腕が太刀に届くと刃を抜く。
和樹は鬼の動作の一つ一つに見とれてしまいそうになるがすぐさま逃げる態勢に入る。
鬼は抜きはなった刃を和樹に向けて振り落とす…が、それは只虚しく空を切るだけだった。
当たり前だ和樹と鬼の間には結構な距離が有るのだ、マンガやアニメ見たく刃の波動が飛んでいく事など有り得ない。それがどれだけ鍛錬を積んだ武人でさえ…
なのにあろうことか、鬼は和樹に近寄って来ることも、再び刀を振るうことさえしなかった。
鬼は只、「何故アイツは切れていないんだ?」といった風に己の太刀を凝視しているのだ。
遂に気味が悪くなった和樹は逃げ出すことにした、ケルベロスみたくしつこく追って来ることは無かったので楽に逃げれた。
「ここまで逃げれば大丈夫だろう…んにしても、鬼によって性格も特徴も違いすぎだろ!何か奴らに共通した弱点みたいなものがないのか?」
和樹は武人の鬼から逃げて、今は再び商店街付近に来ている。
そして、物陰に隠れながら考えごとをしていた。
その内容は鬼に立ち向かう何とも和樹にしてはなんとも前向きな考えだったが、やはり対抗手段は思い浮かばないようで、思考はフリーズ状態だ。
和樹が何故再びあの豚の鬼と出くわすリスクをが有るのに商店街に戻って来たかというと、その理由は先のメールに有った。
武人の鬼から逃げて、適当な雑木林に身を隠していたのだが、ふと思い出し例のメールを確かめたということだ。
そして送信者が分かった…その相手と言うのは意外にも姫路からだったのだ。そう言えばアイツとメアド交換したんだっけか?と後になってから思い出した。あんな武人の鬼もびっくりな話し方をするくせにきっちり携帯を所持していたのには和樹も驚きを隠せなかったのは言うまい。
内容はこうだった…
まず生きているなら早く池島たちと合流してほしいとのことだった。
どうやら、池島たちは商店街を少し抜けた所にある廃工場にいるらしい…
そして、どうやら池島は幹部を失った和樹たちを見捨てることにしたらしい、道理で助けに来ないわけだ。
(会ったらぶん殴る)
最後に和樹の事は大切な友達だ、みたいなことが書いてあって全体的に簡潔だ。最初に拝啓とか書いてある辺り姫路らしい。
和樹はメールに従って廃工場を目指しているのだが如何せんあまり歩いたことがない場所なのでなかなか着かない。
途中に豚の鬼から逃げ遅れた人の死体が散らばっていたが、もうあまり驚かなくなっていた…和樹は自分の身に起きたこの変化に気付いていない。
また、和樹は途中民家に入り水分補給や軽い食事を取る。普通なら捕まる所だがそんな事は言ってられない。
護身用にナイフやバッドを拝借したのはゲームのやり過ぎだろうか…?
スマホの充電も忘れない。
実は殆どの民家は鍵が閉まっており入れないのだがたまたま、鍵の掛かっていない民家を見つけられたのは運がいい。
和樹は池島たちと合流する前に入れる民家を一つ一つ調べ手帳に記載する事に決める、今後の活動拠点として使って行くつもりらしい。また、今まで出会った鬼の特徴とETと思われる能力の特性や階級、性格を詳細に記録する。
「うし!あらかた装備(?)は整った。池島たちとは合流するが自分の身は自分で守れるぐらいはしとかないと、またいつ裏切られるか分からないからな。
あ、斎藤にメールしとくか」
和樹は今の今まで忘れていた友人を思い出す。
人間、余裕ができないと他人の事は忘れてしまうのだろうか…?
***********************
「今、夜鳴町で鬼に立ち向かおうとしている人間はどれだけいるだろうか?
恐らく殆どの人間が逃げるを選択するだろう…
かと言って立ち向かったところで鬼に勝てる保証はどこにもない、正に極限だ。
君はこんな状況でもそんな凛々しい顔が出来るんだね、凄いよ」
池島は傍らにいる雛型に語りかける。
「いえ、すごいだなんて…。私は只会長のそばにいれるだけで満足ですから」
そう言いながら頬を赤らめる雛型。
そしてまた少し池島に近寄る。
先程から池島は目をつぶりながら何かをしているのだが、雛型が近寄ったのが分かるようで雛型から少し距離を開ける。
「ほー、櫻井君…彼は前向きな人間なようだね。かといって死に急いでるわけではない。なる程武器か…、だけどそんなもので鬼をどうこうできるなんて思ってはいないだろう。」
池島は感嘆の声をあげながら呟く、相変わらず目を閉じたまま…。
「あの~会長?鬼は見つかりましか?櫻井とか聞こえたのですが?」
「ん?ああ、ごめん。たまたま彼が見えてね。
それに心配しないで、鬼は見つけたよ。
ここから一キロにある道路を徘徊していた。
角から察するにアーミー級だろうね、危険な感じがする鬼だ。こちらは後回しにするよ。
もう一体見つけた…恐らくそちらは記録書に有った座敷わらしだろう。
不味いね、櫻井君の近くだ!」
「私はあの男は好きません!彼を囮に後ろから攻撃しましょう。」
「……」
池島は目を開けて工場内にいる全ての人間に命令する。
「これから再び鬼の討伐に向う、相手はウオーリア級だ豚の鬼みたく特殊が凄まじい鬼ではない。
今度は幹部全員で戦う、万に一つも負けはない!
準備が整い次第直ぐに向かう」
***********************
そして和樹は再び鬼に遭遇する…