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九十九番目のアリス  作者: 水乃琥珀
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66. 伝染

  この 特殊な空間の 《支配者》は、間違いなく しましまの 《ネコ》だ。


  通常、空間の作り手である 《支配者》には、勝てない。

  作り手は、当然 作り手に一番有利な 《ルール》をその場に与えるのだから。


「何でっ ……」

「何でだろうね~」


  ネコの疑問は、正しい。

  空間の作り手が押されているなんて、普通なら 《あり得ない》。


「どうして、俺の世界がっ ……」


  姿を消したり、現したり。

  神出鬼没に 攻撃をしかけてくるネコは、かなりの強敵のはずだった。

  叶人 ひとりなら、すぐに敗北を喫していたかもしれない。


  それが、赤い男には、一切 通用しないという現実。


「お前、まさか 見えているのか!?」

「え~、ネコくんなんか見えたって、面白くないよ」

「じゃあ、何で、なんで、ナンデ ―――――」

「あえて言うんならさ」


  ――――――― 闇が、足らないよ。


「……… は?」


  底冷えのするような 兵士長のつぶやきに、叶人は 思わず身震いした。


「あっはっは! やだな、アリスちゃんてば、本当に失礼な子だね~」

「……… ごめんなさい、正直者なのよ」

「そういうところが、殺したくなるのにな~」

「……… お願いだから、前を向いてもらえるかしら?」


  味方であり、敵にもなる 《赤い男》は、今のところ 叶人の中では、面倒くささランキングで ぶっちぎりのトップを ひた走っているといえる。


「さて、ネコくん? 俺には 敵わないって 理解できたかな?」

「ふざけるな! お前、何か ズルしてるだろ!」

「………… 何のことかな?」


  にっこり笑う兵士長の顔は、いつだって 胡散臭い。

  いっそのこと、存在自体が 《ズル》だと種明かしされても、納得してしまうだろう。

「…… アリスちゃーん? 口に出さなくても、顔に出てるんだけどなぁ?」


  ……… 鋭いのも、問題である。

「嫌だわ、気のせいよ」

「まあ、そういうことに しておいてあげるけどさ~」


  兵士長は、大きな剣を振り上げて、何もない 空中を斬った。

  何もないはずなのに、手ごたえが あったらしい。

「くっ」

「ほら、そろそろ降参しないと、いくら 《幻影》でも、無事では済まないよ?」

「うるさい、うるさい!」

「…… ねえ、兵士長。 幻影って、何?」


  今まで 目の前にいたのは、ネコの 分身でしかなかったというのか。

「今更、何を 言っているのかな? 自分でも、気づいてなかった?」

「…… 何を?」

「アリスちゃん、君は ――――― 体から抜け出てしまった、《さまよえる魂》みたいな状態なんだよ?」

「…… え ……」


  男は、何の話を しているのか。

「だって …… さっき、苦しかったわよ? …… そりゃあ、もう 思いっ切り」

  ネコに押し倒され、首を絞められたとき、本気で 窒息死するところだったのだ。


  それなのに ―――― 実体が、ない?

「……どういう、こと?」

「簡単に説明すると ――― 君は、魂と呼ぶような 《こころ》を抜き取られて、今は 風船の中にいる」

「…… 風船?」

「時間制限があってね。 早くしないと、この風船は、いずれ しぼんでいく。 風船が完全にしぼむ前に、諸悪の根源を やっつけて、風船から 《脱出》しないと ――――」

「脱出しないと …… 死ぬのかしら?」

「死なないけど …… でも、君は もう二度と、《君として》生きてはいけなくなるかな」


  それは、つまり。

「…… 今、おそらく眠ったようになっている 《私の体》が、永久に活動できなくなるということ?」

「ちょっと違うかな。 活動はできるよ。 ただ、君としての 《意志》を失った状態の、《人形》としてだけどね」

「…… 人形 ……」

  発された言葉が なんとも不気味で、叶人はその意味を考えてみた。


  面白くもない、未来の想像が 簡単に脳裏に浮かぶ。

「…… それって、つまりは 《誰かさん》の《操り人形》になるということよね? …… ん、ちょっと待って。 私も ネコも、実態ではないのなら、もしかして ……」

「そう、俺も、同じ」

「…………」


  どうすれば、そんなことが できるのだろう。

  白ウサギでもなく、賢者ニコルでもなく ―――― 兵士長だけが、この場に侵入できるなんて。

  さらに、実態ではなくても、圧倒的な 強さ。


「やっぱり、胡散臭い ……」

「え、言うことは それ? さすがの俺も、傷つくよ?」


  ネコの言い分は、もっともだ。

  何か ズルでもしない限り、こんなに簡単に、特殊な空間になんて入れるはずがない。

「―――― でも、いいわ」

「え?」


  普通でないのは、叶人も同じ。

  どうやったのか、どうしてか ……… そんな 《種明かし》なんて、後でいい。

  今、もっとも重要なことは、何か。

「……… ここを、抜け出すことだもの」


  まっすぐ前を見据えた 叶人は、静かに弓を引いた。


  ラ ―――――――――――― ン


  たった一音だけ。

  左手の指を何も押さえずに、中心の音をゆっくりと奏でる。


  ラ ―――――――――――― ン


「……… うっっ」

「ん?」


  バカみたいに単純で、だからこそ 強い衝撃を与えられる、一つの音。

「くっ、やめろ!」


  ネコの焦ったような制止の声を聞いて、叶人の予想は 確信へと変わる。

「……… 空間ごと、揺さぶっているのかな? うーん、さすがアリスちゃん」

  兵士長は、単純に褒めているわけではなかった。


  空間ごと ――― それは つまり、叶人と兵士長をも 《巻き込んだ》、なかば捨て身の戦法だったのだ。

「…… 相手を倒すのはいいけど、もう少し 《自分の身の安全》を考慮した戦い方を ――――」

「あら、お言葉を返すようだけど、それじゃ 勝てないわ」

「!」


  自分を守るのは、一番 大切なこと。

  けれど、それには 相手に勝たなければいけない。 もしくは、引き分け。


  万が一、負けることがないように。

「あなたは強いから、多少は 放っておいても、自分で何とかできる人よ」

  だから 叶人は、この戦法を選ぶことができる。

「空間ごと 攻撃して、相手を弱らせる。 この空間を維持できるか できないかの、ギリギリのところまで追い詰める …… それが理想」


  ラ ――――――――――― ン


  何もなかった空間に、ミシミシと 亀裂が入るような音が響きだす。

「…… ところでアリスちゃん、この後 どうするのか、何か考えての行動なのかな?」

「………」

「何、その 可愛いすぎる《笑顔》は?」


  叶人は、笑った。 正確には、笑うしかなかった。

  兵士長の指摘の通り、今後の作戦なんて、まったくのノープランだったのだ。

「……… だって、仕方ないじゃない。 この後 どうなるかなんて、ネコにしかわからないでしょう?」

  空間の支配者はネコ。

  わざわざ叶人を攫ったからには、そう簡単に逃がしてくれるわけがない。


  ふんぞり返って 《言い訳》を炸裂させる叶人の横で、兵士長は 深いため息をつく。

「…… 面倒だっていう セリフ、そのままそっくり お返しするよ、アリスちゃん」

「どうしてよ?」


  じゃあ、他に 何か有効な手立てがあったというのか。

  時間制限がある中で、悠長でいられる程 叶人は図太くはない。

「あんまり、そう 可愛い顔で見つめないでもらえるかな?」

「見つめてないわ、睨んでいるだけよ」


  何かが、剥がれていく、気配。 音。

「ほら、空間が壊れていくわ。 さて ………」

  風船の 一つ目が壊れたとはいえ、まさか 一重であるはずがないだろう。

  相手は、アリス消滅を願う者。 ここで終わりのはずがない。


  ネコは、次に どう出るか。


「……… アリスちゃん、君は ――――」


  もしかしたら、他の誰よりも。

「本質は 《戦い》に向いているのかもしれないな ――――」


  兵士長の 小さなつぶやきは、叶人の耳には届かなかった。


  新たな 《特殊空間》が、目の前に出現したからである。






  場所は変わって、こちらは 赤ずきんの少女が一人きり、ぽつんと空間に立っていた。

「………」


  一人きりになったのは、実はけっこう久しぶりのことだ。

  実家の森に住んでいた頃は、何かと母親の監視の下にいたし、家を飛び出してからは ―――。

「……… リーヤ」

  必ず、幼馴染の オオカミ少年がいたから。


「………」

  寂しくは、ない。

  心細くも、特にない。


  だた。

  自分 一人では、どうしていいのか わからないだけ。

  いつだって、自分のそばには 誰かがいたから。

  口うるさい 強制的な母でさえ、次にどうするかくらい、嫌というほど道を示してくれた。


  たった、一人。

  この先 どうするのか。 どうすれば いいのか。

  どうするのが、《正しい》のか。

「…… 正しい?」


  ふと、赤ずきんは、自分の胸の内に湧いた 聞きなれない《単語》に、違和感を抱いた。

  ―――― 正しいって、何?

「あたし …… 今まで、そんなこと、考えてたっけ?」


  過去を振り返るまでもなく、答えは 《否》だ。

  正しいか、正しくないかなんて、この世界では 何の意味も持たないから。

「勝つにはどうするか、生きる為には どうするか ―――」

  相手を、確実に 《葬り去る》には、何が 《有効》か。


  そんな考えしか、してこなかった。

  そうでなければ、生きられないから。

  誰もが、この世界では 《そうだから》。


  ずっと、それできたはずなのに。

「アリスちゃんと出会ってから、あたしは 疑問を持つようになって ……」

  自分の知っていることが、本当に それでいいのか。

  他に、やり方が あるのではないか。


  そもそも、殺しあうだけの世界のルールが、本当は 《間違っている》のではないのか。

  小さな疑問の芽は、やがて 少しずつ成長を遂げて。

「殺すことよりも、もっと いい ――― そんな 《解決手段》があるんじゃないかって、思うようになって ……」


  母を、見返してやりたくて、ずっと旅をしてきた。

  世界の 珍しい《お宝》を手に入れれば、きっと 自分にも価値が生まれてくるような気がして。

「でも、いくら お宝を集めたって、ちっとも満足できなくて……」


  『自分がされて 《嫌なこと》は、基本的に 《してはいけないこと》よ』


  叶人に言われた言葉は、赤ずきんの中に、すとんと 落ちてきた。

  反発も、嫌悪もなく、反射的に頷いてしまえるほどの、効力。

  もっと、知りたいと思った。

  叶人と一緒にいれば、見えなかった何かが、見えるような気がした。

  

  自分の世界が広がるような、期待さえ持てる。

「あたし ……」


  本当は、どうしたいの?


  叶人なら、真っ先に聞く、一番の言葉。

  それだけ、大切なこと。

「あたしは ……」

  もっと、旅をしたい。

  がむしゃらに、あてもなく、お宝を求める旅ではなくて。

「アリスちゃんと、他の仲間 大勢と …… 」


  自分の可能性を、もっと知りたい。

  赤いずきんを被って、猟銃を撃つだけではなくて。

  与えられた 《世界での役割》以外に、違うものを見つけたいのだ。

「心から、楽しいねって …… そう言えるようになりたくて ―――」


  ああ、そうか。

  どうすればいいのか、なんて。

「決まった 《答え》なんて、最初から無かったんだ」


  母が、言ったから。

  リーヤが、勧めたから。


  自分は、いつも 他人に言われるがまま、反発しながらも、それに流されてきた。

「自分で決めたのは、アリスちゃんに 《ついて行く》ってこと、あれが初めてだったのかも」


  白ウサギの寿命が危ないときも、自ら 手伝いがしたくて、城に向かったりもした。

「そっか …… たった短期間でも、あたし、ちゃんと自分で 《選んで》行動してこれたんだ」


  あの時、結果なんて、気にしている余裕は無かった。

  ただ、心の赴くままに、《そうしたい》と強く願ったから、動けただけ。

  でも、きっと。

「それで、いいんだよね」

  今、自分は どうしたいのか。


  正しいかとか、何をすべきかなんて、難しいことは 後でいい。

「あたしは、自分を 《ごまかさない》ことが、一番の課題なんだ。 だから ―――」


  そこを、どいて。

「……」

  赤ずきんは、目の前の少年に、目で合図した。


  少年が、本物なのか、ニセモノなのか、正直 まったくわからない。

  あれだけ 長い間 一緒に過ごしたって、こんな時、ちっともわからない。


  それは、今までの自分たちの 《関係性》を表しているような気がした。

  希薄で、いつだって 自分本位で。

  それが悪いとは、一概には言えないけれど。

「あたしはイヤだって、気づいたから」

  もう、以前の自分には戻れない。

  それは、自分自身を 《偽る》ことと同じだから。


  戦う? 逃げる?

  こんなとき、叶人ならば ――――。

「あたしは、あたし。 逆立ちしたって、アリスちゃんには なれない」

  しかし、同じ場所に立つことくらいは、出来るかもしれない。

  いいや、出来るように、してみせる。


  時間は、かかったとしても。

「望むもがあるならば、目指さなきゃ」

  良いか、悪いか。

  正しいか、間違っているか。

  生きるか、死ぬか。


  二択だけではない、第三、第四の 選択を求めて、一歩を踏み出すこと。

「なりたい自分になるために、今 しなければいけないこと ―――――」

  赤ずきんは、奥の手を使った。

  世界の中でも秘密にされている、もう一つの 《裏の役割》。

  隠された、《能力》の解放。


「ふふっ」

  少女の唇に、妖艶な笑みが浮かぶ。

「…… さて、と」


  能力の解放なんて、何十年ぶりであろう。

  使えるものは、すべて使う。 その方針に、今や大賛成だ。

「兵士長や ウサギ男ばっかり、いいカッコさせるもんですか!」




  こうして、叶人から伝染した 《想い》は形を変えながらも、確かに 仲間の中へと浸透していくのであった。  

 皆様、お久しぶりでございます。

 仕事上、寝る間もないような日常を送っておりまして、なかなか 執筆が進まない日々が続いておりますが。

 やはり、元気の源である キャラ達の頑張りを見ていると、自身の疲れも吹き飛ぶような気がします。

 以前のように、定期的な更新ができますように。


 願うだけでなく、達成するための課題と位置付けて、日々 精進致しますので、本年度も アリスの物語をよろしくお願い致します。

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