第四章
いずれにせよバンド活動がスタートしたわけであって、そうなれば野となれ山となれなんてお気楽な気分でいるわけには、御堂の端倪すべからざる才能と溌溂たる行動力が許さず、僕は日夜ベースを練習することとなった。
不本意ながらも始めたベースは、明らかに家族の白い目の中に晒されることとなったのだが、黙認か黙殺か、とりあえず放置という形をとって僕は家の中で練習することができた。
練習スケジュールは緻密に作られていて、それはもちろん教則本などを参考にしたものではなく、御堂が提案したものだったが、どこにそんな時間が存在するのか問い詰めたくなるような、実に過酷なものだった。
僕は生活との折り合いをつけて、ちまちまと課題を消化していったものだが、そこには確かな達成感や面白さがあった。僕の家にはガレージのようなしっかりとした音響施設はない以上、僕はアンプに接続して膨大な音の中で自らが弾く音を取捨選択するということはできなかったが、それでも微かに震える太い弦には成長の余韻があった。
これまで流れるままに過ごしてきた余暇を、温め直した感覚を僕は掴んでいた。弦が左右するたび、可能性の余地を絶え間なく受け取ることができた。
そのような成長段階にいた僕は、自らを見つめ直すだけで時間は満ち足りていたのだが、御堂は待つこともなく、僕からすれば段飛ばしに次のアクトへと移行していた。それはメンバー集めだった。
学校での昼休み、僕は常日頃から御堂と昼食を相伴していた。
いつものようにに御堂のもとに移動して、弁当箱のふたを開けた僕は、連日連夜の過密スケジュールのなかでの心休まるひとときを求めていた。
普段自慢することがない僕だが、この時は御堂に練習の成果を聞いてもらい、賛辞の言葉とまではいかなくとも、なにかしらの満足げなポーズを僕は期待していた。
しかし、御堂は一切僕の上達具合を確かめようとはせずに、突如話を振ってきた。それは、ギターの人選についてだった。
僕はてっきり御堂がギターをやるものだと思っていたものだから、はあ、などと気のない返事を返してしまった。すかさず御堂はその返事のお返しに痛烈なデコピンを僕に浴びせ、これでわかったろうと攻撃的な態度で僕を屈服せしめた。
僕は、とりあえず御堂のパートは置いておき、質問の内容を吟味した。
しかし、首がのけぞるほどの打撃を受けた僕は、脳みその表面的な知識をなぞることしかできずに、自分でも呆れかえる失態ともいうべき発言をしてしまった。二つ隣のクラスに、なにかとギターを持ち込んで演奏している奴がいるということをただ聞かれるがままに言ってしまったのだった。
言った直後に良くないことだったと気付いた。
そのギターを持ち込んでいる生徒は、僕とは友達とは言わないまでも顔見知りの生徒で、佐田和也という名前だった。
よく和也とは体育の合同授業の際、どういう縁からかペアを組むことが多く、少しばかりの会話をしたことがあった。そしてその多少の会話から推測できる和也の性格は、おそらく目の前にいる車椅子の男とは合わないだろうということも僕は知っていた。
であるからにして、この発言は失言だったのだが、御堂の食いつきようは僕の思惑とは正反対のベクトルを携えていた。
大体御堂は僕が行わないであろう、最悪な方に、悪い結果をもたらす方に決断をするのだった。個人的な利益不利益を差し引いたとしても、およそそれはないと僕が断言できる方向へとためらうことなく御堂は進行方向を定めた。
この場合も、僕としては今のは失言だったので聞かなかったことにして、また模索していきたいものだと修正案を提示したかったのだが、そこは即決即断で放課後にその佐田和也に会いに行くことになった。
議論というものは、時として声の大きい方が勝つということを聞くが、僕は声が大きくはないし、そもそも僕が否決して議論になったということではないため、その先々の行く末はほとんどの場合御堂に一任された。
僕はしばし黙考した。
御堂五十六と佐田和也を会わせた時のシュミレーションを行った。だが、開始五秒で決着はついてしまった。
間違いなく御堂と和也は合わない。それは確定事項だった。どこにも仲良くできる要素が見当たらなかった。
予想がつくのは和也が殴られるシーンだけだった。今後、僕の行動によって左右されるのはその殴打の強弱でしかなかった。それは不名誉で粗野なシーンの焼き直しである、昇降口での暴行事件が僕の目の前で行われるというだけだった。
御堂が宙に舞い、車椅子を飛び出すスマッシュヒットには興味があったが、そんな興味本位では済まされないことになるのは明白だった。それまでに佐田和也もまた、アクの強い男だった。
頼まれもしないのにギターを持ってきて、あたかも吟遊詩人気取りで教室内で演奏するという行為は、僕にはよくわからない。
しかし、臆せず和也はその愚かな行為を行っていた。つまりこれは彼の根幹に基づく、彼にとっては自然な流れでの行為といって差し支えはないのだろう。
ナルシスティックに彩られた自己愛の発露は、学生という加速装置を経て自らの経歴に恥という文字を穿ったのだろうか。
和也の場合は、その行為が上手い所に落ち着いたからなのか、さして自らを省みることなく、またロマンスに明け暮れる女子高生にとっては男性への憧憬半分といった態度で扱ったため、増長さえしていたものだった。
同性からのあまりいい噂を聞かない和也は、そのような経緯もあってか、異性に対する熱情の表れが他の規範を圧倒し退けてしまったような、そんな見方も窺えた。
簡単に言うと、女の子にうつつを抜かす軟派者といったところなのだが、そんな思慮も情熱も欠けた、ただギターを弾けるだけという男が、御堂とそりもノリも合うはずはなかった。
結果的に彼は、御堂に鉄拳制裁をもらうのだが、どうやらその予想通りの結果を経てさえ、現実の車輪は僕の思惑と外れた道へと移行していった。