70. 寂しがりやは誰?
賢者ニコルが防御の魔法をかけ、叶人が速度上昇の音楽を奏でる。
「マスター、ネコは《まやかしの霧》で惑わすのが得意よ」
「霧、ね …… 自然物に対して、音楽って通用するのかしら?」
「無理っぽくない? さすがに」
「ご主人さま~、霧なら、メルがどうにかするの~」
蝶に似た羽をばたつかせながら、幼い妖精王が 舞い上がる。
「自然のモノは、メルが一番なの。 メルの担当なの。 むにゅ~!」
「メルっち、張り切るのはいいけど、力加減を考えて …………」
「……………… アリスちゃん? あたし、そこはかとなく不安になってきたんだけど」
妖精王を包み込んでいるのは、うねるような風、という可愛らしいものではない。
「ねー、何となーく、危険な香りが漂ってきているんだけど?」
「…………… 兵士長、気のせいよ」
「ア、アリス様? ぼ、僕も、気のせいなんかじゃない気が ――――」
「ふむ、妖精王にしては、随分と禍々しいヘビを操るものだな」
「ニコちゃん、禍々しいって言った? というか、ヘビって何!?」
メルの体に纏わりつく、黒いモノ。
ヒラヒラと風になびく薄い布のような動きをする、黒い何か。
「ヘビは、ヘビだ。とはいえ、本物の生きたヘビではなく、《魔力の具現化》と言えばよいのか?」
魔法を操る者は、それぞれ特徴がある。
「あふれ出る水、渦巻く風、眩しいくらいの光など、様々ある。赤の女王のように雷を操るとか、己の 《扱いやすいモノ》というものが誰しもあるものなのだが ………… ヘビ、か」
賢者は薄く笑う。
「ねえ、ちょっとニコちゃん。それってヤバいの? 危ないの!?」
「危険なのは、ここに集まる全員がそうであろう?」
「いや、そういう事を聞いてるんじゃなくて!」
「とりあえず、アレが出ている間は、まやかしからは解放される、ってことは間違いないのね?」
「……………… アリスちゃん? 何その、《細かいことはどうでもいい》的な発言」
「え、だって、敵ならまだしも、味方なんだから いいでしょ」
自分たちに被害が及びそうなら、おそらく一番先に 賢者であるニコルが動いている。
見た目はどうあれ、魔法に関しては最高の者が見張っているうちは、彼にまかせておけばよいのだ。
「ネコの罠にかかっている場合じゃないもの、暗黒だろうが何だろうが、味方にしたもの勝ちって、世の中決まっているのよ。違う?」
戦う時に、一番先に 《やらなければいけないこと》。
「敵にしたくない奴を、真っ先に味方にしておけ ―――― これは、鉄則だわ」
「ねえ、何でそこで、俺の顔を見るのかな、アリスちゃん?」
「だって、あなたが その代表格だから」
こんな面倒な事態のときに、面倒な男の対処なんて できるわけがない。
「あなたが 横にいてくれるだけで、とっても心強いわ、兵士長」
叶人にしては珍しい、語尾にハートマークが付きそうな歓迎の笑顔に、さすがの兵士長も一瞬 後悔しそうになる。
「…… 俺、なんとな〜く はめられた?」
「諦めよ、兵士長。我らがカナトが相手なのだ、深く考えても無駄なことだ」
「…… ちょっとニコル、それじゃ私が詐欺師みたいな言い方ね」
心外だ。
騙しているわけではない。
「誘導しているだけよ」
「…… 芹澤、それは対して違わないぞ」
「えーと、都合の悪い話は聞こえないことになっているの」
「カナト! 僕という者がいながら、そんな危険な男を側に置くなんて!」
「…… 一番ヤバい人の 言うセリフかなぁ ……」
瑞樹の感想は、当然 白ウサギの耳には入っていない。
ある意味、叶人とウサギは《似たもの同士》ではないかと思っているのは、何も少年一人ではなかった。
ただ、それを認めてしまうということは、自分たちが負けたような気がするため、誰も口には出さないだけである。
変態ウサギに《憧れている》なんて、あってはならないのだから。
軽口を叩きながら、叶人の瞳は すでに先を見つめていた。
「…… さて、冗談はここまでとして、さっさと決着つけるわよ」
防御、加速を与えた仲間たちに、次は何を送る?
「まやかしは メルによって無効化される。なら 後は…… 」
ディヤァァァァァァン
「………… 純粋な 《チカラ》ね」
誰にも負けない、押されない、揺るがないチカラ。
「たとえ、ネコが この場にいる誰よりも強かったとしても、ネコは絶対に《私たち》には 《勝てない》」
それは、呪いにも似た 《予言》。
音楽を奏でながら言葉にする事で、いずれ《事実》へと変わる。
「まやかしは、効かない。単純な《数の差》でも敵わない。不利な条件の中で、あなたは どうするのかしら?」
この世界を操る《世界の意志》が何なのか、実際のところは よくわらからない。
外の世界から 叶人のような者を《アリス》として召喚し、住人たちと戦わせて、《空の者》という暗殺者集団まで用意して。
それで、世界の意志は 何を得るというのか。
「…… あなたは どう?」
叶人は 見えないネコに向かって問いかける。
世界の意志の思うがままに 動いて、それで 《幸せ》か―――― と。
「おかしいと 思わない? みんな 揃いも揃って、自分のしたい事ばかりしているようで…… 」
けれど、実際は 違う。
「意志があるようで、無いのよ。 自分で選んでいるようで、実際は 選んでなんなんかいない」
全てが、仕組まれている。
「あなたは、世界の意志の《何》を知っているの?」
希望も何もない、ただ 争い 殺しあうだけの世界を作って、そこに一つ一つ《登場人物》を増やしては、壊していく。
「そんな世界の意志の、何を知っていて、何に惹かれて、あなたは従っていたの?」
何もなかった盤の上に、線を描いて、人形を配置する――― この世界は、まるで小さなゲーム盤と同じだ。
「自分たちも含めて《全てが支配されている》のに?」
作っては壊すことに、何の意味があるのだろう。
アリスが 正しくないというのなら、あえて アリスにこだわる理由は 何なのだろう。
そもそも初めから、そんなにアリスが気に入らないのならば、アリスが登場する世界を作らなければよかったのだ。
今までの情報から考えて、《アリス》となるのは、外の世界から《召喚された者》だ。新しく、この世界に作られた人間ではなく、叶人のように 突然 訳も分からずこの世界に降り立った者。
ネコは 少し前に言っていた。
『この世界は 最初から決められている』と。
何故、そんなに素直に信じられるのか、叶人には正直理解できない。
信じて、それがあるべき姿だと思い込むことが、自然で正しいことなのだとしたら、自分は間違えなく《異端者》と呼べるだろう。
けれど、ネコだって百パーセント納得しているわけではないことは、何より 彼自身の瞳が語っていた。
本人が無意識であっても、心を偽ることはできないのだから。
「………… 本当は、寂しいんでしょう?」
「!」
それは、ネコだけではなく、もっと遠く――――《世界の意志》への揺さぶりだった。
「どんなに従おうが、何をしようが、あなたは何も得られない。だって、あなたが本心から求めていることとは 本当は違うから」
初めから決められているから。
世界の掟が そうだから。
それが 正しいと言われているから。
「本心だというなら、どうして そんなにイライラするの?」
『正解』だと信じているなら、不満なことなんて無いはずだ。
「自分が《満たされていない》から、誰かを攻撃するんじゃないの?」
自分に満足していれば、そもそも 他人なんか目に入らなくなるのだから。
「アリスを否定して、壊して、その様を《当たり前だ》と笑って見ていて、それで あなたは最終的に《何になりたい》の?」
叶人は、いつも自分自身に 問いかけていることを、今は相手に向けた。
「……… 変わることが、そんなに《いけないこと》?」
もちろん、変わることばかりが正しいとは思わない。
けれど、変わりたいと望むことは、本来《自然なこと》なことなのだ。
「だって、多かれ少なかれ、人は誰でも 《満足していない》生き物じゃない?」
完璧を目指したくても、どこか欠落していて。
もっと上手く、望む通りに 物事を進めたいのに、実際は中途半端だったり 失敗ばかりしてしまう。
「努力したって追いつけないことって、誰にでもあるし」
だからこそ、自分以外の《誰か》の存在が重要で。
一人で生きることは不可能だと、いつも後で思い知らされる。
「……… 誰かと関わって、迷惑かけたり迷惑かけられたり……… それでこそ、一歩一歩 進んでいけるものじゃないの?」
おんぶに抱っこ状態とは違う、何か。
何が正しいのか、答えなんてすぐには見つけられないからこそ、すべきことがある。
最初から《間違っている》なんて決めつけられたら、どうしようもない。
「……… カナトッ‼︎」
目の前に、火花が散った。
金属と金属の衝突によるものだと気付くのに数秒かかる。
「…… 気を抜きすぎよ、マスター」
自分より背丈の低いマッチ売りの少女が、呆れた声を漏らす。
姿を隠しては現れるネコの 不規則な攻撃に、素早く対応したのは白ウサギだった。
「…… カナトには、指一本触れさせません!」
久々に聞いた、ウサギの《素敵発言》――― のはずだが、ぐずぐずに崩れた顔で言われても ときめき要素は皆無だ。
「…… アリスちゃんが刺激するから、ネコくん怒ってるみたいだねぇ」
「なーにが 怒ってる、よ! あたし達の邪魔して、こっちが怒ってるっての!」
「チャッキー、落ち着いて……」
「リーヤは、落ち着いてられるの⁉︎」
「そ、それは……」
ネコの気配を追って、あちらこちらに猟銃をぶっ放す赤ずきんは、いつも以上に興奮していた。
彼女の腕前を疑うわけではないが、こちらに銃口が向けられるたびに銃弾が飛んできやしないか、若干 不安ではある。
言うと拗ねてしまいそうだから黙ってはおくが、なかなか心臓には悪い。
「だってそうでしょ⁉︎ あたし達は、自分で選んだの! ダメだって言われてても、そうしたいって、初めて思ったから…… だから、アリスちゃんに着いて行くって決めたの! なのに、なのに…… 何なのバカネコ!」
これからどうなるか、とか。
それが本当に正しいのかなんて、後になってみないと知りようもない。
もしかしたら、赤ずきん達の選択は間違った結果を生むだけなのかもしれない。
「でも、そんなこと所詮 結果論だわ。間違ってない選択なんて、誰もができるわけじゃない」
誰だって、間違えたくはない。 傷付きたくもない。
だからこそ、人は考える。
悩んで迷って、全て自分の希望通りにいかないけれど、少しでも希望に近付くために、もがき苦しむ。
「それが、本来の《生きる》ってことでしょ?」
「……… そんなの ただの《くだらない理想》だろ!」
「―――― じゃあ、試してみたの!?」
正々堂々と正面に立とうとしないネコ相手に、一歩も引く気はなかった。
こちらの言葉は聞こえている。
意志を含んだ言葉が、心の中心に届かないはずがない。
「くだらないとか、やって意味が無いとか、じゃあ あなたは《未来》を知ってるの!?」
ニコルの話では、どんなに優秀な魔導師であっても、時間に関わる魔法は扱えないのが基本だそうだ。
前に白ウサギの命が潰えそうになったとき、唯一 時間に干渉できる《時計屋》を取り返すために、叶人達は危険な地下迷宮へと向かう羽目になったのだ。
「…… たとえ、時間に干渉できるとしても、それは《今、この時》の先にある未来でしかない。そうだったわよね、ニコル?」
相変わらず 一人涼しい顔の賢者は、漆黒にも見える紫の髪を 優雅にかき上げる。
「その通り。 ほんの少し、どこかの誰かが 何かをすることによって、その先の未来など いくらでも変化するものだ」
決して触れてはいけない、禁忌の領域に足を踏み入れない限りは。
「…… 決められているとか、世界がそうだから―――なんて、そんなことは つまらない言い訳よ」
アリスが愚かだって?
それは、あえて否定はしない。
そもそも、愚かでない人など いないではないか。
「誰もがみんな 等しく愚かだって? ……… 言うに事欠いて、お前の方こそ《ただの言い訳》だな! 聞いて呆れる!」
「…… それは どうも。下等な生き物だって 自分でも自覚しているわ」
「なんて事言うんですか! 僕のカナトは素晴らしいんです!」
「………… 誰か、ちょっと白い人を黙らせて」
茶々を入れられては困る。
さあ、ここからが本番だ。 自分の最大の武器を発揮する時。
ひとつ、息を大きく吸って呼吸を整える。
相手の、奥深くまで 声が届くように。
「……… あなたの可能性を潰しているのは、世界の意志じゃない」
原因は そうかもしれなくても。
そこから先を決めるのは、いつだって 《自分自身》なのだ。
「本当に心からの願いなら、叶うとか叶わないとか、そんなことは考えられないものよ」
どれだけ無謀だろうが、必死になれば求めるモノしか見えなくなる。
たとえ、事情があって 実際に行動に移すことができないとしても、思いはきっと捨てられない。
「…… 行動に移すかどうかなんて、たいしたことじゃないわ。 大事なのは、自分がどう思っていて、何を求めているか、自ら《気付けるか》ということだもの」
赤ずきん達は、気付いてしまった。
幸か不幸か、叶人という厄介な人物に出会って、自分の思いに目覚めてしまったから。
「…… 結果的に、後になって《正しい選択か》は、今はわからない。 でも…… だからこそ、関わってしまった私は、少しでも力になれたらいいなって思うわ」
選んだのは、それぞれ本人であるけれど。
赤ずきん達に、やらなければよかった――― なんて、後悔をして欲しくない。
「…… いいえ、後悔させたくない。 だって、失敗したからって理由で後悔されたんじゃ、バカみたいじゃない」
何のために、自分達が一緒にいるのか。
もちろん、目的が一致したからという理由が前提であったとしても。
それだけじゃ きっと寂しい。
他者との関わりに 利害関係しか無いのなら、初めから《仲間》なんて言葉は生まれてこなかったはずだ。
「あなたは もっと知るべきよ」
何かおかしいと、気付き始めた《今》だからこそ。
「そもそも、自分の思いにウソはつけない。 上手くごまかしたって、心から逃げることなんてできないのよ」
他の誰を騙せても。
「まやかしも ごまかしもできないのが、自分自身よ。 皮肉なことね、あなたには得意な分野でしょうけど、今回ばかりは そうはいかないわ」
まして自分と出会ってしまったからには、逃してなんかやらない。
「…… 知っているでしょう、私は性悪なのよ。 傷付けると分かっていても、やめてなんかやらない。 手加減もしない」
「手加減だと!? ふざけやがって!」
全力で相手するのが、自分なりの誠意の表し方だ。
「勘違いしているのは お前だ、アリス! 俺に勝てると思っているのか!」
「…… さっきから言っているじゃない、私は負ける気なんかないし、あなたこそ 私には勝てないわ」
ネコが、勝てない《最大の理由》。
「あなたは、自分の心を 見ないフリをしているだけ」
あと一歩。
その先に踏み出せば、ネコの世界は きっと大きく変わるだろう。
「バカばっか言いやがって! 愚かなアリスめ、俺を惑わそうとしたって そうはいかないぞ!」
「…… 他人を欺きすぎて、とうとう 何が真実かもわからない《ボンクラ》になっちゃったのかしら?」
ああ、我ながら なんとひどい言葉使いであろうか。
幼いメルには、聞かせるべきではないな――― と、今さらに思う。
でも、それが自分だ。
ごまかしても、偽っても、それ以外にはなれない。 ごまかすだけ、無駄なのだ。
「あなたは、私には勝てない」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
徹底的に、相手に わからせるために。
「あなたは 自分自身をごまかそうとしているから。 自分に気付いて、自分の望みを認めてあげないから」
「それがなんだ! 俺は自分をよく知ってる!」
「……… 残念ね、私の相手には なり得ない」
その程度では、という嘲笑も込めて。
「あなたを縛っているのは、世界の意志じゃない。 あなたの可能性を奪い、生き方も未来も、幸せさえも奪っているのは――――」
信じたくは、なかったとしても。
「あなたを独りぼっちにしているのは……… 他の何者でもない――― 《あなた自身》よ」
前回の投稿から気が付けば数年が経過しておりました。その間、心配してメッセージをくださった方や、続きを信じて待っていてくださった皆様には感謝申し上げます。
ゆっくりにはなりますが、歩みは遅くとも継続していきますので、今後も アリスの物語を可愛がっていただけたらと思います。
体調を崩しやすい季節となってまいりました。皆さまご自愛ください。




