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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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7.人魚が作った ≪カクテル≫で

 新章『ネバーランド編』開始です。 しかし、サブタイトルが いきなり≪人魚≫。 ピーターパンっぽくないですが、≪人魚姫≫は 今後も登場する予定の キャラなのです。

 ※誤字発見、修正しました

  初心者≪アリス≫の出発点、世界の始まりの地―――― そこから 一番近い場所、その名も『ネバーランド領』。


  ねじれた世界≪ローリィヴェルテ≫の ほぼ中心地にあたる、子供だけの楽園である。




「そういえば…… この世界って、どこも こんなに自然がいっぱいな所なの?」


  今のところ、進んでも進んでも、緑多き景色に 変化は無かった。


  木々が生い茂り、色とりどりの花、絵具を溶かしたような青空に、ふわふわな雲、どこへ向いても 虹が見えるし、小さな妖精さんは 飛びまわっているし、ロンリン ランリン…… と、相変わらず 何かの音楽が流れてくる。


  平和だなぁ…… と、心地よい日差しを受けながら、つい ぽや~んと 眠くなってしまう。


「他の地域は それぞれ 全然違います。 ここは 世界の中心地で、始まりの地ですから…… 平和的な景色に わざと≪設定≫されているだけですよ」

  誰が…… とは、訊かなくても わかる。 どうせ、≪世界の意思≫に決まっている。

「ネバーランドって…… どんな所? ノールは、行った事 あるの?」

「ええ、もちろんです。 初心者アリスが 必ず立ち寄る場所ですからね。 …… この僕も、昔の≪ご主人サマ≫と、何度も 行きましたね」


  ≪ご主人サマ≫というあたりで、白ウサギは 心底嫌そうに、顔を歪めた。

「…… ごめん、訊いたら いけない事だった?」

  配慮が足らなかったと、叶人は反省した。

  白ウサギが ここにいるのは、以前の≪アリス≫が 消えた結果なのだ―――― この世界の流れからいって、この世には 存在していないのかもしれない。

  自分の 主人が消えたなんて、護衛としては つらいだろう…… と心配したのだが、そこは やはりというべきか。


  白ウサギは、白ウサギ。

  不謹慎にも 笑顔全開で 言ってのけた。

「経験しておいて 良かったです。 これで、どこが危険か、誰が危険か。 あなたに 余裕を持って 教えてあげられます。 その点に関しては、まぁ 役に立ったと言えるでしょうね…… ≪ごみクズ≫みたいな、アリス達でも」

  見惚れてしまいそうな顔でも、言っていることは とんでもない。


「…… ノール…… あのね、この際だから 最初に言っておくけど……」

  大事に扱ってくれるのは ありがたいが、叶人以外の ≪その他≫に対して、≪絶対零度の態度≫であるのは いかがなものか。

  すべての人に 愛想を振りまけとは 言わないが、ノールの行動は 度を越している。

  もう少し 大人としての自覚を…… と、注意しようとしたが―――― 長いお耳には、都合の悪い事は聞こえていないようで、ばっさりと 話は打ち切られてしまった。

「あ、見て下さい、カナト! あそこに見える門が、ネバーランドの入口ですよ!」

  …… ああ、そうかい。 無視なのね。


  蹴っ飛ばしてやろうかと、顔を上げた叶人の 目の前に現れたのは、数々の≪風船≫やら ≪リボン≫やら ≪折り紙≫を取りつけた、カラフルな 巨大ゲートだった。





  勝手に 足を踏み入れても、問題ないのだろうか。

  この世界の常識が、まったく掴めない。 何をしたら≪違反≫で、どこまでの行為が ≪許される≫のか…… 基準が さっぱり不明である。


「世界において、≪アリス≫は特別な 地位ですからね。 ほとんどの住民が、アリスに従います。 物を買ったり、食事をしたり――― 生活面でも、アリスは すべて≪免除≫されているので、お金の心配もありません。 仮に あったとしても、僕が あなたのことなら、すべて何とかするので…… 安心して≪ハネムーン≫を 楽しみましょうね」


  ―――― 頼むから、そういう ≪重要事項≫は、もっと真面目に 話してほしい。

  そもそも、これは ハネムーンではない。 何度言えば わかる、白ウサギめ。

「不法侵入にならなければ、別にいいんだけど……」

「アリスを拒む住民など、世界には ほとんどいませんよ。 だって、アリスというのは 願いを叶えてくれる、いわば 希望の光。 喜ぶことはあっても、追い返すような 愚かな者など……」

「…… いない、と言うなら、アレは 何なのかな~?」


  前方の 茂みを指さして、叶人は半笑いで ウサギに尋ねた。

  モサモサとした 植え込みの中に、オモチャっぽい絵柄の 仮面が見える。

  一応 隠れているつもりらしいが…… 武器を持った両手が はみ出していて、とても物騒である。

「僕の 大事なカナトに向かって…… あの態度とは。 速攻で……」

「――― 消す、とかいう 選択肢は、無しだからね?」

  バルドの一件で 学習済みだった 叶人は、白ウサギが動く前に、しっかり牽制しておいた。

  とても残念そうに…… けれど 決して口答えしないのが、ウサギさんの 良いところだ。


「…… そこの 不審者。 命が惜しければ、出てきなさい」

  ものすごく、悪役が言いそうな セリフである。 だから、何で 穏便にできない? 

  平和的 話し合いからは、ほど遠い態度ではないか。


「…… お前、誰だ?」

「オレ、知ってるぞ、その服!」

「アリスだろ? それに、白ウサギだ!」

「何しに 来たんだよ?」

「白ウサギのことだ、きっと≪悪さ≫を しに来たんだぜ!」

  がやがやと 一斉にしゃべりだしたが…… どうやら、五人とも すべて子供の声だった。


「…… ノール、何か 言われてるけど。 ―――― 悪さって、何したの?」

「僕の責任では ありません。 あれは…… 以前の、バカな≪アリス≫が 命令した事であって、僕は 護衛として 従ったまでです」

  返ってきたノールの答えに、叶人は ため息をつきたくなった。

  彼は 本気で…… 自分の行為に、疑問を感じていないようだ。

  これは、思ったよりも、重症かもしれない―――― 善悪の判断が、まったく できていないのだ。

  ハートの≪兵士長≫のように、承知して やっていない分だけ、まだ救いがあるが。


「…… 命令された事であっても、ちゃんと自分で 判断しなきゃダメだからね?」 

  何だか、幼い 子供を相手にしている気分だ。

  真っさらで、真っ白で。

  良い意味で すれていない分、叶人の ≪接し方≫次第では、変化できるかもしれない。

  焦らず、気長に 接していくことで、 ≪妄想≫や≪暴走≫も治るかもしれない。

  この際だから、まとめて 何とかしよう―――― 自分の 唯一の≪味方≫として、今のままでは 困る。


「僕は…… 悪い事を、していたのですか?」

  しゅん…… と、ウサギ耳が 下がった。

  あぁ、もう これは ≪子供≫に決定だ。 子供だと思えば、ちょっと≪狂った言動≫も、腹は立たなくなるだろう…… 多分、だが。


「あっちの子供たちは、そう思っているみたいだね。 …… 詳しい事情を聞いてみないと、確かなことは言えないけど」

  ≪片方の事情≫だけで 物事を≪判断≫することは、とても危険だから。

「まずは…… 落ち着いて 話をしましょう?」

  茂みの中にいる 子供たちに向かって、叶人は できるだけ優しい声で、そう言った。


「だまされないぞ!」

「白ウサギと グルなんだぜ!」

「今度こそ やっつけてやるからな!」

「お前たちなんか 死んじまえ~!」

「そうだ そうだ~!」

  まあ、当然の反応だろう。 このくらいは、予想済みだ。


「帰れ、ばかウサギ!」

「帰れ、ばかアリス!」

「ば~か、ば~か!」

「ち~び、デ~ブ!」

「ブ~ス、ブ~ス、ふりふりババァ~!」

  白ウサギが 短剣に手を伸ばしたので、がっちりと押さえて 止める。

  …… ≪ふりふりババァ≫とは、表現が≪的確≫なだけに 悲しいものがあるが。

  刺激せずに、どうやって 子供たちに近付こうか…… と思案していると、少し先から 大きな音が流れてきた。


  ビーヨン ビーヨン ビーヨン ビーヨン


「たいへんだ!」

「あの音は、緊急のサイレンだ!」

「きっと、海賊たちの 襲撃だ!」

「ピーターを 守らなきゃ!」

「≪戦争≫ 開始だ~!」

  音を確認した 五人衆は、植え込みから飛び出し、近くの木から垂れている ロープへと駆け寄った。

  ロープを一人が引っ張ると、木の根元には 小さな入口が出現し、順番に その中へと入っていく。


「…… 完全に、私たちのことは 置き去りね」

  あっという間に、取り残された。 子供という生き物は、実に 素早い。

「子供たちは、ああして 木の中に無数の≪トンネル≫を作っています。 トンネルは 他の木にも繋がっていて、あの中を移動するだけで この土地を一周 回れるようですよ」

「あれって、とても小さく見えるけど…… 入れると 思う?」

  尋ねると、白ウサギに 眉をひそめられてしまった。


「…… 入るつもり、なんですか?」

「入りたい気は あるけどね…… 物理的な問題として、できるか どうか」

  すると、すぐ耳元で ロンリン ランリン…… という、あの金属音が聞こえた。


「わっ…… びっくりした。 これって、もしかして…… 妖精さん?」

  顔の すぐ近くに、小さな妖精たちが 飛んでいた。

  動くたびに キラキラと光る様子は、とてもきれいである。


  透明な羽根が 生えているというだけで、姿は 人間と変わらなかった。

  ひらひらと 風になびく衣装を着て、よく見れば みんな可愛らしい顔立ちをしている。

「…… すごい、可愛い」

「みんな、カナトが気に入ったようです。 …… 何ですか、≪カクテル≫ですか?」

「ノール、妖精の言葉が わかるの?」

「はい、もちろん。 …… カナト、妖精がくれるという ≪カクテル≫を飲めば、あの小さな穴でも 入れるようですが……」

「それって、あの≪大きくな~る≫みたいな…… 怪しげなヤツ?」


  護衛たちを 大きくする≪例の薬≫は、間違っても 手を出したくはない。

「…… どうやら、違うようです。 最近 この近くを通りかかった ≪人魚姫≫が、置いていった品みたいですね」


  陸地なのに、どうして 人魚が来るのだ――― あぁ、もしかして、無事に 人間になれたのだろうか?

  人間になった 人魚姫。 しかし、彼女が 何故、≪カクテル≫なんぞを 置いていったというのだ。


「人魚姫は…… どこかの魔女に 弟子入りをして、今は その修行中とか。 修行の一環で、そのカクテルの≪効果≫が 知りたいからと、置いていったみたいですね」

  ………… ≪人体実験≫だと思うのは、被害妄想だろうか。


  そもそも、子供だらけの地域に ≪小さくなる飲み物≫を置いていって、何の意味がある? これ以上、子供を小さくさせるつもりなのか? 

  ≪悪意≫しか 感じられない、恐ろしい≪人魚姫≫だ。

  どこかで 会ったら、用心しなければ。


  ロンリン ランリン …… 人魚姫の≪たくらみ≫など 何も知らない妖精は、無邪気で とても愛らしかった。

  単に、叶人に対しての 好意で、すすめてくれているようだ。


「その木に 入る以外で、子供たちの 後を追うことはできる?」

「できますが、遠回りをする分 時間はかかりますよ? 海賊の襲撃が 気になるのでしょう?」


  ――― そうなのだ。

  子供たちが言っていた≪戦争≫に 加わるつもりはないが、何が起きて 誰が関わっているのか…… 今いる この地域での≪情報≫は、知っていて損はないはずだから。


  ロンリン ランリン …… 小さな妖精たちは、数人がかりで強力して、≪カクテル≫の入った瓶を 目の前へ持ってくる。

  貝殻の飾りが付いた、水色の小瓶。 人魚の乙女が好みそうな、可愛らしい外見だ。

  しかし どう見ても、怪しげな 薬にしか思えない。 思えないが―――――。

「…… 行動を起こさない限り、終りは 来ないんだっけね」


  覚悟を決めて、カクテル…… らしき液体を、叶人は 半分だけ飲んだ。

  続いて、残りの半分を 白ウサギが 飲み干す。


  五を 数える間もなく、二人の体は小さく変化し……… あっという間に 七歳児くらいになっていた。

「わ…… ちっちゃくなってる……」


  幼少期より 成長が早かった叶人は、小さかった経験が あまり無かったので、ほんの少し 感動してしまったのは 秘密である。

「カナト…… カナト! 小さくなっても こんなに 愛らしいなんて…… 何てことだ! あぁ…… 可愛すぎて、僕はもう どうにかなってしまいそうです!」

「………………… 先に 進みましょう」


  この日、叶人は ≪聞き流す・レベルⅠ≫という、≪特殊技能≫を 習得したといえる。





  この時は、想像もしていなかった。


  ねじれた世界に 相応しい ≪とんでもない事≫が、この先に 待ち受けているなんて………。

 次回、叶人にとって 初めての≪試練≫が、待ち構えています。

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