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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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8.トンネル内の 危険な仕掛け

 この物語は、童話の世界が変化した、≪ねじれた世界≫での お話です。 原作との違いを 比較しながら お楽しみ下さい。

  木の中にあるということで、ある程度の 予想はしていたが―――― トンネルの中は、思ったよりも 真っ暗だった。



「ノ…… ノールは、ちゃんと見えているの?」

  叶人の 一歩先を歩く白ウサギは、あまり動揺した様子がない。


  叶人の視力は、はっきりいって ものすごく悪い。 普段は コンタクト必須であるが――― それにしたって、近くに来なければ 判別できない、という事が多かった。

  失念していたが…… 今、この世界で コンタクトが壊れたら、裸眼では とても生活してはいけないだろう。

  乱視も入っていることから、物が飛んできても ブレてしまってわからない。

  グラマー美女のような ≪飛び道具≫で攻撃されたら、 確実に 当たる自信がある。


「さすがに、僕も それほど見えている訳では ありません。 でも、この辺りは 前にも通ってますから、大丈夫、安心して下さい」

  ウサギは 耳がいいですから、音の反響からも わかります――― と言う ノールは、心なしか 声が弾んでいる。


  確かに、ウサギなのだから、人間よりは 聴力が優れているみたいだが…… 何故、ウキウキしているのだ、このウサギさんは。

「トンネルを使うのは ネバーランドの子供たちだけ、ですからね。 みんな、普段から この暗さに慣れているのでしょう。 大丈夫、僕がそばにいますから…… 怖いことは ありませんよ、カナト」

  ………… その一言で、納得がいった。


  どうやら、叶人が 暗闇を怖がっている―――― と、勘違いしているらしい。

「ええと…… ご期待に添えなくて、申し訳ないんだけど。 私、見えないだけであって、別に 暗い所なんて 怖くないからね?」

「いいんですよ、隠さなくても。 か弱い ≪女性≫なんですから、怖くて 当然です」

  …… そうか、白ウサギの考える ≪女性≫枠からは、大きく外れているようだ。

  どうでもいい事なのに、そう言われると 何だかとっても 腹が立つ。


「僕と 手をつなげば 怖くないですからね。 さあ、手を出して下さい、カナト」

  この状況で、手をつなぎたいのか、この男は。

  ああ、ハネムーンがなんたらと 言っていたっけ。


  目は見えなくても、手が伸ばされたことが 何となく気配でわかった。

  わかったが、簡単に 了承する程、叶人は素直には できていない。

「…… 手じゃなくて――――― こっちがいい」


  叶人は、見えない中でも どうにかアタリをつけて…… 白ウサギの ≪服≫を掴んだ。

  ちょうど 腰の部分になるのだろう。 上等なジャケットに シワが寄ってしまうだろうが、この際 無視だ。

  手をつないだら、白ウサギの片手が 塞がってしまうのだ。

  この世界では、何が起こるか わからない。 ≪護衛≫として、それは避けたかった。

  服を掴むだけなら、叶人が 手を離すことで、二人とも すぐに行動できるだろう。

「ココなら いざという時に、お互い すぐに手が使えるでしょう? ……… もしかして、ダメだった? 歩きにくい?」


  ≪末っ子≫として育った叶人は、昔から 姉や兄の≪服≫を 掴んで歩くことが≪当たり前≫だった。

  手をつなぐことよりも、正直 この方が安心する。


「い…… いいえ、全然、とんでもない、大丈夫ですから…… 離さないで下さい、離してはダメです、どうか このままで!」

  白ウサギの反応から、嫌がられていないと感じたので、叶人は そのまま掴むことに決めた。





  トンネル内は 細く続いた一本道だった。

  慎重派で どちらかといえば 心配性の叶人は、いくら 白ウサギが≪大丈夫≫と言ったって、どこか 嫌な予感がしていた。

  ≪暗闇≫以外なら、世の中には 恐ろしいことなんて たくさんあるのだから。


  こういう時のカンは、得てして よく当たる。

  先に反応したのは、やはり ウサギさんの方だった。

「――――― 少し、下がって下さい、カナト」


  ウキウキ気分からは一転、緊張の混じった声色に 叶人は 掴んでいた手を すぐに離した。

「…… 離さなくても、いいのに……」

  危険が迫りつつある中で、言うことは ソレなのか、ウサギ男。

「前方から 三人来ています。 しばらくは 一本道なので、このまま戦うしかないですね」

「…… トンネルを使う 子供たちだと思う?」

「いいえ、この気配は 大人のものでしょう。 しかも、足音が ほとんど聞こえない――― よく訓練された者たちのようですね」

  何の≪訓練≫だか、あまり知りたくはない。 どうせ、ろくでもないことに 決まっている。


「ねえ…… カクテルを飲んだから、私たち 今は≪子供状態≫に なってるでしょ? 一旦、引き返した方が よくない?」

  海賊を見に行くのが 目的とはいえ、自分たちが 危険な目に遭うなんて もってのほかだ。

  ≪危険回避≫が モットーの叶人にとっては、当然の選択なのだが。

「僕の 心配をしてくれているのですね? 大丈夫、僕は けっこう強いですから、≪一般人≫になど 負けません」


  …… 先程、よく訓練された ≪刺客≫だろう、という推測では なかっただろうか。 多分、それは一般人とは 違うと思う。


  今後のことを考えて、ここは 深追いせずに、トンネルから出たほうが いいのかもしれない。

「ノール……… せっかく進んだけど、やっぱり 引き返して……」

  言いかけた 言葉を、叶人はすぐに 引っ込めた。

  後方から、さっきとは あきらかに異なる 空気の流れを感じる。


「ノール……」

  小声で、護衛の名前を呼んだ。

  間違えなく、自分たちは 挟まれてしまったようだ――― この 一本道で。


「後ろからは…… 五人、来ています。 前方に 道を切り開きますので、僕に ついてきて下さい」

「わかった…… 私も、≪妨害≫ がんばってみる」

  ヴァイオリンなら、見えなくても支障はない。

  必要なのは、≪手先の感覚≫と 音を判別する≪耳≫だけ なのだから。

  手元に集中して、叶人は ≪武器≫の召喚を 念じていた。





  始めは、上手くいっていた。

  そのまま、簡単に終らせるつもりでいた ノールの耳に、カチリと 不穏な音が届いたことで――― 状況は いっきに悪い方向へと 変わる。

「カナト!?」

「ノ…… ノォ…………!」


  ≪ノール≫と 最後まで言えないまま、急に 叶人の声が 遠ざかっていき―――― 彼女の声は、この場から消えてしまっていた。

  叶人が消えたことで、前方 三人に、後方 五人、合計八人に 挟まれてしまったのだが。


  人数なんて、白ウサギには どうでもよかった。

  ただ、叶人が この場から≪消えた≫…… という事実が、ひどい動揺を 運んでくる。

「何で…… どこに……」

  短剣をふるいながらも、どこか 茫然としていたノールに、背後から 声がかかった。


「こんな事で、動揺していたんじゃ…… 先が 思いやられるな」

  あきらかに 小馬鹿にした声は―――― 何だろう、どこかで 聞いたことがある。


「おっと…… 俺は、≪アリスが消えた≫事に関しては、無関係だぜ? さっき、カチリって音が聞こえただろう? アレ、このトンネルの ≪非常口≫が作動した音。 ウワサ程度には 知ってるだろ?」

  言われて気付いたが…… そういえば。

  このトンネル内には、無数の≪仕掛け≫が 施してあり、≪非常口≫も その中の一つである。

  叶人は、動くうちに 誤ってその仕掛けを押してしまい…… 非常口から ≪トンネルの外≫へと 放り出されてしまったようだ。


「言っとくけど、ここの仕掛けは 一度作動すると、もう その仕掛けは ≪閉じて≫しまうからな。 同じ場所から 後を追いかけようとしても、ムダだぜ?」

  応戦しながらも、手探りで 仕掛けを捜していた事に 相手も気付いたらしい。


  …… 何者だか 知らないが、八人全員 どこかからの≪刺客≫だろう。

  訓練された 隙が無い動きは、暗闇にも慣れていた。

  もちろん、ネバーランドの子供ではない。

  トンネル内の構造にも 詳しそうだし、結構≪大物≫の 子飼いだろう…… そこそこ強いから、厄介だ。


  けれど、厄介だろうと 引き下がるつもりなんて、微塵もない。

「どこの 愚か者かは知りませんが…… 彼女に 目を付けた事だけは、褒めてあげましょう」

  叶人は―――― きっと、この ねじれた世界≪ローリィヴェルテ≫を 変える人物になるはずだ。

「ですが…… 僕の≪大事な人≫なんで。 周辺をウロウロされると、とても不快です」

「おやぁ? 殺気が漏れてるぜ? アリス直々に、殺してはダメよ…… って、言われてたはずだけどなぁ?」

  つまり、その話題をしていた頃…… ネバーランドの入口あたりから、すでに尾行されていたようだ。


「…… 殺しはしません。 彼女の 希望だから」

  以前の自分なら、問答無用で 斬り伏せていた相手であっても。

「彼女が 望むなら……… 僕は どんなモノにも、なれるんです」

「へえ…… それは ぜひ、見たいもんだなぁ」

  別人だとわかっていても―――― どこか ゆるい独特の口調は、大嫌いな ハートの≪兵士長≫にも、似ている気がした。





  すべって、すべって、すべって、すべって…… とにかく、滑りまくって。

  とてつもなく 長い、≪すべり台≫を 延々と落ちていき……… あまりにも早いスピードに 呼吸さえも 苦しくなってきた頃。

  叶人は ようやく、地面へと辿り着いた。


「な……… 何だったの?」

  カチリと 嫌~な音がしたのは わかった。

  自分の足が、ソレを 押してしまったのだと いうことも。


  しかし、いきなり地面が割れて そのまま≪巨大すべり台≫に 繋がっているとは、夢にも思うまい。

「当たり前だけど…… ノールは、いないよね」

  下りてきた すべり台を見上げるが、とても 登れるような代物ではない。


  到着した場所は、紫色の 小花が咲き乱れる、一面の花畑だった。

  フカフカの感触がする 不思議な草や葉の おかげで、着地の衝撃は ほとんどない。 怪我がないのは ありがたいことだ。


  白ウサギと 出会って、まだ数時間だが―――― いきなり はぐれてしまった。

  気配や 音で、自分が消えたことは 気付いているだろうが、刺客の人数は 八人。 すぐに 追ってくるのは 難しいだろう。

  この場合、動かずに 待っていた方が いいのか。 それとも、どこかに移動した方が 合流できる可能性があるのか。

  普通の常識が通用しない世界だけに、判断は しづらい。


  とりあえず、スカートの右ポケットに 手を入れて、あるモノを≪確認≫した。

「よかった…… ≪キャンディーポット≫は、ちゃんと ある」

  世界の≪案内人≫に渡されてから、バタバタと いろいろな事が起こり過ぎて、存在を忘れていたが…… 小ぶりの 蓋つきガラス瓶は、≪アリス≫にとっては 重要アイテムなのだ。

  スカートのポケットに しまうだけ――― という、不安定な収納しかない 今の状態では、いつか 落としてしまうだろう。

  早々に、キャンディーポットを入れる、カバンや 袋が欲しい。


「何か、お困りのようね」


  気配のないところから、突然 声が聞こえたので、叶人は 悲鳴を上げるところだった。


「こんにちは…… その格好は、アリスのようね。 何番目か 聞いてもいいかしら?」

  紫色の小花の中から 出てきたのは、花に隠れてしまうほど 小さな、妖精の女の子。

  緑色のワンピースに、青く透けた 羽根、可愛いけれど 気の強そうな顔に、金髪の お団子ヘア…… 少女なのに どこか色気も感じさせる、その姿は。


「あたしの名前は、ティンカーベル。 ピーターの 一番の恋人よ」

「私は…… 九十九番目のアリスになるわ。 初めまして、ティンカーベルさん」

「ベル、で結構よ。 それで…… 何か 困っている様子に見えたけど。 よかったら、あたしの家に 来てみない?」


  にこやかな表情だったが、ティンカーベルの真意は わからない。

  カクテルをくれた 言葉が離せない≪妖精≫たちとは、種類が違う気がした。


「女同士だし、相談に乗れることも あると思うわ。 今、海岸沿いでは 海賊が押し寄せてきて、大変なの。 じきに、この辺りにも来るかもしれないから、危ないわよ」

  おそらく、海賊の話は 本当だろう。

  けれど、目の前の妖精に 軽々しくついていけるほど、叶人は 大胆ではない。


  どういう反応をするべきか――――― 迷った 叶人の耳に、決してお行儀が良いとはいえない 舌打ちが、聞こえてきた。

「ちっ………… なかなか 警戒心が強いようね。 仕方がないわ、それならば―――― 妖精の粉を あげる」

  キラキラキラキラ…… ティンカーベルの周囲に、光るモノが 舞う。


  光を認識した途端に、叶人は 頭がぐらぐらと 揺れるのを感じた。

「え………」

  気付いた時には、すでに遅し。 あっさりと、体は 花畑に沈んでいく。


  その様子を眺めていた ティンカーベルの唇が、ニヤリと 弧を描いた。 どう見ても、悪者だ。

「≪護衛≫を連れていない アリスなんて、本当に 無力よね。 まぁ、立場が立場なだけに、≪利用価値≫は高いから、あたし達は 助かるけどね…… ウエンディ、出てきて いいわよ」

  

  少し離れた所から、女性らしき人が こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

「とりあえず、≪タイガーリリー≫の所まで 運んでちょうだい。 ≪インディアン≫たちの 戦力を整えたら、すぐに 海岸へと向かうわ。 アリスを ≪人質≫にとっていれば、海賊なんて 楽勝よ」

  楽しそうに話しているが、内容は 物騒だ。 白ウサギといい、この世界の住人は、みんな こうなのか。

  ピーターパン、海賊、ティンカーベルと続き、タイガーリリーの名前も 出てくる。

  さらに、次に登場したのは、 ≪ウェンディらしき≫人物だった。


「ウ……… ウエンディ…… ?」

  のっしのっしと、地響きとともに 歩いて来たのは、一応 女性なのだろう。

  長い髪に リボンをつけているので、男だったら 張り倒したい。


  原作の童話では、確か 薄いブルーのネグリジェを着て、裁縫が得意で、世話好きで、ネバーランドの子供たちにとっての ≪お母さん≫的な役割の…… あの、≪ウエンディ≫が。

「ウホ」


  子供姿の 叶人など、片手で 軽々と持ち上げた その腕力には、敬意を表したいが。



  どこを どう見ても――――― 叶人にとっては いわゆる≪ゴリ子≫にしか、見えなかったのである。

 ウエンディ…… 別名 ゴリ子。 会話は すべて、『ウホ』のみである。 ――― すでに、人間枠からは だいぶ外れていますね~。


 トンネル内に現れた 刺客の中に、アノ人物がいましたよ。 ハートの兵士長ではなく…… 察しのいい方ならば、わかるはず。 北から来たのに、もう着いたんだね、この人。

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