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ニヨニヨの館 ■




 平日の朝。駅周辺の歓楽街は閑散としていた。遊んでいる風な若者は全然おらず、せかせかと歩くスーツを着たサラリーマン風の人ばかり見かける。あぁ……失敗した。ここらへんなら昼から若者がぶらついていても不自然じゃないかと思ったんだけどなぁ。

「……!」

 妖子が俺の袖を掴んで、ぶんぶんと振りながら遠くを指差す。その先にはアイスクリーム屋があった。昨日風呂にちゃんと入れたご褒美にアイスをあげたのだが(お風呂は楽しいもの、というイメージを植えつけるためのこなゆき・メソッド)それ以来妖子はアイスをいたく気に入っていた。まぁ手持ちには余裕があるし、いいかと思った俺は、適当にみつくろった三段アイスを買ってきて、妖子に与える。すると妖子はにっこにこになった。こう喜んでもらえると買ったかいがあるというもの、俺はほっこりした。うん、そうだな。情報収集はこなゆきに任せて、今日は遊び呆けてしまおう。自由を謳歌するのだ!

 とりあえずは食い道楽かな、と思って歓楽街を一周してみるも、祭りのシーズンでもないので当然のことながら、出店はアイスクリーム屋しかなかった。しかし、駅の出口付近に面白そうな店……というより、なんだろう、怪しげな何かを見つけた。

 それはピラミッドを模したテントだった。表の立て看板には『占い:一回五百円』と書いてある。見るからに胡散臭かったけれど、占い師ならば、もしかして尋常ならざるパワーで妖子とコンタクトできる可能性があるやも……? 少しだけ、興味があった。

 しかし、こんな早い時間からやっているのだろうか。レンタルビデオ屋も開店していない朝っぱらである。普通の占いの館が営業している時間ではないだろう。俺は、見つからない程度に少し入り口を開き、中を窺ってみる。するとそこには……



挿絵(By みてみん)



 若い女が、頬杖を突いて座っていた。暗い天幕の中でもはっきりと分かるような眩しい金髪、病的なまでの肌の白さから、西洋人である事が分かる。それだけなら中々神秘的でいいのだけれど、問題は彼女がにやにやとした目つきで見つめている物だ。それはノーパソだった。頬杖を突きながら右手でマウスを操作し、アホみたいに口を開けながら画面を見つめている様は、およそ占いの館に相応しくなかった……ていうか人に見せていい顔ではどこであってもない。  

 ……ん? よく見ると、女が見ているパソコンの画面が水晶玉に反射していて、少し見える。目を凝らすと、それは近年、動画にコメントを付けられるという画期的な仕様で中高生の心を掴んだ人気サイト……ニヨニヨ動画だった。

 俺はそっと、入り口の幕を閉じた。

 さぁて、どこいこうかな! 歩きだそうとした俺を、しかし妖子が止める。見ると妖子は真剣な表情で、しきりにテントを指差していた。……そんなに入りたいのか。このニヨ厨の館に。たぶんロクなことにならないと思うけど。

 まぁ、妖子が行きたいなら、いいか。

 俺は少し自分の妖子に対する甘さを自覚しつつも、一時の感情に流された。テントの内へ向けて「すいませーん」と声を掛けてやる。武士の情けだ。すぐにドタドタと中から騒々しい物音がして、丸々一分後くらいに「どうぞ」という声が返って来た。俺が行っていいぞと背中を押してやると、妖子は入り口をすりぬけて入った。うわぁあそうだった! 慌てて、俺も続く。

「ちょっと、今、アナタ……」

 占い師、いやニヨ厨は、口をあんぐりと開けて妖子を見ていたが、すぐに続けて入ってきた俺へと意識を向けた。急いで口元を引き締め、妖しげな声色で言う。

「よく来たわね、蒙昧なるダス・マン。私が宇宙の母よ」

「スケールでかっ!」

 普通いって新宿とか大宮とか、都市の母止まりじゃないのか占い師って。大いなる者すぎるだろ! ていうか宇宙の母って、お前はビックバンだとでもいうのか。

 仰天する俺を、満足気にニヨ厨はみやる。

「ふふ、この程度で驚かれては困るわね。あたしが本気を出せばこの宇宙はおろか、平行世界に存在する六百六十六の宇宙の生殺与奪を恣にできるのよ? 古代の文献に出てくる『神』とか『精霊』とかは全部あたしのことだし、マリックにハンドパワーを与えたのもあたし。ついでに相対性理論を発案したのも実はあたしだから」

「すげぇ! それじゃあもうあんた神……いや、それさえも超越した“何か”だよ!」

 マリックのくだりは明らかにおかしい(あれは手品です)上に場違いだが、そこには目を瞑ってやろう。俺は表向き信徒を演じた。

「ふふふ、貴方なかなか見所があるわね。気分がいいから、特別にタダで占ってあげるわ。さぁ、どんな悩みを抱えているの? この現人神に言ってごらんなさい」

 ちょろいぜゴッド、と内心ほくそ笑みながらも、へりくだった口調で俺は依頼内容を告げる。

「はぁ、それなんですが。聞きてぇのはあっしじゃなくてこの娘のことなんでやんす」

 肩を抱いて、俺は自分の正面に妖子を引き寄せた。

「……さっきから気になっていたのだけど、この子はアナタのなんなの? 人種が違うようだし、兄妹には見えないのだけど、まさか……」

 じとっとした目で女は俺を見る。まさかの先は言わずとも知れた。

「ち、違うからな! 俺は……そう、こいつの保護者だよ。迷ってたところを、助けたんだ」

「ふーん」

 女は疑わしげな視線のまま、丸々三十秒は俺を見つめた。ニヨ厨の癖に異様な迫力がある。

「握手」

「は?」

 女は、座ったままさもダルそうに左手を差し出した。

 ……なんだこれ。

「どうしたのよ? ああそうだわロリコンの性犯罪者だから、万国共通の挨拶である『握手』を知らないんでしょう?」

「ちげーよ。すべての項目においてちげーよ」

 ロリコンでも性犯罪者でも握手を知らないわけでもない。ただ、初対面の人間と握手する習慣なんてないのでとまどってしまったのだ。あと、左手の握手は敵意を示すんじゃなかったっけか?

 まぁいいや。

 ぎゅっと手を握ると、女はその金色の眉を弾かれたようにぴくりと上げた。

「……嘘じゃない、みたいね」

「えっ?」

 いや嘘じゃないけど。なんで信用されたんだ? 俺は戸惑った。この流れは、誤解が解けず通報される流れに思えたからだ。

「不思議がることはないわ。あたしは大宇宙の意思を読み取るリーダー。真理を司るものなのだから」

 ……なんかころころ設定が変わってる気もするけれど。重要なのはそこじゃない。

「お前、本当に超能力があるのか?」

「だからさっきからそうだって言ってるでしょう! 実は信じてなかったわね!?」

「ちっ、バレたか」

「……五百円でなんでも占ってあげるから、さっさと用件を言って出て行きなさい」

 せっかくゴマすったのに、結局金を払うことになってしまった。まぁ本当に超能力があるなら安いものだけれど。俺は五百円をテーブルに載せて言った。

「とりあえずこいつの……そうだな。名前を占ってくれ」

「この女の子の? まぁ名前が分からないと、迷子アナウンスもしづらいものね。いいわ」

 占い師は妖子を自分の正面に座らせ、さっき俺にしたようにじっくりと凝視する。一分、二分、長々とそのまま見つめ続けた。

「…………ちょっと」

「なんだよ。分かったのか?」

「いえ、それはまだなのだけれど」

「ちっ、時間取らせたくせに使えねーな」

「ぐぬぬぬっ! まだよっ! 誰が分からないなんて言ったかしら!? 今ちょっとこの子の手を取っていいか聞こうと思ったのよ!」

「許可取るようなことか? いいから、早くしろよな」

「……失礼するわね」

 女は妖子の手を取って、握手するように握った。

 その途端。

「ひっ……」

 女は小さく悲鳴を挙げて、拒絶するようにぱっと手を離した。自分から掴んでおいてなんて奴だ、と思ったけれど、俺は女の表情を見て詰るのを止める。顔面蒼白だった。

「おい、どうしたって言うんだ?」

「……この子、普通じゃない」

「何か分かったのか?」

「頭が焼き切れるところだった。こんなつまんないことであたし、死んじゃうところだった……」

 ぶつぶつと女はうわ言を喋り続けながら、目を見開いている。これは、どういうことだ?

「妖子お前、なんかしたのか?」

「……?」

 妖子は突然話しかけられて、きょとんとした瞳を俺に向けた。まぁ、こんなに純粋な妖子が、他人に危害を加えるはずもないか。

だとしたら、考えられる事態は一つだ。

「何か分かったんだな?」

 ぎょろりと、女はその翠玉色の目玉だけを動かして、俺を見る。

「アナタ……この子はなんなの」

「迷子だって言ったろ。俺にも詳しい事は分からない。ていうか、質問する権利があるのは俺のはずだぞ」

 五百円払ったんだからな、と付け加える。妖子がなんなのかわかっていたら、そもそもお前に占いを頼んだりはしない。俺はまともな事を言っているはずだけれど、女は憮然とした表情で睨んできた。

「そうね。あたしは今無性に腹立たしいけれど、この苛立ちをあんたみたいなパンピーに言っても分からないだろうし、慈悲深くも許してあげるわ。死ね」

……それって許したことになるんだろうか? と思ったが俺は黙っていた。別に赤の他人に嫌われるのはいいが、五百円分の情報は得たい。これ以上火に油を注ぐような真似は避けたかった。

「この子の名前を聞いていたのよね? ちょっと待ってなさい。言葉で伝えるの難しいから」

 そう言って女はごそごそとテーブルの下を漁り、紙とペンを持ちだし、しゅしゅっと筆を走らせる。紙に書かれたのは『†』という記号。

「これは……短剣符(ダガー)? これがなんだって言うんだ」

「だから、この子の名前よ」

「名前って……これ記号じゃんか。こんなん役所が受理してくれるわけないだろ!」

「知らないわよっ! この子自身は自分にこういうイメージを持っているの。それは自分の名前って事でしょう?」

 そういうことになるのか? けど……。

「俺は絶対信じない」

「カッチーン。頭に来たわ。あたしが命をかけて手に入れた情報に、なんなのその仕打ち。だったら、その子にこの紙を見せてみなさいよ」

「うちの妖子がこんな厨二記号に反応するわけないだろ……全く。これだからニヨ厨は」

「ちょ、ちょっとなんでそんなこと知ってんのよ!?」

「ふ……自分だけが特別だと思うなよ?」

 まぁ覗いただけだけど。しかし効果はてきめんのようで、女はわなわなと震えていた。その反応が面白く、俺はもっとイジメたくなった。

俺は更に吠え面をかかせるべく、『†』記号が書かれた紙を妖子に見せてみる。

 すると、

「……」

 妖子が紙に触れた。その瞬間に、紙に書かれた『†』の形をしたインクの塊は、まるで3D映像を見ているかのように、紙面から立ち上がってきた。記号が、質量を持って宙に浮かんでいる。

 ……え?

 ニヨ厨が、悲鳴混じりに声を挙げた。

「な、なんなのよ、これっ!」

「俺が知るか! マリックにハンドパワー教えたのはお前じゃないのか!?」

 それはまるで魔法だった。宙に浮かんだ短剣符は、狭い天幕の中をぐるぐると回りながら、いつのまにか金属のクロスネックレスに変異していて、ふわりと妖子の首に巻き付く。

「♪」

 ……どうやら気に、入っているようだ。

「み、みたか」

 急に後ろから声がしたのでびっくりして振り向くと、占い女が俺の背にしがみついていた。どうやら短剣符が飛び回っていたのが相当怖かったらしい。しかしそのザマでよくそんなセリフが吐けるよな……。

 憐れむような視線を送っていると、女はやっと自分の今の状況に気づいたのか、ぱっと俺から離れ、ごほんと咳払いをする。ここにきて威厳も何もあったものではないけど。

 女は胸を張って言う、

「さぁ、依頼は済ませたわよ! とっとと五百円を寄越しなさい!」

「もう置いてあるけど」

「~~~っ、知ってるわよ! 口が減らないケチな男ね! ふん、しょうがないわ。本当は千円頂くところだけど、アンタの顔をあたしはもう一秒だって見たくないから、特別に五百円にしてやるわよっ! この泥棒猫!」

 口が減らないのはどっちなんだろうか。巧みな煽りに、もう少しだけからかってやりたくなるが、なんとか自制する。他人種の年齢を正確に推し量ることは難しい。今まで年上だと思っていたけれど、女は立ち上がると意外に背が低く、近くで見ると面持ちも幼い。同年齢か、少し下くらいなのだろうか。そんな年で怪しげな占い露店で日銭を稼がなければいけない境遇に、少し憐れを誘われたのだった。

「まぁ、頑張れよな、お前も」

「頭に手を乗せるなっ! 合衆国(ステイツ)だったらセクハラで訴えてるところよ!」

「お前、アメリカ人なのか?」

「そうよ、見て分からない?」

 両手を広げて女は憤慨する。いや見てくれはそうだけども、お前アメリカ人にしちゃ日本語達者すぎるだろ。

「あーだったらさ、日本のルールちゃんと分かってるか? こういう店勝手に出しちゃいけないんだぞ?」

「ふん、馬鹿にしないでよね。渡航先の国の法律を網羅するのなんて当然の事でしょう? ちゃんと営業許可はとってあるわ」

 ほら、と免状を引っ張り出してくる。正直そんなものを持っているとは驚いた。しかし、こういう露店商が一番もらっておかなきゃいけないのは行政の許可じゃない。そっちは大丈夫なのだろうか……とお節介にも気を回していた、丁度その時。


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