幼馴染が焦る展開
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ありがたいことに、超常現象系番組やミステリー特捜班(MMR)が取材に来る前に、少女は着地してくれたのだった。
「葵ちゃん、大丈夫だった!?」
「あ、ああ……悔しいが後半ちょっと楽しかった……」
「あんたさんも大概大物だぁね……」
こなゆきはそういいながら、途中で落としてしまった俺の靴を手渡してくれた。まだ全身に浮遊感が残っていて、ひどく気持ち悪いけれど、これでさすがにこなゆきも分かってくれたろう。
「こいつ絶対、人間じゃないぞ」
「うーん確かにそうらしいやいね。妖精さんなのかな?」
「妖精」
確かに魔物より妖精って言うほうが妥当か、と俺は謎の少女のあどけない顔立ちを眺めながら思う。異常なほど大きく丸い瞳は、吸い込まれそうな深い青色をしていて、とても可憐な顔立ちであった。ついさっき酷い眼に会わされたばかりだけれど、悔しい事に憎めない。可愛いは正義なのか。
「妖精さん、こちらパウダースノー。私の言葉が分かりますかー? どうぞー」
「……?」
膝を折り、妖精さん(仮)と対話を試みるこなゆき(コードネーム:パウダースノー)であったが、どうにもファーストコンタクトはうまくいっていないようだった。まぁそうだろうな。妖精と心を通わすことができるのは純粋な少年少女だけと相場が決まっている。汚れちまった俺達にはもう叶わないのは悲しいけれど、当然の事と言えるだろう。しかし妖精さん(仮)が小首を傾げる様は非常に可愛いらしかった。
「妖精さーん、ワレワレハ、チキュウジンダ」
「……?」
ソレハ、ミレバワカルと俺は妖精さんに代わって喉を叩きながらこなゆきに返した。しかし空も飛べちゃう超文明の異種族なら、ご都合的にこちらの言語をマスターしていてくれてもいいのに。
なんというかぶっちゃけ、埒が明かないのだった。展開に窮するというか、なんか他でイベントをこなさないと、もうこれ以上進めないあの感じがしていたのだ。
「おいこなゆき、もう帰ろうぜ」
「えー、帰っちゃうの?」
「だって話し進まんし。多分俺達みたいなアダルトチルドレンはお呼びじゃないんだろ。ETって見たことあるか? 異種族と心を通わせられるのは子供だけってのがパターンなんだ」
「うー自分がもう子供じゃないなんて、認めたくないなー」
そりゃ凄いわかるけれど。俺はなんとなく格好を付けたくなって、ふふん、みたいな頭良さそうな顔して(見えないから多分ですけどね)
「ピーターパンシンドロームかよ。まぁ初潮が来たら神通力が失われるってのが典型だな。さすがに身長が中学から伸びてないからって、初潮はもう来てるだろ?」
「デリカシーがねぇぞ小僧♪」
「はひぃっ! すいませんっした!」
急に怒られて、心臓がごぼぉっ! みたいな嫌な音を立てて収縮した。やれやれ、単なる事実確認のつもりだったのだけれど、女心とは難しいものである。
「でもさ、なにか、気になっちゃうなぁ」
こなゆきは未練がましく妖精さんを見つめながら言う。女だと『幼女が気になる』なんて言ってもロリコン扱いされないどころか母性本能が豊かできゃっ、素敵☆ みたいな感じにまでなるんだから得だよなぁ、やっぱり女に生まれたかったなぁ、俺の『幼女が気になる』はそのまま留置所くらいには行かされそうだからなぁ、なんて思いながら、もちろんそんな考えを遊ばせていることはおくびにも出さず冷静に俺は会話を繋げる。少し声をイケメン風にしてみたりして。
「ああ、気になるのは分かるよ。こいつ可愛いし、常識では説明できないUMAだし。俺も捕まえて、大槻教授の前に連れて行きたいとは思ってる」
「あ、ううん、そういうことじゃなくてね」
こなゆきは妖精さんから、俺へと目線を移す。
「この子、昔の葵ちゃんと似てる気がする」
「……俺と? どこが?」
「うーんどこが、っていわれても困っちゃうんだけどね。なんとなく、どことなく、そうだ! こういう時使える便利な言葉があるよね。ずばり、女の勘でしょう」
「フッ、全く君には敵わないなベイベー」
こなゆきの言葉が丸尾君っぽかったから花輪君で返してみたのだけれど、気づいてはくれなかったようだ。ずばり要練習でしょう、という所か。
しかし、昔の俺に似ているって言うのは、どういう意味だろう?
分からない。分かるはずも無い。俺は比較対照の『昔の俺』を知らないのだから。それでもまさか、こんな人外のお子様だったはずはないと思うのだけれど。
まぁしかし、妖精さんは空が飛べるのだ。こなゆきが気になろうがなるまいが、飽きたらどこかに飛んで行ってしまうだろう。捕獲は無理だ。いい加減雨でぐしょぐしょに濡れた制服も不快だし(結局カッパは帰って来ません)、俺はこなゆきに先に帰る事を告げ、 一人で歩き出した。
すると、
ひょこひょこと、危なげな足取りで俺と並走する人物? がいた。――妖精さんだ。
まさか、と思って俺は少し歩く足を速める。それでもぴたりと付いてきた。妖精さんは口を開いて、「がおっ」とした顔を俺に向ける。これは彼女なりの抗議の表現なのだろうか。速すぎる……と?
速度を抑えると、彼女はまた笑顔に戻った。これはもしかすると、もしかするのかもしれない。
「妖精さん、葵ちゃんに懐いてるみたいだね」
「馬鹿な……幼児が好きなのは丸っこくて柔らかいものと相場が決まっている……俺は知らない間にそんなに太っていたのか……」
「? そんなこと無いと思うよ。私なんか幼稚園の頃からイケメンのお兄さんみると、飛んで行ったらしいし」
「ボーントゥビービッチ!」
しかしそれは遠まわしに俺が超絶イケメンだと言ってくれてるのか? よし、許した。
いや待て。
「だとしたら、この妖精さんは俺に恋愛感情持ってるってことになるぞ! こなゆき、お前もっと取り乱せよ! NTR事案発生なんだぞ!? 今! ハンカチ噛むとこ今!」
「なんでさ? 祝福したげるっ」
くっそ、こいつ。甲斐甲斐しく世話を焼くのは好意の表れだと相場はきまっているのに、こなゆきからは俺に対する恋愛感情が露程も見えない。こんなの、俺の幼馴染じゃないやいっ!
……いや。
そう判じるのは早計か、と俺の優秀な(と思いたい)頭脳は類似のシチュエーションから希望的観測を捻り出した。
幼馴染と主人公の仲が進展するのは、主人公に第三者の女が擦り寄ってくる場合が殆どだ。積極的な第三者の登場によって、幼馴染は選択を迫られる。もはや幼少時からの仲の延長、ぬるま湯に浸かり続けることができなくなる……というのが幼馴染物の王道だ。それを今の俺の身に移して考えてみると、妖精さんの登場は願ってもないチャンスなのかもしれない。
「決めた」
俺は立ち止まって、並んで歩く妖精さんに向き直る。妖精さんは俺を見てから急に止まろうとしたので、前につんのめってしまった。抗議の意を示すのであろう、がおっとした顔を再び俺に向ける。
「妖精さん、俺のステディになってくれ」
ん? とでも言いたげに妖精さんは小首を傾げる。
「好きってことさ……我が姫」
跪いて、手の甲にキスをする。すり抜けてできなかったが。
しかし妖精さんにはそれでも何かが伝わったようで、口をぱくぱくさせながら俺の周りをスキップして回り始めた。可愛い。嫉妬に狂っていやしないかとちらりとこなゆきの顔色を伺うも、こなゆきは愛玩動物をながめるようなほわーっとした顔で俺達を温かく見守っていた。
ま、まぁ、ローマは一日にして成らずっていうしね……。